上 下
464 / 718
画廊編:王女と王子のわるだくみ

王族らしさ

しおりを挟む
「何をしているのですか?」

「!!!」

校舎を出て庭を歩いていると、二人の背後から聞き慣れた声がした。ジュリアとウィルクは体をびくつかせてゆっくりと振り返る。そこにはビアンナ先生が静かに立っていた。

「ビアンナ先生…」

「ど、どうして…」

「生徒は知りませんでしょうが、学院の庭には私の探知魔法を張り巡らせてあります。あなたがたが校舎から一歩外に出たその時から、あなたたちの行動は私に筒抜けになるのですよ」

「ちっ…」

ジュリアはビアンナ先生の探知魔法のことを知らなかった。自分のリサーチ不足に舌打ちをしたかと思えば、ジュリアは人が変わったように甘えた声を出した。

「ビアンナ先生。わたくしたち、アーサー様とモニカ様にどうしてもお会いしたいのです。どうか見逃していただけませんか?必ず戻ってくるとお約束いたしますし、町のみなさんにもご迷惑はおかけいたしません」

「いけません。王子と王女が学院の外に出るなど、そんな危険なことを許すわけがありませんでしょう」

「問題ありませんわ。護衛も同行いたしますから」

「そうなのですか?それで、護衛はどちらに?」

「隣町に待機させておりますわ」

「そうですか。ではそこまで私が同行いたします」

「いいえ、結構ですわ。先生の手を煩わせるほどのことではありません」

「…護衛を用意しているということは、国王と王妃の許可がもちろんおりているということでしょうね?」

「ええ。もちろん」

「そうですか。分かりました。では1日お待ちいただけますか?王城にインコを飛ばし許可の確認が取れたらルアンへの滞在を認めましょう」

「その必要はありませんわ。私たちは一刻も早く向かいたいのです。インコを待っている時間はありません」

「いいえ。譲歩してください。もし私があなたがたを今行かせて、万が一護衛がいなかったら?万が一国王の許可が下りていなかったら?」

ビアンナ先生は"万が一"と付けていたが、ジュリアの言ったことが全て口からでまかせだと確信しているようだった。彼女の視線は冷たく鋭い。言いくるめることが難しいと早々に悟ったジュリアは、大きくため息をつき尊大な目つきに変わった。そばで見ていたウィルクは(二重人格…?)と姉のことが少し怖くなった。

「まったく。優秀な人というのは敵に回すと厄介極まりないわ。ビアンナ先生。お察しの通り今私が言ったことはすべて嘘です」

「ええ、そうでしょうね」

「それで大人しく引いてくれたらこんなことをせずに済んだのに」

「…?」

「ビアンナ先生…いえ、ビアンナ。本当に賢い人は私…第二王位継承権を持つ王女の言ったことが嘘だと分かっても従うのよ。そうすれば無駄な血が流れずに済むのだから」

「いいえ。私が黙って行かせたらそれこそ学院の教師全員の首が飛びます」

「お黙りなさい。ウィルク、伝書インコを」

「え…?」

ジュリアの指示にウィルクは狼狽えた。ビアンナ先生は静かにジュリアを見つめている。ジュリアは動かないウィルクに冷たい視線を送り、ため息をつきながらアイテムボックスに手を突っ込み自分で伝書インコを取り出した。羽に王族の紋章が刻印された、黄色いインコが彼女の指にとまる。

「インコ、国王へ伝言を。学院の人…教師も生徒も使用人も一人残らず処刑するように」

「っ?!」

「…ジュリア王女。どういったおつもりでしょう」

「私たちを引き留めるのであればこのインコを飛ばします。つまり引き留めれば学院にいる全員の首が飛ぶ。私たちを行かせたら教師の首だけで済む。さあどうするのビアンナ?」

「……」

「お姉さま…人は殺しては…」

「お黙りなさいウィルク。…ビアンナ。今私たちを見逃すのであれば、ヴィクス王子に伝書インコを飛ばしてあげるわ。私たちが無理に抜け出しただけだから教師の命も取らないようにとね。賢いあなたなら知っているでしょう?ヴィクス王子の発言は国王と同じ…いえ、それ以上の力を持っていることを」

「…ジュリア王女。あなたはそのような方ではないと思っていましたのに」

「なんとでも言うといいわ。さあビアンナ。命が惜しければ大人しく自分の部屋へ戻りなさい」

ジュリアは本気で言っているとビアンナには分かった。冷酷な瞳は揺るぎがない。ビアンナはため息をつき、王女から顔を背けた。

「…せめて、護衛として教師を二人つけていただけませんか」

「かまわないわ。ただし条件がある。同行するのはあなたとカーティス。私たちがアーサー様とモニカ様に接触している間は離れていなさい。あの方たちであれば私たちの護衛としても務まるでしょう。なのであなたたちは必要ありません」

