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魂魄編:ピュトア泉
吸血欲を調べるフィック
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4人で朝食を食べた後、フィックがアーサーに呼び掛けた。
「早速だけど、吸血行為について調べようか」
「あ……うん」
アーサーの表情が曇る。シチュリアと騒いでいるときは気にならなかったが、落ち着いて朝食を食べ始めた頃から吸血欲がじわじわとこみあげてきていた。パンをかじっても満たされない空腹。水を飲んでも収まらない喉の渇き。なぜ満たされないのか気付いていなかったが、フィックに声をかけられて、それが吸血欲だと分かった。
モニカとシチュリアが見守る中、アーサーとフィックは隣り合って長椅子に腰かける。
早速ナイフで首元に傷をつけようとしているフィックに、シチュリアが念を押した。
「フィック。分かっていると思うけど、あなたの体重では350ml以上は与えてはいけないわよ。いくら多くても400ml。分かりましたか?」
「もう少しいけるんじゃないかな? 人間は総血液量の半分を失うと死に至る。逆に言えば半分より少なければ死なないだろう。だから1,900ml未満なら問題ない」
「何を言って……。総血液量の3分の1を失えば立てなくなるのよ」
「じゃあ1,200ml未満なら文句はないだろう」
「……」
フィックがシチュリアを見上げる。口調も柔らかく、微笑みも浮かべているのに、シチュリアは押し黙ってしまった。一度食い下がろうと口を開いたが、結局何も言えずにため息をついただけだった。
フィックがアーサーに向き直り、ニコッと笑う。
「待たせてすまないね。じゃあ、満足するまで飲んでみてくれるかな。これは君の吸血量を調べるためだから、僕を気遣って充分な量を飲まないとかはしないでほしい。そうなるとやり直しだからね」
「わ……分かった」
不思議な人だ、とアーサーは思った。フィックに無理はさせたくないのに、彼の言うことには思わず従ってしまう。声を荒げたり脅したりしていないのに、従わなければ怖いことが起こると感じてしまう。彼の雰囲気は、少しだけカトリナに似ていた。
フィックがスッと首にナイフを滑らせると、血がじわっと滲み、垂れた。それを見てアーサーが喉を鳴らす。
フィックはアーサーの頭に手をまわし、抱き寄せるようにゆっくりと彼の頭を首元に近づける。
「はっ……はっ……」
血を見て息を荒げるアーサーに、フィックは耳元で囁いた。
「飲んで」
「……」
遠慮がちに、アーサーがフィックの流れる血を舐めた。はじめはチロチロと舐めていたが、だんだんと吸血欲が抑えきれなくなり傷口に吸い付いた。
急速に失われる血液に、フィックの顔がみるみる青くなっていく。だが彼はいつもと変わらない表情で、冷静にシチュリアに血液量を伝えていた。
「100ml......200......300......400.....」
「……っ、フィック……」
400mlを超えたところでシチュリアがたまらず声をかけた。だが、フィックは小さく首を振り、「500」と答えただけだった。
600mlのところで、アーサーは首元から唇を離した。
アーサーとフィックの目が合った。意識が朦朧としているフィックは、微笑を浮かべながらアーサーの頬を撫でる。
「フィック……。たくさん飲んでごめんね」
「いいんだよ。足りなくはないかい?」
「うん。満足するまで飲んじゃった」
「いくらでもお飲み」
「……」
アーサーが返答に困っていると、シチュリアが増血薬を持って来た。それをフィックに飲ませているときの彼女は、誰よりも顔が青かった。泣き出してしまうのではないかとモニカは思った。
「アーサーが吸血で求めた血液は620ml」
一方フィックは、冷静に吸血結果を報告している。
「でも、これはおそらく、アーサーの体に吸血鬼の残滓が沁み込んでから今日までの吸血欲を満たすための量だね。でないと多すぎる」
「そうね……。620mlはあまりにも多いわ」
「おなかがたぷたぷでしんどい……」
アーサーがボソッと呟くと、フィックが噴き出し、肩を小さく揺らした。
独り言を聞かれたことにアーサーは顔を真っ赤にする。
「ご、ごめんね!? たぷたぷになるまで飲んじゃったのに、しんどいなんて文句言っちゃって!」
「いや、そこじゃないよ」
フィックの笑いは止まらず、右手で顔を隠しながら笑い声を抑えている。笑いすぎて涙が出たのか、目じりを拭って顔から手を離す。彼は何度か深呼吸をしてからシチュリアを見た。
「僕が思うに、アーサーが一日に求める血の量は約80ml。飲まなくても死にはしないだろうけど、吸血していない間は空腹感が彼を襲い続けるだろう。そして、次に飲んだ時には、放っておけばそれまで飲んでいなかった分まで吸血してしまう」
「そうね。80ml......。結構な量だわ」
「これを毎日、か。思ったより症状が重いね」
「……」
「大丈夫よアーサー! わたしが毎日たっぷり飲ませてあげるからね!」
重い雰囲気が流れかけたとき、モニカが元気いっぱいにそう言った。
「アーサーが作った増血薬があれば、80mlなんて一瞬で増血できちゃうわ!」
モニカはアーサーにガバっと抱きつき、彼にしか聞こえない声で囁く。
「だから、明日からはわたしの血を飲んでね?」
