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学院編:オヴェルニー学院
【132話】あたたかい
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全てが終わった。アーサー、モニカ、ウィルク王子に沈黙が流れる。アーサーは涙を拭いながら王子に駆け寄った。
「ウィルク王子、お怪我はないですか?」
「…ないです」
「そう…よかった…」
「…アウス様と、モリア様…ですよね…?」
「……」
「……」
アーサーはギクゥッと体をのけぞらせたが、セルジュとアーサーの会話を第三者の立場で聞いていたモニカは、そりゃ勘付くわよねえと苦い顔をしている。王子は跪いてアーサーの手を両手で握った。
「お話は伺っております…。僕のお兄さまとお姉さまはもう一人ずついると…。生まれながらにして、基礎能力値と魔法能力値が優れていたと…」
「ウィルク王子、勘違いですよ。アウス王子とモリア姫は8年前に亡くなっていますでしょう?」
「…僕もそう思っていました。でも一度、ヴィクスお兄様が僕にこう言ったことがあるんです。…アウス様とモリア様は死んでいないって…どこかで生きていると…!
僕は幼い頃からずっと、ヴィクスお兄様にお二人のお話を聞いておりました。銀色の髪で灰色の瞳を持っている双子…。とてもお優しい方で、どんなにご自身がひどい目にあっていても、微笑んで赦してしまうような方だと…!まさにあなたたちのことではありませんか…!」
「ヴィクス…そんなことを弟に言ってくれていたのか…なんだか照れるなぁ」
「ちょっとアーサー!」
「あっ…いや、ウィルク王子…本当に、思い違いですよ」
「さっきから全く嘘を隠しきれていません!さっき吸血鬼にも"弟だからだ"と断言していらっしゃいました!」
「うっ…」
アーサーは困ったように妹を見た。モニカはため息をついてウィルク王子に向き直る。
「ウィルク。お願い。このことは誰にも言わないで。ジュリアはもちろん…お父様にもよ」
「どうしてですか?あなたたちが生きていると知ったら、きっと父上も喜びます!」
「喜ばないよ」
「どうして?!」
「理由は…言えないけど、とにかくダメなんだ」
「ウィルク。お願いだから」
二人の必死の頼みにウィルクは釈然としないまま頷いた。
「ヴィクスお兄様は…ずっとあなたたちに会いたがっています…」
「それでもダメなの。それに、私たちは王位継承権を捨てている。もう王族でもなんでもないの」
「そんな…」
「だからウィルク。僕たちの代わりに、立派な王子様になって。僕たちはずっと君とジュリア、それにヴィクスを見守ってるから。民に優しい王子様になって」
「うう…」
ウィルク王子はぼとぼとと涙を床に落とした。しゃくりあげながら双子に訴える。
「3年前から…ヴィクスお兄様は変わってしまいました…。それまで優しかったのに…急に…人が変わったように怖くなって…」
「……」
「ヴィクスお兄様を一番愛している母上は、お兄様のいいなりです…。父上は母上の言いなりですから…実質今の政治はヴィクスお兄様が操っているようなもの…。今城はめちゃくちゃです…。僕は城に帰りたくない…。こわい…」
「ヴィクス…どうして…」
「お兄様は気が変になってしまったのかもしれません…。父上と母上がいないときは、ずっとうわ言のようにアウス様とモリア様のお名前をぶつぶつ呟いているんです。だから…お兄さんを正気にもどすためにも、僕と一緒に城へ戻ってください…」
アーサーとモニカは王子の話をじっと聞いていた。王子が話し終えると、アーサーは弟に尋ねた。
「ウィルク。君はいつこの学校を卒業するの?」
「5年後…」
「そう。分かった。5年以内になんとかする」
「アーサー?!」
驚いた顔でモニカが兄を見た。
「ちょっと…、なんとかするって、どうするつもり?!」
「分からない…けど、だって、このままじゃ…」
「そ、そうだけど!私たちは城へはもう入れないし、干渉しないってお父様と約束したじゃない!」
「モニカ、お父上との約束と、自分の弟。どっちを守りたい?」
アーサーに問いかけられてモニカは言葉を詰まらせた。「そんな聞き方ずるいじゃない…」と文句を言っている。
「弟に決まってる…」
「じゃあ決まりだ。大丈夫、5年あればきっとなんとかなるよ!」
「ああ…出たわアーサーの楽天思考が…」
呆れるモニカの横で、アーサーがウィルク王子の肩に手を置きながらにっこりと笑った。
「だから、ウィルク。もう少し待ってて」
