上 下
175 / 718
淫魔編:フォントメウ

【195話】シャナの家族

しおりを挟む
シャナの実家は町の外れにぽつんと建っていた。庭にはほのかに光を帯びている花が植えられている。雪も降っていないのに、蛍のような灯が家の周りに漂っていた。フォントメウの幻想的な街並みに、まるで夢の中にいるようだとアーサーは思った。

「さあ、入って」

シャナが玄関の扉を開けてアーサーを招き入れる。おそるおそる中へ入ると、シャナによく似た夫婦が食事をとっていた。男性はシャナとユーリを見てから、アーサーとモニカに目を移す。女性は盲目のようだった。静かにフォークをテーブルに置き、シャナたちがいる方向へ顔を向けやんわりと微笑みを浮かべた。

「おかえりなさい。そしていらっしゃい」

「これまた急な帰省だねシャナ?カミーユと喧嘩でもしたのかい?」

「あらやだおじいさま。そんなことじゃないって分かっているんでしょう」

「ただいまひいおじいさま、ひいおばあさま」

「おかえりユーリ。また背が伸びたわね」

「……ん?!」

ぼんやりと4人の会話を聞いていたアーサーが夫婦を二度見した。シャナとほとんど同じ、30歳前後の見た目をしているこの夫婦のことを、シャナは今「おじいさま」と呼んだ。ユーリにいたっては「ひいおじいさま」と。

(シャナって300歳以上だよね…?シャナのおじいさんとおばあさんってことは…え?!一体何歳なの?!どうしてこんなに若くて綺麗なの?!エルフってすすすすごい…!!)

視線を感じた夫婦は「?」とアーサーに視線を返す。

「シャナ、このヒトの子たちはどなた?」

「アーサーとモニカよ。アーサー、こちら私の祖父のツェンと祖母のフェゥよ」

「よ、よろしくお願いします」

「おじいさま、おばあさま。しばらくここにいさせてちょうだい。この子たちも一緒に」

「アーサーと…」

「モニカ…」

二人は双子の名前を復唱し、ちらりとシャナを見てから再び双子に目を移す。ツェンが寂し気な表情を浮かべてアーサーに尋ねた。

「…この町でさえ本名を名乗れないのかい?」

「…ご、ごめんなさい」

「おいでなさい。アーサーを名乗る少年」

「…?」

ツェンに手招きされたアーサーは、戸惑いながら彼に近づいた。彼はアーサーの両頬に手を添え、じっと灰色の瞳を覗いた。そして静かに涙を流す。

「?!」

「…悲しい瞳をしているね。つらいことばかりをその目に宿して…」

「や、やめて…記憶を見ないで…」

「見ていないよ。勝手に覗き見るなんてそんなことしないさ」

「シャ、シャナ……」

「私たちは君にこわい思いなんてさせない。だから怯えないで」

「……」

「本当の名で君を呼べないのは残念だが…。アーサー、ゆっくりとしていくといいよ。君はくたびれすぎている。フォントメウで少しでも多くの癒しを求めなさい。他の誰でもない、自分自身のために」

「…?」

「そしてモニカ…。全身を穢れで覆われた少女。シャナ、一刻も早く清めてあげなさい。彼女は目覚めたがっている。愛する兄に会いたくて…ふふ。必死に暴れているよ」

「モニカ…」

ツェンがアーサーから手を離すと、次はフェゥに手招きされた。フェゥはアーサーの手を握り、優しくさする。

「いたいのいたいの、とんでいけ」

「…あれ…?」

フェゥがまじないと唱えると、アーサーの胸がふっと軽くなった。フェゥは穏やかな顔をして泣いている。

「…少しは楽になったかしら?」

「はい…。胸がなんだか軽くなりました。でも、どうして…」

「ふふ。秘密」

「アーサー、今日は疲れたでしょう?もう休みましょう」

老(?)夫婦と挨拶を済ませたあと、シャナがアーサーの手を引いてふかふかのベッドがある部屋へ案内した。あとからユーリがはちみつ入りホットレモネードを持って入ってくる。二人にそれを手渡し、アーサーの頬におやすみのキスをした。

