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異国編:ジッピン前編:出会い
【259話】ヒデマロ
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モニカが屋敷の入り口で待ってくれているアーサーたちの元へ駆け寄ると、キヨハルがモニカの肩を抱き誰にも聞こえない声で囁いた。
「君、見えているよね?」
「え?」
モニカが顔をあげて聞き返すと、キヨハルは目じりを下げて微笑んだ。彼女の耳元に顔を寄せ、さきほどよりも小さな声で話を続ける。
「蓮華と蕣。君はあの子たちのことをよく見ているね」
「あ…うん。レンゲとムクゲとは友だち…友だち?なのかなあ?」
「話したことがある?」
「うん」
「では薄雪のことも知っているのかな?」
「うん、知ってるよ」
「そうか」
「キヨハルさん…。モニカにあまり気安く触れない方がいいですよ。アーサーからの圧がすごい」
モニカを抱き寄せてコソコソ話しているキヨハルに、ヴァジーが笑いを堪えながら声をかけた。ヴァジーの後ろで、俯いて自分の服の裾をぎゅっと握っているアーサーに気付き、キヨハルはゆっくりモニカから手を離した。
「おっと。悪かったねアーサー。別に口説いていたわけじゃないよ」
「ダイジョブ…。ダイジョブ…。ボク イイ オニイサン ダカラ…。ガマン デキル…」
「おやおや…。本当に悪いことをしたな」
唇を噛みながら無理矢理言葉を発しているアーサーを見て、キヨハルは申し訳なさそうな表情を浮かべた。モニカの背中を押して兄の元へ返すと、アーサーは妹をぎゅっと抱きしめてぷるぷる震えた。モニカはアーサーの頭をぺちんと叩き体を離す。
「もう、今日のアーサーほんとに変!ちょっと私がキヨハルさんとお話しただけでなんで泣きそうになってるのよ!」
「ご、ごめんっ。なんだか不安になっちゃって…!」
「不安?なにも不安にならなくってもいいのよ」
「うん…」
「ほら、いきましょ!」
アーサーはモニカに手を引かれてヴァジーたちの後ろをついていった。アーサー自身、なぜこんなにも不安を覚えるのか不思議で仕方がなかった。モニカの口からウスユキの名前が出たとき、キヨハルがモニカに触れたとき…アーサーの胸が妙にざわついた。
アーサーは隣で歩いている妹をちらりと盗み見る。なにも変わりない。なにも変わりないはずなのに、一瞬だけ、モニカがどこか自分の知らない人のように見えた。
◇◇◇
キヨハルが紹介した浮世絵師の名はヒデマロと言った。ヴァジーよりひとまわり以上年下で、アーサーやモニカとの方が年が近かった。キヨハルに事情を聞いたヒデマロは迷惑そうとも嬉しそうともいえる顔をして画家と双子を見た。
「ええ~!?喜代春さん~…。俺、浮世絵師になりたいだけのただの学生ですよ…?」
「ふふ。この前は自称浮世絵師を名乗って大喜びしていたのに」
「だってあのときは嬉しかったんですもん…。うわぁ…ばんすてぃんの画家がわざわざ会いに来た浮世絵師が俺…?うそでしょ…。他にもっと良い浮世絵師知ってるでしょう喜代春さぁん…」
「そうなんだがね。私は君の浮世絵が一番好きなんだよ」
「いやまあ確かに俺は才能に満ち溢れてますけどぉ…」
「ふふ」
キヨハルとヒデマロの会話を聞いていたヴァジーが思わず吹き出した。まさかジッピンの言葉が分かると思っていなかったヒデマロは、顔を真っ赤にしてヴァジーに話しかけた。
「は!はじめましてばんすてぃんの画家さん!!すみません俺なんかで!!」
「はじめましてヒデマロ。君は面白いな。謙遜しているように見せかけて自信に満ち溢れている。是非君のウキヨエが見てみたいな」
「う、うひぃぃ…。でも俺まだ学生で…」
「僕の友人の画家も、学生の頃から秀でた才能を持っていた。君と同じで、自分に圧倒的な自信を持っていて…ふふ、画廊で自分の絵より目立つ場所に飾られている絵に激怒したこともあるらしい。こんな絵より俺の絵の方がうまいって、有名な画家の絵にいちゃもんをつけたんだよ。…君と少し似ている気がする」
