524 / 718
魂魄編:ピュトア泉
ロイの生まれてきた意味
しおりを挟む
「アパンを殺すことでしか喜びを見出せなかった僕に、恋を教えてくれたモニカさん。お父さましかいなかった血みどろの世界に、綺麗な銀色の花を咲かせてくれたモニカさん」
兄以外の人に、こんなに真っすぐ、じっくり好意を伝えられたのは初めての事だった。
モニカは自分の体温がどんどんと上がっていくのを感じた。体中が熱くなり、手のひらは汗で湿っている。照れくさくて恥ずかしいが、ロイの好意は爽やかで心地よかった。
「そして、僕が本当は死にたくないと思ってるんだと気付かせてくれたのは、君だよ」
「……」
彼の一言で、ヒュンと心臓が縮こまった。
そうだ、私はこの手でロイを殺したんだと思い出す。
冷や汗を流すモニカに、ロイアーサーは目尻を下げる。
「君に聖魔法をかけられた僕は、お父さまに会いに行った。僕はもう助からなかった。そのときにね、死にたくないって思ったんだ。もっとお父さまと一緒に過ごしたい。もっとタールと遊びたい。もっとモニカさんに恋をしたいって気持ちでいっぱいになった」
「……」
「僕は死にたくなかったけど、嬉しかった。早く死にたいと思ってた僕が、いつの間にかこんなに生きたいと思っていたなんてって」
ありがとう、とロイアーサーは言った。殺した相手にそんなこと言わないで、とモニカは小さく首を振る。
悲しかった。悪者のままだったほうがよほど良かった。
殺した相手なのに、生きていてほしかったと感じてしまう。
その気持ちが抑えられず、モニカは思わず呟いた。
「……どうしてもっと早く出会えなかったんだろう。どうしてロイの苦しみに気付いてあげられなかったんだろう。そしたらロイは、あんなことをしなかったかもしれないのに。わたしはロイを殺さずに済んだかもしれないのに」
ううん、とロイアーサーが首を振る。
「モニカさん。僕はね、これで良かったと思っているんだよ。タールに出会っていなければ、僕は今でもお父さまを憎んでいた。君に殺されていなければ、僕は自分が生に執着していることに気付けなかった」
「そんなこと言わないで、ロイ……」
モニカがぽろぽろと涙を流す。
モニカはロイを、人を脅かす魔物だったから殺した。その時迷いはしなかった。誘拐された生徒を、瀕死のライラを、命を狙われているジュリアを助けるために、彼に聖魔法を放った。
モニカが殺したその魔物は、彼女が窮地に立たされた時に再び現れ、支えてくれた。アーサーを助けてくれた。
命の恩人となった彼の口から、「死んで良かった」なんて言葉は聞きたくなかった。
だが過去に彼を殺したのは、まぎれもなくモニカ自身なのだ。
モニカは自身の感情の渦を持て余す。殺した相手に対して、死んでほしくなかったなんて思うのはおかしいということも分かっていた。
ぐるぐると出口のないことを頭の中で考えている彼女に、ロイアーサーは困ったように微笑む。
「モニカさん。実はね、僕は生きていた時よりも、魂魄になって君たちを見守っていたときのほうが楽しかったんだ。生前、僕はお父さまのお城と学院しか知らなかったけど、君たちは異国やいろんな町に連れて行ってくれた。だから本当に楽しかったんだよ」
そう言って、モニカの手を握る。
「だからね、やっぱりありがとうなんだ。君に伝えたい言葉は」
「ロイ……」
「ペンダントの中で、僕たちはずっと君とアーサーのことを見てたよ。そして、もっと君たちのことが好きになった。こんなに心がきれいな人間がいるんだって、はじめは信じられなかったよ。悪意の欠片もないもんね」
モニカはぶんぶんと首を振った。
「ロイが思ってるほど、わたしは良い人じゃないよ」
「そうなの?」
「うん。だってすぐにヤキモチやいちゃうもん」
モニカの言葉を聞いて声を出して笑うロイアーサーに、彼女はむっと頬を膨らませた。何がおかしいのよと肘でつつくと、ロイアーサーが笑いながら謝った。
「最期にモニカさんと話せてよかった」
「……わたしもよ、ロイ」
「死んだはずなのにこうして君と話せるのも、アーサーを守れたのも、僕が吸血鬼になったからだね。もしかしたら僕はこの時のために吸血鬼になったのかもしれない。そう考えると誇らしい。……僕、吸血鬼になってよかった。君たちの力になれて、本当に良かった」
そしてロイアーサーは晴れやかな表情を浮かべた。今まで悩み続けていた、自分の生まれてきた意味をやっと見つけられたようだった。
兄以外の人に、こんなに真っすぐ、じっくり好意を伝えられたのは初めての事だった。
モニカは自分の体温がどんどんと上がっていくのを感じた。体中が熱くなり、手のひらは汗で湿っている。照れくさくて恥ずかしいが、ロイの好意は爽やかで心地よかった。
「そして、僕が本当は死にたくないと思ってるんだと気付かせてくれたのは、君だよ」
「……」
彼の一言で、ヒュンと心臓が縮こまった。
そうだ、私はこの手でロイを殺したんだと思い出す。
冷や汗を流すモニカに、ロイアーサーは目尻を下げる。
「君に聖魔法をかけられた僕は、お父さまに会いに行った。僕はもう助からなかった。そのときにね、死にたくないって思ったんだ。もっとお父さまと一緒に過ごしたい。もっとタールと遊びたい。もっとモニカさんに恋をしたいって気持ちでいっぱいになった」
「……」
「僕は死にたくなかったけど、嬉しかった。早く死にたいと思ってた僕が、いつの間にかこんなに生きたいと思っていたなんてって」
ありがとう、とロイアーサーは言った。殺した相手にそんなこと言わないで、とモニカは小さく首を振る。
悲しかった。悪者のままだったほうがよほど良かった。
殺した相手なのに、生きていてほしかったと感じてしまう。
その気持ちが抑えられず、モニカは思わず呟いた。
「……どうしてもっと早く出会えなかったんだろう。どうしてロイの苦しみに気付いてあげられなかったんだろう。そしたらロイは、あんなことをしなかったかもしれないのに。わたしはロイを殺さずに済んだかもしれないのに」
ううん、とロイアーサーが首を振る。
「モニカさん。僕はね、これで良かったと思っているんだよ。タールに出会っていなければ、僕は今でもお父さまを憎んでいた。君に殺されていなければ、僕は自分が生に執着していることに気付けなかった」
「そんなこと言わないで、ロイ……」
モニカがぽろぽろと涙を流す。
モニカはロイを、人を脅かす魔物だったから殺した。その時迷いはしなかった。誘拐された生徒を、瀕死のライラを、命を狙われているジュリアを助けるために、彼に聖魔法を放った。
モニカが殺したその魔物は、彼女が窮地に立たされた時に再び現れ、支えてくれた。アーサーを助けてくれた。
命の恩人となった彼の口から、「死んで良かった」なんて言葉は聞きたくなかった。
だが過去に彼を殺したのは、まぎれもなくモニカ自身なのだ。
モニカは自身の感情の渦を持て余す。殺した相手に対して、死んでほしくなかったなんて思うのはおかしいということも分かっていた。
ぐるぐると出口のないことを頭の中で考えている彼女に、ロイアーサーは困ったように微笑む。
「モニカさん。実はね、僕は生きていた時よりも、魂魄になって君たちを見守っていたときのほうが楽しかったんだ。生前、僕はお父さまのお城と学院しか知らなかったけど、君たちは異国やいろんな町に連れて行ってくれた。だから本当に楽しかったんだよ」
そう言って、モニカの手を握る。
