上 下
574 / 718
北部編:イルネーヌ町

再会

しおりを挟む
マデリアとサンプソンがキマイラ狩りに出て一時間が経った。
柵の前を時々魔物が通ったり、柵に向かって威嚇したりする魔物がいたが、マデリアの硬い氷の檻を壊せるものはいなかった。

(なんだか……牢獄時代を思い出すなあ)

三角座りをしたアーサーは、ぼんやりとした目で魔物を眺めていた。
狭い洞窟に閉じ込められた双子と、看守のように前を行き来する魔物。奥でモニカがぐったりと倒れているところまでそっくりだ。

(今思えば、こんな狭い空間に閉じ込められて、よく六年間も耐えられたなあ。今の僕じゃ到底耐えられないよ。考えただけで頭がおかしくなりそう)

そんなことを考えていると、のそりと四足歩行の獣が現れ檻の中を覗き込んだ。

「あ……」

前足はライオン、胴は山羊、そして尾が蛇の、頭が三つある魔物。それは檻の中の匂いを嗅ぎ、じゅるりと涎を垂らした。

「キマイラじゃないか……。あの二人から逃げてきたのか……」

まずい、とアーサーは冷や汗を流した。キマイラは火を吹く魔物だ。氷の柵なんて一瞬で溶かされてしまう。いやその前に、この狭い洞窟の中はキマイラの炎で埋め尽くされるだろう。逃げ道がなく、防ぎようがない。

「モニカ起きて! まずい、キマイラが――」

助けを求めて妹の肩を揺らそうとしたが、もう遅かった。
キマイラは口を大きく開け、禍々しい真っ黒な大炎を放つ。

「モニカ!!!」

せめて妹だけは守ろうと、アーサーは魔物に背を向け彼女を抱き寄せる。

それと同時にモニカは目を覚ました。兄の胸に顔をうずめていたので何が起こっているのか分からない。
熱い空気と燃え盛る音が耳元をかすめる。
アーサーの力が抜け、彼女を抱きしめたままぐったりとして動かなくなった。
寝起きでぼうっとしていたモニカは、だんだんと意識がはっきりしてきて震えた声を出す。

「……アーサー……?」

「……」

「アーサー、何が起こってるの……?」

「……」

「アーサー……?」

「ガルァァ……」

「っ……!」

モニカの耳元で獣の鳴き声がした。
それと同時に、熱気が消え、獣を射る矢の音が聞こえる。

「アーサー! モニカ! 無事!?」

その叫び声と共に、モニカの視界がひらける。そこには、意識を失ったアーサーを抱きかかえたサンプソンと、顔を真っ青にして彼女に呼びかけるマデリアがいた。

放心状態のモニカは応えられずに、震えながらマデリアを見上げることしかできなかった。

「アーサーの叫び声がしたから戻って来たの。ごめんなさい。キマイラを一体逃がしちゃってたみたいだわ。怪我は?」

「ない……」

アーサーの容態を診ていたサンプソンも、険しい顔で安堵のため息を吐く。

「アーサーも無事だ。良かった……」

「アーサー、急にぐったりしたの……。ほんとに大丈夫……?」

「ああ。安心して。君がキマイラの炎を相殺してくれたおかげで、火傷ひとつ負っていないよ」

「え……?」

モニカは眉をひそめた。彼女は一度も魔法を使っていない。

彼女の表情に引っかかったが、マデリアとサンプソンは一刻も早くダンジョンを出ることにした。

「まだ三十体分の素材しか集められていないけど、そうも言っていられないでしょう。残りのお金なんて私たちがいくらでもあげるから、早く出ましょう」

「そうだね。モニカもアーサーも限界だ」

サンプソンはそう言ってアーサーを抱え、マデリアはモニカを背負った。そして息が苦しくなるほどの速度でダンジョンを駆け抜ける。目まぐるしく変わる景色の中で、マデリアに魔法をかけられた魔物たちがバタバタと倒れていくのが視界に映った。

