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学院編:オヴェルニー学院

【124話】モニカの血

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「どうしたんだいモニカ。寂しかったの?大丈夫だよ。これからは君が死ぬまでずっと傍でいてあげるからね」

「…り……よ」

「ん?なんだい?」

「お断りよ…」

モニカは力ない手をそっとロイの胸に当てた。か弱い声で歌を口ずさんでいる。何をしているのか気付いたロイはクスクスと笑った。

「ふふ。モニカ。僕は人型の魔物だよ?魔法が効くと思うかい?」

「…っ。反魔法…」

「正解。さっきの魔法の打ち合いはただのお遊びさ。はじめから君に勝ち目なんてなかったんだよ。それにしても残念だなあ。やっと僕を受け入れてくれたと思ったのに。まさか僕を殺そうとするなんて。悲しいなあ。今日から君は僕のご主人なんだよ?いくら君ほどの魔力を持ってたって、僕には敵いやしないんだ。さあ僕のかわいいモニカ。君の血を味見させてもらうよ」

ロイはそう言ってモニカの首に歯を当てた。とがった牙がモニカの肌に突き刺さる。脳震盪がまだ収まらず抵抗できる力がない。

「ぐっ…」

彼女の血を一口飲んでロイは目を見開いた。もう一度強く噛み傷口を広げ、貪るように首に吸い付いた。

「モニカ…!君の血…すごくおいしいよ…!」

「きもっちわるいわね…」

「王女の血もおいしかったのに…それの何十倍もおいしい…!なにこれ知らない!僕の知ってる人間の血じゃない!!ああ…止まらない…止まらないよモニカ…!美しくて、魔力が高くて、血が絶品だなんて…君は一体何者なんだい…!」

「その気持ち悪い言葉を並べる口を閉じなさい…吐きそうだわ」

血を失い意識が遠のくなか、モニカは唇を噛んだ。

(魔法が効かない…!どうしたら…。こうなったら…)

ロイに血を飲まれながら、モニカは自分の胸に手を当てて歌をくちずさんだ。モニカの血を口の周りにべっとりと付けているロイが小さく笑う。

「また魔法をかけようとしてるのかい?何度やっても無駄だよ。僕に魔法は…ぐぁっ…!」

突然ロイが倒れこみ床に吐瀉物をぶちまけた。ブルブルと手が震え、激痛に耐えるように顔を歪める。ロイがモニカに目をやると、同じように倒れこみ苦しんでいる。

「な…なにをした…?!」

「私自身に毒魔法をかけたのよ…。カハッ…。それもきっつい毒をね…。毒魔法は効かなくても、ただの毒なら効くかと思って…」

「血に毒を混ぜるために自分に毒魔法をかけたのか…っ」

「ああ…こんなことをしなくても聖魔法は反魔法を相殺できるんだったわ…。忘れてた…。ばかね、わたし」

「な…?!聖魔法…?!聖魔法まで使えるのか…?!」

「もう、黙っててくれないかしら…。集中したいから」

猛毒の激痛に耐えながらモニカは聖歌を歌った。銀色の光がロイを包み込む。聖魔法に触れたロイの肌が焼けただれた。

「うわぁぁぁ!!やめろぉぉ!!お父さま!!お父さま!!」

そう叫びながら、ロイは咄嗟にジュリア姫の髪を掴んでモニカに向かって投げ飛ばした。姫とモニカの頭がぶつかり床に倒れこむ。脳震盪、貧血、毒で満身創痍のモニカは衝撃を受けてどす黒い血を吐いた。体に力が入らない。ガタガタと震えて言うことを聞かない体でなんとか立ちあがった時には、すでにロイは姿を消していた。

「逃がさないわロイ!!…ガハッ」

ロイを追いかけようとしたが、体中に走る激痛で再び倒れこんでしまう。顔色は真っ青で手先が青黒くなってきている。口と鼻から血を流しているモニカをジュリア王女が抱きかかえた。

「その体で追ってはいけません!!あなた、いつ死んでしまってもおかしくない状態よ!?ライラと同じくらい重症だわ…。ああ、エリクサーなんて持っていないわ…どうしたら…」

