上 下
536 / 718
魂魄編:ピュトア泉

泉の水位

しおりを挟む
翌朝、目を真っ赤に腫らしたシチュリアが、眠っている双子の肩を揺らした。起きたアーサーとモニカが気まずそうに上体を起こすと、彼女はもごもごと彼らに声をかける。

「……昨日はすみませんでした。取り乱してしまって」

「ううん! 僕たちの方こそごめんね。できるだけ早く出て行くようにするから」

「シチュリアは謝らないで。あなたは何も悪くないわ」

「……」

シチュリアは双子をちらりと見て、顔を背けた。

「……昨晩フィックに諭されました。私が家族を失ったのは、あなたたちのせいじゃないと。私が苦しむことをしたのは全て、あなたたち以外の王族の者だと」

「……」

「あなたたちも私と同様、王族に苦しめられた人なのだからと。……そう、言われました」

「そ、それはそうだけど、わたしたちのせいなのは変わらないわ。あなたがわたしたちに、いやな気持ちを抱くのは仕方ないことよ。だからそんな顔をしないで、シチュリア」

モニカは彼女の手を握ってすぐ、嫌な思いをさせると思い慌てて手を引っ込めようとした。だが、シチュリアはモニカの手を握り返す。

「昨晩よく考えたんです。フィックに話を聞いてもらいながら、空が明るむまで。それで、自分の気持ちが分かりました。私があなたたちに抱いていた感情は憎しみというよりも、嫉妬です」

「……」

「お母様に一番愛されていたのは、私ではなくあなたたちだったから」

「シチュリア……」

かける言葉が見つからず、アーサーとモニカは俯いた。シチュリアはとつとつと話を続ける。

「お母様は、私が一歳の頃ここを出ました。物心がついてからは、私はお母様と一度しか会ったことがありません。お母様があなたたちを森へ捨て、王城へ帰る前に、ここを訪れたのです。そしてお母様は私にこう言いました。『アウス王子とモリア王女を守って欲しい』と」

「……」

 シチュリアはその時のことを思い出しているのか、自嘲的に笑った。

「6年ぶりにあった娘に、お母様はそれだけを言って去って行きました。そして一週間後、王族の兵がここに来て、住民を虐殺しました。生き残った人たちは我先にと山を降りて逃げました。私だけが、生かされた。泉を守るための聖女として」

「なんてこと……」

モニカは頭を抱え、アーサーはうなだれた。

「私は一人で、そこら中に散らばっている屍を運び、森の端に埋めました。そして、血に濡れた建物を水魔法で洗い流し、血が沁み込んだ土を土魔法で入れ替えた。それからは人の声が聞こえなくなった山頂で、一人で生きてきた。泉だけが、私に残されたものでした」

「……」

「聖地の泉は、聖女の心の豊かさによって水位が決まります。村に誰もいなくなってからは、泉の水位は下がる一方でした。今ではもう、ほとんど泉は湧き出ません。おそらく昨晩の出来事でもっと水位が下がったでしょうね。間違いなく、あと数年したら枯れてしまう」

「泉が枯れたら……?」

「もちろん、処刑されます。その方がいいです。こんなところで生かされるよりも、ずっと」

「……」

「私はもう疲れてしまいました。恨むことにも、憎むことにも、嫉妬することにも」

「シチュリア……」

アーサーが口を開きかけたが、シチュリアが彼の唇に指を当てる。

「人間は、魔物と神の間の存在です。魔物のような一面もあれば、神のような一面もある。聖女は人間よりも神に近い存在なので、本来負の感情は抱きにくいはずなのです。だからでしょうか。聖女であるのに負の感情を抱き続けた私は、もう自分の感情がどこにあるのか分からないのですよ」

シチュリアはそっと指を離し、アーサーとモニカの頬を撫でた。

「あなたたちはどうして、負の感情が薄いのですか? なぜ私よりも、聖女らしい性格をしているのですか?」

思いつめた顔で言葉を絞り出したシチュリアは、涙をこらえて唇を震わせていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ガチャと異世界転生  システムの欠陥を偶然発見し成り上がる!

