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淫魔編:1年ぶりの町巡り
【170話】ホットミルク(トロワ)
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夜中に目が覚めたモニカは、のしかかっているアーサーの腕をどかせて部屋を出た。飲み物をとりに食堂へ向かっている途中、まだ明かりがついているイチの部屋が目に入る。食堂でホットミルクをふたつ用意してイチの部屋をノックした。めんどくさそうにドアを開けたイチが、モニカの姿を見て驚いた顔をする。
「…モニカ?」
「遅くまでなにしてるの?はい、ホットミルク」
「あ、ありがとう」
「……」
イチがホットミルクを受け取ってもモニカは立ち去ろうとしない。ニコニコしているだけなのに「部屋に入れろ」という圧がすごい。イチは思いっきり嫌そうな顔をした。
「その顔はなによイチ」
「別に」
「そう。じゃあ、入っていい?」
「……」
「うわぁ。そんな腐ったバナナ見るような目で私を見ないでよ」
「俺に構わずさっさと兄ちゃんとこ戻れよ」
「アーサーは今ぐっすり寝ちゃってて部屋に戻っても暇なんだもん。話し相手になってよぉ」
「ったく…なんなんだよあんた…」
ぶつくさ言いながらイチは半歩引いてモニカを部屋に入れた。ベッドと机しかない質素な部屋。机の上には調合途中の薬素材が並んでいた。
「もしかしてこんな遅くまで調合してたの?」
「うん。子どもたちだけじゃ1日1500本分も無理だから。間に合わなかった分は俺がしようと思って」
「イチ、あなた畑仕事もあるのに無理をしすぎよ。1500本作れなかったら残してくれてかまわないわ」
「いや、お前らのためじゃない。俺は金を稼ぎたいだけ」
「そう…。でも、体は大切にしてね?」
「うん」
モニカはにっこり笑ってベッドに腰かけた。所在なさげに立っているイチに「イチも座りなよ」とベッドをぽんぽんと叩く。
「いや、俺は立ってるからいい」
「どうして?座ってホットミルク飲みながらゆっくりお話ししましょうよ」
「長居する気満々かよ…」
ため息をつきながらイチはモニカの隣に座った。二人はしばらく静かにホットミルクをすすった。温めすぎたのか、ミルクが熱すぎてなかなか飲めない。モニカもイチも「あつっ、あつぅっ!」とこぼしながらちびちびと飲む。
「ねえイチ、あなた何歳になったの?」
「13くらい。はっきりしとは分からないけど。あんたは?」
「私は15歳よ。そっかあ。イチって年下なんだね」
「あんた、見た目は年上に見えないけど、やってることは大人よりも立派だな」
「そんなことないわ。トロワをここまで良くしてくれたのは私たちじゃないもの。大人の人がやってくれたの。私たちは良いとこどりしてるだけ」
「でも、あんたたちがここを変えるきっかけを作ったんだろ」
「アーサーが作ったの。私じゃないわ」
「……」
イチはちらりとモニカを盗み見た。モニカはマグカップを両手で握りながら視線を落としてる。その表情はどこか落ち込んでいるように見えた。
「…出来の良い兄ちゃんとずっと一緒にいるのはしんどいか?」
「え?」
「そんな顔してる」
「……」
「あんた、自己肯定感低いだろ」
「ジココウテイカン?なあにそれ」
「…結構あほだな」
「う、うるさいわね!なによジココウテイカンって!」
「自分のこと出来が悪いと思ってないか?」
「…思ってるとかじゃなくて、実際そうだし」
「やっぱりな」
イチはクスクス笑いながらミルクをすすった。逆にモニカは深いため息をついてマグカップを口から離す。今まで誰にも話したことのない本音を漏らした。
「私、アーサーみたいに頭が良くないし。ちょっとだけ、ほんのちょーっとだけ抜けちゃってて、大事なことをすぐ忘れちゃうし。要領も良くないし。ほんとにピンチのときは決まって役に立てないの」
「……」
「わがままだし、やきもちやきだし。アーサーほど人間出来てないし。…アビーになったアーサーは私よりかわいいし…。それにほら、ホットミルクだって上手に温められないし」
泣きそうな顔で冗談を言って笑うモニカに、イチは苦笑いした。