「ありがとうございます…。…ところで、なぜお二人はリングイール家など無名の貴族を名乗ってこの学院に転入されたのでしょうか?」
「実は僕たちはオーヴェルニュ侯爵に依頼されて潜入捜査に来たんだよ。生徒たちが姿を消している原因を探るためにね」
「ちなみにリングイール家なんて貴族はないわ。架空の貴族よ」
「なっ…」
「ところでモニカ、ここに来るまで何してたの?ロイにジュリアと一緒に誘拐されただろう?」
「ええ。私たちは牢屋と違って狭い部屋に閉じ込められたわ。でもロイと瀕死まで追い詰めて、彼が逃亡したから、ジュリアを談話室に通じる廊下まで送って、先生を呼んでもらったわ!あなたがセルジュ先生といちゃいちゃしてる間に、私は結構仕事してたのよ!」
モニカは自分の手柄を得意げに話した。だがそれを聞いたアーサーは呆れた声を出した。
「どうしてその時、カミーユたちにインコ飛ばさなかったの…?」
「ハッ」
「やっぱり忘れてたね」
「だっ…だってアーサーが心配で…カミーユのこと頭からすっぽぬけてたの!!」
「カミーユ?!S級冒険者のカミーユですか?!」
「うん。ウィルクも知ってるんだね」
「知ってるも何も…カミーユは教科書に載っていますよ…」
「ええ?!知らなかったなあ!なんの教科書?!」
「剣術書、歴史書、あと…」
「え…?カミーユってそんなすごい人だったの…?」
「はわわわ…」
「オーヴェルニュ侯爵といいカミーユたちと言い、アウス様とモリア様は、城外で顔が広いのですね」
「そんなことないわ」
「それよりウィルク。何度も言うけど、僕たちの正体は誰にも言わないでね」
「分かりました。…でも、5年後に必ず僕を迎えに来てください」
「約束する」
「それとウィルク。権力で人を従わせるのはやめなさい。人を脅したり、気に食わない人にひどいことしたり、自分を守るために人を犠牲にすることを」
「うう…」
「ウィルク。王族は民に守られるものじゃないよ。王族が民を守るんだ。君は強い。頭もいいし、剣術も弓術も、10歳とは思えないくらい上手だ。その頭脳で、その力で、民を守ってあげて。僕たちの分も」
「あなたちは、城の者たちと全く違うことを仰る…。僕はどうしたらいいのか分かりません…」
「そうね。これからゆっくり考えて。最終的に自分が正しいと思う方を選べばいいわ。…でも、私たちは、自分の弟が人を脅して毒を使わせるのを見てとっても悲しかったわ」
「うっ…」
「これは僕たちの我儘だ。ウィルク、僕たちの弟として恥じない人になってほしい」
「迷ったときは、アーサーならどうするかなって考えてもいいかもしれないわ。ちょっと抜けてるとこはあるけど、あなたのお兄さんは素敵な人よ」
「えへへ、照れるなあ」
「アウス様ならどうするか…」
ウィルク王子はそう呟きながら、今までのアーサーの行動に思いを巡らせた。どの生徒にも分け隔てなく接して、生徒からも先生からも信頼の厚いアーサー。優れた武術を持っていながら決して奢らないアーサー。相手に毒を盛られても、その人の家族を想って自ら敗北を選ぶアーサー。ひどいことをしたウィルクを、血を流しながら守ろうとしたアーサー…。
「どの行動をとっても…とても僕に真似できるとは思えません…」
「できるよ。だって僕と君には同じ血が流れているんだから」
「っ」
アーサーとモニカはにこっと笑い、ウィルク王子を抱きしめた。抱きしめられる感覚なんて、もう何年も前に忘れていた。母と父はヴィクスを愛しすぎていたためウィルクに興味を示さない。姉は自分より劣る弟に厳しく当たり、学院の生徒もウィルクが王子なのでヘコヘコ頭を下げながらご機嫌を取るだけ。愛情を注がれたことなど、生まれてから今まで一度もなかった。
「あたたかい…」
ウィルクは呟いた。目を瞑り、アーサーとモニカに腕をまわす。初めて出会った兄と姉なのに、なんだかとても懐かしい気持ちになった。
「ウィルク王子、お怪我はないですか?」
「…ないです」
「そう…よかった…」
「…アウス様と、モリア様…ですよね…?」
「……」
「……」
アーサーはギクゥッと体をのけぞらせたが、セルジュとアーサーの会話を第三者の立場で聞いていたモニカは、そりゃ勘付くわよねえと苦い顔をしている。王子は跪いてアーサーの手を両手で握った。
「お話は伺っております…。僕のお兄さまとお姉さまはもう一人ずついると…。生まれながらにして、基礎能力値と魔法能力値が優れていたと…」
「ウィルク王子、勘違いですよ。アウス王子とモリア姫は8年前に亡くなっていますでしょう?」
「…僕もそう思っていました。でも一度、ヴィクスお兄様が僕にこう言ったことがあるんです。…アウス様とモリア様は死んでいないって…どこかで生きていると…!
