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異国編:ジッピン後編:別れ

【304話】目

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座敷童と朝霧にからかわれ、キヨハルは普段では絶対に見せない表情をしていた。頬を紅潮させ、恥ずかしさのあまり下唇を噛んでぷるぷる震えている。アーサーとモニカはそんな彼を見るのが新鮮で、二人で目を見合わせてクスクス笑った。

「元気そうでよかったねえ」

「うん!キヨハルさんもあんな顔するんだね!」

「ねー!ちょっとかわいいね」

「アーサー、モニカ…。こんな年寄りにかわいいなんて言わないでくれないか…」

「キヨハル トシヨリ チガウ。オジサマ!」

「うんうん!」

「ふふ。そうだね。そういうことにしておこう。…では次にアーサーに報酬を与えよう」

それを聞いたアーサーは期待に目を輝かせた。モニカがもらった簪がとても素敵なものだったので、僕はなにをもらえるんだろうとソワソワしている。

「アーサー、こちらへおいで」

「はい!」

そばへ寄ると、キヨハルがアーサーの頬に手を添えた。前髪をかきあげ瞳をまっすぐ見つめる。アーサーはキヨハルの目に自分の姿が映っているのが見えた。

(キヨハルさんの目…いつもとちがって瞳孔が細い…。さっき僕にはキヨハルさんの姿が少し透けて見えたし…きっとキヨハルさんはあやかしの血を引いてるんだ…。でも血のことって聞いちゃいけないよね…。リアーナはケロっとしてたけど、あんまり聞かれて嬉しいことじゃないだろうし…)

「アーサー。いくつか質問をするから答えてほしい」

「うん」

「あやかしをその目に映せるようになりたいかい?」

「えっ?」

「もし君が望むなら、私の術で映せるようにしてあげよう。目に映れば声も聞こえる。ああ、ついでに朝霧の声も聞けるようにしてあげよう。うるさくて眠れなくなるだろうけどね」

「本当に?!僕あやかし見えるようになりたい!それに朝霧の声も聞きたいよ!」

「そうか、分かった。だがアーサー、あやかしが目に映ることで、良いコトもあれば悪いコトもある。蓮華や蕣のように、かわいらしく良いことをするあやかしもいれば、醜くヒトを傷つけようとするあやかしもいる。そういったあやかしはたいがいあやかしを目に映すヒトを狙うんだよ。それでもいいかい?」

「大丈夫!もしそうだとしたら、僕があやかし見えなかったら、モニカがあやかしに狙われたときに守ってあげられないから!だから見えるようにしてください!」

「…ふふ。君らしい答えだね。ますます君のことを気に入ってしまいそうだ」

「アルジサマだめ」

「それ以上アーサーのこと気に入っちゃダメ」

「じゃないと閉じ込めちゃう」

「だから閉じ込めないと言っているだろう。…アーサー、もうひとつ質問するよ」

「うん!」

「その目に宿っている記憶を忘れたいかい?」

「っ…!どうしてそれを…」

「私は治癒術に長けているからね。そういうモノには敏感なんだ」

「……」

「君の記憶は辛すぎる。ソレが君を苦しめるなら、私が辛い記憶だけを忘れさせてあげよう。もちろん楽しかった記憶は全て残してね」

「辛い記憶だけ…?」

「ああ。君が忘れたい記憶だけを」

アーサーの視線が泳ぎ、ためらいがちにキヨハルに視線を戻す。縋り付くような目には涙が浮かんでいた。この辛い記憶を消してほしい。なにもかも忘れて今の生活を楽しみたい。キヨハルにその気持ちが痛いほど伝わってきた。

だが、アーサーは小さく首を横に振った。

「忘れたいよこんな記憶…。でも…忘れちゃったら僕じゃなくなっちゃう…。アウスはどこにもいなくなっちゃうんだ…」

「アーサー…」

「キヨハルさん…。苦しくて、悲しくて、痛くて、寂しい思いをたくさんしたアウスとモリアはね、それでもがんばって生きてきたんだよ。つらくっても、二人で支え合って6年間生きてきた。あれも僕とモニカの大切な思い出なんだ…」

「…弟に腹を刺された記憶もかい?」

「…うん。ヴィクスとの思い出、あれしかないから…」

「せめて愚かな母親と父親の記憶くらいは…」

「ううん。あれでも僕たちを産んでくれた人たちなんだ。忘れちゃいけないよ」

「…やはり君は気味の悪い子だ」

「えっ!ひどいよキヨハルさん!」

「褒めているんだよ」

「全然褒められてる気がしないよ!」

一見なんの不自由もない裕福な少年が抱える辛い過去。少し覗いただけで、反吐が出そうなほどヒトの醜さが詰まっていた。キヨハルは、ぷぅと頬を膨らませているアーサーを見てフフと笑った。

「君たちが望むのなら彼らに呪いでもかけてやろうかと思っていたんだが…どうやらそんなことは望んでいないらしい」

「え!ダメだよそんなことしちゃぁ!」

「キヨハル!ダメー!」

「不思議だね。こんなヒトを私は見たことがない。…分かった。記憶に手は出さないでおこう。いやいやながら呪いをかけることも我慢するよ。でも忘れたくなったらいつでもおいで。ヒトが憎くて憎くて仕方がなくなったらいつでもおいで。私はアーサーとモニカを守るためならなんだってするよ。記憶を消すことも、ヒトを呪い殺すこともね」

「ひぃぃ…!」

「ダメ!キヨハル ダメー!!」

「アルジサマ」

「我慢できてえらい」

「成長した」

「だろう?」

「うん」

「えらいえらい」

「待って?!どうしてそんな褒めてるの?!」

「キヨハル ドウシテ トクイゲ ナノ!!」

レンゲとムクゲがキヨハルの頭を撫でているのを見て、双子が思わず突っ込んだ。

「アルジサマ」

「いつもなら有無を言わさず」

「呪い殺してる」

「ヒィッ?!」

「でも我慢した」

「えらい」

「…キヨハルさんってもしかして…すごくおそろしい人なんじゃ…」

「お、怒らせちゃダメなタイプだ…」

「アーサーとモニカにはもう二度と怒らないよ。薄雪の枝を折らない限りはね。さてアーサー、話が少し逸れたね。今日はひとまずあやかしを目に映せるようにしてあげよう。こちらへおいで」

「うん。お願いします!」
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