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淫魔編:フォントメウ
【208話】ここだけの話
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シャナはモニカの長い髪を指にくるくると巻きつけながら、ぽつりぽつりと過去を話し始めた。モニカもつられて自分の髪を指に巻きつけている。うっすら口をあけながら、シャナの昔話に聞き入った。
「ヒト型の魔物をいたぶっていたのは、それが憎くて憎くて仕方がなかったからよ」
「どうして?」
「家族を殺されたから」
「……」
モニカはハッとした。そういえばシャナの実家には祖父母しかいなかった。両親を魔物に殺されたのかと考えたが、現実はそれよりも凄惨だった。
「250年前…まだ若い頃ね。わたし、フォントメウで家庭を持っていたの」
「家庭って?」
「その時私には、エルフの夫とエルフの子ども2人がいたの。カミーユは2人目の夫、ユーリは3人目の子どもよ」
「そうだったんだ」
「あなたたちが今滞在している家があるでしょう?あそこにはもともと、私のおじいさま、おばあさま、おかあさま、おとうさま、そして夫と子ども2人が暮らしていたの。大家族よ」
「え…うそ、まさか家族って…」
「ええ。おばあさまとおじいさま以外失くしてしまった。250年前、フォントメウに魔物を使役したヒトが忍び込んだの。ヒトは町の中で人型魔物を放ってエルフを虐殺した。私の家族もその時に…」
「そ、そんな…」
「魔物は桁外れに強かった。それにフォントメウで暮らしているエルフは穢れに弱いから、触れられただけで重傷を負うの。夫は子どもと私を庇って死に、死んだ夫の代わりに私が子どもを守ろうとした。でも…守れなかった…。魔物は私を瀕死にさせて、目の前で子どもを殺した…。とってもひどいやり方でね」
「ひどい…」
モニカは目に涙を溜めて首を横に振った。明るく優しいシャナの過去にそんなことがあったなど、誰が想像できただろうか。シャナは悲し気に微笑み、指でモニカの涙を拭った。そのあとモニカを抱き寄せ小さな声で尋ねた。
「これから話すことは半分が辛いお話よ。それでもこの続きを聞く?」
「…聞く。シャナは話しててつらくない?」
「とっても辛いわ。でも…聞いてほしいって気持ちもあるの。こんな話、聞かれない限り誰にも話せないもの。私の過去を知っているのは、フォントメウの友人とカミーユだけ。ユーリですら知らないわ。知られていない方が楽なんだけど、ときどき叫びたくなるの。私はこんなに辛い思いをしてきたのって。誰か私を優しく慰めてって…。だから、モニカに過去のことを聞かれたとき、こんな辛い話を聞かせたくないって気持ちと、辛い思いをしてきた私の話を聞いてほしいって気持ちでいっぱいになった。…モニカ、こんな私の勝手なお話に付き合ってくれるの?」
「聞く。聞くよシャナ。私はあんまり頭がよくないから、気の利いた言葉なんてかけられないけど…。話を聞くだけならいくらでも聞く。シャナの辛かったこと、教えて」
「聞いてくれるだけで充分よ。ありがとうね、モニカ」
「うん」
モニカの頭を撫でたあと、シャナが続きを話し始めた。
「私の母親と父親も殺された。私たちは魔物に全く歯が立たなかった。…じゃあ、どうして私と祖父母は生き残ったと思う?」
「強いエルフだったから?」
「いいえ。魔物は私たちをあえて殺さなかったの。瀕死で血だらけになりながら、殺された家族にしがみついて泣き喚く私たちを見て愉しんでいた。家族と一緒に殺してもらえないことが、一番の苦痛なのだと魔物は分かっていたからよ。だから私と祖父母は残された。おじいさまが生き残ったことは計算外だったみたいだけどね。魔物が家を去った後、まだかすかに心臓が動いていた祖父だけは、私とおばあさまの治癒で治せた。でも、他の家族は…すでに心臓が止まっていたから…」
「…ど、どうしてフォントメウに魔物が入ってこられたの?アーサーが言ってたよ。この町に入るにはとっても厳しいエルフに許可をもらえないといけないって。そもそも儀式をしないと町を見ることすらできないんじゃ…」
「当時は町に入るのに審判もいなければ儀式もなかった。町さえ目に映れば、侵入することなんて容易かったの」
「でも、フォントメウで生まれたエルフにしか見えないって…」
