上 下
112 / 718
学院編:オヴェルニー学院

【132話】あたたかい

しおりを挟む
全てが終わった。アーサー、モニカ、ウィルク王子に沈黙が流れる。アーサーは涙を拭いながら王子に駆け寄った。

「ウィルク王子、お怪我はないですか?」

「…ないです」

「そう…よかった…」

「…アウス様と、モリア様…ですよね…?」

「……」

「……」

アーサーはギクゥッと体をのけぞらせたが、セルジュとアーサーの会話を第三者の立場で聞いていたモニカは、そりゃ勘付くわよねえと苦い顔をしている。王子は跪いてアーサーの手を両手で握った。

「お話は伺っております…。僕のお兄さまとお姉さまはもう一人ずついると…。生まれながらにして、基礎能力値と魔法能力値が優れていたと…」

「ウィルク王子、勘違いですよ。アウス王子とモリア姫は8年前に亡くなっていますでしょう?」

「…僕もそう思っていました。でも一度、ヴィクスお兄様が僕にこう言ったことがあるんです。…アウス様とモリア様は死んでいないって…どこかで生きていると…!
僕は幼い頃からずっと、ヴィクスお兄様にお二人のお話を聞いておりました。銀色の髪で灰色の瞳を持っている双子…。とてもお優しい方で、どんなにご自身がひどい目にあっていても、微笑んで赦してしまうような方だと…!まさにあなたたちのことではありませんか…!」

「ヴィクス…そんなことを弟に言ってくれていたのか…なんだか照れるなぁ」

「ちょっとアーサー!」

「あっ…いや、ウィルク王子…本当に、思い違いですよ」

「さっきから全く嘘を隠しきれていません!さっき吸血鬼にも"弟だからだ"と断言していらっしゃいました!」

「うっ…」

アーサーは困ったように妹を見た。モニカはため息をついてウィルク王子に向き直る。

「ウィルク。お願い。このことは誰にも言わないで。ジュリアはもちろん…お父様にもよ」

「どうしてですか?あなたたちが生きていると知ったら、きっと父上も喜びます!」

「喜ばないよ」

「どうして?!」

「理由は…言えないけど、とにかくダメなんだ」

「ウィルク。お願いだから」

二人の必死の頼みにウィルクは釈然としないまま頷いた。

「ヴィクスお兄様は…ずっとあなたたちに会いたがっています…」

「それでもダメなの。それに、私たちは王位継承権を捨てている。もう王族でもなんでもないの」

「そんな…」

「だからウィルク。僕たちの代わりに、立派な王子様になって。僕たちはずっと君とジュリア、それにヴィクスを見守ってるから。民に優しい王子様になって」

「うう…」

ウィルク王子はぼとぼとと涙を床に落とした。しゃくりあげながら双子に訴える。

「3年前から…ヴィクスお兄様は変わってしまいました…。それまで優しかったのに…急に…人が変わったように怖くなって…」

「……」

「ヴィクスお兄様を一番愛している母上は、お兄様のいいなりです…。父上は母上の言いなりですから…実質今の政治はヴィクスお兄様が操っているようなもの…。今城はめちゃくちゃです…。僕は城に帰りたくない…。こわい…」

「ヴィクス…どうして…」

「お兄様は気が変になってしまったのかもしれません…。父上と母上がいないときは、ずっとうわ言のようにアウス様とモリア様のお名前をぶつぶつ呟いているんです。だから…お兄さんを正気にもどすためにも、僕と一緒に城へ戻ってください…」