◇◇◇

いつの間にか眠ってしまっていたようだ。
柔らかい布団の中で、モニカは目を覚ました。彼女はのろのろとあたりを見回すが、隣にも、同じ部屋にもアーサーはいなかった。

「目が覚めた?」

「……っ」

キィ……と音がしてゆっくりとドアが開く。そして聞き慣れた懐かしい声に……彼女は震えあがり、咄嗟に杖を突き出した。

「……」

「……」

壁に背中をつけ、睨みつけながら肩で息をするモニカ。
彼女の反応に、ジルの瞳が微かに揺れた。

「……久しぶり、モニカ」

「……」

「クルドから伝書インコをもらってね。昨晩着いたんだ」

「……」

「……モニカ」

一歩踏み出したジルに、モニカが「ヒッ」と声をあげた。彼は立ち止まり、顔を背ける。

「……ごめん。クルドから話は聞いたよ。怖い思いをさせてごめん」

「……」

「僕はこれ以上動かないから。話を聞いてくれないかな」

「……」

「お願いモニカ。誤解を解きたいんだ。僕は君と険悪なままでいたくない」

首を縦に振らないモニカに、杖とワキザシが語り掛ける。

《モニカ。聞いてやるのだ。あやつが今まで主に嫌な思いをさせたことがあるか?》

「……」

《いい加減にしやがれモニカ!! 見ろよジルのやつ今にも泣きそうだぞ!! 何度も言ってるだろうがあいつはジルじゃねえって!! こいつの話聞いたらお前だって納得するかもしれねえだろうが逃げんなよ!!》

アサギリの言葉に、モニカはおそるおそるジルを見た。彼女と目が合ったジルは、唇を震わせて無理に微笑んで見せる。だが、彼の瞳にはうっすらと涙が滲んでいるような気がした。

「……」

杖を握っている腕を、モニカはゆっくりと降ろした。そして消え入るような声で応える。

「……ごめんなさい、ジル。ごめんなさい……」

「僕の方こそごめん。……ありがとう、話を聞いてくれるんだね」

こくりと頷くモニカに、ジルも小さく頷き返した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ガチャと異世界転生  システムの欠陥を偶然発見し成り上がる!

よっしぃ
ファンタジー
偶然神のガチャシステムに欠陥がある事を発見したノーマルアイテムハンター(最底辺の冒険者)ランナル・エクヴァル・元日本人の転生者。 獲得したノーマルアイテムの売却時に、偶然発見したシステムの欠陥でとんでもない事になり、神に報告をするも再現できず否定され、しかも神が公認でそんな事が本当にあれば不正扱いしないからドンドンしていいと言われ、不正もとい欠陥を利用し最高ランクの装備を取得し成り上がり、無双するお話。 俺は西塔 徳仁(さいとう のりひと)、もうすぐ50過ぎのおっさんだ。 単身赴任で家族と離れ遠くで暮らしている。遠すぎて年に数回しか帰省できない。 ぶっちゃけ時間があるからと、ブラウザゲームをやっていたりする。 大抵ガチャがあるんだよな。 幾つかのゲームをしていたら、そのうちの一つのゲームで何やらハズレガチャを上位のアイテムにアップグレードしてくれるイベントがあって、それぞれ1から5までのランクがあり、それを15本投入すれば一度だけ例えばSRだったらSSRのアイテムに変えてくれるという有り難いイベントがあったっけ。 だが俺は運がなかった。 ゲームの話ではないぞ? 現実で、だ。 疲れて帰ってきた俺は体調が悪く、何とか自身が住んでいる社宅に到着したのだが・・・・俺は倒れたらしい。 そのまま救急搬送されたが、恐らく脳梗塞。 そのまま帰らぬ人となったようだ。 で、気が付けば俺は全く知らない場所にいた。 どうやら異世界だ。 魔物が闊歩する世界。魔法がある世界らしく、15歳になれば男は皆武器を手に魔物と祟罠くてはならないらしい。 しかも戦うにあたり、武器や防具は何故かガチャで手に入れるようだ。なんじゃそりゃ。 10歳の頃から生まれ育った村で魔物と戦う術や解体方法を身に着けたが、15になると村を出て、大きな街に向かった。 そこでダンジョンを知り、同じような境遇の面々とチームを組んでダンジョンで活動する。 5年、底辺から抜け出せないまま過ごしてしまった。 残念ながら日本の知識は持ち合わせていたが役に立たなかった。 そんなある日、変化がやってきた。 疲れていた俺は普段しない事をしてしまったのだ。 その結果、俺は信じられない出来事に遭遇、その後神との恐ろしい交渉を行い、最底辺の生活から脱出し、成り上がってく。