「モニカのことは任せておいてね。アーサーは母さんにゆっくり癒してもらって」

「う、うん。ありがとう、ユーリ」

「おやすみなさい」

ユーリが出て行ったあと、ホットレモネードを飲みながらシャナとしばらくの間話をした。

「なんだか不思議なところだね。場所も…人も」

「ふふ。変わり者が多くてびっくりしたでしょう?」

「変わり者と言うより…やっぱり不思議。ヒトじゃなくて精霊と話してるみたい」

「そうね。どちらかと言えばそうかもしれない。大人になってもフォントメウで暮らすエルフは、騒々しく不純物が多いヒトの世を嫌い、静かで清らかなここをこよなく愛しているの。常に澄んだ精気に満ちていて、神の加護に包まれた町。精霊の森に住まうそれとよく似たものね」

「えへへ。やっぱり」

「清らかなものにしか触れたことがないから、フォントメウのエルフは穢れにとても弱い。今のモニカに触れただけできっと皮膚が溶けてしまうわ。だからエルフは穢れを嫌い、恐れるの。…この町に入るとき、そして町を歩いているとき…いやな気持にさせてしまったわよね。ごめんね」

「ううん。だってそれでも最終的にこの町に入れてくれたもん。あの人は本当のことを言っただけで、別に意地悪な人じゃないって分かってるよ。町の人たちも、僕たちをみて嫌なかおをしていたけれど、出て行けなんて誰も言わなかった。優しい人たちだと僕は思ったよ」

「あなたは本当に…聡く心優しい子ね」

ホットレモネードを飲み終えた二人はベッドに潜り込み話を続けた。シャナはアーサーをそっと腕で包み込み、背中を優しくポンポン叩く。アーサーの体から力が抜けていく。頭にこびりついて離れないいやな記憶が奥に引っ込んでいくような感覚がした。

「…ねえシャナ」

「なあに?」

「どうしてみんな、僕が偽名を使ってるって分かったの?」

「エルフにはね、ヒトには見えないことがたくさん見えているのよ。そして偽り事にとても敏感。嘘をつけばすぐに感じ取ってしまう。特にエルフにとって名はとても大切なものだから」

「そうなんだ…」

「ええ、そうなの」

「町に入るときに出てきた男の人はだあれ?」

「マーニャ様ね。あの方は審判よ。この町に外部の者が入ろうとしたとき、彼が可否を判断する。フォントメウで最も優れた目を持っている、この町で最も長い時間を生きてきたエルフ。1000歳以上だとおばあさまは言っていたわ」

「せ、せんさい…」

「彼は神獣を愛していて、ヒトのことはあまり好きじゃないの。ヒトは…魔物と縁が深すぎるから」

「あ、そうだシャナ。マーニャさまが言ってた、僕が魔物を使役してるってどういうこと…?僕は本当に魔物なんて使役してないよ。ほんとうだよ」

「ええ。それが私も気になっているのよね。あなたが魔物を使役していたら、さすがに私にだって見えると思うの。…確かにあなたから微かに魔物のにおいがするけれど、それは今までたくさんの魔物を倒してきたからだと思うのよねえ…」

「え”っ!?僕から魔物のにおいがするの?!」

「私の家族やマーニャ様くらいにしか分からないくらいのほんのちょっとだけね。ヒトにはもちろん、ここに住まうエルフでさえ気づくものは少ないわ」

「うぅ…それでもいやだなあ。明日ごしごし体洗おう…」

「ふふ。洗っても取れないものだけどね」

「ええー…」

「でもマーニャ様が見誤るなんてことはない…。どういうことなのかしら…。私にはさっぱり」

「落ち込むなあ…」

「あなたが気にする必要はないわ。本来魔物を使役するヒトの目は濁っている。それに攻撃的になって何かしらの命を奪いたい気持ちに駆られるの。あなたの目は澄んでいるし、性格も穏やかよ。魔物を使役しているヒトには到底見えない」