「へえ。あんたちっとも自分のこと分かってないんだな」
「え?」
「あんたはあほだし抜けてるけど、地頭は良いだろ。この町の人のことだって、一人残らず名前と顔と性格把握してるだろ?」
「ええ。町を預かってるんだから当然のことだわ」
「普通の人じゃあんたの言う"当然"は難しいことなんだよ」
「そうなの?でもアーサーなんて…」
「今はアーサーの話なんてしてない。あんたの話をしてる」
「う、うん…」
「今日だって子どもたちに魔法を教えてただろ?一人ずつその子に合った魔法を見つけて仕事を割り振った。おかげで全員に仕事が行きわたってみんな喜んでた。あんたが適材適所に子どもを割り振ったからできたことだ」
「そ、そんなのとうぜ…」
「あんたの言う"当然"は"当然"じゃないんだよ」
「うーん…?」
「ピンチなときは役に立てないとも言ってたな。これまで何があったのかは知らないけど、少なくともトロワのピンチを救ってくれたのはモニカとアーサーだ。あんたがいなかったら、アーサーだけじゃきっとキャネモに気に入られなかっただろ」
「そ、そうかしら…」
「わがままなのも、やきもちやきなのも、見てるこっちからしたらそこもあんたの良いところ。あんたのわがままは可愛らしい。それに、俺からしたらあんただって充分人間出来てるよ。じゃないと町のみんながお前を慕うはずないだろ」
「そうなのかなあ…?」
「最後に、俺はアビーよりモニカのほうがかわいいと思う。町のやつらだってアビー派とモニカ派は半々だ。あんた自分の姿鏡で見たことないの?」
「あるわよ!」
「じゃあ自分がかわいいことくらい分かってんでしょ。その容姿持ってて自分可愛くないなんて言ったら嫌味だぞ」
「えぇ…?」
「確かにアビー…アーサーも綺麗な顔してるけど、あんただって同じくらい綺麗だ。ていうか顔のパーツほとんど一緒じゃないか?」
「うっ…」
「まあとにかくさ。あんた、自分が思ってるよりずっと魅力的だよ。それに優秀。隣にずっとアーサーがいたから自分のこと霞んで見えてんのかもしれないけどさ、あんたは兄ちゃんが持ってないもんたくさん持ってる。だから兄ちゃんと同じくらいすごいんだぜあんた。…あ、あと、俺は熱めのホットミルクが好きだから。さっきのでちょうど良かった」
そう言ってイチはモニカの頭を撫でた。その大きくて優しい手の感触に、モニカの目からぽろぽろと涙がこぼれる。ずっと一人で抱え込んでいたずっしりと重いものが少しだけ軽くなった気がした。モニカはごしごしと目をこすり恥ずかしそうに笑った。
「ご、ごめんねイチ。夜中に押しかけてこんな話しちゃって」
「いいよ別に。むしろ安心した」
「え?」
「完璧に見えるあんたでも悩むことがあるんだなって」
「完璧?まさか」
「容姿も頭も金も持ってるんだ。その上人格者だし。完璧に見えないほうがおかしい」
「褒めすぎじゃない…?」
「本当のことを言ってるだけ。俺は妬ましくてしょうがないよ」
「イチ…」
「ま、とにかくそういうことだよ。あんまり自分を卑下するな」
「ヒゲ…?ヒゲするってなに?私女の子だからヒゲは生えないわイチ」
「…やっぱりあほだな」
「あほじゃないもん!!」
調子と笑顔を取り戻したモニカは、それからはイチが黙っていても楽し気にたくさん喋った。とめどなく話すモニカに、このまま朝になるのではないかと少し不安になった。だが、コロコロと変わる表情とかわいらしい笑い声に自然とイチも口元が緩んだ。
イチがモニカを相槌もせずじっと見ていると、視線に気付いたモニカが「どうしたの?」と問いかけた。イチは慌てて目を逸らす。
「別に」
「うそ。さっきからじっと私の方見てたじゃない」
「うるさいな。ほっとけよ」
「なによもぉ。…あれ?イチ、目の中に何かついてるわ」
「あ、やっぱり?さっきから痛いと思ってた」
モニカはイチの顔に手を添えて彼の目を覗き込んだ。
「あっ、まつげだわ。まつげが入ってる」
「取って」
「うーん、どうしよう。どうやって取ったらいいのかな。指で取ったら痛いよね。水魔法と風魔法でなんとかできないかなあ」
「普通に指で取ってよ。魔法かけられるとか怖いし」
「そう?じゃあ…」
そのときドアの方から物音が聞こえた。二人が振り向くと、そこにはショックで固まっているアーサーが立っていた。
