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魂魄編:ピュトア泉
泉の水位
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翌朝、目を真っ赤に腫らしたシチュリアが、眠っている双子の肩を揺らした。起きたアーサーとモニカが気まずそうに上体を起こすと、彼女はもごもごと彼らに声をかける。
「……昨日はすみませんでした。取り乱してしまって」
「ううん! 僕たちの方こそごめんね。できるだけ早く出て行くようにするから」
「シチュリアは謝らないで。あなたは何も悪くないわ」
「……」
シチュリアは双子をちらりと見て、顔を背けた。
「……昨晩フィックに諭されました。私が家族を失ったのは、あなたたちのせいじゃないと。私が苦しむことをしたのは全て、あなたたち以外の王族の者だと」
「……」
「あなたたちも私と同様、王族に苦しめられた人なのだからと。……そう、言われました」
「そ、それはそうだけど、わたしたちのせいなのは変わらないわ。あなたがわたしたちに、いやな気持ちを抱くのは仕方ないことよ。だからそんな顔をしないで、シチュリア」
モニカは彼女の手を握ってすぐ、嫌な思いをさせると思い慌てて手を引っ込めようとした。だが、シチュリアはモニカの手を握り返す。
「昨晩よく考えたんです。フィックに話を聞いてもらいながら、空が明るむまで。それで、自分の気持ちが分かりました。私があなたたちに抱いていた感情は憎しみというよりも、嫉妬です」
「……」
「お母様に一番愛されていたのは、私ではなくあなたたちだったから」
「シチュリア……」
かける言葉が見つからず、アーサーとモニカは俯いた。シチュリアはとつとつと話を続ける。
「お母様は、私が一歳の頃ここを出ました。物心がついてからは、私はお母様と一度しか会ったことがありません。お母様があなたたちを森へ捨て、王城へ帰る前に、ここを訪れたのです。そしてお母様は私にこう言いました。『アウス王子とモリア王女を守って欲しい』と」
「……」
シチュリアはその時のことを思い出しているのか、自嘲的に笑った。
「6年ぶりにあった娘に、お母様はそれだけを言って去って行きました。そして一週間後、王族の兵がここに来て、住民を虐殺しました。生き残った人たちは我先にと山を降りて逃げました。私だけが、生かされた。泉を守るための聖女として」
「なんてこと……」
モニカは頭を抱え、アーサーはうなだれた。
「私は一人で、そこら中に散らばっている屍を運び、森の端に埋めました。そして、血に濡れた建物を水魔法で洗い流し、血が沁み込んだ土を土魔法で入れ替えた。それからは人の声が聞こえなくなった山頂で、一人で生きてきた。泉だけが、私に残されたものでした」
「……」
「聖地の泉は、聖女の心の豊かさによって水位が決まります。村に誰もいなくなってからは、泉の水位は下がる一方でした。今ではもう、ほとんど泉は湧き出ません。おそらく昨晩の出来事でもっと水位が下がったでしょうね。間違いなく、あと数年したら枯れてしまう」
「泉が枯れたら……?」
「もちろん、処刑されます。その方がいいです。こんなところで生かされるよりも、ずっと」
「……」
「私はもう疲れてしまいました。恨むことにも、憎むことにも、嫉妬することにも」
「シチュリア……」
アーサーが口を開きかけたが、シチュリアが彼の唇に指を当てる。
「人間は、魔物と神の間の存在です。魔物のような一面もあれば、神のような一面もある。聖女は人間よりも神に近い存在なので、本来負の感情は抱きにくいはずなのです。だからでしょうか。聖女であるのに負の感情を抱き続けた私は、もう自分の感情がどこにあるのか分からないのですよ」
シチュリアはそっと指を離し、アーサーとモニカの頬を撫でた。
「あなたたちはどうして、負の感情が薄いのですか? なぜ私よりも、聖女らしい性格をしているのですか?」
思いつめた顔で言葉を絞り出したシチュリアは、涙をこらえて唇を震わせていた。
「……昨日はすみませんでした。取り乱してしまって」
「ううん! 僕たちの方こそごめんね。できるだけ早く出て行くようにするから」
「シチュリアは謝らないで。あなたは何も悪くないわ」
「……」
シチュリアは双子をちらりと見て、顔を背けた。
「……昨晩フィックに諭されました。私が家族を失ったのは、あなたたちのせいじゃないと。私が苦しむことをしたのは全て、あなたたち以外の王族の者だと」
「……」
「あなたたちも私と同様、王族に苦しめられた人なのだからと。……そう、言われました」
「そ、それはそうだけど、わたしたちのせいなのは変わらないわ。あなたがわたしたちに、いやな気持ちを抱くのは仕方ないことよ。だからそんな顔をしないで、シチュリア」
モニカは彼女の手を握ってすぐ、嫌な思いをさせると思い慌てて手を引っ込めようとした。だが、シチュリアはモニカの手を握り返す。
「昨晩よく考えたんです。フィックに話を聞いてもらいながら、空が明るむまで。それで、自分の気持ちが分かりました。私があなたたちに抱いていた感情は憎しみというよりも、嫉妬です」
「……」
「お母様に一番愛されていたのは、私ではなくあなたたちだったから」
「シチュリア……」
かける言葉が見つからず、アーサーとモニカは俯いた。シチュリアはとつとつと話を続ける。
「お母様は、私が一歳の頃ここを出ました。物心がついてからは、私はお母様と一度しか会ったことがありません。お母様があなたたちを森へ捨て、王城へ帰る前に、ここを訪れたのです。そしてお母様は私にこう言いました。『アウス王子とモリア王女を守って欲しい』と」
「……」
シチュリアはその時のことを思い出しているのか、自嘲的に笑った。
「6年ぶりにあった娘に、お母様はそれだけを言って去って行きました。そして一週間後、王族の兵がここに来て、住民を虐殺しました。生き残った人たちは我先にと山を降りて逃げました。私だけが、生かされた。泉を守るための聖女として」
「なんてこと……」
モニカは頭を抱え、アーサーはうなだれた。
「私は一人で、そこら中に散らばっている屍を運び、森の端に埋めました。そして、血に濡れた建物を水魔法で洗い流し、血が沁み込んだ土を土魔法で入れ替えた。それからは人の声が聞こえなくなった山頂で、一人で生きてきた。泉だけが、私に残されたものでした」
「……」
「聖地の泉は、聖女の心の豊かさによって水位が決まります。村に誰もいなくなってからは、泉の水位は下がる一方でした。今ではもう、ほとんど泉は湧き出ません。おそらく昨晩の出来事でもっと水位が下がったでしょうね。間違いなく、あと数年したら枯れてしまう」
「泉が枯れたら……?」
「もちろん、処刑されます。その方がいいです。こんなところで生かされるよりも、ずっと」
「……」
「私はもう疲れてしまいました。恨むことにも、憎むことにも、嫉妬することにも」
「シチュリア……」
アーサーが口を開きかけたが、シチュリアが彼の唇に指を当てる。
「人間は、魔物と神の間の存在です。魔物のような一面もあれば、神のような一面もある。聖女は人間よりも神に近い存在なので、本来負の感情は抱きにくいはずなのです。だからでしょうか。聖女であるのに負の感情を抱き続けた私は、もう自分の感情がどこにあるのか分からないのですよ」
シチュリアはそっと指を離し、アーサーとモニカの頬を撫でた。
「あなたたちはどうして、負の感情が薄いのですか? なぜ私よりも、聖女らしい性格をしているのですか?」
思いつめた顔で言葉を絞り出したシチュリアは、涙をこらえて唇を震わせていた。
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