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淫魔編:シャナの家

【191話】神の存在

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「アーサー、神の加護ってどういうものか知ってる?」

「知らない」

「神ヴァルーダのことは?」

「知ってる。神さまでしょ?」

「ええ。神ヴァルーダはこの世界を作った神様よ。天上から私たちを見守ってくれている、一番偉い神様」

「ふぅん…」

神を信じていないアーサーはあまり興味がなさそうな相槌を打った。とろんとした目で、シャナの首にかけているネックレスを指で弄びながら話の続きを聞く。

「ヴァルーダの他にもこの世界にはたくさんの神さまがいる。彼らは創造主から血肉を分け与えられ生まれたもの。いわばヴァルーダの子ね」

「んん…?」

「創造主は天上から人間を見ているだけ。例外はあれど、ほとんど人間に干渉しないのよ。でも、創造主につくられたその他の神様は、時折地上に降りては人間に干渉する」

「えぇ?!神様が地上に降りてくるの?っていうか神様って本当にいるの?!」

「あら?アーサーは神が存在しない架空のものだと思っていたの?」

「うん。あれって人が作り出した心のよりどころでしょ?」

「アーサー、あなた面白いことを言うのね。でも、そっか。あなたたちは特殊な育ち方をしてきたんだもの。この世界の誰もが疑わない当り前のことを、あなたたちは信じることすらできなかったのね。聖地へ足を運んだことも、神をその目で見たこともない。架空のものと思っても仕方がない事なのかもしれない」

「ちょ、ちょっと待って…。神様ってほんとにほんとに実在するの…?っていうか見えるの?」

「見えるわよ。神に愛された人にならね。まあ、ほとんどの人には見えないけれど。それでも彼らは知っているの。神様が本当にいることを」

「シャナは見たことがあるの…?」

「あるわよ。でも、それはあとで話してあげる」

「う、うん」

「アーサー、聖地は知ってる?」

「ひとつだけ知ってる。ピュトァ泉ってとこ」

「ああ、ミモレスが守っていた泉ね。そう、あれが聖地。聖地は神がおりてくる場所よ。ポントワーブの近くにも神が降りてくる山があるわ」

「へぇぇ!ポントワーブにも神様くるの?」

「この町に遊びに来る神もいれば、聖地から出ない神もいるわ」

「教会にも神様がおりてくるの?」

「いいえ、降りてこないわ。教会こそ人がつくったもの。聖地に足を運べない人たちが、せめて祈る場所をと思って初代国王が建てたのがきっかけなんだけど…。人は気付いてしまったの。信心深い人たちが、神や聖女にまつわるものを喜んで高値で買うことを。
それからどんどん教会は増え、聖水や聖女の髪などを売り始めた。

神は聖なる場所にしか降り立てない。聖なるもので裕福になろうとする者、加護をお金で買おうとする者…人間の欲深さが渦巻いている教会に、神は近づくこともできないのよ。…それを知っている人なんてそうそういないけどね。ほとんどの人たちは、神様は教会に通う者たちに加護を与えてくれると信じてる。教会で祈れば神に届くと思っている。でも実際は、創造主にすらその祈りは届かない。家の中で祈っていた方がまだましなのよ」

「なんだか変な話だなあ…」

「変な話よねえ。まあ、それはおいといて。神様ってみんな気まぐれでね。なんとなーく地上に降りて、なにもせずに天上へ帰ることもあれば。なんとなーく干からびた土地に雨を降らして恵をもたらすこともあるし、軽い気持ちで災いをもたらすこともある。あとは、気に入った人間と子をなすこともあるのよ」

「神様と人間のこども?!」

「ええ、神の血を引いた子…それが聖女や神官になるの。不思議なことに神との子はほとんどが女の子。男の子が生まれるのは50年に一度よ」

「じゃあ、ミモレスやミアーナは神の血を引いているの?」

「そうね。でも、ミアーナの代までいくと神の血はほとんどなくなっているんじゃないかしら。ミモレスが確か神の孫にあたるって聞いた気が…。そこから200年経っているもの。ずいぶん薄れているはずよ」

「そうだったんだあ…」

「そしてもうひとつ、地上に降りた神様がすることがある。地上をみてまわって、気まぐれに気に入ったヒト個人や一族全体、もしくは場所に、加護を与えるの」

「加護…それが、加護魔法になるってこと?」

「そうよ。加護魔法は神の加護の一種ね。例えばミモレスのような聖女。彼女たちは自分の祖先である神の加護を受け継ぐわ。ヴァルタニア家は特例中の特例で…なんと創造主の加護を持っている。それが"加護の糸"という加護魔法よ」

「創造主?!創造主は地上に降りてこないんじゃないの?」

「ええ。創造主は地上に降りてこなかった。天上から人間を観察しているときに、ミモレスのおばあさまにあたる女性に一目ぼれして、交わることなく子を身ごもらせたという言い伝えがあるの」

「むちゃくちゃするなあ」

「ふふ、そうね。神様は自分勝手だから。…"加護の糸"は創造主の加護。糸は繋げるもの、結ぶもの、引き寄せるもの…。使う者によって形を変えるわ。ミモレスはよくヒトと清いモノの絆を結んでいたらしい。清いモノは陰の気や病を遠ざけ、幸福をもたらすとされている」

「清いモノって?」

「神獣や精霊、妖精よ。アーサー、精霊の森の空気、澄んでいたでしょう?」

「うん。あそこの空気を吸うだけで、胸が軽くなった気がしたよ」

「まさにそれなのよ。清いモノはそばにいるだけで嫌なものを祓ってくれる。縁を結ぶだけでもその効果はあるのよ。ミモレスは聖地を訪れた人たちにその加護を与え、健康と安らぎを与えていた…らしい」

「へえ」

「それがミモレスの"加護の糸"。清いモノと縁が深い者にしかできない使い方ね。…そしてミアーナは、ミモレスとまったく違った"加護の糸"の使い方をしていた。彼女の他にそんなことができるのは、それこそヴァルタニア家で最も優秀だったと名高いミモレスくらいじゃないかしら?それほどまでに彼女は特殊な使い方をしていたのよ」

「……」

長い前置きが終わり、ここから本題が始まる。先ほどまで欠伸を噛み殺しながら聞いていたアーサーも、真剣な目でシャナを見ていた。
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