「…大丈夫よ…自分で治せるわ。…その前にライラを治さないと…。ジュリア…私をライラの傍まで引きずってくれる…?」

「もしかしてあなた、回復魔法まで使えるの?」

「ええ…だから早く」

「でも…!あなたも死にそうよ…!」

「お願いジュリア…ライラを死なせたくないの…」

ジュリア王女はライラとモニカを交互に見た。どちらも命にかかわる重症。重症のままモニカに魔法を使わせて大丈夫だろうか。それも、自分ではなく友人を優先して助けようとしている。回復魔法を施している途中でモニカが命を落とすかもしれない。

「私が…回復魔法を使えたら…!」

ジュリア王女は回復魔法を使えない。唯一の苦手魔法だった。王女が回復魔法を使えたなら、ライラかモニカ、どちらかを王女が回復させればよかった。それだとモニカにここまで無理をさせる必要はなかった。自分の無力さに唇を噛む。自然と涙がこぼれた。

「…ジュリア。私はライラより先に自分を回復させるつもりはないわ。あなたが動いてくれないと、私もライラも死んでしまう。だから…はやく」

「っ…。ごめんなさい…っ」

ライラの傍まで連れて行ってもらい、モニカは彼女の胸に手を当て回復魔法をかけた。

(っ…。ひどい傷…。よくこの状態で生きていたものだわ…。ああ、だめ。杖がないから魔法の質が下がってる…。これはかなり時間がかかりそう。…わたし、死んじゃうかも。それにしてもバカね。自分の毒が一番きついわ。あんなことしなくたって、始めから聖魔法を使ってたらここまで重症にならなかったものを)

長い時間をかけてだが、ライラの体内は無事治癒させることができた。意識は失ったままだが顔色が良くなり、不規則でか細かった呼吸も安定した。その頃にはもうモニカは手足を動かせなくなっていた。呂律のまわらない小さな声で姫に話しかけた。

「…リア…私の手…胸…置いて…」

「はいっ…」

王女に動かしてもらい、自分の胸に手を当てたモニカは再び回復魔法をかけた。ゆっくりとだが体が楽になっていく。

「あーーー…きもちいい…生き返るわーー…」

意識がはっきりしてきたモニカは、隣で泣きながらこちらを見ている姫に目を向けた。赤みの指した指先でジュリア王女の頭を撫でる。王女はその手をギュッと握り口元に当てた。

「心配かけてごめんなさいジュリア。もう大丈夫よ。あともうちょっと待ってね」

「モニカ様…!」

「さま?!」

「今までの無礼、心よりお詫び申し上げますわ…!杖を使わずしてあれほどの威力の魔法の数々…。毒魔法だけではなく回復魔法…聖魔法まで…!…それに、ご自身の命よりも友人の命を優先したその行い…。私など足元に及ばないほどの実力と人間性…。そのような方に私は一体どれほどの無礼を働いてきたのでしょう…!」

「気にしないで。だって授業では本当に出来損ないだったもの。仕方ないわ」

「これほどの実力をお持ちですのに、どうして授業ではあのような…?」

「私は詠唱では魔法を使えないの…。代わりに歌を歌うのよ」

「そうだったのですね…。そんなことも知らず、あなたさまを侮辱していた私を、自分に毒魔法をかけてまで助けてくださるなんて…!感謝のしようがありません!!」

「それを言うなら私の方もよ。ジュリア…あなたは弱い私を守ろうとした。敵わない相手と分かっていながら…王族の身でありながら、小さな貴族の私を守ろうとしたのよ。ありがとうジュリア。私はあなたが誇らしい」

「モニカ様…」

「さ。私の体はもう完治したわ。ここから出ましょう。ロイを追わないと行けないし、ロイの口ぶりからして、アーサーもここに連れ去られているはずだわ。私はアーサーと合流して吸血鬼を倒しに行くから、ジュリアはライラを連れてここから出て。それと、ビアンナ先生にこのことを伝えて助けに来てもらってくれる?」

「で、でも、モニカ様が心配ですわ…」

「私は大丈夫だから。お願い。先生の力が必要なの」

「…分かりました」

「ありがとう」

モニカと王女はライラを抱えながら階段を上がった。談話室に続く廊下で姫にライラを預け、モニカは再び階段を駆け下りる。

(いやな感じがする…アーサーは無事…?)
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