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初夏編:喜びの魔女

【342話】寝静まった寝室で

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アーサーとモニカがポントワーブへ戻ったその日の夜中。疲れが溜まっていた二人は入浴もせずにぐっすり眠ってしまった。寝室の化粧台に並べて置かれた杖とアサギリは気まずそうに互いの様子を伺っていた。

(ふむ。こやつ、粗暴で少しばかり頭が足りていないが…美しい造形に澄んだ力を持っておるな。それだけで見たら主にふさわしい代物だ)

(ちっ…こいつ中からモニカの匂いがする。なるほどモニカの力を与えられたか。大人しいツラしてるが、かなりつえぇな)

《……》

《……》

《そなた…》

《!!!な、なんでい!!》

まさか話しかけられると思っていなかったアサギリは、ビクリとして大声をあげた。杖は慌ててアサギリに注意する。

《シーー!静かにせんか!主とアーサーが起きてしまうであろう!》

《別にいいじゃねえか!こいつら熟睡してるときはいくら騒いだって起きねえよ。へへんっ、そんなことも知らねえのか?5年間も一緒に過ごしてるのにぃー?》

《我はあの子どもたちが眠っている間に騒音など立てたことがないからな》

《ちっ、つまんねーやつ!》

《そなた、どのような者に創られたのだ?》

《あん?テメェ、俺に興味があんのかあ?しっかたねぇなー!教えてやるよ!俺は何百年か前にー…》

興味を持たれて嬉しかったのか、アサギリは声を弾ませて自分の歴史を語った。アサギリを作った刀鍛冶のことよりもウスユキの話ばかりで、ウスユキの話よりもアサギリの武勇伝の方が多かったのだが、杖はアサギリの話を最後まで静かに聞いていた。

《…っつーわけで、そんなこんなで今はモニカが俺の持ち主っつーわけだ!どうだ!すげぇだろ!!》

《なるほど。それでそなたの澄んだ力に納得がいった。長年歴史ある大木の精霊と共に在ったからなのだな》

《精霊じゃねえ!あやかしだ!》

《こちらの国ではそのような存在を精霊と呼んでいる。私も精霊が宿る木の枝からできたものだ》

《…やっぱりな。お前、どことなく雰囲気が薄雪と似てると思ってたんだ》

《我も、そなたの力が我に近しいものだと感じていた》

《おまえなぁ。なぁんでヒトなんかに枝を折らせた?クソが。どこの国でもヒトはヒトだな》

《我の元である精霊は誰にでも枝を折らせることは決してしない。シャナが長年かけて心を通わせ、ようやっと枝を渡すことを許したのだ。シャナも許されるまでは触れることすらしなかった》

《シャナ。あの耳がとんがったヒトか。へえ、あいつ、あやかしが見えるのか?》

《いや、見えぬ。だが声は聞こえる。…精霊の森では目に映すことはできるが。あそこは特別な場所なのでな》

《ふーん。ま、どっちにしろ俺はヒトが嫌いだ。お前の話聞いてやっぱ嫌いだわって思った。ヒトは自分のためだったらあやかしがどうなったってかまわねえんだ。ふん》

《ふふ。感謝する》

《…あん?》

《そのように言われたのは初めてだ。我の元である精霊のことを案じてくれる者など、今の今までいなかった。やはりそなたは口に似合わず心優しいのだな》

《は…はぁぁっ?!そ、そんなんじゃねえし!!俺はただっ!ヒトがきらいだって話をしただけでだなあ!!》

《隠さずともよいではないか。そなたが人を憎むのは、そなたが大切に想うアヤカシを傷つけられたからであろう。そしてそなたは我の話を聞き人をまた憎く思った。それはそなたが、我を想ってくれたからだ》

《ちげぇっ!ちげぇやい!!やめろぉっ!》

《安心するがよい。我の元である精霊は枝を1本折られたくらいで傷ついたりはしない。いわゆる清域に佇み、エルフから愛され大切にされているのでな。それに、ウスユキと違い我の元はそう容易く人に触れさせん。シャナだから許したまでだ。己の命を削ってまで分け与えたりはしない》

《…薄雪もそうあるべきだぜ、まったく。だから喜代春に閉じ込められんだっつの》

《己の命の大切さというものは、己では分からないものだ。その分そなたたちが大切にしてやればよい。それがウスユキの生き方だ》

《……》

《アサギリ。そなたは真っすぐで美しい。はじめはどうなるかとヒヤヒヤしたものだが、そなたの話を聞き、そなたであれば主を任せられると我は思った。我はそなたを信用してよいだろうか》

《さあな。俺を信用したやつなんざ今の今までいねえけどな。なんたって薄雪の大切なヒトを殺しまくったヤツだし。薄雪も蓮華も蕣も喜代春も、俺のことを信用してなかったし、俺の言葉に耳を傾けたりしなかった。…ま、モニカとアーサーも俺の声を無視するしな。それって信用されてねえからだろ?》

《あちらの国の者のことは分からないが、主とアーサーに関しては信用していないからではなく、うるさいからであろう?》

《あーそうですよ!俺はうるせぇですよ!!》

《…そうか。そなたは寂しかったのだな》

《はぁっ?!》

《ウスユキを想い、ウスユキのために生きていたのに、ウスユキに憎まれることをしてしまい、ウスユキに相手にされなくなってしまった。その騒がしさや性格も、ウスユキとの関係がうまくいかなくなってから変わったのであろう?》

《っるせぇ…!もうやめろぉっ》

《アサギリ。我はそなたの言葉をないがしろにはしない。そなたはいつも、誰かを想って動いているのだから》

《はんっ!分かった口利くんじゃねえ!俺とお前が見知ったのはついさっきだろうが!》

《ふん。そなたが言っていたであろう。絆に日数など関係はないと》

《そっ!そんなこと言ってねえ!!お前との5年間より俺との1か月の方が楽しかっただろって言っただけだ!!》

《同じことだ》

《~~~…っ。お、おまえ、なんか調子狂う!!》

《かまわんではないか。今は主もアーサーもぐっすり寝ているのだ。たまには素の自分で過ごすと良い。我はそなたを無視したりなどしない。そなたを馬鹿になどしない。不器用で少しばかり残念な、心優しいワキザシ。それがアサギリというワキザシの本当の姿だ》

その瞬間、アサギリからブワッとサクラの花びらが舞い散った。それでもまだアサギリは「ちげぇやい!!」と言葉では反抗していたが、サクラの花びらは止められない。杖はそれ以上なにも言わず、ぽわぽわと淡い光を纏わせながらアサギリを見守っていた。

朝、アーサーとモニカが目を覚ます。寝室には花びらと淡い光が、雪のように舞っていた。
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