「あれ?アーサー、起きたの?」
「……」
「おーい。アーサー?」
「アーサーちがうんだ。俺とモニカはただ…」
アーサーがとんだ勘違いをしていると気付いたイチが、誤解を解こうと口を開いたがそれ以上続けられなかった。ものすごい剣幕で近づいてきたアーサーは、モニカをイチから引きはがし抱きかかえる。
「ちょっと、これどういうこと?」
「ど、どうしたのアーサー?」
「なんでモニカが夜中にイチの部屋にいるの?」
「その前になんでアーサーが俺の部屋にいるんだ?」
モニカに無理矢理押しかけられた挙句いらぬ誤解でアーサーに詰め寄られた腹いせに、イチはこの状況を楽しむことにした。
「僕は…目が覚めたらモニカがいなかったから探してたんだ。君の部屋から話し声が聞こえて…ドアが開いてたから中を覗いたら、モニカと君が…」
「のぞき見なんて趣味が悪いなアーサー」
「ちょ、ちょっと二人ともどうしたの…」
「と、とにかく!これどういうこと?!いくらイチでもモニカは渡さないよ!!僕のモニカ取らないでよね?!」
「えっ?」
「え?!」
「ブッ!」
モニカがやっと兄の勘違いに気付き、アーサーは自分の発言に驚きの声をあげ、イチは我慢できずに吹き出した。
「えっ、僕いま何言った?」
「いくら俺でもモニカは渡さないって言った…僕のモニカ取らないでだって…ブフッ…」
肩を震わせて笑いを堪えているイチ。顔を真っ赤にして固まっているアーサー。「なにを勘違いしてるの…」と呆れた声を出すモニカ。モニカは兄の腕を振りほどき立ちあがった。
「アーサー。私は夜中に目が覚めてホットミルクを取りに食堂へ行ったの。イチの部屋の明かりがついてたから、ついでにイチの分も作って渡してあげた。暇だったからベッドに座ってお喋りしてただけよ」
「で…でもさっきすごく近かったよ…」
「あれは俺の目の中にゴミが入ってたからモニカが取ろうとしてくれてただけ。誤解が解けたならさっさとモニカ連れて出て行ってくれる?」
「……」
「モニカ、この放心してる兄ちゃん連れて部屋に戻ってくれ。俺は薬素材を調合したいから」
「分かったわ。ごめんねイチ」
「いいよ。おもしろかったから」
モニカは兄を引きずって自分たちの部屋へ戻った。扉が閉まるのを見届けてからイチがベッドに寝転んで小さく笑った。
「わがままでやきもちやきなのは兄ちゃんも同じだったな、モニカ」
◇◇◇
アーサーをベッドへ放り投げると、先ほどの自分の行動が恥ずかしすぎてゴロゴロ転がりながら悶えた。
「うわぁぁぁっ!僕はなんてことをイチに言ってしまったんだぁぁ!!イチごめぇぇぇん!!」
「ア…アーサー…夜中なんだからあんまり声を出さないで…」
「こ、こんな…こんなことをしてたらモニカに嫌われちゃうよぉぉ…。妹離れできてないお兄ちゃんなんて…かっこわるいよぉ…」
「そんなことで嫌いになんてならないし…」
「これからも僕はモニカが誰かと良い感じになってたら邪魔をしてしまうんだろうか…。そんな…そんなダメなお兄ちゃんになりたくない…」
「誰とも良い感じになんてならないわよ…」
モニカは枕に顔を押し付けて呻いている兄の隣に座り、つんつんと肩をつついた。アーサーが半べそで妹の顔をちらりと見る。
「ねえアーサー。私のことすき?」
「今さら何言ってんのぉ?すきに決まってるでしょ」
「私ってかわいい?」
「モニカよりかわいい子見たことないよ」
「私って優秀?」
「さっきから何当り前のこと聞いてるの?モニカが優秀じゃなかったら誰が優秀なのさ」
「アーサーに私は必要?」
「…モニカがいないと生きていけない」
「えへへ。じゃあいいや」
「えー?なんなのぉ?うぁぁぁ…そんなモニカのことをひとりじめしたいと思ってる僕は一体何様なんだろう…。もういやだぁぁぁ…明日イチに合わせる顔がないよぉぉぉ…」
それからもアーサーは枕に顔を突っ伏してうじうじぶつぶつと呟き続けていた。モニカはそんな兄の腕にしがみつきぐっすり眠る。彼女の胸の中にある重みは完全には消えない。だが、アーサーとイチがこんな自分でも良いと思ってくれていることを知り、少しだけ自分のことが好きになれた。
