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淫魔編:フォントメウ

【209話】青年カミーユと少女リアーナとの思い出

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「話が逸れちゃったわね。どこまで話したかしら…。そうそう、魔物をかろうじて町から追い出したところまでね。それからの私…祖父母以外を失った私は、それはもう荒れに荒れちゃってね。50年間はフォントメウで暮らしていたけど、我慢できなくなっちゃった。200年前にフーワの店をふっ飛ばしてからフォントメウを飛び出したの。町を出た理由はただひとつ、私の家族を殺した魔物に復讐するためよ」

「復讐…」

いやな言葉だ、とモニカは思った。だが、もしアーサーが誰かに殺されてしまったら…そう考えるとシャナの気持ちを少しは汲み取ることができた。

「復讐を果たすために、私は例の魔物を捜す旅に出たの。でも100年捜しても見つけられなかった。だから私は冒険者になった。それが一番魔物の情報が手に入りやすいと聞いたから。でも、私の怒りはその魔物だけに収めることはできなかった。魔物すべて…特に人型の魔物が憎くて憎くて仕方がなかった。だから私は…たくさんの人型魔物に死ぬよりもつらい苦痛を与えてまわっていた。私がされたようにね。痛みを…苦しみを…悲しみを…。与えられるものすべてを」

「あ…インマもそう言ってた…」

「ええ…。おそらく彼が言ってたことは本当よ。魔物はあまり嘘をつかないしね」

「で、でも今のシャナは違うよね。だってセルジュ先生の魂魄が入ったペンダントも大切にしてくれてるし…」

「そうね。今の私はもう魔物にそこまでの憎しみは持ってないわ。…私を変えてくれたのはカミーユとリアーナよ。以前も話したことがあるわよね?当時18歳だったカミーユが、S級冒険者だった私にひとめぼれしてね。それはもう毎日…毎日毎日、あの手この手で私を口説いてきたの」

「ふふっ」

シャナの表情と口調が軽くなった。モニカも思わず笑ってしまう。重い話が終わって内心ホッとしていた。

「当時荒んでいた私はひどくカミーユに冷たく当たったわ。それでも彼はめげずに口説いてきた。めんどくさくって"S級冒険者になれたら結婚してあげる"って、当時E級だった子に無茶ぶりしたっていうのに。本当にS級になってプロポーズしてきたの。もう、あのときは参ったわ…」

「カミーユって粘着質なんだね!」

「ふふ、そうねえ。それまでも何度かヒトに求婚されたことがあったけど、7年かけてS級になって指輪を渡してきたのは彼一人だったわ」

「シャナ、モテモテだあ」

「エルフはヒトに人気があるのよ。だってほら、顔やスタイルが良いでしょう?」

「うんうん」

「まあ、そんなことがあって私はカミーユと結婚することになった。約束は守らないとと思って、好きでもないのに結婚したの。どうせヒトは短命だし、数十年の辛抱だーって」

「ええー!シャナひどぉい!カミーユかわいそう!!」

「あっ、これ言っちゃだめよ?内緒よ?」

「うん…。そんなことカミーユに言えないよぉ…。カミーユ泣いちゃうよぉ…」

「今はカミーユがだいすきなのよ?」

「ほんとうにぃ…?」

モニカはシャナをじとっとした目で見つめた。シャナが「本当に本当よ!」と大きく頷く。

「結婚してから、私がカミーユに恋する瞬間がやってきたの」

「わっ…!聞きたい聞きたい!」

「私とカミーユは違うパーティだったの。でも、Aランクダンジョンを掃討するときに、たまたまカミーユのパーティと合同になってね。…そこでカミーユは初めて見たの。私の…魔物と戦う…いえ、痛めつけて楽しんでいる姿を」

「…カミーユ、どんな反応してたの?」

「何も言わなかった。ただ、それを見てからは私が手を出すより先に全ての魔物を殺した。Aランクダンジョンの敵を、大怪我を負いながら…。カミーユの大怪我が絶えないから、私は回復に専念するしかなかった。もしかしたらあえて大怪我を負ってたのかもね」

「……」

「ダンジョン掃討が終わってから二人で家に帰ったわ。帰り道にね、カミーユに聞かれたの。魔物に家族を殺されたのかって。どうして分かったの?って尋ねたら、俺もそうだからって返ってきた」

「カミーユも…?」

「ええ。カミーユも幼い頃に魔物に家族を殺された。冒険者になったのも私と同じ理由だったの。魔物に復讐するため。でも、カミーユはこうも言ってた。私と出会って、私と結婚するためにS級を目指し始めてから生きるのが楽しくなったって。復讐のためじゃなくて、好きな人のためにこれからは生きようって思うようになったって」

「カ、カミーユ…!」

カミーユの言葉にうるっと来たモニカは、たまらずシャナの腕に抱きついた。シャナはカミーユの声色を真似て彼が言ったことを再現する。

「"シャナにも、俺のために生きようって思ってもらえるように、俺、がんばるから…。魔物を殺すより、もっと楽しいことを俺が教えてやるから"って言ってくれた。そのとき私…カミーユに恋したの」

