上 下
201 / 718
淫魔編:先輩の背中

【221話】王様オーク

しおりを挟む
「アーサー、弓と剣どっちがいい?」

「剣!」

「だと思った。言っとくがお前は弓より剣の方が集中力が落ちる。遠距離戦より近距離戦の状況判断が苦手だ。背後に気を付けて戦うんだぞ」

「分かった!」

「遠距離が俺一人でキツかったらまた声をかける」

「うん!」

「じゃあ、行ってこい」

ベニートがイェルドとアーサーの背中を押した。そのまま二人は武器を構えてオークの群れに走って行く。そのあとをアデーレが追いかけた。ベニートの元を離れる前、アデーレはニコっと笑って彼を小突いた。

「さすがねベニート」

「いい加減あいつらの扱いにも慣れてきたさ。アデーレ、お前も死ぬなよ。お前は驚くと猫みたいに固まるからな。不意を突かれないように気を付けるんだぞ」

「分かった。じゃ、援護おねがいね」

「任せろ」

◇◇◇

イェルドとアーサーは二手に分かれてオークを蹴散らしていた。少し離れた場所でイェルドの咆哮が聞こえてくる。アーサーもいつもより激しく剣を振り下ろしていた。

「グァォォォ!!」

襲い掛かってきたオークの腕を切り落とし、心臓で剣を一突きする。戦い始めて数分しか経っていないのに、すでにアーサーは返り血で真っ赤になっていた。彼の背後にオークが近づき武器をふりかぶる。アーサーはオークの胸から剣を引き抜き、振り返ることなく攻撃を避け反撃した。

(うん、今日もうしろがよく見える)

昨日ベニートに叱られてから調子が良かった。まるで頭のうしろに目がついたかのように、背後の様子を感じ取ることができる。今まで考え事をしながらなんとなくで戦っていたアーサーが、魔物の群れ相手に戦うことだけに集中して剣を振ることを覚えたのだ。アーサーはどんどんと魔物を倒して奥へ進んでいく。

(アーサー、調子いいわね。すごい勢い)

近くで戦っていたアデーレは、アーサーの戦いぶりに舌を巻いた。怒りからかいつもより大振りだが、1時間経っても全く集中力が切れていない。ここのオークと戦い慣れてきたのか、武器を持った手を切り落としてから心臓を突きさすという一連の流れで負傷せずに敵を倒し続けている。仕留め損ねてもベニートがとどめを刺してくれることに気付き、確実に仕留めることより動ける魔物の数を減らすことに専念しているように見えた。アデーレは「私もがんばらなくっちゃ」とニッと笑い、オークの首を2体同時に斬り飛ばした。

アデーレという戦力が増え、更に昨日よりも低燃費で効率よく戦ったため、1時間ちょっとで100体のオークを殲滅することができた。最後の1体を倒したイェルドは、ふぅ、とため息をつきギロリと王様オークを睨みつける。

それまで椅子に座って仲間が殺されるところを眺めていただけだった王様オークがゆっくりと立ち上がった。オークの血で赤く染まった空間を見渡したあと、コバエのようにブンブンと飛び回っていた小さな人間をじっと見る。王様オークはこめかみに青筋をたて、ブルブル震えながら咆哮した。

「グォォォォォォ!!!」

耳をつんざく咆哮に冒険者は耳を塞ぐ。その咆哮は仲間を殺された怒りからではなく、人間ごときが自分の縄張りを我が物顔で好き勝手したことに対する怒りからだとイェルドは感じ取った。それがまた彼を苛立たせる。自分たちが殺したオークの死体をちらと見て、歯を食いしばりながら言葉を発した。

「500体もの仲間が殺されるのを…椅子に座ってふんぞり返って眺めてただけの王様か…。ハンッ!どこぞの国王とそっくりじゃねえかよオイ!!!」

「グァァァァァ!!!」

「っ!?」

4メートルの巨体が動いた。その図体からは想像もできないほど素早い動きでアデーレに襲い掛かる。アデーレは反応できず、王様オークの巨大な手に掴まれた。手の中にすっぽりとおさまったアデーレは、状況が呑み込めずに固まってしまっている。

