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合宿編:最終日

双子vs貴族生徒3

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「…え?」

背中からコツンという音がして鋭い衝撃を感じた。シリルが振り返ると、そこには一本の矢が落ちている。射線上にはすでにライラに詰め寄っているアーサーが見えた。

(…!心臓に矢を当てられた…!失格だ…。…でも!心臓に矢一本射られたって数秒は動けるはずだ…!せめてモニカを戦闘不能にする!!)

そう決断したシリルは、S級が失格を言い渡す前に剣と短剣を握りモニカの両腕輪を切りつけた。あまりの速さに反応できなかったモニカは棒立ちで彼の剣を受けてしまう。

「あ…!!」

「シリル、失格だ」

「あの、モニカへの攻撃は有効ですか…?」

失格を告げたカミーユに、シリルがおそるおそる尋ねた。カミーユはニッと笑い頷いた。

「もちろん有効だ。あの矢の威力なら心臓射られたって数秒は動けるだろう。よく粘ったなシリル」

「っ!ありがとうございます!」

「えーーー!!!」

シリルがホッとした表情を浮かべて退場する中、モニカは「そんなぁー!!」と駄々をこねている。

「駄々こねたって切り落とされた腕は返ってこねえぞモニカ。お前も両腕切り落とされて出血多量でリタイアだ」

「あーーーん!!せっかくアーサーが守ってくれたのにーーーー!!」

「そうだなあ。ま、お前は他のやつより動体視力や運動神経が良くねえから仕方ねえよ」

「むぅぅ…」

「やっぱりある程度体を鍛えて体術磨かないとね、モニカ」

ジルはそう言いながらモニカに手招きをした。モニカは口を尖らせながらとぼとぼとダフ、シリル、クラリッサが休んでいるところへ行く。モニカを落とせた貴族組はハイタッチをして喜んでいた。

「すごいわシリル!!」

「ダフが盾になってあそこまで運んでくれたおかげだよ。それに、モニカはダフに苦手意識があるからかなり動揺してたしね」

「いいや!お前の速さと粘りのおかげだ!!それにクラリッサもよくあそこまでアーサーを弱らせたな!見てみろ。なかなかいい勝負だぞ、ライラとアーサー」

モニカもライラとアーサーの戦いに目を向けた。途中まで剣で戦おうとしていたアーサーも、今では弓に持ち替えている。戦い慣れているライラは相手と一定の距離をとるのが上手で、なかなか剣が届く距離を保たせてくれなかったからだ。

(このまま距離を取られて時間を稼がれたら不利だな…。クラリッサにやられた傷が思ったより深い…)

ライラもそれを分かった上で持久戦に持ち込もうとしているようだった。矢を射ながらあちこちへ動き回り、アーサーに立ち止まる暇を与えない。アーサーが動くたびに横腹からドバドバと血が溢れ地面を赤く染めた。失血しすぎて視界がぼやけてくる。アーサーは感覚がなくなった足で必死に踏ん張った。

(ライラも上半身に深い傷入ってるのに平気そうだし体力有り余ってるな…。さすがライラだよ…。対して僕はヘロヘロ…。近距離戦にも持ち込ませてくれないし。うーん、どうしようかなあ…)

(油断しちゃだめ!相手はアーサーなんだから…!)

ライラは、弱り切っているアーサーに勝ちを確信してしまいそうになる自分に喝を入れた。アーサーの粘り強さを、何度も対戦したことがあるライラはよく分かっている。分かっているのだが、ずっと勝てなかった相手に勝てそうな状況に雑念がいやでも入ってしまう。

(とうとうアーサーに勝てる…!ううんアーサーだけじゃない、モニカとアーサーのタッグに勝てるかもしれない…!ま、まあ、4人がかりでだけど…)

(あれ?いまライラ集中力ちょっと切れてる?)

