上 下
438 / 718
イベントストーリー:太陽が昇らない日

思いがけない出会い

しおりを挟む
恰幅の良いおばさんにお菓子をもらったあとも、双子は町中を歩き回り大人たちにお菓子の袋詰めをたくさんもらった。二人の仮装は不気味さと可愛らしさが上手に調和しており大人たちに好評だった。途中からは合言葉を言わなくても、大人の方からお菓子を渡しに来たほどだった。

「10年分のお菓子をもらっちゃったかもしれないねー!!」

「うん!こんなに食べたらまたおにくついちゃう…」

「おにくじゃなくてあぶら…」

「アーサー、それ以上言ったらカチコチにするからね」

「はい」

モニカの冷気を感じアーサーがスンっと真顔になった。女の子にとって「あぶらみ」は絶対に言ってはいけない言葉らしい。アーサーは今日もまたひとつかしこくなった。

町をひととおり一周したので双子はカミーユの元へ戻ることにした。出店で売っていたホットチョコレートを飲みながらゆっくりと歩く。10年に1度しか見られないこの不気味な町の風景を、アーサーもモニカもだんだんと好きになってきた。

「え…」

双子の横を通りすがった男の子が、仮装したモニカを見て足を止めた。双子はそれに気付かず歩みを進め人混みの中へ入っていく。男の子は慌てて追いかけ、モニカの腕を掴んだ。

「きゃっ!」

「ロイ…?!」

「?!」

モニカの悲鳴にアーサーは咄嗟に妹を抱き寄せた。それでも男の子はモニカの腕を離さず、信じられない、という顔で彼女の顔を覗き込んだ。

「ロイ…ロイだよな…?」

「だ、だれ…?ロイを知ってるの…?」

「あっ…!」

仮装をしていて気づかなかったが、じっと顔を見ると彼が誰なのかアーサーには分かった。

「もしかして、タール?」

「…その恰好…あいつにそっくりだ…。誰だおまえ…」

タール。双子が学院で潜入捜査をしているときに起こった吸血鬼事件で、吸血鬼に誘拐されチムシーを寄生させられていた生徒の一人だ。彼は特に重症で、意識を取り戻すのに9か月もかかった。
タールは仮装したアーサーを見て顔を歪ませた。当然だろう、彼はセルジュとロイにひどい目にあわされた子どもなのだから。アーサーは気まずそうにしながら名乗った。

「僕だよ、アーサー。覚えてくれてるかなあ」

「アーサー…。アーサー?!そう言えば髪と瞳の色が同じだ。忘れるわけないだろ、俺の命の恩人なんだから」

「よかった。ごめんね、こんな恰好してて…」

「いや、それはいいんだけど。ってことはこのロイの恰好をしてるのは…モニカか?」

「うん…。ごめん」

「そっか。モニカか…。そうだよな、ロイはもう…死んだんだもんな」

「……」

3人の間に沈黙が流れた。

(ちょっと変だな…。セルジュ先生とロイを憎んでるなら分かるけど、さっきのタールの反応はまるで…会えて嬉しそうだったし、正体がモニカだって知って残念そうだ。どうしてだろう…)

「…アーサー、モニカ。少し話さないか?」

長い沈黙のあと、タールがボソボソと呟いた。双子は頷き静かな場所へ移動する。タールはその間ずっと、目頭を押さえて必死に涙を堪えているようだった。

人が少ない小さな広場で3人はベンチに腰かけた。タールはまだ動揺しているようで話せる状態ではなかったので、アーサーは彼の分もホットチョコレートを買ってあげた。温かい飲み物を飲んで少し落ち着いたのか、タールはぽつぽつと話し始めた。