翌朝アーサーはイチに何度も謝った。イチはめんどくさそうに耳を掻きながらため息をつく。
「面倒な兄ちゃん持って大変だなモニカ」
「本当によ。私がいないとダメなのこのお兄ちゃん」
「…モニカ?」
「遅くまでなにしてるの?はい、ホットミルク」
「あ、ありがとう」
「……」
イチがホットミルクを受け取ってもモニカは立ち去ろうとしない。ニコニコしているだけなのに「部屋に入れろ」という圧がすごい。イチは思いっきり嫌そうな顔をした。
「その顔はなによイチ」
「別に」
「そう。じゃあ、入っていい?」
「……」
「うわぁ。そんな腐ったバナナ見るような目で私を見ないでよ」
「俺に構わずさっさと兄ちゃんとこ戻れよ」
「アーサーは今ぐっすり寝ちゃってて部屋に戻っても暇なんだもん。話し相手になってよぉ」
「ったく…なんなんだよあんた…」
ぶつくさ言いながらイチは半歩引いてモニカを部屋に入れた。ベッドと机しかない質素な部屋。机の上には調合途中の薬素材が並んでいた。
「もしかしてこんな遅くまで調合してたの?」
「うん。子どもたちだけじゃ1日1500本分も無理だから。間に合わなかった分は俺がしようと思って」
「イチ、あなた畑仕事もあるのに無理をしすぎよ。1500本作れなかったら残してくれてかまわないわ」
「いや、お前らのためじゃない。俺は金を稼ぎたいだけ」
「そう…。でも、体は大切にしてね?」
「うん」
モニカはにっこり笑ってベッドに腰かけた。所在なさげに立っているイチに「イチも座りなよ」とベッドをぽんぽんと叩く。
「いや、俺は立ってるからいい」
「どうして?座ってホットミルク飲みながらゆっくりお話ししましょうよ」
「長居する気満々かよ…」
ため息をつきながらイチはモニカの隣に座った。二人はしばらく静かにホットミルクをすすった。温めすぎたのか、ミルクが熱すぎてなかなか飲めない。モニカもイチも「あつっ、あつぅっ!」とこぼしながらちびちびと飲む。
「ねえイチ、あなた何歳になったの?」
「13くらい。はっきりしとは分からないけど。あんたは?」
「私は15歳よ。そっかあ。イチって年下なんだね」
「あんた、見た目は年上に見えないけど、やってることは大人よりも立派だな」
「そんなことないわ。トロワをここまで良くしてくれたのは私たちじゃないもの。大人の人がやってくれたの。私たちは良いとこどりしてるだけ」
「でも、あんたたちがここを変えるきっかけを作ったんだろ」
「アーサーが作ったの。私じゃないわ」
「……」
イチはちらりとモニカを盗み見た。モニカはマグカップを両手で握りながら視線を落としてる。その表情はどこか落ち込んでいるように見えた。
「…出来の良い兄ちゃんとずっと一緒にいるのはしんどいか?」
「え?」
「そんな顔してる」
「……」
「あんた、自己肯定感低いだろ」
「ジココウテイカン?なあにそれ」
「…結構あほだな」
「う、うるさいわね!なによジココウテイカンって!」
「自分のこと出来が悪いと思ってないか?」
「…思ってるとかじゃなくて、実際そうだし」
「やっぱりな」
イチはクスクス笑いながらミルクをすすった。逆にモニカは深いため息をついてマグカップを口から離す。今まで誰にも話したことのない本音を漏らした。
「私、アーサーみたいに頭が良くないし。ちょっとだけ、ほんのちょーっとだけ抜けちゃってて、大事なことをすぐ忘れちゃうし。要領も良くないし。ほんとにピンチのときは決まって役に立てないの」
「……」
「わがままだし、やきもちやきだし。アーサーほど人間出来てないし。…アビーになったアーサーは私よりかわいいし…。それにほら、ホットミルクだって上手に温められないし」
泣きそうな顔で冗談を言って笑うモニカに、イチは苦笑いした。
「へえ。あんたちっとも自分のこと分かってないんだな」
「え?」
「あんたはあほだし抜けてるけど、地頭は良いだろ。この町の人のことだって、一人残らず名前と顔と性格把握してるだろ?」
「ええ。町を預かってるんだから当然のことだわ」
「普通の人じゃあんたの言う"当然"は難しいことなんだよ」
「そうなの?でもアーサーなんて…」
「今はアーサーの話なんてしてない。あんたの話をしてる」
「う、うん…」