「ええ。フォントメウを見ることができるのは、そこで生まれたエルフ、彼らに招かれたヒト、もしくは…ピュリゾ神に加護を与えられた者。フォントメウで魔物を放ったヒトはそのどれかね。エルフではないから後者2つ。私は加護持ちだったからだと考えているわ」
モニカの頭がこんがらがってきた。眉間にしわを寄せていると、シャナはクスクス笑って「ま、そのあたりは聞き流してくれていいわ。どうせ推測でしか話せないところだし」と話を元に戻した。
「今この町で暮らしているエルフは、その事件よりあとに生まれた子か、その日町にいなかったエルフ、もしくは魔物に対抗できる力や加護魔法を持ったエルフ、それか魔物の気まぐれに命だけは奪われなかったエルフだけよ」
「じゃ、じゃあ、フーワさんやチィさんたちも…」
「ええ。今日あなたたちが出会った人はみんな、惨劇を目にして生き残ったエルフたちよ。マーニャ様やフーワでさえ、あの魔物から町を守ることはできなかった。でも、この町が町の姿を保っていられたのは紛れもなく彼らのおかげよ。多くの犠牲は出したものの、全滅はせずにすんだ。殺せはしなかったものの、最終的に魔物を町へ追い出すことができた。ちなみに魔物を放ったヒトはフーワに殺されたわ」
「魔物を放ったヒト…」
「…フーワやマーニャ様が、アーサーを警戒したのはそのせいなの。彼らは目が良すぎるから…アーサーが魔物と深い関りがあることを見抜いてしまった。チィたち店を営んでるエルフたちは気が付いていなかったようだけどね」
「そ、そんなことがあったなら、コンパクとはいえセルジュ先生を使役してるアーサーを警戒するのは当然だわ。逆によく町に入れてくれたわね?」
「エルフに嘘は通用しない。言い換えれば本心はちゃんと届くの。マーニャ様はアーサーがフォントメウに危害を加える気がないと分かっていた。…それでもあなたがいなければ拒絶されていたでしょう。アーサーがこの町に入れたのは、白翼狼の印を持つあなたのおかげよ。誰よりも白翼狼を敬愛しているマーニャ様にとって、あなたを救うことが最優先だった」
「うわぁ…白翼狼ありがとう…」
モニカは胸に手を当ててぺこりと頭をさげた。この印がなければ、モニカもアーサーも復活することはできなかった。今度精霊の森に行ったときは、おいしい野菜をたくさん白翼狼に食べさせてあげようと決めた。
「ヒト型の魔物をいたぶっていたのは、それが憎くて憎くて仕方がなかったからよ」
「どうして?」
「家族を殺されたから」
「……」
モニカはハッとした。そういえばシャナの実家には祖父母しかいなかった。両親を魔物に殺されたのかと考えたが、現実はそれよりも凄惨だった。
「250年前…まだ若い頃ね。わたし、フォントメウで家庭を持っていたの」
「家庭って?」
「その時私には、エルフの夫とエルフの子ども2人がいたの。カミーユは2人目の夫、ユーリは3人目の子どもよ」
「そうだったんだ」
「あなたたちが今滞在している家があるでしょう?あそこにはもともと、私のおじいさま、おばあさま、おかあさま、おとうさま、そして夫と子ども2人が暮らしていたの。大家族よ」
「え…うそ、まさか家族って…」
「ええ。おばあさまとおじいさま以外失くしてしまった。250年前、フォントメウに魔物を使役したヒトが忍び込んだの。ヒトは町の中で人型魔物を放ってエルフを虐殺した。私の家族もその時に…」
「そ、そんな…」
「魔物は桁外れに強かった。それにフォントメウで暮らしているエルフは穢れに弱いから、触れられただけで重傷を負うの。夫は子どもと私を庇って死に、死んだ夫の代わりに私が子どもを守ろうとした。でも…守れなかった…。魔物は私を瀕死にさせて、目の前で子どもを殺した…。とってもひどいやり方でね」
「ひどい…」
モニカは目に涙を溜めて首を横に振った。明るく優しいシャナの過去にそんなことがあったなど、誰が想像できただろうか。シャナは悲し気に微笑み、指でモニカの涙を拭った。そのあとモニカを抱き寄せ小さな声で尋ねた。
「これから話すことは半分が辛いお話よ。それでもこの続きを聞く?」
「…聞く。シャナは話しててつらくない?」
