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異国編:ジッピン後編:別れ
【287話】依頼
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子どもたちの沈んだ空気に耐え切れず、シゲフミがおおげさに手を叩いて大きな声を出した。
「そうそう喜代春さん!」
「なんだい?」
「先日、くだんの森に物の怪が棲みついたから気を付けなさいと新聞で知らせたのですが、キヌたちは字が読めないから知らなかったと言っていたんです。それじゃまずいですよね」
「ああ、そうか…。まだまだこのあたりでは字が読めないヒトたちが多いのか。考えが足りていなかったな」
「これからどうしましょう」
キヨハルは扇子で口元を軽く叩きながらシゲフミに指示を出した。シゲフミは紙にメモを取りながら主人の話を真剣に聞いている。
「週に一度民家を訪ねて物の怪の情報を知らせるヒトを新しく雇おう。あとは危険区域の入り口に、文字が読めない人でも危ないと分かるような張り紙を貼ろうか。文字を教える施設を建ててもいいけれど、それはまた改めて考えるよ。とりあえずそれで」
「分かりました!」
「早速手配してくれるかな。私はこの子たちともうしばらく話したいから」
「はい!では失礼します」
シゲフミはメモを握りしめて部屋を出た。彼がいなくなったあと、キヨハルが俯いている双子に声をかけた。
「私とシゲフミの話を聞いてなにか思うところが?」
「……」
アーサーとモニカは黙り込んで返事をしない。しばらく様子を見ていたキヨハルが小さな声でぽそりと呟いた。
「気に入らないなら変えてしまえばいいのだよ」
「え…?」
キヨハルの呟きに双子は顔を上げた。子どもたちと目が合ったキヨハルは満足げに扇子を広げた。ぱたぱたと扇ぎながら、「やっと顔を上げてくれた」と目じりを下げる。
「アーサー、モニカ。感傷に浸っているところ悪いがね。君たちに依頼をお願いしたいんだ。話を聞いてくれるかな」
「依頼?」
「そう。100体もの物の怪を危うげなく狩った君たちなら、狩怪組でも手に負えないモノでも相手にできると思ってね」
《ハッ!!嘘をつくんじゃねえよ喜代春ぅぅっ!!てめぇがこいつらの強さに気付いたのは森の件じゃねえだろぉがよぉ!!こいつらの記憶覗いたからだろぉ?!あぁっ?!》
モニカの腰にさされている朝霧が、キヨハルにしか聞こえない声を部屋中に響かせた。キヨハルはその声を(かろうじて)無視して話を続ける。
「…覚えているだろうか。君たちが屋敷へ来たばかりのときの話を」
キヨハルの問いかけにモニカは「うーん?」と首を傾げた。アーサーもしばらく考えていたが、キヨハルとヴァジーのある会話を思い出した。
「…屋敷裏の森に、モノノケの無惨な死骸が落ちてるって話ですか?」
「ああ。ずっと犯人の正体を探っていたのだが、どうやらヒトではなさそうだ。おそらく知性が高い物の怪のしわざ…。よほどの馬鹿でもない限り、あやかしがあの森へ入ることはないからね」
「つまりかしこい物ノ怪を狩るのが依頼ってこと?」
「狩らなくてもいい。戦うふりをしながら森の外まで物の怪をおびき寄せてほしいんだ。そこまでしてくれたら私が狩ろう。…私は、あの森へは入れないから」
「どうして?」
「ちょっと事情があってね」
「ふーん…?」
「あの森には私の大切なモノがある。おそらく物の怪の狙いはそれだろう。それを食せば、寿命が延び、力を得る。その上美味そうな香りを漂わせているものだから…。まったく、困った子だよ…」
「大切なもの…?」
「そう。自分の命よりも大切なモノだ。君たちにもあるだろう?」
キヨハルがそう尋ねると、アーサーとモニカはお互いを見た。二人とも困ったように照れ笑いをして手を繋ぐ。キヨハルの咳ばらいでハッとして話の続きに耳を傾けた。
「アレは強いが抜けているところがあるからね…。なにかの間違いで食されてはかなわない。それに、私の大切な森を荒らされて良い気分ではないからね。どうかな、受けてくれないかな?」
