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北部編:イルネーヌ町
絶不調の双子
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最下層最奥の入り口で、マデリアが立ち止まる。物陰に隠れて中の様子を窺い「ふふ」と笑みを零した。
「いるわいるわ。ざっと二百体。ここのところ誰も冒険者が入ってなかったようね。繁殖しすぎてパンパンになってるもの。つまりボロ儲けよ」
彼女にとっては嬉しい報告のつもりだったが、アーサーとモニカは反応する余裕すらなかった。
モニカは涎を垂らしてゼェゼェと息をしている。足手まといになりたくないと、無理に彼らのペースで走ったので手も足もガクガクだ。
一方アーサーは、移動に関しては問題がなかったが、ひどい貧血で顔が真っ青だった。
彼らの絶不調ぶりにマデリアが首を傾げる。
「あら。二人ともどうしたの? 最悪のコンディションじゃない」
サンプソンも困ったように考え込んでいる。
「うーん、困ったね。このままじゃキマイラの素材回収なんて厳しいんじゃないかな。一度休憩を挟もうか」
「そうね。そうした方がいいわね」
話がまとまりかけたとき、アーサーがサンプソンの服を引っ張る。
「ん、どうしたんだいアーサー」
「サンプソンさん……。僕、休憩しても治らない。むしろ時間が経つごとに症状が悪くなると思う……」
「……治す方法はある?」
「ある、けど……」
「僕たちじゃできないこと?」
アーサーはコクコクと頷き、「ごめんなさい」と小さな声で謝った。
「謝らなくていい。……分かった。マデリアに相談するから、ちょっと待ってて」
サンプソンがマデリアと話をしている間、アーサーはモニカの背中をさすった。
「モニカ、大丈夫? ごめんね、こんなになるまで走らせちゃって」
「ううん……っ、わたしの体力がなさすぎるのよ……っ、はぁっ……はぁっ……」
「とりあえず座って休もう。呼吸がおかしいよ、モニカ。手足の感覚もなくなってるんでしょ?」
「……うん……」
ぐったりと座り込んだモニカに、アーサーが塩を少し混ぜた水を飲ませていると、サンプソンとマデリアが戻って来た。
「聞いたわアーサー。あなた、絶不調なのね。モニカも戦える状態じゃないわ」
「「……ごめんなさい」」
「いいの。ダンジョンは空気も薄いしいつも通りには体が動かない。体調不良や体力切れを起こす人は多くないわ。特にあなたたちは、こんなに広いダンジョンに潜ったことがなかったでしょうし」
「本当はこのまま帰るべきなんだけど、君たちお金が必要なんだよね? だから僕たちがサクッとキマイラの素材を集めてきてあげる。君たちはここで休んでて」
マデリアが杖を振ると、岩壁が崩れて小さな洞窟になった。そこに双子を移動させ、入り口を氷の柵で塞ぐ。
「これで魔物の侵入は防げるわ。……ある程度ね。火魔法が使える魔物やバカみたいに力が強い魔物だったら壊される可能性があるから、その時は戦って」
「万が一のことがあったら大声で叫んでね。すぐ助けに行くから」
「ありがとう……」
「ほったらかしにして悪いけど、なるべく早く出なきゃいけないでしょ。許してね」
アーサーとモニカは頷き、最奥へ歩いていく彼らを見送った。
彼らが見えなくなった時、モニカがハァ……と息を吐く。
「アーサー、ごめん」
「え? どうしたの急に」
「吸血欲のことすっかり忘れてたわ……」
「ああ、ううん。大丈夫だよ」
「そんな真っ青な顔でよく言うわ。五日以上飲んでないじゃない。ほんとごめん……」
「モニカが謝ることじゃないよ。クルドのアジトで吸血行為なんてしてたら、魔物になったと勘違いされて追い出されてたかもしれないし。どっちにせよ、僕はあそこでモニカの血を飲ませてもらおうとは思ってなかったから」
「今だったらサンプソンさんもマデリアさんも見てないわ。飲んで」
首を傷つけようとするモニカを、アーサーが慌てて止める。
「だめだよモニカ! モニカは今酸欠と脱水症状になってるんだよ!? そんな状態で血まで失ったら下手したら死んじゃう! たぶん僕、今飲ませてもらったらたくさん飲んじゃうし……」
「……じゃあ、わたしの体調が元に戻ったら飲んでね。ごめんね」
「だから謝らないで。ほらモニカ、少し眠ったらどう? きっと楽になるよ」
「うん……」
とっくに体力の限界を迎えていたモニカは、横たわり兄にリズムよく肩を叩かれると、すぐに寝息を立て始めた。
アーサーは頬を緩めてしばらく彼女の寝顔を眺めていたが、耐えがたい喉の渇きとぼやける視界に顔を歪める。
「思ってたより厄介だな、これ……。たった五日でこんなに弱っちゃうなんて」
彼は自身の左手を見て自嘲的に笑った。
「魔物の痣が刻まれた左腕。魔物の血が混じった体。人の血を飲まなきゃいけないとこんなにも弱ってしまう。どうせ魔物になっちゃうのなら、もっと強くなりたかった。役に立ちそうな魔力も、僕じゃ使いこなせないし」
そう言ってからハッと我に返り、アーサーはペチペチと頬を叩く。
「だめだめ! セルジュ先生もロイも、命を懸けて僕を守ってくれたのに! こんな文句ばっかり言って恩知らずもいいところだよ! 生きてるだけでもありがたいんだから。僕のバカ」
体が弱ると心も弱ってしまうんだな、と彼はため息を吐き、気持ちを切り替えて柵の前で見張りをすることにした。