「とっても辛いわ。でも…聞いてほしいって気持ちもあるの。こんな話、聞かれない限り誰にも話せないもの。私の過去を知っているのは、フォントメウの友人とカミーユだけ。ユーリですら知らないわ。知られていない方が楽なんだけど、ときどき叫びたくなるの。私はこんなに辛い思いをしてきたのって。誰か私を優しく慰めてって…。だから、モニカに過去のことを聞かれたとき、こんな辛い話を聞かせたくないって気持ちと、辛い思いをしてきた私の話を聞いてほしいって気持ちでいっぱいになった。…モニカ、こんな私の勝手なお話に付き合ってくれるの?」
「聞く。聞くよシャナ。私はあんまり頭がよくないから、気の利いた言葉なんてかけられないけど…。話を聞くだけならいくらでも聞く。シャナの辛かったこと、教えて」
「聞いてくれるだけで充分よ。ありがとうね、モニカ」
「うん」
モニカの頭を撫でたあと、シャナが続きを話し始めた。
「私の母親と父親も殺された。私たちは魔物に全く歯が立たなかった。…じゃあ、どうして私と祖父母は生き残ったと思う?」
「強いエルフだったから?」
「いいえ。魔物は私たちをあえて殺さなかったの。瀕死で血だらけになりながら、殺された家族にしがみついて泣き喚く私たちを見て愉しんでいた。家族と一緒に殺してもらえないことが、一番の苦痛なのだと魔物は分かっていたからよ。だから私と祖父母は残された。おじいさまが生き残ったことは計算外だったみたいだけどね。魔物が家を去った後、まだかすかに心臓が動いていた祖父だけは、私とおばあさまの治癒で治せた。でも、他の家族は…すでに心臓が止まっていたから…」
「…ど、どうしてフォントメウに魔物が入ってこられたの?アーサーが言ってたよ。この町に入るにはとっても厳しいエルフに許可をもらえないといけないって。そもそも儀式をしないと町を見ることすらできないんじゃ…」
「当時は町に入るのに審判もいなければ儀式もなかった。町さえ目に映れば、侵入することなんて容易かったの」
「でも、フォントメウで生まれたエルフにしか見えないって…」
「ええ。フォントメウを見ることができるのは、そこで生まれたエルフ、彼らに招かれたヒト、もしくは…ピュリゾ神に加護を与えられた者。フォントメウで魔物を放ったヒトはそのどれかね。エルフではないから後者2つ。私は加護持ちだったからだと考えているわ」
モニカの頭がこんがらがってきた。眉間にしわを寄せていると、シャナはクスクス笑って「ま、そのあたりは聞き流してくれていいわ。どうせ推測でしか話せないところだし」と話を元に戻した。
「今この町で暮らしているエルフは、その事件よりあとに生まれた子か、その日町にいなかったエルフ、もしくは魔物に対抗できる力や加護魔法を持ったエルフ、それか魔物の気まぐれに命だけは奪われなかったエルフだけよ」
「じゃ、じゃあ、フーワさんやチィさんたちも…」
「ええ。今日あなたたちが出会った人はみんな、惨劇を目にして生き残ったエルフたちよ。マーニャ様やフーワでさえ、あの魔物から町を守ることはできなかった。でも、この町が町の姿を保っていられたのは紛れもなく彼らのおかげよ。多くの犠牲は出したものの、全滅はせずにすんだ。殺せはしなかったものの、最終的に魔物を町へ追い出すことができた。ちなみに魔物を放ったヒトはフーワに殺されたわ」
「魔物を放ったヒト…」
「…フーワやマーニャ様が、アーサーを警戒したのはそのせいなの。彼らは目が良すぎるから…アーサーが魔物と深い関りがあることを見抜いてしまった。チィたち店を営んでるエルフたちは気が付いていなかったようだけどね」
「そ、そんなことがあったなら、コンパクとはいえセルジュ先生を使役してるアーサーを警戒するのは当然だわ。逆によく町に入れてくれたわね?」
「エルフに嘘は通用しない。言い換えれば本心はちゃんと届くの。マーニャ様はアーサーがフォントメウに危害を加える気がないと分かっていた。…それでもあなたがいなければ拒絶されていたでしょう。アーサーがこの町に入れたのは、白翼狼の印を持つあなたのおかげよ。誰よりも白翼狼を敬愛しているマーニャ様にとって、あなたを救うことが最優先だった」
「うわぁ…白翼狼ありがとう…」
モニカは胸に手を当ててぺこりと頭をさげた。この印がなければ、モニカもアーサーも復活することはできなかった。今度精霊の森に行ったときは、おいしい野菜をたくさん白翼狼に食べさせてあげようと決めた。
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