ヴァジーの話を聞いていたアーサーは、小さな声で「ねえ、誰のことぉ?」と尋ねた。ヴァジーは「クロネだよ」と答えてウィンクする。クロネらしい逸話にクスクス笑っていると、モニカに「クロネがどうしたの~?」と聞かれたので教えてあげた。モニカもさすがクロネだね~と言いながらケタケタ笑う。
ヒデマロはクロネの逸話を聞いて顔を赤らめていた。
「うわぁ…ちょっと分かるぅ…。俺もそう思ったことあるし…」
「やっぱり。だったらやはり君のウキヨエが見てみたい」
「わ、分かりました…。でもその代わりと言ってはなんですが…あなたたちの絵も見せてもらえませんか?俺、異国の絵に興味があって…。いつか異国へ行って絵の勉強もしてみたいなあって思ってるんです」
「う…」
ヒデマロの提案にヴァジーは言葉を詰まらせた。ヒデマロに自分たちの絵が通じるか不安だった。ヴァジーはクロネほどメンタルが強くない。ただでさえバンスティンでの批判や中傷に心を痛めているのだ。その上ジッピンの浮世絵師にまで受け入れられなかったら、心が折れてしまうかもしれないと考えていた。
なかなか自分の絵を見せようとしないヴァジーにヒデマロが首を傾げた。疑わし気にキヨハルに目を向けて、「喜代春さん…?本当に彼らばんすてぃんの画家なんですかぁ…?」と訴えている。キヨハルが反応に困っていると、アーサーが突然大声を出した。
「ミセマス!!ヴァジーノ エ!スゴイ カラ!!」
「わ!ばんすてぃんの子どもがジッピンの言葉喋った!!すげぇ!」
「ちょっ、え?!アーサー?!」
ヴァジーの戸惑いの声を無視して、アーサーがリュックサック型のアイテムボックスをがさごそとまさぐった。なかなか目当てのものに手が届かないのかうんうん唸りながらアイテムボックスを覗き込む。
「あった!これ、ヴァジーの絵!…あ、バンスティンの言葉で言っちゃった。コレ ヴァジーノ エ!」
「お…おぉぉぉ?」
「アーサー…!どうして僕の絵をジッピンにまで持ってきてるんだい?!あぁ…まだ僕の心の準備がぁぁ…」
「持ってきたというか、持ってこらざるをえなかっというか…。ほら、僕たちたくさん絵を持ってるでしょ?家に置く場所がないから、小さい絵はこのアイテムボックスに入れて保管してたんだあ。それよりヴァジー!!どうしてそんなに自信がないの?こんなに素敵な絵を描くのに!!」
「そう思ってくれてるのは君たちくらいだよ!ほら見てくれ、ヒデマロさんもキヨハルさんも奇異な目で僕の絵を見ている…。あぁぁ…だからキヨハルさんにも僕たちの絵は見せていなかったのに…」
確かに、キヨハルもヒデマロも初めて見るテイストの絵画を物珍しそうに眺めていた。そばで見ていたカユボティも「あぁぁぁ…っ、アーサーなんてことを…」と頭を抱えている。
「喜代春さん…。俺、こんな絵はじめて見ましたよ…!異国の絵は見たことがありましたけど、こんなのはなかった…!」
「私もはじめて見た。なんだいヴァジー、カユボティ、なぜもっと早く見せてくれなかった?」
「…え?」
徐々に熱を帯びていくジッピン人の目線に、ヴァジーとカユボティはおそるおそる顔をあげた。そこには目をキラキラさせて、食い入るようにヴァジーの絵を見ているキヨハルとヒデマロがいた。
「俺っ、今まで見た異国の絵の中で一番好きですね…!こう…知識とか技術とかすっ飛ばして視覚に直接訴えかけてくる感じが…!」
「私は主題の選択が好みだな。異国はなんせ宗教画が多い。もしくは薄暗い風景画。ヴァジーの絵はどちらでもない。…日常の切り抜き。風景も人物も自然体で、見ていて落ち着くね」
「日常の切り抜き…。浮世絵に通じるものがありますね。勉強になる。なるほど、異国にはこのような絵が存在してるのか。新しいな…。さすがはばんすてぃん…」
予想と大きく外れて自分の絵が褒めちぎられ、ヴァジーは顔を赤らめながらもじもじした。アーサーがカユボティに通訳すると、カユボティまで嬉しそうにもじもじしていた。
