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淫魔編:先輩の背中

【217話】5年後の選択肢

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ルアンダンジョンに棲息している魔物はゴブリンとオークがほとんどだった。他にはソルジャーアントやモス(蛾に似た魔物)など虫型の魔物、チムシーやカチッカなど洞窟によく棲息している弱い魔物がいたが、どれも軽々と倒せるものばかりだった。

7時間ほど魔物を倒しながら奥へ進んだところで、近接組に疲れが出始める。注意力が低下し、握力も落ちているのが目に見えて分かった。ベニートも矢を当てる精度が落ちている。そんな中、アーサーだけが一人だけピンピンしていて射撃のキレも変わっていなかった。アーサーに後れを取りたくないと他3人は内心張り合っていた部分もあったのだが、さすがにこれ以上はアーサーに迷惑をかける可能性があると判断して開始8時間後に休憩を一度挟むことにした。

「すまないアーサー。少し休んでもいいか?」

「もちろんいいよ!僕も少し疲れてきたとこだから助かるな」

「そうか。じゃあこの近くに休憩所にできそうな狭い空洞があるからそこへ入るぞ」

「ああ、やっと休憩…」

「がー!はらへったー!!」

狭い空洞にはチムシーが巣を作っていた。それを潰してから火を熾し暖を取る。アデーレがスープを作ってくれたので、それを飲んでホッと一息つくことができた。

「アーサー!お前の体力どうなってんだあ?!あれだけ働いてもまだ余裕そうじゃないか!」

干し肉を頬張りながらイェルドが話しかけた。アーサーはスープとバナナを交互に口に運びながら返事をする。

「疲れてないわけじゃないよ。僕だって精度落ちてたし」

「でもまだ動けるだろぉ?」

「うーん、そうだなあ。動けるかも」

「その小さな体のどこにそんな体力があるのかしら…」

「体力もそうだが集中力が切れないんだよな、アーサーは」

「あ、それに関してはカトリナのおかげかも。1年前くらいにカトリナに特訓してもらったときにね、朝から晩までひたすら魔物の目を狙って射るように言われたんだー。500体射るまでやりなさいって。もちろん休憩もなしで」

「はあ?!500体?!」

「休憩なし…?」

「カトリナさんこえぇ…」

「うん。でも僕、初日は300体までしか射れなくて…。あの時悔しかったなあ。カトリナにがっかりされてないかビクビクしてた。…でもその特訓のおかげで、長時間集中して弓を射ることには慣れたよ」

「俺だったら逃げ出すな、そんな特訓」

ベニートはそう呟きながら肩をすくめた。イェルドとベニートは他にどんな特訓をしたのかを尋ね、鬼畜すぎる特訓内容に顔をしかめていた。

「うわぁ…。人間の所業じゃねえよ…」

「カミーユさんと1対1で戦ってひたすら体を突き刺される特訓…。カトリナさんに見張られながら魔物の目をひたすら射る特訓…。ジルさんの防衛を抜く特訓に、リアーナさんと魔力がカラになるまでひたすら魔法を打ち合う特訓…。その上あのパーティメンバーと2vs2…?しかも夜は座学…。なにそれ…こわい」

「しんどかったなー。でも楽しかった!」

「楽しかったの…?こわ…」

「もう一回やりたい!」

「もう一回やりたいの…?こわー…」

そのときベニートたちはこう思った。もし、もし万が一カミーユたちに特訓させてもらえる機会があったとしても、丁重にお断りしようと。

「ねえ、僕の話より、ベニートたちの話を聞かせてよ!たった1年間でどうやってFからCまでクラスアップしたの?」

アーサーはずっと気になっていたことを尋ねた。

「ん?俺たちの話はそんな面白くないぞ?ひたすら依頼受けまくってただけ」

「へー!どんな依頼を受けてたの?」

「普通の依頼よ。ギルド掲示板にあるクエストで、自分たちでも大丈夫そうなものを片っ端から受けたの。私たち、薬草採集は基本受けないから、ほとんどが魔物討伐ね。3か月に1回くらいダンジョンを受けていたわ」

「すごいねー!」

「2,3回、他のパーティと合同でダンジョン潜ったこともあるぜ!C級のやつらとも潜ったが…」

「あのパーティはハズレだったな。どうやってC級になったんだか」

「なにかトラブルに遭ったりしたの?」

「ああ…。そいつらとCランクダンジョンに潜ったんだが、それがまあポンコツすぎてだな…」

「そのパーティ、剣士、騎士、アーチャー、魔法使いがいたんだけど…。剣士は我が強すぎて全然私たちの話を聞かなくて。自分が元気な時はどんどん前へ進むのに、疲れたら魔物がうようよしてる場所でも働かなくなるの。しかも大食いで食料食い尽くしちゃうし…」