「アデーレ!!!」

アデーレを救出しようとイェルドとアーサーが王様オークに飛び掛かる。オークはめんどくさそうにもう片方の手で二人を叩き飛ばした。吹き飛ばされた彼らは壁に激しく背中を打ち付けられた。イェルドは頭を強く打ったのか、血を流しながらばたりと倒れる。

ベニートが王様オークの目を狙って矢を射るが軽々と薙ぎ払われる。オークは大きな石をベニートめがけて投げた。剛腕から放たれる速球をぎりぎり躱し、照準が定まらないよう走り出す。まるで的に当てるゲームのように、オークは醜い笑い声をあげながら走って避けようとする人間に次々と石を投げつけた。そのうちのひとつがベニートの頭に直撃し、倒れてそのまま意識を失った。やっと動く的に石を当てることができ、オークは嬉しそうに笑っている。

「グギャギャギャッ!!」

「あ…あ…」

沈黙した3人を見てアデーレが弱々しい声を漏らす。王様オークは彼女を目の高さまで持ち上げスンスンと匂いを嗅いだ。お気に召したのかニタァ…と笑い、臭い口を大きく開ける。

「いや…いやぁっ…」

「グフゥッ。グァッ」

涙を浮かべているアデーレを、王様オークはぽいと口の中へ放り込んだ。
しおりを挟む
感想 494

あなたにおすすめの小説

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?

歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。 それから数十年が経ち、気づけば38歳。 のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。 しかしーー 「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」 突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。 これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。 ※書籍化のため更新をストップします。

出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む

家具屋ふふみに
ファンタジー
 この世界には魔法が存在する。  そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。  その属性は主に6つ。  火・水・風・土・雷・そして……無。    クーリアは伯爵令嬢として生まれた。  貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。  そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。    無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。  その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。      だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。    そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。    これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。  そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。 設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m ※←このマークがある話は大体一人称。

ぬいぐるみばかり作っていたら実家を追い出された件〜だけど作ったぬいぐるみが意志を持ったので何も不自由してません〜

望月かれん
ファンタジー
 中流貴族シーラ・カロンは、ある日勘当された。理由はぬいぐるみ作りしかしないから。 戸惑いながらも少量の荷物と作りかけのぬいぐるみ1つを持って家を出たシーラは1番近い町を目指すが、その日のうちに辿り着けず野宿をすることに。 暇だったので、ぬいぐるみを完成させようと意気込み、ついに夜更けに完成させる。  疲れから眠りこけていると聞き慣れない低い声。 なんと、ぬいぐるみが喋っていた。 しかもぬいぐるみには帰りたい場所があるようで……。     天真爛漫娘✕ワケアリぬいぐるみのドタバタ冒険ファンタジー。  ※この作品は小説家になろう・ノベルアップ+にも掲載しています。

日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊

北鴨梨
ファンタジー
太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

子爵家の長男ですが魔法適性が皆無だったので孤児院に預けられました。変化魔法があれば魔法適性なんて無くても無問題!

八神
ファンタジー
主人公『リデック・ゼルハイト』は子爵家の長男として産まれたが、検査によって『魔法適性が一切無い』と判明したため父親である当主の判断で孤児院に預けられた。 『魔法適性』とは読んで字のごとく魔法を扱う適性である。 魔力を持つ人間には差はあれど基本的にみんな生まれつき様々な属性の魔法適性が備わっている。 しかし例外というのはどの世界にも存在し、魔力を持つ人間の中にもごく稀に魔法適性が全くない状態で産まれてくる人も… そんな主人公、リデックが5歳になったある日…ふと前世の記憶を思い出し、魔法適性に関係の無い変化魔法に目をつける。 しかしその魔法は『魔物に変身する』というもので人々からはあまり好意的に思われていない魔法だった。 …はたして主人公の運命やいかに…

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。