上 下
166 / 718
淫魔編:ダンジョン巡り@ルアン

【186話】残されたたったひとつのことば

しおりを挟む
結界が解け、何もないように見えていた壁に扉が現れた。アーサーは駆け寄りドアノブを掴む。焦りと不安で浅い息をして冷や汗をかいている。早く助けに行かなければならないと分かっているのに、この部屋の中で起こっていることを考え体が固まってしまう。

(この中でモニカは淫魔に…。いやだ…こわい。見たくない…)

《なにをしているアーサー…!早くモニカを…!》

「はっ…はっ…」

《…!まずい、すでに精神がやられかけている…!アーサー…!恐ろしいのは分かるが助けにいかねば事態が悪化するばかりだぞ!!》

(行かなきゃ…。早く行かなきゃ…!)

「くそっ…!動けよ僕の体っ…!」

ガタガタと震える手で、矢を一本引き抜き自分の太ももに突き刺した。痛みによって少し恐怖が和らぐ。アーサーは歯を食いしばってドアノブを回し、部屋へ飛び込んだ。だだっ広い部屋の中を見回しモニカを探す。部屋の奥からかすかに声と物音が聞こえた。

「ベッドに人影…っ。あそこだ…」

天蓋付きベッドのカーテンに透ける人影に背筋が凍った。地面にへばりついてしまったかのように重い足にもう一度矢を突き刺しベッドへ駆け寄った。

「モニカ?!モニカいる?!」

ベッドのカーテンを勢いよく開けたアーサーは、目の前の光景に頭が真っ白になった。カーテンの向こうには、キスをしながらモニカの体をまさぐっている自分がいた。信じられない光景にアーサーはあとずさる。思考が止まり体が痺れる。杖と弓が手から離れ床に落ちた。

「な、なんだよこれ…」

淫魔はちらりとアーサーを見た。一瞬驚いた顔をしたが、すぐにニッと笑い見せつけるようにモニカと大人のキスをする。モニカの目はうつろで、だがどこか満たされた表情をしていた。唇が離れると淫魔にぎゅっと抱きつき、呂律のまわらない口調で呟くのが聞こえた。

「えへへ、アーサーだいすきぃ」

「うわぁぁぁぁぁ!!!」

悲痛な叫びをあげながら、アーサーは淫魔の髪を掴みベッドから引きずり下ろした。「いてて…」と痛そうに尻をさすっているそれの首を掴み持ち上げる。アーサーはフーフーと荒い息を立てて自分と同じ姿の魔物を睨みつけた。魔物は「もぉ~!今からってときに!タイミングわるぅ!!」と頬を膨らませている。

「おまえ…!僕の妹に…!!僕の姿でなんてことを…!!」

「やっほー本物のアーサー!なんでこの部屋にいるんだぁ?もしかして結界魔法破ったの?すげえな!グールと戦ってるときも思ったけど、君低級冒険者じゃないよなあ?いやだなあ、やめてくれよ。強者が弱者をいたぶるなんてよくないぞ?」

「どうして僕の姿なんだって聞いてんだよ!!」

「本当は君も分かってるんだろ?ドールちゃんが望んだからだよ」

「っ…」

「悔しいことに元の姿じゃ誘惑にかかんなくてさー。なのに君の姿になったら一発でがっつりかかったよ」

「もういいだまれっ…。殺すっ…!めちゃくちゃに殺してやるっ…!」

「それまでは嫌がってキスもさせてくれなかったのに、今じゃあすっかり甘えん坊さんだ。…ただ、誘惑に深くかかりすぎてちょっと呆けちゃったけどね。言葉も忘れちゃったみたい。ずっとおんなじことしか喋らないんだ。まあそれはそれでかわいいよ!」

「て…てめぇぇぇ!!!」

アーサーが淫魔の腹に拳をめりこませたが、淫魔はニコニコしながらアーサーの頭を撫でた。

「ありがとうアーサー、彼女をかわいいお人形にしてくれた君に感謝しなきゃね。これで名実ともにドールちゃんだ。あはは!!」

「だまれぇぇぇ!!!」

「グェッ」

首を掴んでいる手に力が入る。メリメリと骨が軋み、ゴキリと折れる音がした。首の骨が折れても淫魔は笑っている。

「君すごいなー!自分の姿をしているやつの首を躊躇いなく折るなんてさ!普通そんなことできなくない?!俺だったらやだわぁー」

「僕の姿でモニカにひどいことをするなんて。おまえは一番やっちゃいけないことをした」

「ひどいこと?冗談はよしてくれよ!見てみなよドールちゃんのこと。あんな嬉しそうな顔、君は見たことある?」

「うるさいやめろぉぉぉ!!」

アーサーは淫魔を床にたたきつけ、剣で首を斬り落とした。それでも淫魔は生きている。聖魔法でなければ死なないようだ。床に転がった頭がまだアーサーに話しかけてくる。

「わー、今度は首を斬り落とした!自分の顔をしてる頭をザックリ!」

「…聖魔法でしか死なないのか」

「そうだよ。残念だったねアーサー。首を斬ったって俺は死なないのさ。首がなくなったって動ける。モニカのこともまだ諦めてないぞ」

「っ!」

「きっと俺は今日アーサーに殺されるんだろうなあ。まあいっか。人気があるうちに死んだ方がかっこいいしなー。ま、死ぬ前に種だけは残しときますよ長老。俺、仕事できる淫魔っすから」

先ほどまで床に転がっていた胴体がいつの間にか消えている。振り返ると、首がなくなった体がまたベッドに上がりモニカと抱き合っていた。アーサーは叫びながら胴体を蹴り飛ばし、手足を切断してから心臓に剣を突き刺した。

