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魂魄編:ピュトア泉
ひとかけらの実芭蕉
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「あ、フィック! 体調はどう?」
シチュリアに叱られたモニカが小屋へ戻ると、フィックがダイニングテーブルで食事をとっていた。カットされたりんごをフォークに刺して口に運んでいる。
モニカは彼の隣に座り、まるごとりんごに齧りついた。
「少し眠ったおかげで良くなったよ。ありがとう」
「良くなってよかった!」
フィックがあまりに静かに食事をしているので、つられてモニカも黙っていたが、おしゃべり好きのモニカは長い沈黙に耐えられなかった。
「ねえフィック! フィックとシチュリアは最近初めて出会ったばっかりなのよね?」
「そうだよ」
「どうしてあんなに仲が良いの?」
フィックはしばらく応えずにりんごを咀嚼して、飲み込んでから口を開く。
「似ているからかな」
「どこが?」
「躓いた場所」
「似たようなところでこけたの?」
「そう」
「……?」
要領の得ない話にモニカは反応できずにいた。
なんとか理解しようと必死に頭を働かせているモニカに、今度はフィックが質問する。
「モニカは、どうしてアーサーとあんなに仲が良いの?」
「え? だってお兄ちゃんだから」
「兄妹だったら仲良くて当然?」
「そうだと思うけど」
「そうなんだ」
「……?」
「アーサーのどこが好き?」
この質問にモニカは目を輝かせて、自信満々に答える。
「聞きたい!? わたしがアーサーを好きな理由! えっとね、まずね! やさしいところでしょ、かっこいいところでしょ、強いところでしょ、寝顔がかわいいところでしょ、頭がいいところでしょ、私のこと大好きなところでしょ、ちょっぴり泣き虫なところでしょ、ダンスが上手なところ、ピアノもバイオリンも上手なところ……」
モニカは一時間に渡り、アーサーの好きなところを並べ続けた。それをフィックはにこにこしながら聞いている。
「あとはね、女の子の恰好も似合うところ! ……さすがにもう思いつかないなあ」
最後のひとつを言い終えたモニカは、満足げに伸びをした。
「んー! 初めて全部言いきれたわ! みんな最後まで聞いてくれないんだもん。ありがとうフィック! 眠くなっちゃったんじゃない?」
さすがに申し訳ないと思ったのか、モニカがバツが悪そうに笑ったが、フィックは小さく首を振る。
「いいや、楽しかったよ」
「ほんとー!? うれしい!」
「もっと聞かせてほしいくらい」
「じゃあ、明日までに考えとく!」
「お願い」
モニカとフィックは微笑み合った。
笑っているのに、フィックのやつれた顔を見ると心が痛む。モニカはおそるおそる尋ねた。
「えっと、いやだったら答えないでね。あの、フィックってどんな病気なの……?」
フィックは笑みを浮かべたまま固まった。モニカが聞くんじゃなかったと後悔していると、彼は小さく口を開く。
「心、かな」
「心……」
「体はどこも悪くないんだ。でも、いつからか食事を口にできなくなってね。それまでは僕、普通の男の子くらいの肉付きはしていたんだよ」
「そうだったんだ……」
「最近もっと調子が悪くなってきて、このままじゃ命が危ないから、ここで養生することになったんだ」
「少し良くなった?」
「ああ。良くなったよ。今もこうして、りんごを食べられているし」
フィックはそう言って、フォークに刺さったままだったりんごをぱくりと口に入れて見せた。しゃくしゃくと噛み、嚥下する。そして少しばかり得意げに、「ね?」と言って口角を上げた。
モニカは頷き、ナイフを手に取りバナナを切った。そして彼の皿へ載せて、バナナにフォークを刺して彼の口元へ運ぶ。
「フィック! あーん!」
「え?」
「食べて! もっと食べて!」
「えっと、僕はいいからモニカが食べるといいよ」
「ううん! フィックに食べて欲しいの!」
そう言ってフィックの頬にぐりぐりとバナナを押し付けるモニカ。はじめは困惑していたフィックだったが、彼女の強引さに思わず噴き出した。
「ぷっ……! やめてよモニカ。顔が汚れてしまうじゃないかぁ」
「だったら食べてよ! ひとかけらだけでいいから!」
「もう……」
フィックは仕方なく、押し付けられているバナナをぱくりと食べる。彼が飲みこんだのを見て、モニカは満面の笑みを浮かべた。
「わたしね! 人が食べてるところを見るのが好きなの! だからフィックが食べてるのを見るの、すごく嬉しい! 無理して食べなくてもいいけど、ときどきわたしのために、一口多めに食べてくれる?」
フィックの瞳にじわっと涙が滲んだ気がした。だがすぐにいつもの微笑に戻り、彼は「いいよ」と答えただけだった。
その日からモニカは毎食後、フィックの口にひとかけらの果物を放り込んだ。それを見ていたアーサーが、「僕も僕も!」と彼にもうひとかけらの果物を食べさせる。いつの間にかシチュリアまで、彼の口に果物を放り込むようになった。