「ひとつ…訂正するなら、バンスティンでこの絵は受け入れられていません。批判される毎日です。それだけは言っておかないと」
「分からんでもないなあ。新しいものは弾かれる。それは世界共通なんですねえ喜代春さん」
「そうだね。でもだからこそ洗練されていく。この新しい絵を描く画家が、世間の攻撃により淘汰され…本当にその絵を愛している画家の絵だけが残るんだろうね」
「……」
キヨハルは、俯いて黙り込んだヴァジーのあごに指をかけ顔を上げさせた。バンスティンでよほど辛い思いをしているのだろう、ヴァジーの目には喪失した自信、そして不安と焦りが滲んでいた。まるで幼い子どもを安心させるかのように頬をそっと撫で、心地の良い声で話しかける。
「ヴァジー…。どうか折れないでくれ。私もヒデマロも、もっと君たちの絵が見たい。もっと君たちの絵を広めてほしい。君たちが今の苦しみを耐え抜けば…きっといつか、バンスティンの…いや、世界の絵画界が一変する日が来るだろう」
「……」
「ヴァジーさん、俺にあなたの絵を見せてくれてありがとうございます!今日、俺はまたひとつ自分の可能性に気付けました。あなたと…あなたの絵を無理矢理見せてくれたその男の子に感謝です!」
「ボク ナニモシエナイ。ヴァジーノ エ ガ スゴイダケ。イイデショ。コレ ボクガ モラッアエ。ボクノ アカラモノ」
「まさに宝物だ。アーサー、君は絵を見る才能があるんだね。この絵はきっと…何十年、何百年後にはきっと、世界的に有名な絵画になるに違いない」
「ボクモ ソウオモウ!ね!モニカもそう思うよね!ヴァジーたちの絵、最高だよね!」
「うん!最高よ!アーサー、最高ってどう言うの?」
「サイコウ、だよ!」
「サイコ!サイコ!」
「アーサー…。モニカ…。…ありがとう」
「ありがとう、二人とも…」
ヴァジーとカユボティは震える声で双子にお礼を言った。そしてキヨハルとヒデマロにもその気持ちを伝える。キヨハルは優しく微笑み、ヒデマロはニカっと笑って立ちあがった。
「さて!最高の絵を見せてもらった手前、俺も約束を守らないとな!…うぅぅ…あんなすごい絵画のあとに俺の浮世絵見せるのぉ…?先に見せておけばよかったぁぁ…」
「君、見えているよね?」
「え?」
モニカが顔をあげて聞き返すと、キヨハルは目じりを下げて微笑んだ。彼女の耳元に顔を寄せ、さきほどよりも小さな声で話を続ける。
「蓮華と蕣。君はあの子たちのことをよく見ているね」
「あ…うん。レンゲとムクゲとは友だち…友だち?なのかなあ?」
「話したことがある?」
「うん」
「では薄雪のことも知っているのかな?」
「うん、知ってるよ」
「そうか」
「キヨハルさん…。モニカにあまり気安く触れない方がいいですよ。アーサーからの圧がすごい」
モニカを抱き寄せてコソコソ話しているキヨハルに、ヴァジーが笑いを堪えながら声をかけた。ヴァジーの後ろで、俯いて自分の服の裾をぎゅっと握っているアーサーに気付き、キヨハルはゆっくりモニカから手を離した。
「おっと。悪かったねアーサー。別に口説いていたわけじゃないよ」
「ダイジョブ…。ダイジョブ…。ボク イイ オニイサン ダカラ…。ガマン デキル…」
「おやおや…。本当に悪いことをしたな」
唇を噛みながら無理矢理言葉を発しているアーサーを見て、キヨハルは申し訳なさそうな表情を浮かべた。モニカの背中を押して兄の元へ返すと、アーサーは妹をぎゅっと抱きしめてぷるぷる震えた。モニカはアーサーの頭をぺちんと叩き体を離す。
「もう、今日のアーサーほんとに変!ちょっと私がキヨハルさんとお話しただけでなんで泣きそうになってるのよ!」
「ご、ごめんっ。なんだか不安になっちゃって…!」
「不安?なにも不安にならなくってもいいのよ」
「うん…」
「ほら、いきましょ!」
アーサーはモニカに手を引かれてヴァジーたちの後ろをついていった。アーサー自身、なぜこんなにも不安を覚えるのか不思議で仕方がなかった。モニカの口からウスユキの名前が出たとき、キヨハルがモニカに触れたとき…アーサーの胸が妙にざわついた。
