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学院編:オヴェルニー学院

【131話】形見

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「あ…アーサー…?なぜここにいる…?なぜ…なぜ私はアーサーの体を傷つけている…」

「ウィルクに手は出させません…!」

「うわああああ!!!アーサー!!なんてことだ…!!私は…!私はなんてことを…!モニカ!!早くアーサーに回復魔法を…!!すまない…!すまないアーサー…!!」

「モニカ!僕のことはいいからウィルクを守って!!」

「分かったわ!」

「モニカ!!そんな王族のクズなど放っておいて早くアーサーに回復魔法を…!」

「いいえ」

駆け寄ってきたモニカがウィルクを抱きかかえた。アーサーの血にまみれた王子はがたがた震えながらモニカにしがみつく。一向にアーサーを助けようとしないモニカの姿に、信じられないと言うように首を横に振った。

「ど…どうしてだモニカ…。なぜそのようなやつを守る…。弟と言えど…そいつは…」

「弟…?」

「弟だからだよ…。それ以外に理由が必要?それに先生、血だけでその子の一生を決めつけないでください…。確かに今のウィルクはどうしようもない子だ。でもウィルクにはジュリアがいる。僕たちがいる。きっと変わる。変えてみせるから」

「君は分かっていない…。そいつに流れている血が、どれほど罪深いものか…」

「先生。僕とモニカは…双子というだけで…不吉の前兆だと恐れられ、長い間牢屋に閉じ込められていました」

「……」

「双子…」

「色濃く王族の血を引くことや…二人で生まれることは…死を望まれるほど罪深いことなのでしょうか…先生」

「アーサー…」

「生まれ持ったものだけで命を狙うことは…自由を奪うことは…やめてください。お願いします…。どんな血をその身に流していようと…ウィルクはウィルクです…。彼は少し性格が悪くて性根が腐っているだけの、ただのウィルクです…。先生」

「今のは…悪口だよな…?」

「否定はできないわね」

セルジュは思い出した。ミモレスが聖なる血を持っていたために一生を縛られていたことを。聖地に閉じ込められ、聖女の血を求めた王族に脅され結婚させられた。

《聖女としてじゃなく、ただのミモレスとして見てくれるのはあなただけよ。それがどれほど幸せなことか、あなたは分からないだろうけれど…》

ふぅ、とため息をつき、セルジュ先生の体から力が抜けた。

「…双子が不吉の前兆だと言われている理由は、継承争いが起こる可能性が高いからだ。…まあ、腐った王族がそれだけで君たちにひどい仕打ちをしたとは思えないが。忌み嫌われることにも一応尤もな理由はあるんだよ。

血に関しても、流れている血でだいたいの人間の性質は決まる。それは覆らない。私もただウィルク王子が憎いだけで殺そうとしたわけじゃないんだ。私なりに、国の腐敗を防ぎたかったんだよ。…だが、君がそう言うのならそれに従おう。

ミモレスはレオ国王を正しく導いた。彼は歴史上最も王族の薄汚い血を色濃く持たされた子だった。だが彼は、ここ数百年の歴史で最も民に優しい国王だったと言われている。君とモニカがウィルク王子を導いてくれるのなら、私はそれを信じよう」

「じゃあ…!」

「ああ。もう王子の命は狙わないから、早く回復魔法を受けてくれ」

アーサーとモニカは目を輝かせて「わーーーい!!」と喜んだ。腹に穴が開いているのになぜこんなに元気なんだと、ウィルク王子がアーサーを訝しげに眺めている。セルジュは双子を見て困ったように口元を緩めた。

モニカに回復魔法をかけてもらい、増血薬を飲もうとアイテムボックスに手を突っ込んだがストックがなくなっていた。アーサーはやれやれと調合器具を取り出してしゃこしゃこ薬素材をすりつぶす。