アーサーとモニカは王子の話をじっと聞いていた。王子が話し終えると、アーサーは弟に尋ねた。

「ウィルク。君はいつこの学校を卒業するの?」

「5年後…」

「そう。分かった。5年以内になんとかする」

「アーサー?!」

驚いた顔でモニカが兄を見た。

「ちょっと…、なんとかするって、どうするつもり?!」

「分からない…けど、だって、このままじゃ…」

「そ、そうだけど!私たちは城へはもう入れないし、干渉しないってお父様と約束したじゃない!」

「モニカ、お父上との約束と、自分の弟。どっちを守りたい?」

アーサーに問いかけられてモニカは言葉を詰まらせた。「そんな聞き方ずるいじゃない…」と文句を言っている。

「弟に決まってる…」

「じゃあ決まりだ。大丈夫、5年あればきっとなんとかなるよ!」

「ああ…出たわアーサーの楽天思考が…」

呆れるモニカの横で、アーサーがウィルク王子の肩に手を置きながらにっこりと笑った。

「だから、ウィルク。もう少し待ってて」

「ありがとうございます…。…ところで、なぜお二人はリングイール家など無名の貴族を名乗ってこの学院に転入されたのでしょうか?」

「実は僕たちはオーヴェルニュ侯爵に依頼されて潜入捜査に来たんだよ。生徒たちが姿を消している原因を探るためにね」

「ちなみにリングイール家なんて貴族はないわ。架空の貴族よ」

「なっ…」

「ところでモニカ、ここに来るまで何してたの?ロイにジュリアと一緒に誘拐されただろう?」

「ええ。私たちは牢屋と違って狭い部屋に閉じ込められたわ。でもロイと瀕死まで追い詰めて、彼が逃亡したから、ジュリアを談話室に通じる廊下まで送って、先生を呼んでもらったわ!あなたがセルジュ先生といちゃいちゃしてる間に、私は結構仕事してたのよ!」

モニカは自分の手柄を得意げに話した。だがそれを聞いたアーサーは呆れた声を出した。

「どうしてその時、カミーユたちにインコ飛ばさなかったの…?」

「ハッ」

「やっぱり忘れてたね」

「だっ…だってアーサーが心配で…カミーユのこと頭からすっぽぬけてたの!!」

「カミーユ?!S級冒険者のカミーユですか?!」

「うん。ウィルクも知ってるんだね」

「知ってるも何も…カミーユは教科書に載っていますよ…」

「ええ?!知らなかったなあ!なんの教科書?!」

「剣術書、歴史書、あと…」

「え…?カミーユってそんなすごい人だったの…?」

「はわわわ…」

「オーヴェルニュ侯爵といいカミーユたちと言い、アウス様とモリア様は、城外で顔が広いのですね」

「そんなことないわ」

「それよりウィルク。何度も言うけど、僕たちの正体は誰にも言わないでね」

「分かりました。…でも、5年後に必ず僕を迎えに来てください」

「約束する」

「それとウィルク。権力で人を従わせるのはやめなさい。人を脅したり、気に食わない人にひどいことしたり、自分を守るために人を犠牲にすることを」

「うう…」

「ウィルク。王族は民に守られるものじゃないよ。王族が民を守るんだ。君は強い。頭もいいし、剣術も弓術も、10歳とは思えないくらい上手だ。その頭脳で、その力で、民を守ってあげて。僕たちの分も」

「あなたちは、城の者たちと全く違うことを仰る…。僕はどうしたらいいのか分かりません…」

「そうね。これからゆっくり考えて。最終的に自分が正しいと思う方を選べばいいわ。…でも、私たちは、自分の弟が人を脅して毒を使わせるのを見てとっても悲しかったわ」

「うっ…」

「これは僕たちの我儘だ。ウィルク、僕たちの弟として恥じない人になってほしい」

「迷ったときは、アーサーならどうするかなって考えてもいいかもしれないわ。ちょっと抜けてるとこはあるけど、あなたのお兄さんは素敵な人よ」

「えへへ、照れるなあ」

「アウス様ならどうするか…」

ウィルク王子はそう呟きながら、今までのアーサーの行動に思いを巡らせた。どの生徒にも分け隔てなく接して、生徒からも先生からも信頼の厚いアーサー。優れた武術を持っていながら決して奢らないアーサー。相手に毒を盛られても、その人の家族を想って自ら敗北を選ぶアーサー。ひどいことをしたウィルクを、血を流しながら守ろうとしたアーサー…。