首を傾げて妹を見ると、頬を膨らませて拗ねているような表情をしている。どうやらフィックに嫉妬しているようだ。
アーサーは困ったように笑って頷いた。
「早速だけど、吸血行為について調べようか」
「あ……うん」
アーサーの表情が曇る。シチュリアと騒いでいるときは気にならなかったが、落ち着いて朝食を食べ始めた頃から吸血欲がじわじわとこみあげてきていた。パンをかじっても満たされない空腹。水を飲んでも収まらない喉の渇き。なぜ満たされないのか気付いていなかったが、フィックに声をかけられて、それが吸血欲だと分かった。
モニカとシチュリアが見守る中、アーサーとフィックは隣り合って長椅子に腰かける。
早速ナイフで首元に傷をつけようとしているフィックに、シチュリアが念を押した。
「フィック。分かっていると思うけど、あなたの体重では350ml以上は与えてはいけないわよ。いくら多くても400ml。分かりましたか?」
「もう少しいけるんじゃないかな? 人間は総血液量の半分を失うと死に至る。逆に言えば半分より少なければ死なないだろう。だから1,900ml未満なら問題ない」
「何を言って……。総血液量の3分の1を失えば立てなくなるのよ」
「じゃあ1,200ml未満なら文句はないだろう」
「……」
フィックがシチュリアを見上げる。口調も柔らかく、微笑みも浮かべているのに、シチュリアは押し黙ってしまった。一度食い下がろうと口を開いたが、結局何も言えずにため息をついただけだった。
フィックがアーサーに向き直り、ニコッと笑う。
「待たせてすまないね。じゃあ、満足するまで飲んでみてくれるかな。これは君の吸血量を調べるためだから、僕を気遣って充分な量を飲まないとかはしないでほしい。そうなるとやり直しだからね」
「わ……分かった」
不思議な人だ、とアーサーは思った。フィックに無理はさせたくないのに、彼の言うことには思わず従ってしまう。声を荒げたり脅したりしていないのに、従わなければ怖いことが起こると感じてしまう。彼の雰囲気は、少しだけカトリナに似ていた。
フィックがスッと首にナイフを滑らせると、血がじわっと滲み、垂れた。それを見てアーサーが喉を鳴らす。
フィックはアーサーの頭に手をまわし、抱き寄せるようにゆっくりと彼の頭を首元に近づける。
「はっ……はっ……」
血を見て息を荒げるアーサーに、フィックは耳元で囁いた。
「飲んで」
「……」
遠慮がちに、アーサーがフィックの流れる血を舐めた。はじめはチロチロと舐めていたが、だんだんと吸血欲が抑えきれなくなり傷口に吸い付いた。
急速に失われる血液に、フィックの顔がみるみる青くなっていく。だが彼はいつもと変わらない表情で、冷静にシチュリアに血液量を伝えていた。
「100ml......200......300......400.....」
「……っ、フィック……」
400mlを超えたところでシチュリアがたまらず声をかけた。だが、フィックは小さく首を振り、「500」と答えただけだった。
600mlのところで、アーサーは首元から唇を離した。
アーサーとフィックの目が合った。意識が朦朧としているフィックは、微笑を浮かべながらアーサーの頬を撫でる。
「フィック……。たくさん飲んでごめんね」
「いいんだよ。足りなくはないかい?」
「うん。満足するまで飲んじゃった」
「いくらでもお飲み」
「……」
アーサーが返答に困っていると、シチュリアが増血薬を持って来た。それをフィックに飲ませているときの彼女は、誰よりも顔が青かった。泣き出してしまうのではないかとモニカは思った。
「アーサーが吸血で求めた血液は620ml」
一方フィックは、冷静に吸血結果を報告している。
「でも、これはおそらく、アーサーの体に吸血鬼の残滓が沁み込んでから今日までの吸血欲を満たすための量だね。でないと多すぎる」
「そうね……。620mlはあまりにも多いわ」
「おなかがたぷたぷでしんどい……」
アーサーがボソッと呟くと、フィックが噴き出し、肩を小さく揺らした。
独り言を聞かれたことにアーサーは顔を真っ赤にする。
「ご、ごめんね!? たぷたぷになるまで飲んじゃったのに、しんどいなんて文句言っちゃって!」
「いや、そこじゃないよ」
フィックの笑いは止まらず、右手で顔を隠しながら笑い声を抑えている。笑いすぎて涙が出たのか、目じりを拭って顔から手を離す。彼は何度か深呼吸をしてからシチュリアを見た。
「僕が思うに、アーサーが一日に求める血の量は約80ml。飲まなくても死にはしないだろうけど、吸血していない間は空腹感が彼を襲い続けるだろう。そして、次に飲んだ時には、放っておけばそれまで飲んでいなかった分まで吸血してしまう」
「そうね。80ml......。結構な量だわ」
「これを毎日、か。思ったより症状が重いね」
「……」
「大丈夫よアーサー! わたしが毎日たっぷり飲ませてあげるからね!」
重い雰囲気が流れかけたとき、モニカが元気いっぱいにそう言った。
「アーサーが作った増血薬があれば、80mlなんて一瞬で増血できちゃうわ!」
モニカはアーサーにガバっと抱きつき、彼にしか聞こえない声で囁く。
「だから、明日からはわたしの血を飲んでね?」
首を傾げて妹を見ると、頬を膨らませて拗ねているような表情をしている。どうやらフィックに嫉妬しているようだ。
アーサーは困ったように笑って頷いた。
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