「ストックが切れちゃうくらい増血薬飲んでたなんて…」

「ウィルクとマーサに血を飲ませて、吸血鬼に血を飲まれて、おなかに穴を開けられて…。どうして死んでないのかしら。普通ならとっくに失血死しているわよ」

「ほんと、この体に生まれてきてよかったよぉ…」

薬を飲み終えある程度回復したところで、ソファに座っていた先生がアーサーとモニカを呼んだ。

「アーサー、傷はもう治ったかい?」

「はい!」

「君は薬師なのかい?ずいぶん上手に薬を調合していたね」

「はい!モニカも薬師ですよ」

「私は回復魔法をかけるだけしかできないけどね」

「モニカは薬師というより医者だな。容態を診るのが上手だし、回復魔法も申し分ない」

褒められて悪い気はしなかったのか、モニカは「えへへ」と頬を緩ませている。

「医者と薬師か…。いいね」

「先生…」

「モニカ、君にとっておきの魔法を教えよう。粉末状の薬を錠剤にする方法をね」

「えっ?!それって、剣術大会の日に作ってくれた、アレ?!」

「そうだよ。君ならできるはずだ。風魔法の応用で、粉末を圧縮させるんだ。…アーサー、君の作った増血薬を貸して」

「はい」

先生は丁寧にモニカに魔法を教えた。コツがいり、慣れるまで少し時間はかかったが半時間も経たないうちに習得することができた。

「やったぁ!!できたわ!!見て先生!!上手にできたでしょう?!」

「ああ、上手だ。これは私しか知らない魔法だ。きっと重宝されるはず」

「わあ、ありがとう先生!!」

「よかったねえモニカ」

「アーサー!私これからお薬作るときでも力になれるよ!!」

モニカがぎゅーっと兄に抱きつくところをセルジュ先生は微笑まし気に見つめている。

「君たちのような貴族ばかりだったらよかったのに…」

「え?」

「いや、なんでもないよ。…さて、じゃあ最後の仕事だよアーサー」

「……」

「最期は君の手で殺されたい。いいかい?」

「あっ…」

モニカの顔が暗くなる。彼が魔物だと言うことを一瞬忘れてしまっていた。

(魔物がこんな優しい顔をするなんて…。魔法を教えてくれてるとき、まるでカミーユたちと一緒にいるみたいな安心感があったわ。確かにセルジュ先生は生徒たちを誘拐して…アーサーにキスしたけど…本当に悪い魔物なのかしら。リアーナのおばあさんみたいに優しい魔物もいるもの。これから人間に悪いことをしないなら、殺さなくてもいいんじゃ…)

「モニカだめだよ。先生は貴族の生徒を誘拐してチムシーを寄生させていたぶっていた。それは事実だ。彼は決して良い魔物じゃないんだ…今は」

モニカの躊躇いを察したアーサーがぴしゃりと言った。

「でも…」

「それに王子まで手にかけようとした。情にほだされないで。セルジュ先生はもう、大罪人なんだよ。だから…僕が殺す」

アーサーの言葉はまるで自分に言い聞かせているようだった。唇を噛み、剣を構える。

「僕の手で…殺します、先生」

「ああ、殺してほしい。アーサー、まだミモレスの感情が残っているのか?」

「…はい」

「そうか…。辛い役目をおわせてすまないね」

「……」

「モニカ、私の風魔法を打ち消すなんてさすがとしか言いようがない。アーサーも、私の硬い皮膚を貫けるなんて…よほど鍛錬を積んできたんだね。普通の人間なら刃が折れてしまうんだよ。…ヒト型の魔物は、首と心臓を聖魔法武器で貫くと死ぬ。その二つが再生してしまう前に、素早く斬るんだよアーサー」

「…はい」

「最後に君たちに出会えてよかった。君たちなら…ミモレスのように、人の血を流さずとも世を変えられるかもしれない。期待しているよ。…長々とすまないね。さ、いつでもいいよ。殺してくれ、アーサー」

「っ…」

アーサーの剣がセルジュの首を跳ね飛ばす。彼の頭は勢いよく床に落ちた。間髪入れず彼の心臓を貫くと、徐々に体が崩れていった。アーサーは剣を投げ捨てセルジュを抱きしめる。胸が張り裂けそうに苦しく涙が溢れて止まらない。

「セルジュ…!!さようならセルジュ…」

セルジュの体は灰となり、着ていた服と首にかけていたペンダントネックレスだけが残った。ペンダントの蓋を開けると、中には銀色の髪が入っていた。アーサーはネックレスを首にかけ、モニカとウィルク王子の方に向き直った。

「お待たせ。終わったよ」
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