「はぁっ…はぁっ…」

「こっわー。自分と同じ体をバラバラにしやがったよこの子」

「おまえ本当に…もう、黙れっ…!」

「ほら、やっぱり堪えてるんじゃないか。泣いてるよ、君」

アーサーはアイテムボックスをまさぐり聖魔法液を取り出した。胴体にかけるとジュゥゥゥと音を立てて肌が焼き爛れる。痛覚が繋がっているのか頭が痛みで絶叫している。

「ぎゃぁぁぁぁっ!!!」

「おい、答えろ。おまえが死ねば誘惑は解けるのか?」

「どうだかなあ…。普通は解けるけど…ドールちゃんには3度も重ね掛けしたからなあ…完全には解けないかもね…。もしかしたら一生あのままかも。理性も倫理観も失った、本能のままただただ君を求めるだけのお人形…はは、かわいいだろ…?」

「うわぁぁぁぁ!!!殺す…!!殺す!!モニカをっ…!モニカを元に戻せぇぇぇ!!」

アーサーは剣に残りの聖魔法液をかけて顔の真ん中にぶっ刺した。それで怒りがおさまるはずもなく、何度も何度も自分の顔をした魔物に剣を突き刺す。顔が焼き爛れ刺し傷から血を流しながらも、淫魔は死ぬまでケラケラ笑いながらアーサーに話しかけ続けた。

「君の代わりを俺がして…俺が死んだら…俺の代わりを君がする…。はは…せいぜいドールちゃんをかわいがってやってくれよ…あの子が好きなことは…」

「うるさいだまれはやく死ねぇぇぇ!!!」

「……」

「死ねっ!!死ねっ!!僕はおまえを許さない!!死ねっ!死ねぇ!!!お前が…っ!モニカを…っ!モニカを…!!!」

《アーサー…やめよ…淫魔はすでに息絶えておる…。それ以上したらお前まで壊れてしまう…》

杖が弱々しく呟き、かすかな風を起こしアーサーを撫でた。アーサーはハッとして杖に目をやった。杖は先端をふわりと光らせて沈黙する。すでに息絶えた魔物の頭はもはや原型をとどめていなかった。床は血で赤く染まり、内臓や肉片が飛び散っている。

アーサーの手から剣が落ちた。血で濡れた体がガタガタと震えている。そんな彼の背中にふんわりとしたものが触れた。振り返ると、虚ろな目をしたモニカがアーサーを抱きしめている。

「モニカ…」

「えへへ…アーサーだいすきぃ」

「っ…」

アーサーは何も言わずにモニカを抱き返した。「えへへ」と笑うことしかできなくなったモニカの肩に顔を押し付けて泣く。モニカは嬉しそうに体を預け、唯一覚えている言葉を呟いた。

「アーサーだいすき」
しおりを挟む
感想 494

あなたにおすすめの小説

異世界の片隅で引き篭りたい少女。

月芝
ファンタジー
玄関開けたら一分で異世界!  見知らぬオッサンに雑に扱われただけでも腹立たしいのに 初っ端から詰んでいる状況下に放り出されて、 さすがにこれは無理じゃないかな? という出オチ感漂う能力で過ごす新生活。 生態系の最下層から成り上がらずに、こっそりと世界の片隅で心穏やかに過ごしたい。 世界が私を見捨てるのならば、私も世界を見捨ててやろうと森の奥に引き篭った少女。 なのに世界が私を放っておいてくれない。 自分にかまうな、近寄るな、勝手に幻想を押しつけるな。 それから私を聖女と呼ぶんじゃねぇ! 己の平穏のために、ふざけた能力でわりと真面目に頑張る少女の物語。 ※本作主人公は極端に他者との関わりを避けます。あとトキメキLOVEもハーレムもありません。 ですので濃厚なヒューマンドラマとか、心の葛藤とか、胸の成長なんかは期待しないで下さい。  

スキルを極めろ!

アルテミス
ファンタジー
第12回ファンタジー大賞 奨励賞受賞作 何処にでもいる大学生が異世界に召喚されて、スキルを極める! 神様からはスキルレベルの限界を調査して欲しいと言われ、思わず乗ってしまった。 不老で時間制限のないlv上げ。果たしてどこまでやれるのか。 異世界でジンとして生きていく。

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む

家具屋ふふみに
ファンタジー
 この世界には魔法が存在する。  そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。  その属性は主に6つ。  火・水・風・土・雷・そして……無。    クーリアは伯爵令嬢として生まれた。  貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。  そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。    無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。  その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。      だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。    そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。    これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。  そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。 設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m ※←このマークがある話は大体一人称。

ぬいぐるみばかり作っていたら実家を追い出された件〜だけど作ったぬいぐるみが意志を持ったので何も不自由してません〜

望月かれん
ファンタジー
 中流貴族シーラ・カロンは、ある日勘当された。理由はぬいぐるみ作りしかしないから。 戸惑いながらも少量の荷物と作りかけのぬいぐるみ1つを持って家を出たシーラは1番近い町を目指すが、その日のうちに辿り着けず野宿をすることに。 暇だったので、ぬいぐるみを完成させようと意気込み、ついに夜更けに完成させる。  疲れから眠りこけていると聞き慣れない低い声。 なんと、ぬいぐるみが喋っていた。 しかもぬいぐるみには帰りたい場所があるようで……。     天真爛漫娘✕ワケアリぬいぐるみのドタバタ冒険ファンタジー。  ※この作品は小説家になろう・ノベルアップ+にも掲載しています。

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?

歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。 それから数十年が経ち、気づけば38歳。 のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。 しかしーー 「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」 突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。 これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。 ※書籍化のため更新をストップします。

日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊

北鴨梨
ファンタジー
太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。