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合宿編:三週目・ダンジョン掃討特訓
甘やかしたいなら帰れ
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「モニカ、怪我はない?」
「うん。ちょっと噛まれちゃったけどすぐ治したから大丈夫!」
「ツヴァイアントには毒もないしね。よかったぁ」
アーサーは念のためにモニカの足首を診た。回復魔法によって傷痕もなく、毒などの状態異常がかかっている様子もない。安心したアーサーは立ち上がり、モニカの手を引いて歩きだした。
「いたっ」
2分ほどしてモニカがまた立ち止まった。先ほどと同じ右足首に痛みを感じ視線を落とすと、またツヴァイアントが2匹しがみついている。
「もう、またツヴァイアントだぁ」
モニカはめんどくさそうにそれに火魔法をかけて倒した。だが、倒しても倒しても次々と現れるツヴァイアントがモニカに噛み痕をつけていく。2匹倒せば4匹現れ、4匹倒せば8匹がモニカの右足に這いのぼる。倍々に増えていくそれらが20匹を超えたとき、ようやくアーサーが火魔法で倒そうとするモニカにストップをかけた。
「モニカ!ちょっと待って!」
「ごめんもう倒しちゃった!」
「…やばいかも」
「え?」
時すでに遅し。モニカは非常に優秀な魔法使いなので、一度の火魔法で20匹のツヴァイアントをきれいさっぱり灰にしていた。アーサーがなんとも言えない表情でパラパラと地面に落ちる灰を眺める。彼の予想は残念ながら見事的中した。カサカサと気味の悪い音がだんだんと近づいてくる。振り返らなくても分かる。きっとアーサーの後ろには40匹のツヴァイアントがいるのだろう。少し離れた場所から双子の様子を眺めていたリアーナが呆れたように呟いた。
「気付くのおせぇー」
「うーん…。アーサーの賢さならすぐに気付くだろうと思ってたんだけどォ…。あの子おっとりしてるものねェ…」
「戦いに関してはかなり判断がはやいんですけどね…。あ、でもわりとボーっとしてたな…」
40匹のツヴァイアントを前にアーサーとモニカは固まっていた。先輩冒険者たちはまだ口も手も出す気がないらしく、壁にもたれかかって見学している。
「そうだ…。アント系は味方の匂いを追う習性があった…。ツヴァイアントは攻撃してきた相手に匂いを付けて仲間たちに助けを求めるのか」
「ツヴァイアントは2体1組になって行動する…。相方が殺されたらもう一体が攻撃してきた相手に匂いをつけるんだわ」
「駆けつける仲間も2体1組。たぶん1匹分の匂いで1組が助けにくるんだ。つけられた匂いが多ければ多いほど仲間が駆けつけてくる」
「どうしようアーサー…。ここにいるツヴァイアントを倒せば次は80体来ちゃうんじゃないの…?」
「単純計算したらそうだよね…。アント系は巣を…女王アントを潰さないと延々と新しい個体が生まれちゃう。巣を探そう」
「うん!…でもどこを探せばいいんだろう?それにこの40体のツヴァイアントはどうすれば…っ」
「……」
アーサーとモニカは考えた。考えている間にもアントがモニカの脚に這い上ってくる。手で払い落しただけで攻撃とみなされてしまいアントがどんどん増えていく。
「モニカ!僕がはたくよ」
「でもそしたらアーサーも狙われちゃう…」
「そうするためにだよ」
アーサーはそう言ってモニカの脚にたかっているアントを引きはがした。モニカだけを狙っていたアントはアーサーも敵とみなし、彼の体を這い上る。新しいアントが来ないよう、アーサーはアントをひっつけたまま攻撃せずに放置した。
モニカは大量のアントに覆われていくアーサーにオロオロしながら、ちらっと先輩冒険者に目をやった。それに気づいたリアーナとカトリナがニッと笑う。
「いくらでも待ってやるからゆっくり考えろ~?」
「ツヴァイアントは1匹だと無力だけど、無限の数の暴力で殺されちゃうわよォ?」
「あああアーサー…モニカ…」
イェルドだけはアントまみれになっていく双子を心配そうに見ていた。すぐにでも助けてあげたいようでアイテムボックスに手を伸ばしている。その手をすかさずカトリナに掴まれた。
「イェルド、がまん。これはあの子たちが自分たちでしなきゃいけないことなの」
「で、でもあのままじゃアーサーとモニカが…」
「すぐに助けてたら特訓の意味がないでしょう?」
「……」
「だーいじょうぶだってイェルド!あいつらがそう簡単にやられるわけないだろぉ?!」