「どうして私たちにお願いするの?狩怪組の人たちは?」
「知性が高い物の怪は妙な力を持っていることが多いんだ。おそらくあやかしを食して得た力だろうね。妖術…つまり魔法のようなものを使う。
男性狩怪隊は札を使えないからそれに対抗できない。ミコも札には限りがあるので強い物の怪相手では生存率がとても低いんだ。そういうモノは普段私が相手をしているんだが、残念ながら私はあの森へ入ることができない。
ミコよりもずっと多くの術を使うことができる強い魔力を持っているモニカと、100体もの物の怪を難なく狩ったアーサーの戦術があれば相手にできると踏んだ」
《おい喜代春ゥゥゥ!!それだけじゃねえだろぉ?!お前の狙いはガキの…》
「だから君たちに依頼をしたんだ。もちろん数名の狩怪隊は同行させるよ。あくまで君たちのサポートとしてだけどね」
最後まで話を聞いたアーサーは、口元に指を当てて考え込んでいる仕草をした。考えてもまとまらなかったのか、妹を見て頭を傾ける。
「どうするモニカ?」
「…物ノ怪の情報は全くないの?」
「ない。足取りを全く掴ませてくれないんだ」
「……」
「だめかな?」
「…キヨハルさん。ひとつ教えて」
「なんだい?」
「大切なものってなあに?」
「……」
モニカの質問にキヨハルが口を閉ざした。さきほどまで笑みを浮かべていた口元を扇子で隠し、下げていた目じりが前髪で隠れる。
「それを教えてくれたら、受けるわ」
「……」
「教えてくれないなら受けない」
「…仕方ないね。では教えよう。大切なモノ。それはジッピン最古の桜の木」
「サクラの木?」
「ああ。あの森の奥には桜の木があるんだ。それが私の大切なモノ」
「でもさっき、まるで人のような言い方をしていたわ」
前髪の奥からキヨハルの目が覗いた。それは先ほどまでの優しい視線ではなく、まるで敵を見ているような冷たい視線だった。アーサーとモニカの背筋がゾクっと凍る。そんな彼らに、キヨハルが妙に優しい声色で答えた。視線と口調のちぐはぐさに恐怖すら覚えた。
「…桜の木のあやかし。それが私の大切なモノだ」
「あやかし…」
「さあ、正直に言ったよ。受けてくれるかな。もちろん報酬は弾むよ」
「で、でもあやかしって悪いやつらじゃないの…?」
「確かにヒトに悪さをするあやかしもいるけれど、ヒトを守るあやかしもいれば、ヒトに神と間違われているあやかしもいるんだよ。桜のあやかしはヒトをなにより愛している、とても優しいあやかしだ」
「そうなんだぁ」
「そろそろ返事が欲しいな。受けてくれる?それとも受けてくれない?」
アーサーとモニカはこそこそと相談した。
「モニカ、この依頼あぶない気がする」
「そうねえ…。敵がどんなものか全く分からないのが不安だわ。でも…」
「うん。モニカ、僕もたぶん同じ気持ち。なんとなくだけど、この依頼受けたほうがいい気がする」
「…うん。私も」
「キヨハルさん、命に危険を感じたら逃げてもいいですか?」
「もちろん。ヒトの命が最優先だよ」
「分かりました。その依頼、受けます」
「そう。よかった。ありがとう。では早速準備にとりかかるよ。報酬に関しては、またあとで」
キヨハルは双子に部屋を出るよう合図した。アーサーとモニカは立ち上がり、キヨハルに背を向けて歩き出す。キヨハルは扇子を広げて彼らに向けたが、しばらくためらったあと小さなため息をついてそっと閉じた。
《…ほう。てっきりまた記憶を奪うのかと思ったぜ。あそこまで喋るなんてテメェらしくないからな》
朝霧がそう言うと、キヨハルは双子に聞こえない声で返した。
「…さきほどまではそのつもりだったよ。だが…困ったね。君と座敷童たちのせいでさすがに良心が咎めたよ」
《ったりめぇだ!!だったらさっさと記憶返しやがれクソがぁっ!!このボケっ!ボケェェッ!》
「それは断る」
《クソがぁぁぁっ!!!ぜってぇぇ取り戻してやるからなぁぁぁっ!!今に見とけよ!!喜代春のボケェェェエッ・・・・》
