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初夏編:初夏のポントワーブ

【325話】髪束と花びら

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しばらく双子を抱きしめていると、だんだんとジルの意識がはっきりしてきた。ジルはハッと目を見開き二人から体を離し、血相を変えてあたりを見回した。綺麗に整えられたベッドの上に、見慣れた服と変色した長い髪束がそっと乗せられていた。髪束の傍には、薄ピンク色の花が添えられている。その光景を見てジルの顔から血の気が引いた。

「リアーナ…!リアーナは…?!」

「……」

ジルの言葉に双子はふいと目を逸らした。うしろで聞いていた魔女も顔を背けて肩を震わせている。ボルーノもユーリも気まずそうに、黙って薬素材をすり潰していた。ジルは小さく首を振りあとずさる。

「…うそ…。うそでしょ。やめてよなんの冗談…」

「……」

「なんでみんな黙ってるの…。リアーナはどこ。なんでどこにもいないの。どうしてリアーナの髪束がベッドにあるの」

「…あのね、ジル…リアーナは…」

「やめて。待って。聞きたくない…。いやだ…うそでしょ…」

「……」

「なんで…。リアーナ…ぼ、僕が守らなきゃいけなかったのに…リアーナ…、うそだ…」

ジルがガタガタ震えだしたので、ボルーノが慌てて彼の体を支えて薬を飲ませた。双子やボルーノが口を開こうとしてもジルは「やめて」と耳を塞いで聞こうとしてくれない。双子は途方に暮れて目を見合わせた。

「おっ?!やっと目が覚めたのか?!ぎゃはは!!おっせぇー!!」

「……」

「ああ?なんで泣いてんだ?どうしたー?」

「…リアーナの声が聞こえる…。幻聴かな。それともまだここにリアーナの魂魄が残ってるのかな…」

「は?魂魄?」

「どうかリアーナの魂魄が僕の中に入ってくれますように…」

「え、いやすぎるんですけど。ガリッガリのジルの中に入るくらいならカトリナのふにふにおっぱいの中に入るっつーの…」

「……よく喋るなこの幻聴…」

あまりにリアーナらしい幻聴にジルの目から涙が引っ込んだ。虚ろな目をして顔を上げると、肌がツヤツヤで良い香りのする短髪になったリアーナがのぞき込んでいる。しばらく見つめ合っていたが、リアーナがぷっと吹き出して大声で笑いだした。

「ぎゃははははは!!!なんだその顔!!おもしれぇーーー!!!」

「……」

「おい、うるせぇぞリアーナ…。お前のきたねぇ笑い声で目が覚めただろうが…」

「はぁ…。私もォ…。頭が痛いわァ…」

イライラした声を出しながらカミーユとカトリナがゆっくりと起き上がった。二人とも痣が濃くなっており体調も悪化しているようだった。げっそりとした顔で、恨めし気に一人だけ元気なリアーナを睨みつけている。ジルは口をパクパクさせ、目の前にいる仲間を指さした。

「…リアーナ?」

「なんだぁ?」

「え?生きてるの?」

「生きてっけど?」

「どうして?」

「どうしてってなんだよ!!生きてちゃ悪いか!!」

「……」

状況が理解できず、ジルは助けを求めて双子たちを見た。アーサーもモニカも気まずそうにもじもじしているし、よく見たら魔女は肩を震わせて笑いを堪えているようだった。

「…え?なにこれ」

「…あのね、ジル。実はね…」

「リアーナ、ジルよりちょっと早くほとんど自力で回復したんだぁ」

《おいぃ!!俺の功績だろうがクソがぁぁあっ!!》

「…アサギリっていうワキザシの力を借りて」

アサギリが喚き散らし始めたのでモニカが疲れた顔で捕捉した。ジルはリアーナと、リアーナが手に持っている細長い剣を交互に見てぽかんと口を開けている。

「……」

「さっきベッドにいなかったのは、温泉に入りに行ってたからで…」

「あの髪束は、リアーナの髪の色が変わっちゃって、髪色が気に入らなかったリアーナがおもむろに切ったからで…」

「リアーナがいまこんなに陽気なのは、温泉に入りながらビールをたくさん飲んだから…」

「…は?」

リアーナは舌を出してテヘっと笑った。その仕草に無性に腹が立ったジルは、ジトッとした目でリアーナを見る。

「説明して、リアーナ。どうして君そんなに元気なの。あのとき君も呪い受けてたよね。痣ひとつ残ってないけど」

「聞きたい?あたしとアサギリの武勇伝になるぜこれ」

「ふざけてないで説明して」

「なんだよそんな風に言わなくてよくない?!」

病み上がりにリアーナのテンションは苦痛でしかないのか、ジルはものすごくめんどくさそうな顔をして彼女を睨みつけた。こらえきれなくなった魔女が盛大に吹き出し、リアーナと一緒にゲラゲラ笑った。

「ヒィーっ、楽しいねえ!!ジルぅ、説明してあげるよぉ!あたしの自慢の孫はねえ、そのワキザシとやらの力を借りて呪いを食っちまったのさぁ」

「…?」

「おう!なんかすっげー呪いしんどかったじゃん?!うわ死ぬわーって思ったよさすがに!でもさ、死にたくなかったから、いやだーって思った!聖魔法で呪い打ち消そうとしてもあたしの中に魔力残ってなかったからそれもできないしさあ!だからどうしよっかなーって考えてたら、急にあたしの核がピカァって光ってな!んでアサギリの声が聞こえてきて、ガーーーってやったら勝った!!」