「今日だって子どもたちに魔法を教えてただろ?一人ずつその子に合った魔法を見つけて仕事を割り振った。おかげで全員に仕事が行きわたってみんな喜んでた。あんたが適材適所に子どもを割り振ったからできたことだ」
「そ、そんなのとうぜ…」
「あんたの言う"当然"は"当然"じゃないんだよ」
「うーん…?」
「ピンチなときは役に立てないとも言ってたな。これまで何があったのかは知らないけど、少なくともトロワのピンチを救ってくれたのはモニカとアーサーだ。あんたがいなかったら、アーサーだけじゃきっとキャネモに気に入られなかっただろ」
「そ、そうかしら…」
「わがままなのも、やきもちやきなのも、見てるこっちからしたらそこもあんたの良いところ。あんたのわがままは可愛らしい。それに、俺からしたらあんただって充分人間出来てるよ。じゃないと町のみんながお前を慕うはずないだろ」
「そうなのかなあ…?」
「最後に、俺はアビーよりモニカのほうがかわいいと思う。町のやつらだってアビー派とモニカ派は半々だ。あんた自分の姿鏡で見たことないの?」
「あるわよ!」
「じゃあ自分がかわいいことくらい分かってんでしょ。その容姿持ってて自分可愛くないなんて言ったら嫌味だぞ」
「えぇ…?」
「確かにアビー…アーサーも綺麗な顔してるけど、あんただって同じくらい綺麗だ。ていうか顔のパーツほとんど一緒じゃないか?」
「うっ…」
「まあとにかくさ。あんた、自分が思ってるよりずっと魅力的だよ。それに優秀。隣にずっとアーサーがいたから自分のこと霞んで見えてんのかもしれないけどさ、あんたは兄ちゃんが持ってないもんたくさん持ってる。だから兄ちゃんと同じくらいすごいんだぜあんた。…あ、あと、俺は熱めのホットミルクが好きだから。さっきのでちょうど良かった」
そう言ってイチはモニカの頭を撫でた。その大きくて優しい手の感触に、モニカの目からぽろぽろと涙がこぼれる。ずっと一人で抱え込んでいたずっしりと重いものが少しだけ軽くなった気がした。モニカはごしごしと目をこすり恥ずかしそうに笑った。
「ご、ごめんねイチ。夜中に押しかけてこんな話しちゃって」
「いいよ別に。むしろ安心した」
「え?」
「完璧に見えるあんたでも悩むことがあるんだなって」
「完璧?まさか」
「容姿も頭も金も持ってるんだ。その上人格者だし。完璧に見えないほうがおかしい」
「褒めすぎじゃない…?」
「本当のことを言ってるだけ。俺は妬ましくてしょうがないよ」
「イチ…」
「ま、とにかくそういうことだよ。あんまり自分を卑下するな」
「ヒゲ…?ヒゲするってなに?私女の子だからヒゲは生えないわイチ」
「…やっぱりあほだな」
「あほじゃないもん!!」
調子と笑顔を取り戻したモニカは、それからはイチが黙っていても楽し気にたくさん喋った。とめどなく話すモニカに、このまま朝になるのではないかと少し不安になった。だが、コロコロと変わる表情とかわいらしい笑い声に自然とイチも口元が緩んだ。
イチがモニカを相槌もせずじっと見ていると、視線に気付いたモニカが「どうしたの?」と問いかけた。イチは慌てて目を逸らす。
「別に」
「うそ。さっきからじっと私の方見てたじゃない」
「うるさいな。ほっとけよ」
「なによもぉ。…あれ?イチ、目の中に何かついてるわ」
「あ、やっぱり?さっきから痛いと思ってた」
モニカはイチの顔に手を添えて彼の目を覗き込んだ。
「あっ、まつげだわ。まつげが入ってる」
「取って」
「うーん、どうしよう。どうやって取ったらいいのかな。指で取ったら痛いよね。水魔法と風魔法でなんとかできないかなあ」
「普通に指で取ってよ。魔法かけられるとか怖いし」
「そう?じゃあ…」
そのときドアの方から物音が聞こえた。二人が振り向くと、そこにはショックで固まっているアーサーが立っていた。
「あれ?アーサー、起きたの?」
「……」
「おーい。アーサー?」
「アーサーちがうんだ。俺とモニカはただ…」
アーサーがとんだ勘違いをしていると気付いたイチが、誤解を解こうと口を開いたがそれ以上続けられなかった。ものすごい剣幕で近づいてきたアーサーは、モニカをイチから引きはがし抱きかかえる。
「ちょっと、これどういうこと?」
「ど、どうしたのアーサー?」