よっしぃ
ファンタジー
偶然神のガチャシステムに欠陥がある事を発見したノーマルアイテムハンター(最底辺の冒険者)ランナル・エクヴァル・元日本人の転生者。 獲得したノーマルアイテムの売却時に、偶然発見したシステムの欠陥でとんでもない事になり、神に報告をするも再現できず否定され、しかも神が公認でそんな事が本当にあれば不正扱いしないからドンドンしていいと言われ、不正もとい欠陥を利用し最高ランクの装備を取得し成り上がり、無双するお話。 俺は西塔 徳仁(さいとう のりひと)、もうすぐ50過ぎのおっさんだ。 単身赴任で家族と離れ遠くで暮らしている。遠すぎて年に数回しか帰省できない。 ぶっちゃけ時間があるからと、ブラウザゲームをやっていたりする。 大抵ガチャがあるんだよな。 幾つかのゲームをしていたら、そのうちの一つのゲームで何やらハズレガチャを上位のアイテムにアップグレードしてくれるイベントがあって、それぞれ1から5までのランクがあり、それを15本投入すれば一度だけ例えばSRだったらSSRのアイテムに変えてくれるという有り難いイベントがあったっけ。 だが俺は運がなかった。 ゲームの話ではないぞ? 現実で、だ。 疲れて帰ってきた俺は体調が悪く、何とか自身が住んでいる社宅に到着したのだが・・・・俺は倒れたらしい。 そのまま救急搬送されたが、恐らく脳梗塞。 そのまま帰らぬ人となったようだ。 で、気が付けば俺は全く知らない場所にいた。 どうやら異世界だ。 魔物が闊歩する世界。魔法がある世界らしく、15歳になれば男は皆武器を手に魔物と祟罠くてはならないらしい。 しかも戦うにあたり、武器や防具は何故かガチャで手に入れるようだ。なんじゃそりゃ。 10歳の頃から生まれ育った村で魔物と戦う術や解体方法を身に着けたが、15になると村を出て、大きな街に向かった。 そこでダンジョンを知り、同じような境遇の面々とチームを組んでダンジョンで活動する。 5年、底辺から抜け出せないまま過ごしてしまった。 残念ながら日本の知識は持ち合わせていたが役に立たなかった。 そんなある日、変化がやってきた。 疲れていた俺は普段しない事をしてしまったのだ。 その結果、俺は信じられない出来事に遭遇、その後神との恐ろしい交渉を行い、最底辺の生活から脱出し、成り上がってく。

『特別』を願った僕の転生先は放置された第7皇子!?

mio
ファンタジー
 特別になることを望む『平凡』な大学生・弥登陽斗はある日突然亡くなる。  神様に『特別』になりたい願いを叶えてやると言われ、生まれ変わった先は異世界の第7皇子!? しかも母親はなんだかさびれた離宮に追いやられているし、騎士団に入っている兄はなかなか会うことができない。それでも穏やかな日々。 そんな生活も母の死を境に変わっていく。なぜか絡んでくる異母兄弟をあしらいつつ、兄の元で剣に魔法に、いろいろと学んでいくことに。兄と兄の部下との新たな日常に、以前とはまた違った幸せを感じていた。 日常を壊し、強制的に終わらせたとある不幸が起こるまでは。    神様、一つ言わせてください。僕が言っていた特別はこういうことではないと思うんですけど!?  他サイトでも投稿しております。

魔女の弟子ー童貞を捨てた三歳児、異世界と日本を行ったり来たりー

あに
ファンタジー
|風間小太郎《カザマコタロウ》は彼女にフラれた。公園でヤケ酒をし、美魔女と出会い一夜を共にする。 起きると三歳児になってしまってさぁ大変。しかも日本ではなく異世界?!

伯爵家の次男に転生しましたが、10歳で当主になってしまいました

竹桜
ファンタジー
 自動運転の試験車両に轢かれて、死んでしまった主人公は異世界のランガン伯爵家の次男に転生した。  転生後の生活は順調そのものだった。  だが、プライドだけ高い兄が愚かな行為をしてしまった。  その結果、主人公の両親は当主の座を追われ、主人公が10歳で当主になってしまった。  これは10歳で当主になってしまった者の物語だ。

いらないスキル買い取ります!スキル「買取」で異世界最強!

町島航太
ファンタジー
 ひょんな事から異世界に召喚された木村哲郎は、救世主として期待されたが、手に入れたスキルはまさかの「買取」。  ハズレと看做され、城を追い出された哲郎だったが、スキル「買取」は他人のスキルを買い取れるという優れ物であった。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

リョンコ
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

はずれスキル『本日一粒万倍日』で金も魔法も作物もなんでも一万倍 ~はぐれサラリーマンのスキル頼みな異世界満喫日記~

緋色優希
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて異世界へやってきたサラリーマン麦野一穂(むぎのかずほ)。得たスキルは屑(ランクレス)スキルの『本日一粒万倍日』。あまりの内容に爆笑され、同じように召喚に巻き込まれてきた連中にも馬鹿にされ、一人だけ何一つ持たされず荒城にそのまま置き去りにされた。ある物と言えば、水の樽といくらかの焼き締めパン。どうする事もできずに途方に暮れたが、スキルを唱えたら水樽が一万個に増えてしまった。また城で見つけた、たった一枚の銀貨も、なんと銀貨一万枚になった。どうやら、あれこれと一万倍にしてくれる不思議なスキルらしい。こんな世界で王様の助けもなく、たった一人どうやって生きたらいいのか。だが開き直った彼は『住めば都』とばかりに、スキル頼みでこの異世界での生活を思いっきり楽しむ事に決めたのだった。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。