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初夏編:一家でトロワ訪問

【377話】ドウドウ

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双子たちを乗せた馬車はキャネモの宮殿の前で止まった。アビーとモニカが降りたので門番がニコニコしながら馬車に近づくと、カトリナとジルがひょっこり顔を出したので大慌てでキャネモに報告しに行った。知らせを聞いたキャネモと執事は急いで服を着替えて彼らを出迎える。いつも以上にお洒落をしている少女二人と、美しすぎて直視できないカトリナに眩暈がした。バランスを崩したキャネモを執事が支えながら深々と頭を下げる。

「いらっしゃいませ。リングイール様」

「突然申し訳ありません。娘が世話になっていながら、長い間挨拶もしていませんでしたので」

「お久しぶりですわキャネモ様。ご迷惑でなかったかしら」

ジルがカトリナの肩を抱いてキャネモに近寄り、カトリナはスカートをつまんで挨拶をした。彼らが申し訳なさそうな表情をしていたので、キャネモはブンブンと首を横に振った。

「とんでもございません!!またお会いできて光栄でございます!!遠方からわざわざこのような小さな町に足を運んでくださり大変感謝しております。よくおいでくださいました。ああ、相変わらずお美しい…」

カトリナばかりを見て一向にジルに目線を向けないキャネモに、ジルはうんざりしながらカトリナにしか聞こえない小声で呟いた。

《あー、やっぱり僕のことは無視なんだね》

《当然じゃなァい。キャネモは美しい男性がきらいだもの。だめよジル。感情が顔に出てるわァ。笑顔を絶やさないで》

《はいはい…》

「「キャネモ様!!」」

「おお、アビー、モニカ!今日は一段とかわいいねぇ。ああ会いたかった。3か月以上会っていなかったから死んでしまうかと思ったよ」

カトリナと挨拶を終えたキャネモに、アビーとモニカが駆け寄り抱きついた。一瞬ジルから殺気を感じてアーサーはヒヤっとしたが、すぐに殺気がひっこんだ。ちらりとジルを見ると太ももをさすっていたので、おそらくカトリナにつねられでもしたのだろう。

キャネモは双子の頬にキスをしてぎゅぅっとハグをする。双子のつけている香水の香りを吸い込んでいるのか異常に鼻息が荒い。アビーとモニカは笑顔を貼り付けたまま必死に加齢臭に耐えた。

「はぁ…。このユリの香りを嗅いだら君たちに会えたことを実感できてしあわせになるんだ」

「えへへ。私も会いたかったですわキャネモ様!」

「キャネモ様がしあわせで、わたしもしあわせです!」

「ほわぁ…」

キャネモがまた倒れそうになるのを執事が支えた。彼はよろよろと立ち上がり、リングイール一家を宮殿へ招き入れる。廊下をバタバタと使用人たちが慌ただしく行き来しており、案内された小さなサロンでは、寝ぐせのついた音楽家たちがゼェゼェ息をきらせながら演奏していた。カトリナたちがソファでくつろいでいる間に急ごしらえで用意した茶菓子が出された。

《ふふ。張り切っちゃって》

《あの音楽家、寝起き?》

《そうねェ。調律もせずに演奏しているわァ》

《あ、どおりで耳に障ると思った》

《あなたはうち(オーヴェルニュ家)の音楽家の演奏をずっと聴いていたからねェ》

カトリナはクスっと笑ったあと、双子に「躍らせてもらいなさい」と声をかけた。最近踊っていなかったアビーとモニカはパッと顔を輝かせてソファから立ち上がる。音楽家の前で軽やかに踊る少女二人は、楽し気にかわいらしい笑い声をあげていた。

その様子に、キャネモも執事も、音楽家さえも頬を緩めている。みなが彼女たちに夢中になっている中、ジルがたらりと鼻血を垂らしたのでカトリナが目にも止まらない速さでハンカチを取り出し鼻血を拭き取った。

「アビーとモニカのダンス…。舞踏会以来だ…」

キャネモが双子に釘付けになりながら呟いた。今にも泣きだすのではないかと思うほど感極まっている。カトリナはそんな彼に話をきりだした。

「キャネモ様。お知らせとお願いがございますの」

「ほう、なんでしょうか」

「ではまずお知らせを。実は、アビーの嫁ぎ先が決まりまして」

「なっ…」

雷を受けたように白目をむいたキャネモが意識を取り戻すのにしばらくかかった。プルプル震えながら、キャネモは話を続けるようカトリナに合図をした。

「…嫁ぎ先は遠い異国ですわ。来年には、あの子は異国で暮らすことになりますの」

「そ、そんな…」

「ですから、それからはモニカ一人にあちらの領地を任せるつもりですわ。モニカは姉がいなくなってしまうことでとても寂しい思いをしております。それに、心細く感じていますわ。キャネモ様、どうかモニカのことをよろしくお願いいたします」

「モニカはキャネモ様のこと、それにお預かりしている領地で暮らしている民たちを心から愛しています。アビーが傍にいなくなってからは、あなたと民がモニカの心の支えとなるでしょう。どうか娘をよろしくお願いいたします」

カトリナとジルはそう言って頭を下げた。自分よりずっと階級が上の貴族が頭を下げたとなっては受け入れないわけにはいかない。いやそのようなことをしなくとも、キャネモは必ず受け入れただろう。ジルの言葉にモニカへの同情と愛情を膨らませたキャネモは、はじめてジルをまっすぐと見た。

「リングイール様。お約束いたします。私がモニカの支えとなりましょう」

「ありがとうございます。あなたと出会えて本当に良かった」

「私もです」

ジルが手を差し出すと、キャネモはにこやかに手を握った。キャネモを言いくるめるための演技とはいえ、キャネモから双子に対する偽りのない愛情を汲み取ったジルとカトリナは、ほんの少しキャネモに対して好感を持った。

「…ということは、私がアビーと会える時間はあと1年しかないということですな」

「ええ。とても残念なことに」

「では今のうちにアビーをたくさん補給しておかねば」

「補給…」

「アビー!アビー!」

「はい!なんでしょうかキャネモ様!」

突然大声で名前を呼ばれたアビーは、モニカと踊りながら元気に返事をした。

「あとで私とも踊ってくれないかな?!」

「もちろんですわキャネモ様!」

アビーが快諾したことでキャネモはニッコリ笑い、ジルとカトリナに向き直った。

「ああ、もう彼女の細い腰に触れられないなんてとても残念だ…。思い残すことがないよう、思う存分触っておこう」

「……」

「……」

「…はっ!し、失礼いたしました。ゴホン、ンンンッ。そ、それでカトリナ様。次に、お願いとはなんでしょうか?」

「……」

「……」

気まずそうに咳払いするキャネモの前で、カトリナとジルは笑顔を浮かべたまま固まっていた。じわじわとまたジルから殺気が膨らんでいく。カトリナはジルの背中をちぎれるほどつねりながら、次の話に移った。
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