「ちょっと待って語彙力がなさすぎて微塵も理解できなかった」

「あ、あのね。このワキザシ、ちょっと特殊な力を持っててね」

「モニカがジルを治してる間、リアーナはずっと苦しんでたんだ。そしたら見かねたアサギリが騒ぎだして」

《騒ぎ出してってなんだこのクソアーサーこらぁぁっ》

「…リアーナを助けるために力を貸してくれたんだ」

「その剣が…?」

「うん。この剣、アサギリって名前で意志を持っててね。よく喋るんだー」

「…で、その剣が何をしたらリアーナがこんな元気になったの」

《剣じゃねえ脇差だし朝霧だっつってんだろうがよこのヒョロヒョロがぁぁ!!》

「ぎゃはははは!!ヒョロヒョロだってよジルぅっ!!アサギリもっと言ってやれ!!」

《うるせぇぞリアーナ!!てめぇ病み上がりなのに何を酒ガボガボ飲んでんだよ俺にも捧げろや!!》

「んだよ一滴垂らしてやったろー!?」

リアーナがぎゃはぎゃは笑いながらワキザシに話しかけているのを、その他の人たち全員が呆れた様子で見ていた。能天気な張本人を放っておいて、アーサーが説明を続ける。

「えっとね、アサギリの剣先をリアーナの胸に当てたら、ふわってサクラの花びらが舞って、リアーナの胸あたりが光ったんだ。1時間くらいしたらだんだんリアーナの毛先が薄ピンク色に染まっていって、2時間くらいしたら痣が消えていったんだー」

「リアーナ曰く、リアーナの中に知らない魔力が流れてきて騒がしい声が聞こえてきたらしいよぉ。その魔力が体中に広がり…つまりアサギリに体を乗っ取られて体中にアサギリの魔力をたっぷり注ぎ込まれた。そのせいで髪が変色したのさぁ。

アサギリの魔力は魔力に近いが魔力ではないねぇ。魔物とヒトの狭間の力。そんな感じのものだったらしい。…リアーナの体質にぴったりだったんだよ」

「ヨウリョク、って言うらしいよ!キヨハルさんが言ってた!」

「…そのヨウリョクというものが、リアーナの体を毒してた呪いを食い散らかしていったのさぁ。リアーナの核はそのときこう言ったらしい、"なんだそれすっげー!!あたしにもやり方教えろぉっ!"ってねえ」

「…リアーナは核までバカなの?」

「あたしの孫をバカって言うんじゃないよぉジル。あたしがあんたを食っちまってもいいんだよぉ?ヒヒヒ」

「…それで?リアーナは呪いを食ったの?」

「ああ。アサギリに食い方を教えてもらって、アサギリとリアーナの二人でバクバク呪いを食って自分の力にしちまったのさぁ。結果リアーナはピンピンして目覚めた。その代償としてアサギリの気味が悪いほど澄んだヨウリョクが穢れ、リアーナは魔物の血が濃くなったがねえ」

「魔物の血が濃くなった…?」

「そうさぁ。今のリアーナじゃぁ聖魔法なんてかけられたら肌が焼けただれるだろうねえ。それに、回復魔法も今まで以上に使いづらくなっただろうさ。あとは…おそらく寿命が縮んだねえ」

「……」

「でも悪いことだけじゃないよぉ。呪いは強力だった。その呪いを食ったんだ。リアーナの魔力は今まで以上に強くなったよぉ。恐ろしいほどに、ねぇ。ヒヒヒ」

「リアーナは、寿命が縮んだことを…」

「もちろん分かった上で食った。母親が魔物の血が濃すぎて死んでんだよぉ?分からないわけないだろう?」

「そう…」

「でも、リアーナは気にしちゃいないさぁ。今が楽しけりゃそれでいいんだ、あの子は。ヒヒヒ」

ジルが暗い顔をしている間も、リアーナはアサギリとゲラゲラ笑って騒いでいた。アサギリも心なしか楽しそうで、かすかに剣がふわふわ光っている。アーサーとモニカは二人(?)につられて声を出して笑った。双子の笑顔を見てリアーナも満面の笑顔を浮かべた。

「アーサー!モニカ!!お前ら疲れてんだろ!!休憩がてらあたしと遊ばないか?!アサギリと4人で!」

「おいぃ!!遊ぶのはいいが先に俺らを治せお前ら!!」

「あらァ。別にいいじゃないのォ。私はあと半日くらいだったら我慢できるわァ」

「俺!魂魄!入ってんだが?!」

「あぁ?大丈夫だろカミーユなんだから」

「大丈夫よォ。カミーユだし」

「大丈夫でしょ。カミーユは」

リアーナ、カトリナ、ジルは"なに言ってんだこいつ”という目でカミーユを見た。カミーユはぷるぷる震えて3人の首根っこを掴みぐあんぐあん揺らした。

「お前らなぁ!俺のことなんだと思ってんだよ!!」

「人外」

「死なねえゴリラ」

「ふふふ、カミーユ、とっても元気じゃないのォ。わがまま言わないの」
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