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初夏編:初夏のポントワーブ

【324話】柔らかさとあたたかさ

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朝も昼も、みなが寝静まっている夜も、モニカはジルに聖魔法をかけ続けた。妹の傍から離れず寝ようとしないアーサーを、魔女とボルーノが無理矢理ベッドへ潜らせる。嫌がるアーサーの口にボルーノがためらいなく睡眠薬を投げ込み眠らせた。その代わりに魔女とボルーノがかわるがわるモニカの傍でいてくれた。

「っ、モニカ…っ」

真夜中、睡眠薬が切れたアーサーが飛び起きた。ジルのベッドの前に、疲れ切ったモニカと魔女が座っている。モニカの背中をさすっている魔女は、まるで母親のように優しい表情をしていた。魔女は小さな声で歌を歌っている。聴いたことのない異国の歌のようだった。アーサーはそろりとベッドから抜け出しモニカに近づく。それに気付いた魔女がくさいものを嗅いだような顔をした。

「なんだ。もう起きたのかい。ボルーノのやつ調合を間違えたねぇ?」

「モニカごめんね!眠っちゃってたみたい…。ごめんね一人にして」

「ううん。いいのよ。アーサーは眠ってて」

モニカはそう言ってかすかに口角を上げた。笑顔を向けたつもりなのだろうが、疲れ切った彼女の顔はとても笑っているようには見えない。モニカの魔力と体力は、ボルーノの薬と魔女の魔法でなんとか持ちこたえているもののとっくに限界を超えていた。その上消費している魔力量とジルの回復速度が見合っておらず、精神もかなり削られているようだった。

アーサーはモニカの言葉に首を振って隣に腰かけた。妹の手をさすりながらジルの様子を見る。聖魔法のおかげで少しだが痣が薄くなっていた。吐血もおさまり、苦痛に呻いていた彼は今では静かに寝息を立てている。

「ジル、すごく良くなってるよモニカ」

「モニカの聖魔法は質がいいねぇ。リアーナに勝るとも劣らない」

「ほんと…?良くなってる…?もうわたし分かんなくなってきちゃった…」

「ほんと。モニカががんばってくれてるから、ジル良くなってるよ」

「呪いは消えかけてるよぉモニカ。あともう少し。あともう少し」

「うん…。おばあちゃん、アーサー…。ごめん…。やっぱり朝まで一緒にいてくれる…?」

「もちろんさぁ。魔女は寝なくても平気だからねえ。何日だって、付き合ってあげるよぉ」

「僕も。モニカがいないベッドは広すぎて落ち着かないんだ」

「ふふ。ありがとう、アーサー、おばあちゃん」

モニカはアーサーにもたれかかり、朝までジルに聖魔法をかけ続けた。魔力がかすれてくると魔女にまずい薬を飲まされ顔をしわくちゃにしていたが、文句ひとつ言わなかった。

◇◇◇

「……」

モニカが聖魔法をかけ始めて50時間後、ジルは意識を取り戻した。まだ痣は残っているものの痛みを感じている様子はない。顔を傾けるとそこにはなによりも大切な子どもたちがいた。ジルは掠れた声で二人の名前を呼ぶ。

「アーサー…モニカ…」

「っ!」

「ジルっ…!!」

「意識が戻った…!!おばあちゃん!!先生!!ジルが!!」

「なにっ!ジルの意識が戻ったのか?!」

「ジル!!」

「おやおやぁ。やっと目覚めたかい。遅いよジル」

ボルーノ、ユーリ、魔女が意識を取り戻したジルの元へ集まってくる。ジルの意識はまだ朦朧としており、返事もせずにぼーっと彼らを眺めているだけだった。

ボルーノとユーリがジルの容態を診て、体力を回復する薬の調合を始めた。魔女はジルの頬をぺちぺち叩きながらケタケタ笑っている。

「ヒヒヒ。あんたの幸薄そうな顔がもっと貧相になってるよぉ」

「……」

「…ジル、モニカに礼を言うんだねぇ。つきっきりで呪いから解放してくれたんだよぉ」

「おばあちゃん、言わなくていいよそんなこと…」

「ヒヒヒ!」

「……」

ジルは力ない手をモニカの膝の上に置いた。モニカは泣きながらにっこり笑ってその手を握り、アーサーと一緒にジルに抱きついた。

「モニカ…」

「ジル!ジル!よかった!よかったぁ!!」

「アーサー…」

「ジルぅぅぅ!!」

「無事で…よかった…」

ジルはそう呟きぽろりと涙を流した。双子の背中に腕をまわし、懐かしい子どもの柔らかさとあたたかい体温に目を瞑った。
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