「だからね、やっぱりありがとうなんだ。君に伝えたい言葉は」
「ロイ……」
「ペンダントの中で、僕たちはずっと君とアーサーのことを見てたよ。そして、もっと君たちのことが好きになった。こんなに心がきれいな人間がいるんだって、はじめは信じられなかったよ。悪意の欠片もないもんね」
モニカはぶんぶんと首を振った。
「ロイが思ってるほど、わたしは良い人じゃないよ」
「そうなの?」
「うん。だってすぐにヤキモチやいちゃうもん」
モニカの言葉を聞いて声を出して笑うロイアーサーに、彼女はむっと頬を膨らませた。何がおかしいのよと肘でつつくと、ロイアーサーが笑いながら謝った。
「最期にモニカさんと話せてよかった」
「……わたしもよ、ロイ」
「死んだはずなのにこうして君と話せるのも、アーサーを守れたのも、僕が吸血鬼になったからだね。もしかしたら僕はこの時のために吸血鬼になったのかもしれない。そう考えると誇らしい。……僕、吸血鬼になってよかった。君たちの力になれて、本当に良かった」
そしてロイアーサーは晴れやかな表情を浮かべた。今まで悩み続けていた、自分の生まれてきた意味をやっと見つけられたようだった。
13
お気に入りに追加
4,342
あなたにおすすめの小説
転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜
家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。
そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?!
しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...?
ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...?
不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。
拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。
小説家になろう様でも公開しております。
異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。
sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。
目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。
「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」
これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。
なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。
出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む
家具屋ふふみに
ファンタジー
この世界には魔法が存在する。
そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。
その属性は主に6つ。
火・水・風・土・雷・そして……無。
クーリアは伯爵令嬢として生まれた。
貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。
そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。
無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。
その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。
だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。
そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。
これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。
そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。
設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m
※←このマークがある話は大体一人称。
【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?
歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。
それから数十年が経ち、気づけば38歳。
のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。
しかしーー
「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」
突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。
これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。
※書籍化のため更新をストップします。
ぬいぐるみばかり作っていたら実家を追い出された件〜だけど作ったぬいぐるみが意志を持ったので何も不自由してません〜
望月かれん
ファンタジー
中流貴族シーラ・カロンは、ある日勘当された。理由はぬいぐるみ作りしかしないから。
戸惑いながらも少量の荷物と作りかけのぬいぐるみ1つを持って家を出たシーラは1番近い町を目指すが、その日のうちに辿り着けず野宿をすることに。
暇だったので、ぬいぐるみを完成させようと意気込み、ついに夜更けに完成させる。
疲れから眠りこけていると聞き慣れない低い声。
なんと、ぬいぐるみが喋っていた。
しかもぬいぐるみには帰りたい場所があるようで……。
天真爛漫娘✕ワケアリぬいぐるみのドタバタ冒険ファンタジー。
※この作品は小説家になろう・ノベルアップ+にも掲載しています。
リリゼットの学園生活 〜 聖魔法?我が家では誰でも使えますよ?
あくの
ファンタジー
15になって領地の修道院から王立ディアーヌ学園、通称『学園』に通うことになったリリゼット。
加護細工の家系のドルバック伯爵家の娘として他家の令嬢達と交流開始するも世間知らずのリリゼットは令嬢との会話についていけない。
また姉と婚約者の破天荒な行動からリリゼットも同じなのかと学園の男子生徒が近寄ってくる。
長女気質のダンテス公爵家の長女リーゼはそんなリリゼットの危うさを危惧しており…。
リリゼットは楽しい学園生活を全うできるのか?!
日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊
北鴨梨
ファンタジー
太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。