アーサーは隣で歩いている妹をちらりと盗み見る。なにも変わりない。なにも変わりないはずなのに、一瞬だけ、モニカがどこか自分の知らない人のように見えた。
◇◇◇
キヨハルが紹介した浮世絵師の名はヒデマロと言った。ヴァジーよりひとまわり以上年下で、アーサーやモニカとの方が年が近かった。キヨハルに事情を聞いたヒデマロは迷惑そうとも嬉しそうともいえる顔をして画家と双子を見た。
「ええ~!?喜代春さん~…。俺、浮世絵師になりたいだけのただの学生ですよ…?」
「ふふ。この前は自称浮世絵師を名乗って大喜びしていたのに」
「だってあのときは嬉しかったんですもん…。うわぁ…ばんすてぃんの画家がわざわざ会いに来た浮世絵師が俺…?うそでしょ…。他にもっと良い浮世絵師知ってるでしょう喜代春さぁん…」
「そうなんだがね。私は君の浮世絵が一番好きなんだよ」
「いやまあ確かに俺は才能に満ち溢れてますけどぉ…」
「ふふ」
キヨハルとヒデマロの会話を聞いていたヴァジーが思わず吹き出した。まさかジッピンの言葉が分かると思っていなかったヒデマロは、顔を真っ赤にしてヴァジーに話しかけた。
「は!はじめましてばんすてぃんの画家さん!!すみません俺なんかで!!」
「はじめましてヒデマロ。君は面白いな。謙遜しているように見せかけて自信に満ち溢れている。是非君のウキヨエが見てみたいな」
「う、うひぃぃ…。でも俺まだ学生で…」
「僕の友人の画家も、学生の頃から秀でた才能を持っていた。君と同じで、自分に圧倒的な自信を持っていて…ふふ、画廊で自分の絵より目立つ場所に飾られている絵に激怒したこともあるらしい。こんな絵より俺の絵の方がうまいって、有名な画家の絵にいちゃもんをつけたんだよ。…君と少し似ている気がする」
ヴァジーの話を聞いていたアーサーは、小さな声で「ねえ、誰のことぉ?」と尋ねた。ヴァジーは「クロネだよ」と答えてウィンクする。クロネらしい逸話にクスクス笑っていると、モニカに「クロネがどうしたの~?」と聞かれたので教えてあげた。モニカもさすがクロネだね~と言いながらケタケタ笑う。
ヒデマロはクロネの逸話を聞いて顔を赤らめていた。
「うわぁ…ちょっと分かるぅ…。俺もそう思ったことあるし…」
「やっぱり。だったらやはり君のウキヨエが見てみたい」
「わ、分かりました…。でもその代わりと言ってはなんですが…あなたたちの絵も見せてもらえませんか?俺、異国の絵に興味があって…。いつか異国へ行って絵の勉強もしてみたいなあって思ってるんです」
「う…」
ヒデマロの提案にヴァジーは言葉を詰まらせた。ヒデマロに自分たちの絵が通じるか不安だった。ヴァジーはクロネほどメンタルが強くない。ただでさえバンスティンでの批判や中傷に心を痛めているのだ。その上ジッピンの浮世絵師にまで受け入れられなかったら、心が折れてしまうかもしれないと考えていた。
なかなか自分の絵を見せようとしないヴァジーにヒデマロが首を傾げた。疑わし気にキヨハルに目を向けて、「喜代春さん…?本当に彼らばんすてぃんの画家なんですかぁ…?」と訴えている。キヨハルが反応に困っていると、アーサーが突然大声を出した。
「ミセマス!!ヴァジーノ エ!スゴイ カラ!!」
「わ!ばんすてぃんの子どもがジッピンの言葉喋った!!すげぇ!」
「ちょっ、え?!アーサー?!」
ヴァジーの戸惑いの声を無視して、アーサーがリュックサック型のアイテムボックスをがさごそとまさぐった。なかなか目当てのものに手が届かないのかうんうん唸りながらアイテムボックスを覗き込む。
「あった!これ、ヴァジーの絵!…あ、バンスティンの言葉で言っちゃった。コレ ヴァジーノ エ!」
「お…おぉぉぉ?」
「アーサー…!どうして僕の絵をジッピンにまで持ってきてるんだい?!あぁ…まだ僕の心の準備がぁぁ…」
「持ってきたというか、持ってこらざるをえなかっというか…。ほら、僕たちたくさん絵を持ってるでしょ?家に置く場所がないから、小さい絵はこのアイテムボックスに入れて保管してたんだあ。それよりヴァジー!!どうしてそんなに自信がないの?こんなに素敵な絵を描くのに!!」
