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北部編:イルネーヌ町
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マデリアとサンプソンがキマイラ狩りに出て一時間が経った。
柵の前を時々魔物が通ったり、柵に向かって威嚇したりする魔物がいたが、マデリアの硬い氷の檻を壊せるものはいなかった。
(なんだか……牢獄時代を思い出すなあ)
三角座りをしたアーサーは、ぼんやりとした目で魔物を眺めていた。
狭い洞窟に閉じ込められた双子と、看守のように前を行き来する魔物。奥でモニカがぐったりと倒れているところまでそっくりだ。
(今思えば、こんな狭い空間に閉じ込められて、よく六年間も耐えられたなあ。今の僕じゃ到底耐えられないよ。考えただけで頭がおかしくなりそう)
そんなことを考えていると、のそりと四足歩行の獣が現れ檻の中を覗き込んだ。
「あ……」
前足はライオン、胴は山羊、そして尾が蛇の、頭が三つある魔物。それは檻の中の匂いを嗅ぎ、じゅるりと涎を垂らした。
「キマイラじゃないか……。あの二人から逃げてきたのか……」
まずい、とアーサーは冷や汗を流した。キマイラは火を吹く魔物だ。氷の柵なんて一瞬で溶かされてしまう。いやその前に、この狭い洞窟の中はキマイラの炎で埋め尽くされるだろう。逃げ道がなく、防ぎようがない。
「モニカ起きて! まずい、キマイラが――」
助けを求めて妹の肩を揺らそうとしたが、もう遅かった。
キマイラは口を大きく開け、禍々しい真っ黒な大炎を放つ。
「モニカ!!!」
せめて妹だけは守ろうと、アーサーは魔物に背を向け彼女を抱き寄せる。
それと同時にモニカは目を覚ました。兄の胸に顔をうずめていたので何が起こっているのか分からない。
熱い空気と燃え盛る音が耳元をかすめる。
アーサーの力が抜け、彼女を抱きしめたままぐったりとして動かなくなった。
寝起きでぼうっとしていたモニカは、だんだんと意識がはっきりしてきて震えた声を出す。
「……アーサー……?」
「……」
「アーサー、何が起こってるの……?」
「……」
「アーサー……?」
「ガルァァ……」
「っ……!」
モニカの耳元で獣の鳴き声がした。
それと同時に、熱気が消え、獣を射る矢の音が聞こえる。
「アーサー! モニカ! 無事!?」
その叫び声と共に、モニカの視界がひらける。そこには、意識を失ったアーサーを抱きかかえたサンプソンと、顔を真っ青にして彼女に呼びかけるマデリアがいた。
放心状態のモニカは応えられずに、震えながらマデリアを見上げることしかできなかった。
「アーサーの叫び声がしたから戻って来たの。ごめんなさい。キマイラを一体逃がしちゃってたみたいだわ。怪我は?」
「ない……」
アーサーの容態を診ていたサンプソンも、険しい顔で安堵のため息を吐く。
「アーサーも無事だ。良かった……」
「アーサー、急にぐったりしたの……。ほんとに大丈夫……?」
「ああ。安心して。君がキマイラの炎を相殺してくれたおかげで、火傷ひとつ負っていないよ」
「え……?」
モニカは眉をひそめた。彼女は一度も魔法を使っていない。
彼女の表情に引っかかったが、マデリアとサンプソンは一刻も早くダンジョンを出ることにした。
「まだ三十体分の素材しか集められていないけど、そうも言っていられないでしょう。残りのお金なんて私たちがいくらでもあげるから、早く出ましょう」
「そうだね。モニカもアーサーも限界だ」
サンプソンはそう言ってアーサーを抱え、マデリアはモニカを背負った。そして息が苦しくなるほどの速度でダンジョンを駆け抜ける。目まぐるしく変わる景色の中で、マデリアに魔法をかけられた魔物たちがバタバタと倒れていくのが視界に映った。