僕は幼い頃からずっと、ヴィクスお兄様にお二人のお話を聞いておりました。銀色の髪で灰色の瞳を持っている双子…。とてもお優しい方で、どんなにご自身がひどい目にあっていても、微笑んで赦してしまうような方だと…!まさにあなたたちのことではありませんか…!」
「ヴィクス…そんなことを弟に言ってくれていたのか…なんだか照れるなぁ」
「ちょっとアーサー!」
「あっ…いや、ウィルク王子…本当に、思い違いですよ」
「さっきから全く嘘を隠しきれていません!さっき吸血鬼にも"弟だからだ"と断言していらっしゃいました!」
「うっ…」
アーサーは困ったように妹を見た。モニカはため息をついてウィルク王子に向き直る。
「ウィルク。お願い。このことは誰にも言わないで。ジュリアはもちろん…お父様にもよ」
「どうしてですか?あなたたちが生きていると知ったら、きっと父上も喜びます!」
「喜ばないよ」
「どうして?!」
「理由は…言えないけど、とにかくダメなんだ」
「ウィルク。お願いだから」
二人の必死の頼みにウィルクは釈然としないまま頷いた。
「ヴィクスお兄様は…ずっとあなたたちに会いたがっています…」
「それでもダメなの。それに、私たちは王位継承権を捨てている。もう王族でもなんでもないの」
「そんな…」
「だからウィルク。僕たちの代わりに、立派な王子様になって。僕たちはずっと君とジュリア、それにヴィクスを見守ってるから。民に優しい王子様になって」
「うう…」
ウィルク王子はぼとぼとと涙を床に落とした。しゃくりあげながら双子に訴える。
「3年前から…ヴィクスお兄様は変わってしまいました…。それまで優しかったのに…急に…人が変わったように怖くなって…」
「……」
「ヴィクスお兄様を一番愛している母上は、お兄様のいいなりです…。父上は母上の言いなりですから…実質今の政治はヴィクスお兄様が操っているようなもの…。今城はめちゃくちゃです…。僕は城に帰りたくない…。こわい…」
「ヴィクス…どうして…」
「お兄様は気が変になってしまったのかもしれません…。父上と母上がいないときは、ずっとうわ言のようにアウス様とモリア様のお名前をぶつぶつ呟いているんです。だから…お兄さんを正気にもどすためにも、僕と一緒に城へ戻ってください…」
アーサーとモニカは王子の話をじっと聞いていた。王子が話し終えると、アーサーは弟に尋ねた。
「ウィルク。君はいつこの学校を卒業するの?」
「5年後…」
「そう。分かった。5年以内になんとかする」
「アーサー?!」
驚いた顔でモニカが兄を見た。
「ちょっと…、なんとかするって、どうするつもり?!」
「分からない…けど、だって、このままじゃ…」
「そ、そうだけど!私たちは城へはもう入れないし、干渉しないってお父様と約束したじゃない!」
「モニカ、お父上との約束と、自分の弟。どっちを守りたい?」
アーサーに問いかけられてモニカは言葉を詰まらせた。「そんな聞き方ずるいじゃない…」と文句を言っている。
「弟に決まってる…」
「じゃあ決まりだ。大丈夫、5年あればきっとなんとかなるよ!」
「ああ…出たわアーサーの楽天思考が…」
呆れるモニカの横で、アーサーがウィルク王子の肩に手を置きながらにっこりと笑った。
「だから、ウィルク。もう少し待ってて」
「ありがとうございます…。…ところで、なぜお二人はリングイール家など無名の貴族を名乗ってこの学院に転入されたのでしょうか?」
「実は僕たちはオーヴェルニュ侯爵に依頼されて潜入捜査に来たんだよ。生徒たちが姿を消している原因を探るためにね」