「今はサンプソンさんもマデリアさんもいない。僕がモニカを守らなきゃ」
「いるわいるわ。ざっと二百体。ここのところ誰も冒険者が入ってなかったようね。繁殖しすぎてパンパンになってるもの。つまりボロ儲けよ」
彼女にとっては嬉しい報告のつもりだったが、アーサーとモニカは反応する余裕すらなかった。
モニカは涎を垂らしてゼェゼェと息をしている。足手まといになりたくないと、無理に彼らのペースで走ったので手も足もガクガクだ。
一方アーサーは、移動に関しては問題がなかったが、ひどい貧血で顔が真っ青だった。
彼らの絶不調ぶりにマデリアが首を傾げる。
「あら。二人ともどうしたの? 最悪のコンディションじゃない」
サンプソンも困ったように考え込んでいる。
「うーん、困ったね。このままじゃキマイラの素材回収なんて厳しいんじゃないかな。一度休憩を挟もうか」
「そうね。そうした方がいいわね」
話がまとまりかけたとき、アーサーがサンプソンの服を引っ張る。
「ん、どうしたんだいアーサー」
「サンプソンさん……。僕、休憩しても治らない。むしろ時間が経つごとに症状が悪くなると思う……」
「……治す方法はある?」
「ある、けど……」
「僕たちじゃできないこと?」
アーサーはコクコクと頷き、「ごめんなさい」と小さな声で謝った。
「謝らなくていい。……分かった。マデリアに相談するから、ちょっと待ってて」
サンプソンがマデリアと話をしている間、アーサーはモニカの背中をさすった。
「モニカ、大丈夫? ごめんね、こんなになるまで走らせちゃって」
「ううん……っ、わたしの体力がなさすぎるのよ……っ、はぁっ……はぁっ……」
「とりあえず座って休もう。呼吸がおかしいよ、モニカ。手足の感覚もなくなってるんでしょ?」
「……うん……」
ぐったりと座り込んだモニカに、アーサーが塩を少し混ぜた水を飲ませていると、サンプソンとマデリアが戻って来た。
「聞いたわアーサー。あなた、絶不調なのね。モニカも戦える状態じゃないわ」
「「……ごめんなさい」」
「いいの。ダンジョンは空気も薄いしいつも通りには体が動かない。体調不良や体力切れを起こす人は多くないわ。特にあなたたちは、こんなに広いダンジョンに潜ったことがなかったでしょうし」
「本当はこのまま帰るべきなんだけど、君たちお金が必要なんだよね? だから僕たちがサクッとキマイラの素材を集めてきてあげる。君たちはここで休んでて」
マデリアが杖を振ると、岩壁が崩れて小さな洞窟になった。そこに双子を移動させ、入り口を氷の柵で塞ぐ。
「これで魔物の侵入は防げるわ。……ある程度ね。火魔法が使える魔物やバカみたいに力が強い魔物だったら壊される可能性があるから、その時は戦って」
「万が一のことがあったら大声で叫んでね。すぐ助けに行くから」
「ありがとう……」
「ほったらかしにして悪いけど、なるべく早く出なきゃいけないでしょ。許してね」
アーサーとモニカは頷き、最奥へ歩いていく彼らを見送った。
彼らが見えなくなった時、モニカがハァ……と息を吐く。
「アーサー、ごめん」
「え? どうしたの急に」
「吸血欲のことすっかり忘れてたわ……」
「ああ、ううん。大丈夫だよ」
「そんな真っ青な顔でよく言うわ。五日以上飲んでないじゃない。ほんとごめん……」
「モニカが謝ることじゃないよ。クルドのアジトで吸血行為なんてしてたら、魔物になったと勘違いされて追い出されてたかもしれないし。どっちにせよ、僕はあそこでモニカの血を飲ませてもらおうとは思ってなかったから」
「今だったらサンプソンさんもマデリアさんも見てないわ。飲んで」
首を傷つけようとするモニカを、アーサーが慌てて止める。
「だめだよモニカ! モニカは今酸欠と脱水症状になってるんだよ!? そんな状態で血まで失ったら下手したら死んじゃう! たぶん僕、今飲ませてもらったらたくさん飲んじゃうし……」
「……じゃあ、わたしの体調が元に戻ったら飲んでね。ごめんね」
「だから謝らないで。ほらモニカ、少し眠ったらどう? きっと楽になるよ」
「うん……」
とっくに体力の限界を迎えていたモニカは、横たわり兄にリズムよく肩を叩かれると、すぐに寝息を立て始めた。
アーサーは頬を緩めてしばらく彼女の寝顔を眺めていたが、耐えがたい喉の渇きとぼやける視界に顔を歪める。
「思ってたより厄介だな、これ……。たった五日でこんなに弱っちゃうなんて」
彼は自身の左手を見て自嘲的に笑った。
「魔物の痣が刻まれた左腕。魔物の血が混じった体。人の血を飲まなきゃいけないとこんなにも弱ってしまう。どうせ魔物になっちゃうのなら、もっと強くなりたかった。役に立ちそうな魔力も、僕じゃ使いこなせないし」
そう言ってからハッと我に返り、アーサーはペチペチと頬を叩く。
「だめだめ! セルジュ先生もロイも、命を懸けて僕を守ってくれたのに! こんな文句ばっかり言って恩知らずもいいところだよ! 生きてるだけでもありがたいんだから。僕のバカ」
体が弱ると心も弱ってしまうんだな、と彼はため息を吐き、気持ちを切り替えて柵の前で見張りをすることにした。
「今はサンプソンさんもマデリアさんもいない。僕がモニカを守らなきゃ」
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