◇◇◇
いつの間にか眠ってしまっていたようだ。
柔らかい布団の中で、モニカは目を覚ました。彼女はのろのろとあたりを見回すが、隣にも、同じ部屋にもアーサーはいなかった。
「目が覚めた?」
「……っ」
キィ……と音がしてゆっくりとドアが開く。そして聞き慣れた懐かしい声に……彼女は震えあがり、咄嗟に杖を突き出した。
「……」
「……」
壁に背中をつけ、睨みつけながら肩で息をするモニカ。
彼女の反応に、ジルの瞳が微かに揺れた。
「……久しぶり、モニカ」
「……」
「クルドから伝書インコをもらってね。昨晩着いたんだ」
「……」
「……モニカ」
一歩踏み出したジルに、モニカが「ヒッ」と声をあげた。彼は立ち止まり、顔を背ける。
「……ごめん。クルドから話は聞いたよ。怖い思いをさせてごめん」
「……」
「僕はこれ以上動かないから。話を聞いてくれないかな」
「……」
「お願いモニカ。誤解を解きたいんだ。僕は君と険悪なままでいたくない」
首を縦に振らないモニカに、杖とワキザシが語り掛ける。
《モニカ。聞いてやるのだ。あやつが今まで主に嫌な思いをさせたことがあるか?》
「……」
《いい加減にしやがれモニカ!! 見ろよジルのやつ今にも泣きそうだぞ!! 何度も言ってるだろうがあいつはジルじゃねえって!! こいつの話聞いたらお前だって納得するかもしれねえだろうが逃げんなよ!!》
アサギリの言葉に、モニカはおそるおそるジルを見た。彼女と目が合ったジルは、唇を震わせて無理に微笑んで見せる。だが、彼の瞳にはうっすらと涙が滲んでいるような気がした。
「……」
杖を握っている腕を、モニカはゆっくりと降ろした。そして消え入るような声で応える。
「……ごめんなさい、ジル。ごめんなさい……」
「僕の方こそごめん。……ありがとう、話を聞いてくれるんだね」
こくりと頷くモニカに、ジルも小さく頷き返した。
柵の前を時々魔物が通ったり、柵に向かって威嚇したりする魔物がいたが、マデリアの硬い氷の檻を壊せるものはいなかった。
(なんだか……牢獄時代を思い出すなあ)
三角座りをしたアーサーは、ぼんやりとした目で魔物を眺めていた。
狭い洞窟に閉じ込められた双子と、看守のように前を行き来する魔物。奥でモニカがぐったりと倒れているところまでそっくりだ。
(今思えば、こんな狭い空間に閉じ込められて、よく六年間も耐えられたなあ。今の僕じゃ到底耐えられないよ。考えただけで頭がおかしくなりそう)
そんなことを考えていると、のそりと四足歩行の獣が現れ檻の中を覗き込んだ。
「あ……」
前足はライオン、胴は山羊、そして尾が蛇の、頭が三つある魔物。それは檻の中の匂いを嗅ぎ、じゅるりと涎を垂らした。
「キマイラじゃないか……。あの二人から逃げてきたのか……」
まずい、とアーサーは冷や汗を流した。キマイラは火を吹く魔物だ。氷の柵なんて一瞬で溶かされてしまう。いやその前に、この狭い洞窟の中はキマイラの炎で埋め尽くされるだろう。逃げ道がなく、防ぎようがない。
「モニカ起きて! まずい、キマイラが――」
助けを求めて妹の肩を揺らそうとしたが、もう遅かった。
キマイラは口を大きく開け、禍々しい真っ黒な大炎を放つ。
「モニカ!!!」
せめて妹だけは守ろうと、アーサーは魔物に背を向け彼女を抱き寄せる。
それと同時にモニカは目を覚ました。兄の胸に顔をうずめていたので何が起こっているのか分からない。
熱い空気と燃え盛る音が耳元をかすめる。
アーサーの力が抜け、彼女を抱きしめたままぐったりとして動かなくなった。
寝起きでぼうっとしていたモニカは、だんだんと意識がはっきりしてきて震えた声を出す。