「ちなみにリングイール家なんて貴族はないわ。架空の貴族よ」
「なっ…」
「ところでモニカ、ここに来るまで何してたの?ロイにジュリアと一緒に誘拐されただろう?」
「ええ。私たちは牢屋と違って狭い部屋に閉じ込められたわ。でもロイと瀕死まで追い詰めて、彼が逃亡したから、ジュリアを談話室に通じる廊下まで送って、先生を呼んでもらったわ!あなたがセルジュ先生といちゃいちゃしてる間に、私は結構仕事してたのよ!」
モニカは自分の手柄を得意げに話した。だがそれを聞いたアーサーは呆れた声を出した。
「どうしてその時、カミーユたちにインコ飛ばさなかったの…?」
「ハッ」
「やっぱり忘れてたね」
「だっ…だってアーサーが心配で…カミーユのこと頭からすっぽぬけてたの!!」
「カミーユ?!S級冒険者のカミーユですか?!」
「うん。ウィルクも知ってるんだね」
「知ってるも何も…カミーユは教科書に載っていますよ…」
「ええ?!知らなかったなあ!なんの教科書?!」
「剣術書、歴史書、あと…」
「え…?カミーユってそんなすごい人だったの…?」
「はわわわ…」
「オーヴェルニュ侯爵といいカミーユたちと言い、アウス様とモリア様は、城外で顔が広いのですね」
「そんなことないわ」
「それよりウィルク。何度も言うけど、僕たちの正体は誰にも言わないでね」
「分かりました。…でも、5年後に必ず僕を迎えに来てください」
「約束する」
「それとウィルク。権力で人を従わせるのはやめなさい。人を脅したり、気に食わない人にひどいことしたり、自分を守るために人を犠牲にすることを」
「うう…」
「ウィルク。王族は民に守られるものじゃないよ。王族が民を守るんだ。君は強い。頭もいいし、剣術も弓術も、10歳とは思えないくらい上手だ。その頭脳で、その力で、民を守ってあげて。僕たちの分も」
「あなたちは、城の者たちと全く違うことを仰る…。僕はどうしたらいいのか分かりません…」
「そうね。これからゆっくり考えて。最終的に自分が正しいと思う方を選べばいいわ。…でも、私たちは、自分の弟が人を脅して毒を使わせるのを見てとっても悲しかったわ」
「うっ…」
「これは僕たちの我儘だ。ウィルク、僕たちの弟として恥じない人になってほしい」
「迷ったときは、アーサーならどうするかなって考えてもいいかもしれないわ。ちょっと抜けてるとこはあるけど、あなたのお兄さんは素敵な人よ」
「えへへ、照れるなあ」
「アウス様ならどうするか…」
ウィルク王子はそう呟きながら、今までのアーサーの行動に思いを巡らせた。どの生徒にも分け隔てなく接して、生徒からも先生からも信頼の厚いアーサー。優れた武術を持っていながら決して奢らないアーサー。相手に毒を盛られても、その人の家族を想って自ら敗北を選ぶアーサー。ひどいことをしたウィルクを、血を流しながら守ろうとしたアーサー…。
「どの行動をとっても…とても僕に真似できるとは思えません…」
「できるよ。だって僕と君には同じ血が流れているんだから」
「っ」
アーサーとモニカはにこっと笑い、ウィルク王子を抱きしめた。抱きしめられる感覚なんて、もう何年も前に忘れていた。母と父はヴィクスを愛しすぎていたためウィルクに興味を示さない。姉は自分より劣る弟に厳しく当たり、学院の生徒もウィルクが王子なのでヘコヘコ頭を下げながらご機嫌を取るだけ。愛情を注がれたことなど、生まれてから今まで一度もなかった。
「あたたかい…」
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