「なんでモニカが夜中にイチの部屋にいるの?」
「その前になんでアーサーが俺の部屋にいるんだ?」
モニカに無理矢理押しかけられた挙句いらぬ誤解でアーサーに詰め寄られた腹いせに、イチはこの状況を楽しむことにした。
「僕は…目が覚めたらモニカがいなかったから探してたんだ。君の部屋から話し声が聞こえて…ドアが開いてたから中を覗いたら、モニカと君が…」
「のぞき見なんて趣味が悪いなアーサー」
「ちょ、ちょっと二人ともどうしたの…」
「と、とにかく!これどういうこと?!いくらイチでもモニカは渡さないよ!!僕のモニカ取らないでよね?!」
「えっ?」
「え?!」
「ブッ!」
モニカがやっと兄の勘違いに気付き、アーサーは自分の発言に驚きの声をあげ、イチは我慢できずに吹き出した。
「えっ、僕いま何言った?」
「いくら俺でもモニカは渡さないって言った…僕のモニカ取らないでだって…ブフッ…」
肩を震わせて笑いを堪えているイチ。顔を真っ赤にして固まっているアーサー。「なにを勘違いしてるの…」と呆れた声を出すモニカ。モニカは兄の腕を振りほどき立ちあがった。
「アーサー。私は夜中に目が覚めてホットミルクを取りに食堂へ行ったの。イチの部屋の明かりがついてたから、ついでにイチの分も作って渡してあげた。暇だったからベッドに座ってお喋りしてただけよ」
「で…でもさっきすごく近かったよ…」
「あれは俺の目の中にゴミが入ってたからモニカが取ろうとしてくれてただけ。誤解が解けたならさっさとモニカ連れて出て行ってくれる?」
「……」
「モニカ、この放心してる兄ちゃん連れて部屋に戻ってくれ。俺は薬素材を調合したいから」
「分かったわ。ごめんねイチ」
「いいよ。おもしろかったから」
モニカは兄を引きずって自分たちの部屋へ戻った。扉が閉まるのを見届けてからイチがベッドに寝転んで小さく笑った。
「わがままでやきもちやきなのは兄ちゃんも同じだったな、モニカ」
◇◇◇
アーサーをベッドへ放り投げると、先ほどの自分の行動が恥ずかしすぎてゴロゴロ転がりながら悶えた。
「うわぁぁぁっ!僕はなんてことをイチに言ってしまったんだぁぁ!!イチごめぇぇぇん!!」
「ア…アーサー…夜中なんだからあんまり声を出さないで…」
「こ、こんな…こんなことをしてたらモニカに嫌われちゃうよぉぉ…。妹離れできてないお兄ちゃんなんて…かっこわるいよぉ…」
「そんなことで嫌いになんてならないし…」
「これからも僕はモニカが誰かと良い感じになってたら邪魔をしてしまうんだろうか…。そんな…そんなダメなお兄ちゃんになりたくない…」
「誰とも良い感じになんてならないわよ…」
モニカは枕に顔を押し付けて呻いている兄の隣に座り、つんつんと肩をつついた。アーサーが半べそで妹の顔をちらりと見る。
「ねえアーサー。私のことすき?」
「今さら何言ってんのぉ?すきに決まってるでしょ」
「私ってかわいい?」
「モニカよりかわいい子見たことないよ」
「私って優秀?」
「さっきから何当り前のこと聞いてるの?モニカが優秀じゃなかったら誰が優秀なのさ」
「アーサーに私は必要?」
「…モニカがいないと生きていけない」
「えへへ。じゃあいいや」
「えー?なんなのぉ?うぁぁぁ…そんなモニカのことをひとりじめしたいと思ってる僕は一体何様なんだろう…。もういやだぁぁぁ…明日イチに合わせる顔がないよぉぉぉ…」
それからもアーサーは枕に顔を突っ伏してうじうじぶつぶつと呟き続けていた。モニカはそんな兄の腕にしがみつきぐっすり眠る。彼女の胸の中にある重みは完全には消えない。だが、アーサーとイチがこんな自分でも良いと思ってくれていることを知り、少しだけ自分のことが好きになれた。
翌朝アーサーはイチに何度も謝った。イチはめんどくさそうに耳を掻きながらため息をつく。
「面倒な兄ちゃん持って大変だなモニカ」
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太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。
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