いつもより三口も多く食べなければならなくなったフィックだが、その果物のかけらがどんな料理よりも美味しく感じていたのは、彼だけの秘密。
シチュリアに叱られたモニカが小屋へ戻ると、フィックがダイニングテーブルで食事をとっていた。カットされたりんごをフォークに刺して口に運んでいる。
モニカは彼の隣に座り、まるごとりんごに齧りついた。
「少し眠ったおかげで良くなったよ。ありがとう」
「良くなってよかった!」
フィックがあまりに静かに食事をしているので、つられてモニカも黙っていたが、おしゃべり好きのモニカは長い沈黙に耐えられなかった。
「ねえフィック! フィックとシチュリアは最近初めて出会ったばっかりなのよね?」
「そうだよ」
「どうしてあんなに仲が良いの?」
フィックはしばらく応えずにりんごを咀嚼して、飲み込んでから口を開く。
「似ているからかな」
「どこが?」
「躓いた場所」
「似たようなところでこけたの?」
「そう」
「……?」
要領の得ない話にモニカは反応できずにいた。
なんとか理解しようと必死に頭を働かせているモニカに、今度はフィックが質問する。
「モニカは、どうしてアーサーとあんなに仲が良いの?」
「え? だってお兄ちゃんだから」
「兄妹だったら仲良くて当然?」
「そうだと思うけど」
「そうなんだ」
「……?」
「アーサーのどこが好き?」
この質問にモニカは目を輝かせて、自信満々に答える。
「聞きたい!? わたしがアーサーを好きな理由! えっとね、まずね! やさしいところでしょ、かっこいいところでしょ、強いところでしょ、寝顔がかわいいところでしょ、頭がいいところでしょ、私のこと大好きなところでしょ、ちょっぴり泣き虫なところでしょ、ダンスが上手なところ、ピアノもバイオリンも上手なところ……」
モニカは一時間に渡り、アーサーの好きなところを並べ続けた。それをフィックはにこにこしながら聞いている。
「あとはね、女の子の恰好も似合うところ! ……さすがにもう思いつかないなあ」
最後のひとつを言い終えたモニカは、満足げに伸びをした。
「んー! 初めて全部言いきれたわ! みんな最後まで聞いてくれないんだもん。ありがとうフィック! 眠くなっちゃったんじゃない?」
さすがに申し訳ないと思ったのか、モニカがバツが悪そうに笑ったが、フィックは小さく首を振る。
「いいや、楽しかったよ」
「ほんとー!? うれしい!」
「もっと聞かせてほしいくらい」
「じゃあ、明日までに考えとく!」
「お願い」
モニカとフィックは微笑み合った。
笑っているのに、フィックのやつれた顔を見ると心が痛む。モニカはおそるおそる尋ねた。
「えっと、いやだったら答えないでね。あの、フィックってどんな病気なの……?」
フィックは笑みを浮かべたまま固まった。モニカが聞くんじゃなかったと後悔していると、彼は小さく口を開く。
「心、かな」
「心……」
「体はどこも悪くないんだ。でも、いつからか食事を口にできなくなってね。それまでは僕、普通の男の子くらいの肉付きはしていたんだよ」
「そうだったんだ……」
「最近もっと調子が悪くなってきて、このままじゃ命が危ないから、ここで養生することになったんだ」
「少し良くなった?」
「ああ。良くなったよ。今もこうして、りんごを食べられているし」
フィックはそう言って、フォークに刺さったままだったりんごをぱくりと口に入れて見せた。しゃくしゃくと噛み、嚥下する。そして少しばかり得意げに、「ね?」と言って口角を上げた。
モニカは頷き、ナイフを手に取りバナナを切った。そして彼の皿へ載せて、バナナにフォークを刺して彼の口元へ運ぶ。
「フィック! あーん!」
「え?」
「食べて! もっと食べて!」
「えっと、僕はいいからモニカが食べるといいよ」
「ううん! フィックに食べて欲しいの!」
そう言ってフィックの頬にぐりぐりとバナナを押し付けるモニカ。はじめは困惑していたフィックだったが、彼女の強引さに思わず噴き出した。
「ぷっ……! やめてよモニカ。顔が汚れてしまうじゃないかぁ」
「だったら食べてよ! ひとかけらだけでいいから!」
「もう……」
フィックは仕方なく、押し付けられているバナナをぱくりと食べる。彼が飲みこんだのを見て、モニカは満面の笑みを浮かべた。
「わたしね! 人が食べてるところを見るのが好きなの! だからフィックが食べてるのを見るの、すごく嬉しい! 無理して食べなくてもいいけど、ときどきわたしのために、一口多めに食べてくれる?」
フィックの瞳にじわっと涙が滲んだ気がした。だがすぐにいつもの微笑に戻り、彼は「いいよ」と答えただけだった。
その日からモニカは毎食後、フィックの口にひとかけらの果物を放り込んだ。それを見ていたアーサーが、「僕も僕も!」と彼にもうひとかけらの果物を食べさせる。いつの間にかシチュリアまで、彼の口に果物を放り込むようになった。
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