「学院へ戻るまでは同じ町に滞在しても?」

「許可するわ。探知魔法で私たちを監視するといい」

「助かります。あともうひとつ。伝書インコを半日に一度、私たちに飛ばしていただけますか?」

「ええ、分かったわ。私からももうひとつ。王城には私からインコを飛ばすわ。だからあなたからは何もしないように」

「…分かりました」

「出発は今すぐ。滞在期間は未定。はやくカーティスを連れてきなさい」

高圧的な指示に、ビアンナ先生は小さく頷いて校舎へ戻った。すぐにカーティス先生を連れて庭へ戻ってくる。ジュリアは教師二人に別の馬車でついてくるよう命令した。

ルアンへ向かっている馬車の中で、ジュリアはヴィクスに伝書インコを飛ばしていた。

「インコ、ヴィクスお兄さまに伝言を。学院を抜けルアンへ行きます。どうか父上と母上には内密に、悟られないよう手を回しておいてください。くれぐれも学院関係者を処刑しないようお願いします」

伝言を覚えたインコがジュリアの指を離れ暗闇に溶ける。ウィルクはその様子をぼんやりと眺めていた。

「…先ほどのお姉さまは、お姉さまらしくありませんでした」

「私だってあんな手を使いたくなんてないわよ。…でも、王族らしい態度だったでしょう?」

「僕も以前はあのような形で人を従えていたのですね」

「そうよウィルク。人の命を人質に無理矢理従わせる。ビアンナ先生の顔を見た?拒否権のない命令に従えさせられた彼女は、私に対する信頼を喪失した。私はたったひとつの命令をしただけで、ひとりの大きな味方を失ったのよ」

「……」

「あなたがそんな顔をしないで。私はどうしてもアーサー様とモニカ様に会いたかっただけ。それに…」

「……」

「…私とお兄さまはまだ、変わってはいけないの」

「え?」

「なんでもないわ。ウィルク、寝なさい。暗闇が怖いんでしょう」

ジュリアはふいと顔を背け、真っ暗の外に目をやった。何も見えないのではないですかとウィルクが尋ねると、ジュリアはそうねと呟いた。

「明るくなるのを、じっと待つしかないのよ」
しおりを挟む
感想 494

あなたにおすすめの小説

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む

家具屋ふふみに
ファンタジー
 この世界には魔法が存在する。  そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。  その属性は主に6つ。  火・水・風・土・雷・そして……無。    クーリアは伯爵令嬢として生まれた。  貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。  そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。    無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。  その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。      だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。    そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。    これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。  そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。 設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m ※←このマークがある話は大体一人称。

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?

歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。 それから数十年が経ち、気づけば38歳。 のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。 しかしーー 「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」 突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。 これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。 ※書籍化のため更新をストップします。

ぬいぐるみばかり作っていたら実家を追い出された件〜だけど作ったぬいぐるみが意志を持ったので何も不自由してません〜

望月かれん
ファンタジー
 中流貴族シーラ・カロンは、ある日勘当された。理由はぬいぐるみ作りしかしないから。 戸惑いながらも少量の荷物と作りかけのぬいぐるみ1つを持って家を出たシーラは1番近い町を目指すが、その日のうちに辿り着けず野宿をすることに。 暇だったので、ぬいぐるみを完成させようと意気込み、ついに夜更けに完成させる。  疲れから眠りこけていると聞き慣れない低い声。 なんと、ぬいぐるみが喋っていた。 しかもぬいぐるみには帰りたい場所があるようで……。     天真爛漫娘✕ワケアリぬいぐるみのドタバタ冒険ファンタジー。  ※この作品は小説家になろう・ノベルアップ+にも掲載しています。

日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊

北鴨梨
ファンタジー
太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。

リリゼットの学園生活 〜 聖魔法?我が家では誰でも使えますよ?

あくの
ファンタジー
 15になって領地の修道院から王立ディアーヌ学園、通称『学園』に通うことになったリリゼット。 加護細工の家系のドルバック伯爵家の娘として他家の令嬢達と交流開始するも世間知らずのリリゼットは令嬢との会話についていけない。 また姉と婚約者の破天荒な行動からリリゼットも同じなのかと学園の男子生徒が近寄ってくる。 長女気質のダンテス公爵家の長女リーゼはそんなリリゼットの危うさを危惧しており…。 リリゼットは楽しい学園生活を全うできるのか?!

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。