「……アーサー……?」
「……」
「アーサー、何が起こってるの……?」
「……」
「アーサー……?」
「ガルァァ……」
「っ……!」
モニカの耳元で獣の鳴き声がした。
それと同時に、熱気が消え、獣を射る矢の音が聞こえる。
「アーサー! モニカ! 無事!?」
その叫び声と共に、モニカの視界がひらける。そこには、意識を失ったアーサーを抱きかかえたサンプソンと、顔を真っ青にして彼女に呼びかけるマデリアがいた。
放心状態のモニカは応えられずに、震えながらマデリアを見上げることしかできなかった。
「アーサーの叫び声がしたから戻って来たの。ごめんなさい。キマイラを一体逃がしちゃってたみたいだわ。怪我は?」
「ない……」
アーサーの容態を診ていたサンプソンも、険しい顔で安堵のため息を吐く。
「アーサーも無事だ。良かった……」
「アーサー、急にぐったりしたの……。ほんとに大丈夫……?」
「ああ。安心して。君がキマイラの炎を相殺してくれたおかげで、火傷ひとつ負っていないよ」
「え……?」
モニカは眉をひそめた。彼女は一度も魔法を使っていない。
彼女の表情に引っかかったが、マデリアとサンプソンは一刻も早くダンジョンを出ることにした。
「まだ三十体分の素材しか集められていないけど、そうも言っていられないでしょう。残りのお金なんて私たちがいくらでもあげるから、早く出ましょう」
「そうだね。モニカもアーサーも限界だ」
サンプソンはそう言ってアーサーを抱え、マデリアはモニカを背負った。そして息が苦しくなるほどの速度でダンジョンを駆け抜ける。目まぐるしく変わる景色の中で、マデリアに魔法をかけられた魔物たちがバタバタと倒れていくのが視界に映った。
◇◇◇
いつの間にか眠ってしまっていたようだ。
柔らかい布団の中で、モニカは目を覚ました。彼女はのろのろとあたりを見回すが、隣にも、同じ部屋にもアーサーはいなかった。
「目が覚めた?」
「……っ」
キィ……と音がしてゆっくりとドアが開く。そして聞き慣れた懐かしい声に……彼女は震えあがり、咄嗟に杖を突き出した。
「……」
「……」
壁に背中をつけ、睨みつけながら肩で息をするモニカ。
彼女の反応に、ジルの瞳が微かに揺れた。
「……久しぶり、モニカ」
「……」
「クルドから伝書インコをもらってね。昨晩着いたんだ」
「……」
「……モニカ」
一歩踏み出したジルに、モニカが「ヒッ」と声をあげた。彼は立ち止まり、顔を背ける。
「……ごめん。クルドから話は聞いたよ。怖い思いをさせてごめん」
「……」
「僕はこれ以上動かないから。話を聞いてくれないかな」
「……」
「お願いモニカ。誤解を解きたいんだ。僕は君と険悪なままでいたくない」
首を縦に振らないモニカに、杖とワキザシが語り掛ける。
《モニカ。聞いてやるのだ。あやつが今まで主に嫌な思いをさせたことがあるか?》
「……」
《いい加減にしやがれモニカ!! 見ろよジルのやつ今にも泣きそうだぞ!! 何度も言ってるだろうがあいつはジルじゃねえって!! こいつの話聞いたらお前だって納得するかもしれねえだろうが逃げんなよ!!》
アサギリの言葉に、モニカはおそるおそるジルを見た。彼女と目が合ったジルは、唇を震わせて無理に微笑んで見せる。だが、彼の瞳にはうっすらと涙が滲んでいるような気がした。
「……」
杖を握っている腕を、モニカはゆっくりと降ろした。そして消え入るような声で応える。
「……ごめんなさい、ジル。ごめんなさい……」
「僕の方こそごめん。……ありがとう、話を聞いてくれるんだね」
こくりと頷くモニカに、ジルも小さく頷き返した。
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