「そうだと良いけど…」

「きっとそうよ」

「…あとね、さっきシャナのおばあさんが、手をさすってくれたら胸が軽くなったんだ。おばあさん、僕に何かしてくれたの?」

「ええ。あれがおばあさまの加護魔法よ」

「すごいね!どんな加護魔法なの?」

「秘密。さあアーサー、次は私の加護魔法の出番。今からあなたにかけるわよ。頭がぼんやりしちゃうけど、明日になればすっきりよ」

「ちょっと緊張するなあ」

「ふふ。じゃあいくわね」

「あ…」

シャナの手が淡く光りじんわりと熱を帯びた。突然訪れた睡魔にあらがらえず、アーサーの目がとろんと落ちる。すぐに寝息を立て始めた彼を抱きしめ、空が明らむまでシャナは加護魔法を与え続けた。

◇◇◇

「…フェゥ、まだ涙が止まらないのかい?」

老夫婦の寝室で、震えながら泣いているフェゥの背中をさすりながらツェンが声をかけた。フェゥは無理矢理笑顔を作って「まだしばらくは」と答えた。

「あの子の苦しみは、私が思っていた以上だったみたい。よくこの苦しみに耐えていたものだわ」

「君が苦しさを肩代わりしたことで、彼もすこしは楽になっただろう。…だがあまり無理をしないでおくれ。今度は光を失うだけではすまないかもしれないよ」

「分かっているわ。でも…取り除いてあげたかった」

「分かるよ。…彼は、あまりに多くのものを抱えすぎている」

「きっと大丈夫。あの子は一人ではないから」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

(完)あなたの瞳に私は映っていなかったー妹に騙されていた私

青空一夏
恋愛
 私には一歳年下の妹がいる。彼女はとても男性にもてた。容姿は私とさほど変わらないのに、自分を可愛く引き立てるのが上手なのよ。お洒落をするのが大好きで身を飾りたてては、男性に流し目をおくるような子だった。  妹は男爵家に嫁ぎ玉の輿にのった。私も画廊を経営する男性と結婚する。私達姉妹はお互いの結婚を機に仲良くなっていく。ところがある日、夫と妹の会話が聞こえた。その会話は・・・・・・  これは妹と夫に裏切られたヒロインの物語。貴族のいる異世界のゆるふわ設定ご都合主義です。 ※表紙は青空作成AIイラストです。ヒロインのマリアンです。 ※ショートショートから短編に変えました。

またね。次ね。今度ね。聞き飽きました。お断りです。

朝山みどり
ファンタジー
ミシガン伯爵家のリリーは、いつも後回しにされていた。転んで怪我をしても、熱を出しても誰もなにもしてくれない。わたしは家族じゃないんだとリリーは思っていた。 婚約者こそいるけど、相手も自分と同じ境遇の侯爵家の二男。だから、リリーは彼と家族を作りたいと願っていた。 だけど、彼は妹のアナベルとの結婚を望み、婚約は解消された。 リリーは失望に負けずに自身の才能を武器に道を切り開いて行った。 「なろう」「カクヨム」に投稿しています。

【完結】公爵家の末っ子娘は嘲笑う

たくみ
ファンタジー
 圧倒的な力を持つ公爵家に生まれたアリスには優秀を通り越して天才といわれる6人の兄と姉、ちやほやされる同い年の腹違いの姉がいた。  アリスは彼らと比べられ、蔑まれていた。しかし、彼女は公爵家にふさわしい美貌、頭脳、魔力を持っていた。  ではなぜ周囲は彼女を蔑むのか?                        それは彼女がそう振る舞っていたからに他ならない。そう…彼女は見る目のない人たちを陰で嘲笑うのが趣味だった。  自国の皇太子に婚約破棄され、隣国の王子に嫁ぐことになったアリス。王妃の息子たちは彼女を拒否した為、側室の息子に嫁ぐことになった。  このあつかいに笑みがこぼれるアリス。彼女の行動、趣味は国が変わろうと何も変わらない。  それにしても……なぜ人は見せかけの行動でこうも勘違いできるのだろう。 ※小説家になろうさんで投稿始めました