「ごめん。なんか俺、あー…うまく話せない」

「いいよ。ゆっくり話してくれたらいいから。ね?」

「ああ、ありがとう…」

「……」

「…俺さ、ずっと誰にも言えなくて…」

「うん」

「苦しかった。後悔してたし…なんか、俺って最低だったなって…」

「どうして?」

「……」

「……」

「…俺とさ、他にも誘拐されたやつらいるじゃん」

「うん」

「俺ら全員、ロイにひどいことしてたんだ」

「……」

「いじめてたの…?」

「まあ、そんなかんじ。実際はもっとひどいことしてた」

「……」

初耳だった。アーサーとモニカは衝撃を受けて言葉を失った。

「…それであいつが怒ったんだ。怒って、俺らに復讐した」

「あいつって…セルジュ先生?」

「ああ」

「だからセルジュとロイはあなたたちを誘拐して、チムシーを…?」

「そうだ。特に俺は…俺の先祖は…100年前にもロイにひどいことをしてたらしい」

「ひどいことってなに?」

「…言いたくない」

「じゃあ、言わなくていいよ」

「ありがとう…。だからセルジュは特に…俺に怒ってた。それまではあいつもロイも、ただの人間に扮した吸血鬼だった。それが…俺のせいであいつらを狂わせちまって…。あの事件の発端は俺だ…」

タールはガタガタ震えながら両手で顔を覆った。どうしてこんな話を、たまたま出会った双子にするのかアーサーとモニカには分からなかった。セルジュとロイの仮装を見てずっと抑え込んでいた感情が噴き出してしまったのかもしれない。

「…俺、たぶんロイのこと好きだったんだ。お前らに助けてもらって、意識が戻って、正気に戻ってからロイが死んだって聞いて、すごく悲しかった。俺のせいでロイは死んだんじゃないかって思うと…悲しくて…」

「ロイはタールのせいで死んだんじゃないわ。人間に悪いことをしちゃったから、私が殺したの」

「俺がそもそもあんなことしなかったら…あいつは人間に悪いことなんてしなかった…っ。モニカもあいつと仲良かったんだろ?俺のせいでお前は、仲が良かったロイを殺すはめになったんだ…」

「タール。落ち着いて。ぜんぶ自分のせいにしちゃだめだよ。そうやって自分を責めたってロイは生き返らない。それに見て。あのね、ロイは死んじゃったけど、ロイの魂魄はここにいるんだよ」

アーサーはそう言って彼にペンダントを見せた。タールは泣き腫らした目でペンダントをじっと見る。震える指でそれに触れた。

「ここに…ロイの魂魄が…?」

「うん。本当はセルジュ先生の魂魄なんだけど、ロイが死んじゃったあとセルジュが彼の魂魄を取り込んだって言ってたよ。それってつまり、ロイの魂魄もこの中に入ってるってことでしょ?」

「そう…だな」

「二人は魂魄になっても僕たちを見守ってくれてるんだ。死んじゃったけど、完全に消えたわけじゃないよ。なにかに憑依させたら生き返るし。…そんなことせず、次は人間として生まれ変わってほしいと思ってるけどね」

「ロイ…」

「もしかしたら君の声もロイに届いてるかもしれないよ。なにか伝えたいことがあるなら、言ってごらんよ」

「…ああ」

アーサーは首からペンダントを外してタールに預けた。彼はそれをギュッと握り、アーサーに尋ねた。

「ちょっと離れていいか?聞かれたくなくて…」

「いいよ。ちゃんと返してくれるなら」

「もちろん返すさ」

「うん」

タールは少し離れた場所に移動し、ペンダントに向かってぼそぼそと呟いた。

「ロイ。ごめんな。謝ったって意味ないし、許してもらおうとも思ってない。でも、謝らずにはいられなくて…。実は俺、ちょっとだけチムシーに寄生されてた時の記憶があるんだ。俺、お前にひどいことしたのに、かわいがってくれてありがとう。…まあ、俺のこと犬かなんかとしか思ってなかったと思うけどさ。それでも俺、は…あの時、しあわせだった。

あと、俺の家族がひどいことしてごめん。お前が吸血鬼になったそもそもの原因は俺の先祖だって知って…、俺は…自分と、俺の家族のことが恥ずかしくなった…。今も俺の家族は闇オークションや闇鑑賞会に参加してる。俺はもうやめた。今となってはなんであんなものが楽しかったんだろうって思う。

俺がヴァンク家の当主になったら、闇と名の付くものには一切関与しないようにする。俺に闇好きの貴族全員をやめさせる力なんてないから、それくらいしかできないけど…。それがせめてもの償いだ。

ロイ。本当に…すまなかった。本音はこのままこのペンダント盗んでなにかに憑依させたいくらいだけど、アーサーの言う通り、ちゃんと人間として生まれ変わってほしいから我慢するよ。はは、やっぱり性根は治ってないみたいだ。これ以上一緒にいたら本当に持って帰りたくなるから、そろそろアーサーに返すな。じゃあな、ロイ」

