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学院編:オヴェルニー学院

【138話】ジュリアの回復魔法

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一週間後、意を決したザラ先生は授業で回復魔法を教えることにした。生徒に傷ついたネズミを配り、いつも通り黒板に呪文を書く。

「uerison…。ウエリゾン。さて、あなたたちのもっとも苦手な魔法ですよ」

魔法クラスの生徒たちがうめき声をあげている。ジュリアもその一人だ。習得したいけど練習したくない、そう思ってしまうほど回復魔法とは難しい魔法だった。

「回復魔法…私の唯一できない魔法ですわ…。モニカ様、お手本を見せてくださる?」

「えっ?モニカ回復魔法も使えるの?」

「見せて見せて!!」

ジュリアの声に反応した生徒たちがモニカに群がった。吸血鬼事件以降、歌で魔法を使うことを許されたモニカは学校一の魔法の使い手だと全生徒の間で評判になっていた。ザラ先生までうずうずとモニカの回復魔法を見たくてしょうがない様子だ。モニカは照れくさそうに歌を歌った。ネズミの傷があっという間に治ってしまう。

「完璧だわモニカさん…。回復速度も、申し分ない」

「きゃあああさすがモニカ様!!素晴らしいですわ!!」

「えへへ。ありがとうございます」

「みなさん。回復魔法に必要なのは魔力だけではありません。博愛の心が大切なのです。その心が大きければ大きいほど、回復魔法も強くなります。人間性も重要になるのです。…私自身、回復魔法は得意ではありませんがね。いえ、正直に言いますとかなり苦手です」

ザラ先生はそう言った。ジュリアは「博愛…」と復唱している。モニカは博愛の意味がよく分からなかったのでニコニコしてごまかした。

「モニカさん。私と一緒に生徒たちに回復魔法を教えてくださる?」

「分かりました!」

モニカはうまく魔法を使えない子たちに丁寧に教えた。まずは隣に座っていたジュリアを指導する。

「ジュリア王女は、回復魔法をかけるときに何をイメージしていますか?」

「なにかしら…。そう言えばイメージすること自体忘れていたわ。詠唱を唱えるのに夢中になってた。それに…早く回復魔法をマスターしなきゃって気持ちでいっぱいで」

回復魔法以外は(モニカを除いて)クラスで最も優秀で、その上実力主義のジュリアにとって、うまく魔法を使いこなせないことに対する自分への苛立ちは誰よりも強いのだろう。自分は無能だと感じてしまいひどく落ち込んでいる様子だ。モニカは王女の手を優しく撫でた。

「誰にだって苦手な魔法はあります。それに、ジュリア王女に人を守ろうとする優しくて強い心があることを私は知っていますよ。あなたは魔法使いとしても、人としても、とても立派で優しい方です。だからそんなに気負わないで。あなたならきっと回復魔法も使えます。いつもと同じように、リラックスして詠唱してみてください」

「モニカ様…」

ジュリアはこくんと頷き深呼吸をした。杖をネズミに向けて詠唱をする。しかし、ネズミの傷は治らなかった。王女は深いため息をついた。

「…やっぱり、私には無理ですわ」

「うーん。ジュリア王女はネズミのこと好きですか?」

「え?ネズミですか?好きでも嫌いでもありませんわ。…どちらかというと、嫌いですが」

「ですよね。きっと対象が王女に合っていません」

モニカはそう言ってナイフを取り出した。それを自分の首に当てザクッと刃を滑らせる。モニカの首から血が噴き出した。

「きゃああああ!!モニカ様!!何を…!!!」

「あなたが回復魔法を使えないと私はこのまま失血死してしまいますわ」

「モニカ様!!モニカ様!!ああああ…!!」

「なんて荒治療をするのでしょうか…」

ざわざわと生徒たちが心配そうにモニカを見る。遠くで見ていたザラ先生がジュリアを気の毒そうに見つめていた。
ジュリアは必死に杖を振る。何度詠唱してもモニカの傷は塞がらない。モニカが死んでしまう。そんなの嫌だ、と涙を目に浮かべながら叫び声に近い詠唱をした。

「ウエリゾン!!!…あああ、ダメだわ私ではまったく治らない…!どうしよう…!どうしよう…!いやだ死なないでモニカ様…!!!」

「王女、落ち着いてください。深呼吸をして、イメージをしっかり持って、詠唱を」

「ううっ…」

ジュリアは目を瞑り、モニカの傷を治したいという気持ちで頭をいっぱいにした。深呼吸をして詠唱をする。

「あっ」

モニカの出血が弱まった。少しだが傷が塞がったようだ。

「その調子ですよ王女。その感覚を残しているうちに、もう一度」

ジュリアが杖を振るたびに、少しずつ、ほんの少しずつモニカの傷が治っていく。30分かけてやっとモニカの傷が完全に塞がった。その間ずっと血を流していたモニカは顔を真っ青にしながらも嬉しそうに王女に抱きついた。

「王女!!おめでとうございます!!回復魔法を使えましたわ!!」

「それよりもモニカ様…!はやく医務室へ…!」

「大丈夫ですよ。エリクサーと増血薬を持っていますから」

「え?」

モニカはアイテムボックスから薬を取り出してコクコクと飲んだ。顔も赤みが増して完全回復した。

「じゃ、じゃあ…私が治さなくたって…大丈夫だった…?いえ、そもそもモニカ様自身回復魔法を使えるんですもの…動揺して頭が回っていなかったわ」

「騙すような真似をしてごめんなさい」

ジュリアは涙をぼろぼろ流しながらモニカを睨みつけた。本気で怒っているようだ。モニカは申し訳なさそうにうつむいた。

「あの…ごめんなさい。こうするのがジュリア王女の本当の実力を一番出せると思って…」

「私は騙されたから怒っているのではありませんわ…。私が魔法を使えるようになるためという理由でご自身の命を危険に晒したあなたに怒っているのです!!」

「ジュリア…」

「実力のある者が、実力のない者にそこまでする必要はありません!」

「それは違いますジュリア王女。そういう人を育てることこそ、実力のある人がするべきことです」

「っ…」

「王女。私だってはじめからたくさんの魔法を使えたわけじゃありません。すっごく優秀な冒険者が私を育ててくれたんです。はじめから実力のある人なんていません。人はそうやって育てられて、いつか実力のある人になるんです」

「そうなのかしら…」

「ええ。だから王女。あなたも育ててあげてください。そうしたらあなたが大人になった時、実力のある優秀な人材があなたのまわりにたくさん集まります」

「育てる…。そっか、育てたらいいのね…」

どこか納得した様子のジュリアを見て、モニカは嬉しそうにほほ笑んだ。きっとジュリアは立派な王女になる。彼女の存在は必ず国を良くしてくれえるだろう。

「でも…、モニカ様。ご自身に傷をつけたこと、私はまだ許しておりませんわ。首を切ったり、自分に毒魔法を打ったりと…あなたは自傷のけがありますわね?!」

「ええ?!違う!アーサーじゃあるまいし!!」

「いいえ!間違いなくそうですわ!!これからはご自愛くださいませ!!私はもうモニカ様の血を見るのは嫌ですわ!!」

「分かりました!でも、私は自傷のけはありません!!」

「いいえ、あります!!」

「ありません!!」

実力のない者に冷たく当たるジュリア王女はその日を最後に姿を潜めた。魔法が上手に使えず困っている生徒に優しく教え、使えるようになるまで付き合った。人を馬鹿にすることもなくなり、彼女が15歳になる頃には「先生よりも優しくて教え方が上手な先輩」として後輩たちから慕われることになる。
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