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魂魄編:ピュトア泉

そんなアーサーが、わたしは好きなんだけどね

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シチュリアがひとしきり感情を吐き出し落ち着いてきたころ、アーサーが尋ねた。

「ねえシチュリア。もしかして君が僕たちを助けた理由の”大切な人”って、ミアーナのこと?」

「?」

「ほら、だって僕の命はミアーナのものだから」

「……」

シチュリアは眉を寄せてアーサーの心臓をじっと見た。今は杖に結ばれている、切れた加護の糸。その色褪せた古い糸から感じる懐かしさは、言われてみれば見覚えがあった。

「……まさか、あなたは一度命を失って……?」

「あ……うん」

「それで、予め与えられていたお母様の命で生き長らえたと……?」

(あ……違ったみたい。やばい。言わない方が良かったやつだこれ……)

思った通り、シチュリアの表情が瞬く間に鬼のようになり、アーサーの顔面に拳が飛んできた。モニカは兄に呆れているようで、彼女を止めようともしない。

シチュリアはブルブルと震え、アーサーを殴り続けた。

「どうして! お母様は! 私じゃなくて! あなたに! 命を! 与えたの!?」

「ぶえっ! ぶあっ! ぶほっ! ぶべばぁあ!」

「自分の! 娘のことは! どうでも! いいの!?」

「ぶぉっ! ばぁっ! ぎゅぁっ! ぷぇぱぁっ!」

「ていうか何!? 6年ぶりに会って! 元気? とかごめんね? とかもなく! なにが! 王子と王女を! 守りなさい! よ!!」

「ふぎゅ! ぷぁっ! ぶぅっ! ぽぺぇっ!」

「お母様! あなたは! 聖女としては! 完璧だったかもしれないけれど! 母親としては! 最悪でした!!」

「ぷぁっ!!」

最後に思いっきりアーサーを殴りつけ、シチュリアは腕をだらんと垂らして肩で息をした。彼女はアーサーを見下ろした。彼の顔は腫れあがり、端正の顔立ちが台無しになっている。

シチュリアとアーサーの目が合った。心なしかスッキリした表情をしている彼女に、アーサーは嬉しそうに笑う。そんな彼につられて、シチュリアも笑った。

「どうしてこんなになるまで殴られたのに、笑うんですか?」

「やっと、シチュリアと友だちになれた気がしたから」

「ふふ。なんですか、それ。意味が分かりません。モニカも、どうして私を止めなかったのです?」

「今のは完全にアーサーが悪いからよ」

「大丈夫だよシチュリア。モニカのアッパーに比べたら、シチュリアのパンチは撫でられてるのと同じだから」

「ちょ……っ、アーサー! わたしはアーサーの顔面殴ったことないよ!?」

「うん! もっと危ないところを狙うよね! みぞおちとか、あごとか!」

「そっ、そうでもしないと、アーサー痛がらないんだもん!」

顔面血だらけにしてのほほんと笑うアーサーは少し気味が悪いほどだったが、双子のくだらないやり取りにシチュリアは思わず噴き出した。

「ぷっ……。なんですかあなたたちは。憎まれている相手に愛情で返し、感情に任せた暴力に笑顔を返すなんて。聖女らしいとかそんな次元ではありません。ただの変態です」

「へんたっ……!?」

「そうね、アーサーは変態ね」

「モニカまで何言ってるの!?」

「今まででアーサーが変態じゃなかったことある?」

「あるよ!! 僕は変態じゃないもん!!」

「本当の変態は自分が変態って分からないのよ!」

また口喧嘩を始めた双子を眺めながら、シチュリアが苦笑いをした。

「……毒気を抜かれてしまいました。この話はもうおしまいにしましょう」

「あっ、うん……」

「ご、ごめんねシチュリア。大切なお話をしてるときに騒いじゃって」

「いいんです。私も取り乱してしまいましたし。……おかげでスッキリしました」

「それならよかった!!」

「僕もこうしてシチュリアの本音を聞けてスッキリした! ありがとう」

殴られた相手に満面の笑みでお礼を言うアーサーに、シチュリアは肩をすくめ、手招きする。

「アーサー、怪我を治癒します。こちらに来てください」

「うん!」

その後アーサーの顔面は、シチュリアの回復魔法によって元通りになった。

それからのシチュリアは、普段通りの起伏の少ない表情をしていたが、心なしかいつもよりも柔らかいような気がした。

騒ぎが落ち着くまで待っていたのか、聖女と双子が白湯を飲み始めたときにフィックが寝室から顔を出した。彼はアーサーとモニカに爽やかに挨拶をしてから、シチュリアの隣に腰かける。そして彼女の肩を抱き、ポンポンと頭を撫でてから何かを耳元で囁いた。

するとシチュリアは、ほんのり目を潤ませて、はにかみながら頷いた。
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