リアーナがイェルドの背中をバシバシと叩いたあと、耳元で囁いた。
「甘やかしたいなら帰るんだなイェルド。言っとくがこれからも、こいつらが瀕死になるまでは自分で考えさせるし戦わせる。見てて楽しいもんじゃねえぞ」
リアーナのこれほど低く冷たい声を聞いたのがはじめてで、イェルドの背筋がゾクっとした。カトリナも柔らかい笑みが消え、静かで冷たい視線をイェルドに送っている。特訓に優しさや甘さなど邪魔なだけだとでも言いたげな様子だった。
「イェルド。私たちはね、アーサーとモニカが可愛くて仕方がないわ。いつまでも守ってあげたいし、この子たちのためならなんだってしてあげたいと思ってる。でもね、だからってひとりじゃなにもできない子に育てるつもりはないわ。私たちがもしいなくなっちゃったらこの子たちはどうするの?私たちがいなくっても、せめて自分の命は守れるようにしてあげたいの」
カトリナの言葉を聞き、イェルドの体から力が抜けた。アイテムボックスに差し込んでいた手をゆっくりと引き抜き壁にもたれかかる。
「…すみません。俺が甘かったです」
「でもあたしは嬉しかったぜ。おまえが本当に、あいつらのこと大事にしてるって分かってさ」
「イェルド。万が一私たちになにかあったとき、あの子たちのことよろしくね」
「そんなこと言わないでくださいよ」
「言うわよ。だって私たち冒険者よ?いつ死んでもおかしくないんだもの」
「…そうすね。そうだった」
イェルドは悲し気に笑い小さく頷いた。ダンジョンで呪いをかけられ瀕死になって帰ってきてからカミーユパーティは変わった。圧倒的な自信と実力はそのままだったが、彼らは自分たちが死んだ後のことをよく考えるようになった。イェルドにとってそれは泣きたくなるほどやるせなかったが、ただでは死なねえぞとむしろこの状況を楽しんでいるようにも見える彼らに、この人たちにはどうやったって敵わないなと思わざるをえなかった。
「お、動き出したぞ」
先輩冒険者たちが話をしている間も双子はアントと奮戦していた。なにかを思いついたらしい双子が(アントまみれになっているのに)楽し気に騒いでいる。
「なにを思いついたのかしらァ?」
「アーサーはアイテムボックスをまさぐってますね」
「モニカは杖を取り出したな!…あいつもしかしてぶっつけ本番でやったことねえ魔法使おうとしてねえ?」
「あらあら。とんでもない子」
「うん。ちょっと噛まれちゃったけどすぐ治したから大丈夫!」
「ツヴァイアントには毒もないしね。よかったぁ」
アーサーは念のためにモニカの足首を診た。回復魔法によって傷痕もなく、毒などの状態異常がかかっている様子もない。安心したアーサーは立ち上がり、モニカの手を引いて歩きだした。
「いたっ」
2分ほどしてモニカがまた立ち止まった。先ほどと同じ右足首に痛みを感じ視線を落とすと、またツヴァイアントが2匹しがみついている。
「もう、またツヴァイアントだぁ」
モニカはめんどくさそうにそれに火魔法をかけて倒した。だが、倒しても倒しても次々と現れるツヴァイアントがモニカに噛み痕をつけていく。2匹倒せば4匹現れ、4匹倒せば8匹がモニカの右足に這いのぼる。倍々に増えていくそれらが20匹を超えたとき、ようやくアーサーが火魔法で倒そうとするモニカにストップをかけた。
「モニカ!ちょっと待って!」
「ごめんもう倒しちゃった!」
「…やばいかも」
「え?」
時すでに遅し。モニカは非常に優秀な魔法使いなので、一度の火魔法で20匹のツヴァイアントをきれいさっぱり灰にしていた。アーサーがなんとも言えない表情でパラパラと地面に落ちる灰を眺める。彼の予想は残念ながら見事的中した。カサカサと気味の悪い音がだんだんと近づいてくる。振り返らなくても分かる。きっとアーサーの後ろには40匹のツヴァイアントがいるのだろう。少し離れた場所から双子の様子を眺めていたリアーナが呆れたように呟いた。
「気付くのおせぇー」
「うーん…。アーサーの賢さならすぐに気付くだろうと思ってたんだけどォ…。あの子おっとりしてるものねェ…」
「戦いに関してはかなり判断がはやいんですけどね…。あ、でもわりとボーっとしてたな…」
40匹のツヴァイアントを前にアーサーとモニカは固まっていた。先輩冒険者たちはまだ口も手も出す気がないらしく、壁にもたれかかって見学している。
「そうだ…。アント系は味方の匂いを追う習性があった…。ツヴァイアントは攻撃してきた相手に匂いを付けて仲間たちに助けを求めるのか」