長い懺悔を終えてタールは立ち上がった。名残惜しそうにペンダントを返し、最後にロイの仮装をしたモニカにハグをした。

「アーサー、モニカ。ありがとう。今まで誰にも言えなくて苦しかったんだ。今日はそれを吐き出せてすっきりした」

「そう。それならよかった」

「僕たちでよければいつでも話聞くからね。ロイと話したくなったらまたこのペンダントに話しかけに来るといいよ」

「ありがとなアーサー。ま、ロイもセルジュも俺の声なんて聞きたくないだろうからなあ」

「大丈夫だよね。ね、セルジュ先生。いいよね?」

アーサーがペンダントに話しかけるも、それはうんともすんとも言わない。魂魄しか入っていないので当然だ。アーサーはニパっと笑い、都合よく解釈した。

「いいって!」

「ほ、ほんとか…?」

「うん!」

「そうか…。ありがとう。もしかしたらまた連絡するかもしれない」

「うん!いつでも連絡してきて。連絡先教えるね」

「じゃあ俺の連絡先も教える」

双子とタールは連絡先の交換をして別れた。タールがいなくなったあと、アーサーとモニカはボーっと真っ暗の空を見上げた。

「そんなことがあったんだあ…」

「知らなかったね」

「ロイ、ずっと苦しかったんだね。おかしくなっちゃうくらいに」

「次の人生では、人としてしあわせになってほしいな」

「タールも、とっても苦しそうだった。いつか笑える日がくるといいね」

「みんなみーんな、しあわせになってほしいなあ」

それが叶う夢だとはさすがの双子も思っていなかった。それでも願わずにはいられなかった。

星がちりばめられた真っ暗な空。それはまるでこの国の心のようだった。バンスティンはどす黒い感情で満ち満ちている。そんな中でも人は笑って必死に生きている。キラキラと光る星が流れ落ちてしまうのが先か、長い夜が明け太陽が昇るのが先か…。それはまだ、誰にも分からない。
しおりを挟む
感想 494

あなたにおすすめの小説

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む

家具屋ふふみに
ファンタジー
 この世界には魔法が存在する。  そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。  その属性は主に6つ。  火・水・風・土・雷・そして……無。    クーリアは伯爵令嬢として生まれた。  貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。  そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。    無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。  その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。      だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。    そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。    これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。  そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。 設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m ※←このマークがある話は大体一人称。

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?

歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。 それから数十年が経ち、気づけば38歳。 のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。 しかしーー 「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」 突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。 これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。 ※書籍化のため更新をストップします。

ぬいぐるみばかり作っていたら実家を追い出された件〜だけど作ったぬいぐるみが意志を持ったので何も不自由してません〜

望月かれん
ファンタジー
 中流貴族シーラ・カロンは、ある日勘当された。理由はぬいぐるみ作りしかしないから。 戸惑いながらも少量の荷物と作りかけのぬいぐるみ1つを持って家を出たシーラは1番近い町を目指すが、その日のうちに辿り着けず野宿をすることに。 暇だったので、ぬいぐるみを完成させようと意気込み、ついに夜更けに完成させる。  疲れから眠りこけていると聞き慣れない低い声。 なんと、ぬいぐるみが喋っていた。 しかもぬいぐるみには帰りたい場所があるようで……。     天真爛漫娘✕ワケアリぬいぐるみのドタバタ冒険ファンタジー。  ※この作品は小説家になろう・ノベルアップ+にも掲載しています。

リリゼットの学園生活 〜 聖魔法?我が家では誰でも使えますよ?

あくの
ファンタジー
 15になって領地の修道院から王立ディアーヌ学園、通称『学園』に通うことになったリリゼット。 加護細工の家系のドルバック伯爵家の娘として他家の令嬢達と交流開始するも世間知らずのリリゼットは令嬢との会話についていけない。 また姉と婚約者の破天荒な行動からリリゼットも同じなのかと学園の男子生徒が近寄ってくる。 長女気質のダンテス公爵家の長女リーゼはそんなリリゼットの危うさを危惧しており…。 リリゼットは楽しい学園生活を全うできるのか?!

日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊

北鴨梨
ファンタジー
太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。