お飾り王妃の愛と献身

石河 翠
恋愛
エスターは、お飾りの王妃だ。初夜どころか結婚式もない、王国存続の生贄のような結婚は、父親である宰相によって調えられた。国王は身分の低い平民に溺れ、公務を放棄している。 けれどエスターは白い結婚を隠しもせずに、王の代わりに執務を続けている。彼女にとって大切なものは国であり、夫の愛情など必要としていなかったのだ。 ところがある日、暗愚だが無害だった国王の独断により、隣国への侵攻が始まる。それをきっかけに国内では革命が起き……。 国のために恋を捨て、人生を捧げてきたヒロインと、王妃を密かに愛し、彼女を手に入れるために国を変えることを決意した一途なヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は他サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID:24963620)をお借りしております。

貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後

空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。 魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。 そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。 すると、キースの態度が豹変して……?

【完結】腐女子が王子~独身中年女性が異世界王子に転生、ヲタクの知識と魔法と剣術で推しメンの危機を守ります~

黒夜須(くろやす)
ファンタジー
腐女子のアラサ―がずっと好きだった漫画の第二王子に転生した。8歳の王子に生まれ変わったが中身はアレサ―腐女子である。自分の推しメンの存在が気になったしょうがない。推しメン同士の絡みが見たいと期待しているところで、この漫画の推しメンを含む登場人物は不幸になることを思い出した。それを阻止しようと動いているとこの国の闇に触れることになる。漫画では語られなかった事実を知ることになり、国の謎を王位継承権を持つ兄ともに探っていく。 兄は弟を溺愛しており、異常な執着心をみせるようになる。最初は気に留めなかったが次第に弟も心惹かれるようになる。 ※主人公以外にBL(チャラ男×クール)カップルが登場します。NLもあります。主人公はおばさん王子、そして婚約者になるべき相手はおじさん令嬢ですが、兄が止めるので二人はくっつきません。

(完)妹が全てを奪う時、私は声を失った。

青空一夏
恋愛
継母は私(エイヴリー・オマリ伯爵令嬢)から母親を奪い(私の実の母は父と継母の浮気を苦にして病気になり亡くなった) 妹は私から父親の愛を奪い、婚約者も奪った。 そればかりか、妹は私が描いた絵さえも自分が描いたと言い張った。 その絵は国王陛下に評価され、賞をいただいたものだった。 私は嘘つきよばわりされ、ショックのあまり声を失った。 誰か助けて・・・・・・そこへ私の初恋の人が現れて・・・・・・

婚約者の幼馴染?それが何か?

仏白目
恋愛
タバサは学園で婚約者のリカルドと食堂で昼食をとっていた 「あ〜、リカルドここにいたの?もう、待っててっていったのにぃ〜」 目の前にいる私の事はガン無視である 「マリサ・・・これからはタバサと昼食は一緒にとるから、君は遠慮してくれないか?」 リカルドにそう言われたマリサは 「酷いわ!リカルド!私達あんなに愛し合っていたのに、私を捨てるの?」 ん?愛し合っていた?今聞き捨てならない言葉が・・・ 「マリサ!誤解を招くような言い方はやめてくれ!僕たちは幼馴染ってだけだろう?」 「そんな!リカルド酷い!」 マリサはテーブルに突っ伏してワアワア泣き出した、およそ貴族令嬢とは思えない姿を晒している  この騒ぎ自体 とんだ恥晒しだわ タバサは席を立ち 冷めた目でリカルドを見ると、「この事は父に相談します、お先に失礼しますわ」 「まってくれタバサ!誤解なんだ」 リカルドを置いて、タバサは席を立った

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。