「ツヴァイアントは2体1組になって行動する…。相方が殺されたらもう一体が攻撃してきた相手に匂いをつけるんだわ」
「駆けつける仲間も2体1組。たぶん1匹分の匂いで1組が助けにくるんだ。つけられた匂いが多ければ多いほど仲間が駆けつけてくる」
「どうしようアーサー…。ここにいるツヴァイアントを倒せば次は80体来ちゃうんじゃないの…?」
「単純計算したらそうだよね…。アント系は巣を…女王アントを潰さないと延々と新しい個体が生まれちゃう。巣を探そう」
「うん!…でもどこを探せばいいんだろう?それにこの40体のツヴァイアントはどうすれば…っ」
「……」
アーサーとモニカは考えた。考えている間にもアントがモニカの脚に這い上ってくる。手で払い落しただけで攻撃とみなされてしまいアントがどんどん増えていく。
「モニカ!僕がはたくよ」
「でもそしたらアーサーも狙われちゃう…」
「そうするためにだよ」
アーサーはそう言ってモニカの脚にたかっているアントを引きはがした。モニカだけを狙っていたアントはアーサーも敵とみなし、彼の体を這い上る。新しいアントが来ないよう、アーサーはアントをひっつけたまま攻撃せずに放置した。
モニカは大量のアントに覆われていくアーサーにオロオロしながら、ちらっと先輩冒険者に目をやった。それに気づいたリアーナとカトリナがニッと笑う。
「いくらでも待ってやるからゆっくり考えろ~?」
「ツヴァイアントは1匹だと無力だけど、無限の数の暴力で殺されちゃうわよォ?」
「あああアーサー…モニカ…」
イェルドだけはアントまみれになっていく双子を心配そうに見ていた。すぐにでも助けてあげたいようでアイテムボックスに手を伸ばしている。その手をすかさずカトリナに掴まれた。
「イェルド、がまん。これはあの子たちが自分たちでしなきゃいけないことなの」
「で、でもあのままじゃアーサーとモニカが…」
「すぐに助けてたら特訓の意味がないでしょう?」
「……」
「だーいじょうぶだってイェルド!あいつらがそう簡単にやられるわけないだろぉ?!」
リアーナがイェルドの背中をバシバシと叩いたあと、耳元で囁いた。
「甘やかしたいなら帰るんだなイェルド。言っとくがこれからも、こいつらが瀕死になるまでは自分で考えさせるし戦わせる。見てて楽しいもんじゃねえぞ」
リアーナのこれほど低く冷たい声を聞いたのがはじめてで、イェルドの背筋がゾクっとした。カトリナも柔らかい笑みが消え、静かで冷たい視線をイェルドに送っている。特訓に優しさや甘さなど邪魔なだけだとでも言いたげな様子だった。
「イェルド。私たちはね、アーサーとモニカが可愛くて仕方がないわ。いつまでも守ってあげたいし、この子たちのためならなんだってしてあげたいと思ってる。でもね、だからってひとりじゃなにもできない子に育てるつもりはないわ。私たちがもしいなくなっちゃったらこの子たちはどうするの?私たちがいなくっても、せめて自分の命は守れるようにしてあげたいの」
カトリナの言葉を聞き、イェルドの体から力が抜けた。アイテムボックスに差し込んでいた手をゆっくりと引き抜き壁にもたれかかる。
「…すみません。俺が甘かったです」
「でもあたしは嬉しかったぜ。おまえが本当に、あいつらのこと大事にしてるって分かってさ」
「イェルド。万が一私たちになにかあったとき、あの子たちのことよろしくね」
「そんなこと言わないでくださいよ」
「言うわよ。だって私たち冒険者よ?いつ死んでもおかしくないんだもの」
「…そうすね。そうだった」
イェルドは悲し気に笑い小さく頷いた。ダンジョンで呪いをかけられ瀕死になって帰ってきてからカミーユパーティは変わった。圧倒的な自信と実力はそのままだったが、彼らは自分たちが死んだ後のことをよく考えるようになった。イェルドにとってそれは泣きたくなるほどやるせなかったが、ただでは死なねえぞとむしろこの状況を楽しんでいるようにも見える彼らに、この人たちにはどうやったって敵わないなと思わざるをえなかった。
「お、動き出したぞ」
先輩冒険者たちが話をしている間も双子はアントと奮戦していた。なにかを思いついたらしい双子が(アントまみれになっているのに)楽し気に騒いでいる。
「なにを思いついたのかしらァ?」
「アーサーはアイテムボックスをまさぐってますね」
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「あらあら。とんでもない子」
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