「カミーユ…!カミーユぅぅっ…!!」

「それから少しだけ、私も生きるのが楽しくなった。でも魔物の憎しみはまだ残ったままだった。その時出会ったのが、リアーナよ」

「ああ。カミーユが、おばあさんからリアーナを引き取ったって言ってたもんね。シャナがリアーナのこと浮気相手だと思ってすっごく怒ったって…」

「ちょ、ちょっと!どうしてそれを知ってるの?!もう!!カミーユとリアーナはあなたたちにどこまで話してるのよ!!これは帰ったらお説教ね…!」

「わー!!やめてっ!これをシャナに言ったってバレたらカミーユにげんこつくらっちゃうよぉっ!」

「そ、そうね…。あなたたちが怒られちゃだめだわ。聞かなかったことにするわね」

「ありがとう…」

「で、リアーナのことね。リアーナとはじめて出会った瞬間は…その、浮気相手だと思っちゃって冷静じゃなかったんだけど。落ち着いてから彼女を見たら魔物の血が流れてることはすぐに分かったわ。私はすぐさまリアーナに杖を向けた。でもカミーユがそれを止めたの。まあ、当然よね」

「そ、そんなことが…」

「カミーユはリアーナが無害だと私を説得した。それでも納得しなかった私を、彼女のおばあさまが住んでいる山頂へ連れて行ったの。魔物を憎んでいる私を…あろうことか魔女になんて出会わせた」

「ひ…ひえ…。戦ったの…?」

「戦ったというか…。私が一方的に魔法を打ちまくったというか…」

「ひぇぇ…」

「でも、リアーナのおばあさまはケタケタ笑って軽々かわすだけだったわ」

「結局どうなったの…?」

モニカが尋ねると、シャナは苦笑いをして肩をすくめた。

「私の気が済むまで魔法を打たせてくれたわ。おばあさまは私の攻撃をただただ楽しんでたみたい。私が攻撃をやめると、おやもう終わりかいなんて残念そうな顔すらしていたわ」

「さすがおばあさん…」

「落ち着いた私に、カミーユがおばあさまを紹介した。魔女なのにヒトを食べたことがない魔女。魔女なのにヒトを愛してしまう魔女。魔女なのにヒトと恋して子どもまで授かった魔女…。カミーユは教えてくれようとしたの。こんな魔物もいるんだぞって。変人だけど心優しい魔物も…」

「そうだったのね…」

「リアーナも、魔物の血が流れている子なのにヒトよりも純粋で良い子だったわ。底抜けに明るくて、憎しみを知らないまっすぐな目をしていた。しばらく私とカミーユとリアーナの3人で暮らしていたんだけど、あのときは本当に賑やかで楽しかった。それこそ、復讐なんて忘れてしまうくらいに」

「楽しそう」

3人で暮らしていた日々を思い返しているシャナの表情は本当に楽しそうだった。モニカも、小さいリアーナとまだおじさんではないカミーユが、わーわー喧嘩しながらも仲良くやっているところを想像して顔がほころんだ。

「でも、ユーリが生まれてから、リアーナが一人暮らししたいって言いだしたの。いろいろ思うところがあったのでしょうね…。だからカミーユはリアーナに家を建ててあげた。…今、リアーナとカトリナが暮らしている家がそれよ」

「えっ!リアーナとカトリナって一緒に暮らしてたのぉ?!」

「あら、知らなかったの?今度遊びに行きなさい」

「うん!そうする!」

「ユーリが生まれて、3人で幸せな時間を過ごしていたのも束の間。ユーリが教会にとられてしまった。悲しんでいる私たちを一番心配して、慰めてくれたのは他の誰でもないリアーナよ。その時に私は思ったの。どんな姿でも、どんな血をその身に流していようとも、善と悪はどちらも存在しているのよ。エルフでもヒトでも魔物でもそれは同じ。種族は関係ないんだって。そこからね。私が魔物だからって理由だけで憎むのをやめたのは」

「そうだったの…」

「そんな私にカミーユは約束してくれたの。フォントメウで虐殺を行った魔物はカミーユが倒してくれるって。だから私は本当にしたいことをしろって」

「本当にしたいことって…杖屋さん?」

「そうよ。私はもともと杖師になりたくてフーワのところで修行していたから。私はカミーユの言葉を信じて、冒険者を引退してポントワーブで杖屋を開いた。そして今に至るってわけよ」

長い長いお話が終わり、モニカはフゥー…と息を吐いた。悲しいお話とちょっぴりキュンとくる話を同時にされて、モニカの胸が色んな意味で苦しかった。くったりとシャナにもたれかかりながらぼそっと呟く。

「思ってた以上に情報量が多くてパンクしそう…」

「ふふ。モニカはこの町に来てからずっと頭がパンクしそうになってるわね」

「だってシャナのお話いっつも難しいんだもん…」

「そうね。長々と喋っちゃったわ。そろそろ出ましょうか」

「うん。話してくれてありがとう、シャナ。今日のこと、誰にも言わないよ」

「ありがとう。あんまり過去の自分をアーサーやユーリに知られたくなくて…」

「ねえシャナ。どうして私には教えてくれたの?」

「…私も誰かに吐き出してしまいたいって思っていたから。モニカはオブシーに入れ知恵されちゃってたし。私にそのことについて直接尋ねてくれたしね。それになにより、同性には心を開いてしまうものなのよ」

シャナはそう言っていたずらっぽくウィンクをした。その言葉にモニカはパッと顔を輝かせる。

「っ!シャナ…っ!もしかして私を一人前のレディとして認めてくれてるの?!」

「?何を言っているのモニカ。あなたもう15歳でしょう?立派なレディよ」

「シャナァ…!!嬉しい…!だってカミーユもリアーナも私の事ガキだって言うんだもん!」

「あらあら…。私からしたらカミーユもモニカも変わらないわよ?」

「え…?それはちょっと…」
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