「どの行動をとっても…とても僕に真似できるとは思えません…」

「できるよ。だって僕と君には同じ血が流れているんだから」

「っ」

アーサーとモニカはにこっと笑い、ウィルク王子を抱きしめた。抱きしめられる感覚なんて、もう何年も前に忘れていた。母と父はヴィクスを愛しすぎていたためウィルクに興味を示さない。姉は自分より劣る弟に厳しく当たり、学院の生徒もウィルクが王子なのでヘコヘコ頭を下げながらご機嫌を取るだけ。愛情を注がれたことなど、生まれてから今まで一度もなかった。

「あたたかい…」

ウィルクは呟いた。目を瞑り、アーサーとモニカに腕をまわす。初めて出会った兄と姉なのに、なんだかとても懐かしい気持ちになった。
しおりを挟む
感想 494

あなたにおすすめの小説

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む

家具屋ふふみに
ファンタジー
 この世界には魔法が存在する。  そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。  その属性は主に6つ。  火・水・風・土・雷・そして……無。    クーリアは伯爵令嬢として生まれた。  貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。  そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。    無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。  その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。      だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。    そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。    これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。  そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。 設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m ※←このマークがある話は大体一人称。

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?

歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。 それから数十年が経ち、気づけば38歳。 のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。 しかしーー 「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」 突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。 これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。 ※書籍化のため更新をストップします。

ぬいぐるみばかり作っていたら実家を追い出された件〜だけど作ったぬいぐるみが意志を持ったので何も不自由してません〜

望月かれん
ファンタジー
 中流貴族シーラ・カロンは、ある日勘当された。理由はぬいぐるみ作りしかしないから。 戸惑いながらも少量の荷物と作りかけのぬいぐるみ1つを持って家を出たシーラは1番近い町を目指すが、その日のうちに辿り着けず野宿をすることに。 暇だったので、ぬいぐるみを完成させようと意気込み、ついに夜更けに完成させる。  疲れから眠りこけていると聞き慣れない低い声。 なんと、ぬいぐるみが喋っていた。 しかもぬいぐるみには帰りたい場所があるようで……。     天真爛漫娘✕ワケアリぬいぐるみのドタバタ冒険ファンタジー。  ※この作品は小説家になろう・ノベルアップ+にも掲載しています。

リリゼットの学園生活 〜 聖魔法?我が家では誰でも使えますよ?

あくの
ファンタジー
 15になって領地の修道院から王立ディアーヌ学園、通称『学園』に通うことになったリリゼット。 加護細工の家系のドルバック伯爵家の娘として他家の令嬢達と交流開始するも世間知らずのリリゼットは令嬢との会話についていけない。 また姉と婚約者の破天荒な行動からリリゼットも同じなのかと学園の男子生徒が近寄ってくる。 長女気質のダンテス公爵家の長女リーゼはそんなリリゼットの危うさを危惧しており…。 リリゼットは楽しい学園生活を全うできるのか?!

S級クラフトスキルを盗られた上にパーティから追放されたけど、実はスキルがなくても生産力最強なので追放仲間の美少女たちと工房やります

内田ヨシキ
ファンタジー
[第5回ドラゴンノベルス小説コンテスト 最終選考作品] 冒険者シオンは、なんでも作れる【クラフト】スキルを奪われた上に、S級パーティから追放された。しかしシオンには【クラフト】のために培った知識や技術がまだ残されていた! 物作りを通して、新たな仲間を得た彼は、世界初の技術の開発へ着手していく。 職人ギルドから追放された美少女ソフィア。 逃亡中の魔法使いノエル。 騎士職を剥奪された没落貴族のアリシア。 彼女らもまた、一度は奪われ、失ったものを、物作りを通して取り戻していく。 カクヨムにて完結済み。 ( https://kakuyomu.jp/works/16817330656544103806 )

日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊

北鴨梨
ファンタジー
太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。