だんだんと遠くなる朝霧の罵倒の声に、キヨハルは苦笑いをしながら呟いた。
「まったく…本当にうるさい子だね…」
「そうそう喜代春さん!」
「なんだい?」
「先日、くだんの森に物の怪が棲みついたから気を付けなさいと新聞で知らせたのですが、キヌたちは字が読めないから知らなかったと言っていたんです。それじゃまずいですよね」
「ああ、そうか…。まだまだこのあたりでは字が読めないヒトたちが多いのか。考えが足りていなかったな」
「これからどうしましょう」
キヨハルは扇子で口元を軽く叩きながらシゲフミに指示を出した。シゲフミは紙にメモを取りながら主人の話を真剣に聞いている。
「週に一度民家を訪ねて物の怪の情報を知らせるヒトを新しく雇おう。あとは危険区域の入り口に、文字が読めない人でも危ないと分かるような張り紙を貼ろうか。文字を教える施設を建ててもいいけれど、それはまた改めて考えるよ。とりあえずそれで」
「分かりました!」
「早速手配してくれるかな。私はこの子たちともうしばらく話したいから」
「はい!では失礼します」
シゲフミはメモを握りしめて部屋を出た。彼がいなくなったあと、キヨハルが俯いている双子に声をかけた。
「私とシゲフミの話を聞いてなにか思うところが?」
「……」
アーサーとモニカは黙り込んで返事をしない。しばらく様子を見ていたキヨハルが小さな声でぽそりと呟いた。
「気に入らないなら変えてしまえばいいのだよ」
「え…?」
キヨハルの呟きに双子は顔を上げた。子どもたちと目が合ったキヨハルは満足げに扇子を広げた。ぱたぱたと扇ぎながら、「やっと顔を上げてくれた」と目じりを下げる。
「アーサー、モニカ。感傷に浸っているところ悪いがね。君たちに依頼をお願いしたいんだ。話を聞いてくれるかな」
「依頼?」
「そう。100体もの物の怪を危うげなく狩った君たちなら、狩怪組でも手に負えないモノでも相手にできると思ってね」
《ハッ!!嘘をつくんじゃねえよ喜代春ぅぅっ!!てめぇがこいつらの強さに気付いたのは森の件じゃねえだろぉがよぉ!!こいつらの記憶覗いたからだろぉ?!あぁっ?!》
モニカの腰にさされている朝霧が、キヨハルにしか聞こえない声を部屋中に響かせた。キヨハルはその声を(かろうじて)無視して話を続ける。
「…覚えているだろうか。君たちが屋敷へ来たばかりのときの話を」
キヨハルの問いかけにモニカは「うーん?」と首を傾げた。アーサーもしばらく考えていたが、キヨハルとヴァジーのある会話を思い出した。
「…屋敷裏の森に、モノノケの無惨な死骸が落ちてるって話ですか?」
「ああ。ずっと犯人の正体を探っていたのだが、どうやらヒトではなさそうだ。おそらく知性が高い物の怪のしわざ…。よほどの馬鹿でもない限り、あやかしがあの森へ入ることはないからね」
「つまりかしこい物ノ怪を狩るのが依頼ってこと?」
「狩らなくてもいい。戦うふりをしながら森の外まで物の怪をおびき寄せてほしいんだ。そこまでしてくれたら私が狩ろう。…私は、あの森へは入れないから」
「どうして?」
「ちょっと事情があってね」
「ふーん…?」
「あの森には私の大切なモノがある。おそらく物の怪の狙いはそれだろう。それを食せば、寿命が延び、力を得る。その上美味そうな香りを漂わせているものだから…。まったく、困った子だよ…」
「大切なもの…?」
「そう。自分の命よりも大切なモノだ。君たちにもあるだろう?」
キヨハルがそう尋ねると、アーサーとモニカはお互いを見た。二人とも困ったように照れ笑いをして手を繋ぐ。キヨハルの咳ばらいでハッとして話の続きに耳を傾けた。
「アレは強いが抜けているところがあるからね…。なにかの間違いで食されてはかなわない。それに、私の大切な森を荒らされて良い気分ではないからね。どうかな、受けてくれないかな?」
「どうして私たちにお願いするの?狩怪組の人たちは?」
「知性が高い物の怪は妙な力を持っていることが多いんだ。おそらくあやかしを食して得た力だろうね。妖術…つまり魔法のようなものを使う。