一瞬の油断をアーサーは見逃さなかった。よく観察していると、アーサーがフラついたり苦しそうな顔をする度に一瞬ライラの集中力が途切れることに気付いた。

(ああ、そっか。勝てるかもって思ったときにちょっと集中力が切れちゃうんだ)

ライラとアーサーの弓勝負はしばらく続いた。10分ほどして、ライラの矢が2本アーサーの太ももに命中した。ライラは足輪を狙ったつもりだったのだが、ボロボロのアーサーにとっては足輪に当たるより足に刺さった方がダメージが大きかった。

「ぐっ…!」

アーサーは顔をしかめて地面に膝をついた。負傷と疲労、失血で立ち上がることができないのか、プルプル震えながら悔し気な表情を浮かべ地面に手をつき肩で息をしている。

「勝てる…!」

観戦していた貴族生徒たちがざわめいた。(4人がかりでだが)モニカをリタイアさせ、アーサーをここまで追い詰めたのだ。高揚しないわけがない。彼らの声はライラにも聞こえ胸が高鳴った。

「くそっ…!」

悪態をつきながらアーサーはなんとか立ち上がった。しかし、すぐにライラの矢が勢いよく彼の腕に当たる。今度も腕輪を狙ったつもりが、ズレてずぶりと腕に刺さった。矢の威力に耐えられなかったアーサーはばたりと倒れてしまった。

「きゃー!アーサー!!」

「……」

「勝った…?」

モニカは悲鳴をあげ、貴族生徒はアーサーの様子を見ようと首を伸ばしている。アーサーは倒れたまま動かない。ライラは警戒しながらゆっくりアーサーに近づいた。

「アーサー?」

「……」

「し…死んでないよね…?」

返事がないことに不安になってきたライラはアーサーの顔を覗き込んだ。アーサーは目を閉じうっすら口をあけている。意識を失っているようだった。

「よかった、生きてた…」

「……」

「これ、リタイアだよね…?ってことは…」

「……」

「わたし、アーサーに勝っ…」

ライラの力が抜けたその時、アーサーの目がカッと開き上体を起こした。ハッとして弓を構えようとしたときにはもう遅く、アーサーの射た矢がライラの首輪に当たり地面に落ちた。一瞬の出来事にライラは目を見開いており、言葉も出ない。

「……」

「油断禁物だよ、ライラ」

口から血を流しているアーサーがニッと笑った。呆然としているライラの前でヒョイと立ち上がり、土で汚れたズボンをパンパンとはらう。うーんと伸びをしている姿は、さきほどまでの苦し気にあえいでいたのが嘘のようだった。

「ライラ、首に矢を射られて失格だ」

カミーユがライラにそう告げた。

「アーサーにしてやられたな、ライラ」

「え…?じゃあさっきまでの劣勢は…」

「途中からアーサーはわざと苦しそうにしてた。腕輪や足輪をあえて外して自分の体に矢を射させてたのもお前を油断させるためだ」

「わ、カミーユ気付いてたんだね!」

「当り前だろ。おまえはなんか思いついたときニヤっとするからすぐ分かる」

「だから僕が死んだふりしててもリタイアって言わなかったんだねー!」

「おう」

「わああ…。あともうちょっとで勝てそうだったのに…」

「その気持ちをアーサーに気付かれたんだ。あと、賢い敵はこの手をよく使うから、倒したと思っても容易に近づくんじゃねえぞ」

「はい…。わーん、みんなごめんねえええ」

ライラは「やっちゃったああああ」と頭を掻きむしりながら仲間たちの元へ駆け寄った。貴族生徒たちは苦笑いをしながら首を横に振っている。

「いやあ…あれは仕方ないよ」

「俺たちだって気付かなかった!」

「私もよ。まさか演技だったなんて…。つくづく苦手だわ、アーサーと戦うの」

シリルたちは勝ち星を逃して泣きそうになっているライラを慰めた。一方モニカは、傷だらけのアーサーに回復魔法をかけながら勝ちを喜んでいる。

「もー!!アーサーったらまた無茶な戦い方してえええー!!」

「ごめんごめん!でもああしないとライラに勝てそうになくってさあ…」

「負けちゃうと思ってたもん!…うわぁぁ…クラリッサにつけられた傷すごいね…」

「うん…これが一番きつかったよぉ…。でも勝ったよモニカ!」

「わーーーい!!ありがとう、アーサー!!ごめんねえ、わたし負けちゃったあ…」

「ううん!ダフとシリルを足止めしてくれてたから、僕はライラとクラリッサに勝てたんだし!二人の勝利だよ!!」

「うん!!やったー!!」

双子と貴族生徒との対戦は、辛くも双子が勝利した。勝ち負けはついてしまったものの、生徒全員が善戦していたのでS級冒険者は満足げだった。
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