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北部編:イルネーヌ町

ベッドから出られません

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◇◇◇

 イルネーヌ町は静かな町だった。ほとんどずっと吹雪いているので、必要な時以外で外出する町人はおらず、町へ出てもサッと用事を済ませてそそくさと家へ帰っていく。

 アーサーとモニカも、あまりの寒さに宿から出られずにいた。
 その日も双子は、ベッドの上でぴったりとくっつき布団にくるまっていた。

「うう……そろそろお仕事探さないと、お金があ……」

 モニカの背中におでこをグリグリ押さえつけながら、アーサーがため息をついた。その息が温かかったのか、モニカは「アーサー、もう一回それしてー」とお願いをする。

「こうー?」

「あったかあーい」

「えー、僕もして」

「いいよ」

 今度はモニカが、兄の背中に息を吐く。思いのほか気持ち良かったのか、アーサーはへにゃっと表情を緩めた。

「きもちいー。……いや、そうじゃなくて。そろそろ所持金がぁ……」

「あっ、そうだった。死活問題だわ」

「キャネモに支払うお金とかそれ以前に、僕たちの生活費が危うい……」

「お金を稼ぐ方法って言ったら、冒険者業か薬師くらいしか思い浮かばないわ……」

「うーん、そうだよねえ。もしくは、商人ギルドの求人とか……」

「少なくとも、お布団の中にいても仕事は降ってないわ」

「そうだね。よし、今日こそ外に出よう……」

「うん、出よう……」

「……」

「……」

「……モニカ、お布団から出よう?」

「うん。出よう」

 そう言いながらも、二人はなかなか布団から出られない。長年バンスティン国南部で暮らしていた彼らにとって、極寒は唯一の弱点とも言えた。その上彼らは暖かい服を持っていない。外へ出るのは至難の業だった。

 双子が布団から出られるのは、極限までトイレを我慢した時だけだ。
 その日、先に極限を迎えたのはアーサーだった。

「だめ。もう限界。おもらししちゃう……」

 アーサーがのろのろと布団から抜け出して、漏らさないよう内股でトイレまで歩いていく。モニカは布団の中で、兄がトイレで「あー……」と気持よさそうな声を漏らしているのを聞いた。

 トイレから戻って来たアーサーは、再び布団に潜りたい気持ちをグッと堪えてモニカから布団をはぎ取った。

「きゃーーーー! やめてよアーサー! 寒いよぉぉぉぉ」

「ほら! モニカも起きて! おしっこ行きたいでしょ!?」

「まだいけるもん!」

「ダメだよ我慢しすぎちゃあ!」

「きゃー!」

 兄に乗っかられて、おなかをぐいぐいと手で押されたモニカは、悲鳴をあげて手足をばたつかせた。アーサーはケタケタ笑い、腹部を刺激したり、脇をくすぐったりと悪戯をやめてくれない。くすぐられて思わず笑ってしまったモニカは、顔を真っ赤にして兄を風魔法で吹き飛ばす。

「ふぎゃっ」

「アーサーのバカぁ! ちょ、ちょっと出ちゃったじゃないのぉ!」

「えー! モニカ、十六歳なのにおもらししちゃったのー!?」

「アーサーのせいでしょぉ!? バカァァ!」

「ふぐぇっ」

 モニカは泣き叫んでトイレへ駆け込んだ。

部屋に残されたアーサーは、カッチカチに氷漬けにされていた。

「僕、氷漬けにされてる間に考えたんだけど」

 トイレから戻って来たモニカに解凍してもらったアーサーは、暖炉の前でガチガチと震えながら提案をする。

「今の僕たちが一番稼げる方法って、魔物素材を売ることだと思うんだよね」

「ふむふむ」

「ほら、僕たちって今身元を明かしたくないでしょ? だからクエストは受けられない。でも、素材を売ることは冒険者じゃなくてもできる」

 モニカはパッと顔を輝かせる。

「アーサー最高! 確かにそれが一番稼げそう!」

「うんうん! それでね、一番効率よく素材を回収できるのは……」

「ダンジョン、ね」

「ご名答!」

 得意げなモニカはふふんと笑っている。

「無難なのはFランクダンジョンかなあ」

 アーサーがそう言うと、モニカはうーんと唸った。

「でも、Fランクってゴブリンとかオークとかがほとんどじゃない? 今回はクエストで行くわけじゃないから、九割殲滅にこだわらなくてもいいし、EかDの強い魔物だけを倒してダンジョンを出るって言うのはどうかなー?」

 モニカの提案に、アーサーはすぐには賛成しなかった。ダンジョンの恐ろしさはモニカよりアーサーの方がよく知っている。

「モニカ。たった二人で高ランクダンジョンへ潜ることが、どれほど怖いことか分かってる?」

「わ、分かってるもん……。私だって、今まで何度もダンジョン潜って来たもん……」

「二人で潜るときはずっとFだったでしょ?」

「だってアーサーがそれ以上のランク行かせてくれなかったから」

「ダンジョンは怖いところだから、余裕でクリアできるところを選んでたんだよ」

「そんなの、退屈……。たまには強い魔物と戦いたいもん……」

 アーサーは困ったように小さくため息をついた。彼よりモニカの方が好戦的であることは以前から気付いてはいたが、ここで駄々をこねられるとは思っていなかった。

 モニカはムスッと俯き、足をぶらぶらと揺らす。

「実はね、ずっと言ってなかったけど、魔力がパンパンになるとちょっとしんどいの。体が重くて、ちょっとでも気を抜いたら氷魔法が出ちゃうようになるし。……だから、思いっきり発散できるところがいいなあ……」

「そうだったんだ……」

「さっきもアーサーのこと氷漬けにしちゃったでしょ? それもそのせい」

「……それは建前で、ほんとは手応えのある魔物と戦いたいんでしょ?」

「うっ……。で、でも本当のことだもん……」

 お願いお願い、とモニカがいつも以上に甘えた声を出す。
 妹の可愛さに鼻の下が伸びそうになるのを必死に堪えて、アーサーは折衷案を出した。

「じゃ、じゃあ、こうしよう! 冒険者ギルドに行って、まずはGランクのダンジョンに潜って弱い魔物の素材回収をして、そのお金で武器や防具を揃えよう。それでしっかり準備ができたら、近くにあるFかEのどっちか近い方のダンジョンに潜ろう!」

「Ⅾランクはぁ?」

「だめ。Ⅾランクはさすがにだめ。それ以上わがまま言うなら、僕ひとりで素材回収するからね!」

 モニカは引き際を弁えている。これ以上食い下がっても、アーサーは折れてくれないと覚った彼女は、渋々といった様子で頷いた。

「分かったあ」

「よし! そうと決まれば早速冒険者ギルドに行こう」

「朝ごはん食べてからね!」
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