男性狩怪隊は札を使えないからそれに対抗できない。ミコも札には限りがあるので強い物の怪相手では生存率がとても低いんだ。そういうモノは普段私が相手をしているんだが、残念ながら私はあの森へ入ることができない。
ミコよりもずっと多くの術を使うことができる強い魔力を持っているモニカと、100体もの物の怪を難なく狩ったアーサーの戦術があれば相手にできると踏んだ」
《おい喜代春ゥゥゥ!!それだけじゃねえだろぉ?!お前の狙いはガキの…》
「だから君たちに依頼をしたんだ。もちろん数名の狩怪隊は同行させるよ。あくまで君たちのサポートとしてだけどね」
最後まで話を聞いたアーサーは、口元に指を当てて考え込んでいる仕草をした。考えてもまとまらなかったのか、妹を見て頭を傾ける。
「どうするモニカ?」
「…物ノ怪の情報は全くないの?」
「ない。足取りを全く掴ませてくれないんだ」
「……」
「だめかな?」
「…キヨハルさん。ひとつ教えて」
「なんだい?」
「大切なものってなあに?」
「……」
モニカの質問にキヨハルが口を閉ざした。さきほどまで笑みを浮かべていた口元を扇子で隠し、下げていた目じりが前髪で隠れる。
「それを教えてくれたら、受けるわ」
「……」
「教えてくれないなら受けない」
「…仕方ないね。では教えよう。大切なモノ。それはジッピン最古の桜の木」
「サクラの木?」
「ああ。あの森の奥には桜の木があるんだ。それが私の大切なモノ」
「でもさっき、まるで人のような言い方をしていたわ」
前髪の奥からキヨハルの目が覗いた。それは先ほどまでの優しい視線ではなく、まるで敵を見ているような冷たい視線だった。アーサーとモニカの背筋がゾクっと凍る。そんな彼らに、キヨハルが妙に優しい声色で答えた。視線と口調のちぐはぐさに恐怖すら覚えた。
「…桜の木のあやかし。それが私の大切なモノだ」
「あやかし…」
「さあ、正直に言ったよ。受けてくれるかな。もちろん報酬は弾むよ」
「で、でもあやかしって悪いやつらじゃないの…?」
「確かにヒトに悪さをするあやかしもいるけれど、ヒトを守るあやかしもいれば、ヒトに神と間違われているあやかしもいるんだよ。桜のあやかしはヒトをなにより愛している、とても優しいあやかしだ」
「そうなんだぁ」
「そろそろ返事が欲しいな。受けてくれる?それとも受けてくれない?」
アーサーとモニカはこそこそと相談した。
「モニカ、この依頼あぶない気がする」
「そうねえ…。敵がどんなものか全く分からないのが不安だわ。でも…」
「うん。モニカ、僕もたぶん同じ気持ち。なんとなくだけど、この依頼受けたほうがいい気がする」
「…うん。私も」
「キヨハルさん、命に危険を感じたら逃げてもいいですか?」
「もちろん。ヒトの命が最優先だよ」
「分かりました。その依頼、受けます」
「そう。よかった。ありがとう。では早速準備にとりかかるよ。報酬に関しては、またあとで」
キヨハルは双子に部屋を出るよう合図した。アーサーとモニカは立ち上がり、キヨハルに背を向けて歩き出す。キヨハルは扇子を広げて彼らに向けたが、しばらくためらったあと小さなため息をついてそっと閉じた。
《…ほう。てっきりまた記憶を奪うのかと思ったぜ。あそこまで喋るなんてテメェらしくないからな》
朝霧がそう言うと、キヨハルは双子に聞こえない声で返した。
「…さきほどまではそのつもりだったよ。だが…困ったね。君と座敷童たちのせいでさすがに良心が咎めたよ」
《ったりめぇだ!!だったらさっさと記憶返しやがれクソがぁっ!!このボケっ!ボケェェッ!》
「それは断る」
《クソがぁぁぁっ!!!ぜってぇぇ取り戻してやるからなぁぁぁっ!!今に見とけよ!!喜代春のボケェェェエッ・・・・》
だんだんと遠くなる朝霧の罵倒の声に、キヨハルは苦笑いをしながら呟いた。
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