『特別』を願った僕の転生先は放置された第7皇子!?

mio
ファンタジー
 特別になることを望む『平凡』な大学生・弥登陽斗はある日突然亡くなる。  神様に『特別』になりたい願いを叶えてやると言われ、生まれ変わった先は異世界の第7皇子!? しかも母親はなんだかさびれた離宮に追いやられているし、騎士団に入っている兄はなかなか会うことができない。それでも穏やかな日々。 そんな生活も母の死を境に変わっていく。なぜか絡んでくる異母兄弟をあしらいつつ、兄の元で剣に魔法に、いろいろと学んでいくことに。兄と兄の部下との新たな日常に、以前とはまた違った幸せを感じていた。 日常を壊し、強制的に終わらせたとある不幸が起こるまでは。    神様、一つ言わせてください。僕が言っていた特別はこういうことではないと思うんですけど!?  他サイトでも投稿しております。

どうやら異世界ではないらしいが、魔法やレベルがある世界になったようだ

ボケ猫
ファンタジー
日々、異世界などの妄想をする、アラフォーのテツ。 ある日突然、この世界のシステムが、魔法やレベルのある世界へと変化。 夢にまで見たシステムに大喜びのテツ。 そんな中、アラフォーのおっさんがレベルを上げながら家族とともに新しい世界を生きていく。 そして、世界変化の一因であろう異世界人の転移者との出会い。 新しい世界で、新たな出会い、関係を構築していこうとする物語・・・のはず・・。

伯爵家の次男に転生しましたが、10歳で当主になってしまいました

竹桜
ファンタジー
 自動運転の試験車両に轢かれて、死んでしまった主人公は異世界のランガン伯爵家の次男に転生した。  転生後の生活は順調そのものだった。  だが、プライドだけ高い兄が愚かな行為をしてしまった。  その結果、主人公の両親は当主の座を追われ、主人公が10歳で当主になってしまった。  これは10歳で当主になってしまった者の物語だ。

いらないスキル買い取ります!スキル「買取」で異世界最強!

町島航太
ファンタジー
 ひょんな事から異世界に召喚された木村哲郎は、救世主として期待されたが、手に入れたスキルはまさかの「買取」。  ハズレと看做され、城を追い出された哲郎だったが、スキル「買取」は他人のスキルを買い取れるという優れ物であった。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

リョンコ
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

S級クラフトスキルを盗られた上にパーティから追放されたけど、実はスキルがなくても生産力最強なので追放仲間の美少女たちと工房やります

内田ヨシキ
ファンタジー
[第5回ドラゴンノベルス小説コンテスト 最終選考作品] 冒険者シオンは、なんでも作れる【クラフト】スキルを奪われた上に、S級パーティから追放された。しかしシオンには【クラフト】のために培った知識や技術がまだ残されていた! 物作りを通して、新たな仲間を得た彼は、世界初の技術の開発へ着手していく。 職人ギルドから追放された美少女ソフィア。 逃亡中の魔法使いノエル。 騎士職を剥奪された没落貴族のアリシア。 彼女らもまた、一度は奪われ、失ったものを、物作りを通して取り戻していく。 カクヨムにて完結済み。 ( https://kakuyomu.jp/works/16817330656544103806 )

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。