「騎士はヘタレでずっとアデーレの後ろにいたな。騎士なのに」

「アーチャーは精度が低すぎて味方に当てちまうしな!がはは!あれは笑ったわ!」

「いや笑いごとじゃないでしょう。イェルド、あなた何回あのアーチャーに矢当てられたと思ってるのよ!エリクサーの無駄遣いよ…」

「魔法使いは魔力量が少なすぎて後半使いものにならなくなってた。正直魔物よりも味方のほうが厄介だったな…」

その時の事を思い出して、ベニートたちは深いため息をついた。そのあとイェルドがアーサーをちらりと見る。

「そう考えるとアーサーと組んだ時の安定感半端ないよなあ…」

「だな。申し分ない武術と体力だし、剣も弓もいけるのはありがたい。それになにより薬師だからな。安心できる」

「状況判断力にも優れてるし、安心して背中を預けられるわ。ああ、やっぱり一緒に組みたいなあ…」

「組みたいな…」

「アーサーとモニカがいてくれたらA級まで楽勝だろうな…」

C級冒険者が物欲しそうな目でじーっとアーサーを見る。アーサーはそう言ってもらえて、嬉しさとこっ恥ずずかしさでもじもじと俯いた。

「や、やだなみんな。そんな見ないでよぉ」

「なあ、あれから1年半が経ったが…まだ俺たちと組む気になれないか?」

ベニートが焚火で干し肉を炙りながらさりげなく言った。アーサーもつられて干し肉を火に当てる。「うーん」と言葉を選びながら、ゆっくりと今の気持ちを伝えた。

「正直に言うと、組みたいよ」

「おっ!?」

「でも、今はまだだめ」

「ハァー…」

「一瞬喜ばせて落とすのやめろよ…」

「ベニートたちとダンジョン潜るとしっくりくるんだよね。僕も今日すごくやりやすかった」

「喜ばせてから…」

「でも、僕には…僕たちにはやらなきゃいけないことがあるんだ」

「落とす…」

「5年、待ってくれる?」

「え?」

「僕たちがやらなきゃいけないことは5年以内に終わらせないといけないんだ。それが終わったら、ベニートたちと冒険者として生活するのも良いなあって僕は思ってるよ。モニカがどう思ってるかは分からないけど」

「なるほどな。5年か…」

「長いわね」

「だめかな…?」

「いいんじゃねーかぁ?ま、それまでに俺らにすっげー仲間が入ったら、お前が入れてくださいって言ってきても断るけどな!がはは!!」

「ふ。そうだな。それでいいさ。…悪いなアーサー。気をつかわせるようなことを言ったな」

「ううん!僕の方こそごめんね。中途半端な返事をしちゃって」

「いや、いい。イェルドの言うように、俺たちはお前たちを5年間も待ったりしない。その時まだメンバーを募集していたら入れてやる。だから、お前も好きにしたらいいさ。5年後にもまだ俺たちと組みたいと思ってくれてたら声をかけてくれたらいいし、別のやつと組んでもいい。冒険者をやめて他のことをしたっていい。5年後の選択肢のひとつに、俺たちと冒険者をするっていうものがあるくらいで考えてくれよ」

「そうね。あなたはまだ15歳なんだもの。20歳になったときのことを、今決めるのはもったいないわ」

「だな!!ま、もしお前らと組めたときはS級目指すぞ!!」

「え、いやよ。S級なんて…」

「俺は、アーサーとモニカがいてくれたら目指してもいいかな」

「え、ベニートまでそんなこと言うの?それじゃまるで私が意気地なしみたいじゃない」

なんて聡く優しい人たちなんだろうとアーサーは思った。言葉の節々に感じるアーサーとモニカへの気遣い。アーサーが欲しいのも本音だろうが、なにより魔法使いがいないこのパーティにとって、モニカは喉から手が出るほど欲しい人材だろう。それなのに、答えを5年後に先延ばしにしても嫌な顔一つせず、それどころか双子の将来を考えて選択肢の一つとして考えてくれと言う。その日からアーサーは、5年後に自分とモニカが冒険者としての道を選ぶなら絶対にベニートたちと組みたいと思うようになった。
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