「そう思ってくれてるのは君たちくらいだよ!ほら見てくれ、ヒデマロさんもキヨハルさんも奇異な目で僕の絵を見ている…。あぁぁ…だからキヨハルさんにも僕たちの絵は見せていなかったのに…」
確かに、キヨハルもヒデマロも初めて見るテイストの絵画を物珍しそうに眺めていた。そばで見ていたカユボティも「あぁぁぁ…っ、アーサーなんてことを…」と頭を抱えている。
「喜代春さん…。俺、こんな絵はじめて見ましたよ…!異国の絵は見たことがありましたけど、こんなのはなかった…!」
「私もはじめて見た。なんだいヴァジー、カユボティ、なぜもっと早く見せてくれなかった?」
「…え?」
徐々に熱を帯びていくジッピン人の目線に、ヴァジーとカユボティはおそるおそる顔をあげた。そこには目をキラキラさせて、食い入るようにヴァジーの絵を見ているキヨハルとヒデマロがいた。
「俺っ、今まで見た異国の絵の中で一番好きですね…!こう…知識とか技術とかすっ飛ばして視覚に直接訴えかけてくる感じが…!」
「私は主題の選択が好みだな。異国はなんせ宗教画が多い。もしくは薄暗い風景画。ヴァジーの絵はどちらでもない。…日常の切り抜き。風景も人物も自然体で、見ていて落ち着くね」
「日常の切り抜き…。浮世絵に通じるものがありますね。勉強になる。なるほど、異国にはこのような絵が存在してるのか。新しいな…。さすがはばんすてぃん…」
予想と大きく外れて自分の絵が褒めちぎられ、ヴァジーは顔を赤らめながらもじもじした。アーサーがカユボティに通訳すると、カユボティまで嬉しそうにもじもじしていた。
「ひとつ…訂正するなら、バンスティンでこの絵は受け入れられていません。批判される毎日です。それだけは言っておかないと」
「分からんでもないなあ。新しいものは弾かれる。それは世界共通なんですねえ喜代春さん」
「そうだね。でもだからこそ洗練されていく。この新しい絵を描く画家が、世間の攻撃により淘汰され…本当にその絵を愛している画家の絵だけが残るんだろうね」
「……」
キヨハルは、俯いて黙り込んだヴァジーのあごに指をかけ顔を上げさせた。バンスティンでよほど辛い思いをしているのだろう、ヴァジーの目には喪失した自信、そして不安と焦りが滲んでいた。まるで幼い子どもを安心させるかのように頬をそっと撫で、心地の良い声で話しかける。
「ヴァジー…。どうか折れないでくれ。私もヒデマロも、もっと君たちの絵が見たい。もっと君たちの絵を広めてほしい。君たちが今の苦しみを耐え抜けば…きっといつか、バンスティンの…いや、世界の絵画界が一変する日が来るだろう」
「……」
「ヴァジーさん、俺にあなたの絵を見せてくれてありがとうございます!今日、俺はまたひとつ自分の可能性に気付けました。あなたと…あなたの絵を無理矢理見せてくれたその男の子に感謝です!」
「ボク ナニモシエナイ。ヴァジーノ エ ガ スゴイダケ。イイデショ。コレ ボクガ モラッアエ。ボクノ アカラモノ」
「まさに宝物だ。アーサー、君は絵を見る才能があるんだね。この絵はきっと…何十年、何百年後にはきっと、世界的に有名な絵画になるに違いない」
「ボクモ ソウオモウ!ね!モニカもそう思うよね!ヴァジーたちの絵、最高だよね!」
「うん!最高よ!アーサー、最高ってどう言うの?」
「サイコウ、だよ!」
「サイコ!サイコ!」
「アーサー…。モニカ…。…ありがとう」
「ありがとう、二人とも…」
ヴァジーとカユボティは震える声で双子にお礼を言った。そしてキヨハルとヒデマロにもその気持ちを伝える。キヨハルは優しく微笑み、ヒデマロはニカっと笑って立ちあがった。
「さて!最高の絵を見せてもらった手前、俺も約束を守らないとな!…うぅぅ…あんなすごい絵画のあとに俺の浮世絵見せるのぉ…?先に見せておけばよかったぁぁ…」
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