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学院編:オヴェルニー学院

【111話】死にかける弟、ときめく妹、激怒する姉と鈍感な兄

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リリー寮談話室に向かっている道中で、アーサーとモニカの耳に王子の絶叫が届いた。何事かと思い声の元へ駆けつけると、ガタガタ震えている王子の取り巻きたちと、その真ん中で絶叫しながら暴れる王子に馬乗りになっているジュリア王女がいた。廊下には血と吐瀉物がまき散らされており双子は慌てて王女を王子から引きはがした。

「ジュリア王女!!何事ですか?!」

「っ!アーサー!!王子が…!これは…毒?!」

「アーサー様!!!この度は私の出来の悪い弟が愚かな行為をして大変申し訳ありませんでした!!二度とこのようなことがないよう、しっかり弟をしつけますので!!」

ジュリア王女はアーサーを見てボロボロと涙をこぼして謝罪した。

「そんなことよりウィルクが…!!死にそうじゃないか!!」

「アーサー様に使った毒をウィルクに飲ませました。私にはこんなことしかできません…。許してほしいだなんて思っていません。ただ弟に自分がしたことを自覚させるための行為です。なのであなたさまはもう談話室にお戻りください」

「戻れるわけないだろう!!君は自分の弟になんてことをしてるんだ!!解毒薬はどこ?!」

モニカはすぐさまウィルクに回復魔法をかけた。しかしモニカの回復魔法では治癒に時間がかかりすぎる。ウィルクのか弱い体ではそれまで持ちこたえられるか分からない。一刻も早く解毒薬を飲ませないと命が危うい。アーサーはジュリアの服をまさぐりそれらしい液体を見つけた。モニカに投げ渡してジュリアの肩を掴む。ジュリア姫は嗚咽をあげてアーサーにしがみついた。

「私は…私は弟がこんなことをして恥ずかしい…!!あなたに…シリルになんてお詫びをしたらいいのか…!」

「…安心しました。ジュリア姫は公正な心を持っている」

アーサーはジュリア王女が落ち着くまで背中をさすってあげた。解毒薬のおかげでウィルク王子の体から毒は抜け、意識を失いくったりしている。アーサーは王子の取り巻きたちに声をかけた。

「ねえ、僕のアイテムボックスを持ってる子はいない?その中にエリクサーと増血薬が入ってるんだ。王子を助けたいから、返してくれないかな?」

取り巻きの一人が気まずそうに盗んだものをアイテムボックスから取り出した。アーサーはそれを受け取り、中からエリクサーと増血薬を取り出す。モニカが王子にそれを飲ませた。王女は取り巻きたちに談話室に戻るよう命じた。彼らは逃げるように走り去っていった。

「アーサー様…まさか剣までをも奪われていたのですか?」

「あー…うん」

「なんと…!!アーサー様、離してくださいませ。やはりヴィクスお兄さまにインコを飛ばしますわ。数年と言わず一生牢獄に閉じ込めます」

「王女。それはおやめください」

「いいえ。あなたが止めても私の気がおさまりませんわ」

「牢獄はだめです、王女」

灰色の瞳が真剣な眼差しでジュリア王女を見つめた。顔立ちは決して似ていないのに、アーサーの表情がヴィクスと重なった。王女は息を飲んで彼を見つめ返した。

「確かにウィルク王子がしたことは許しがたいことです。シリルにしっかり償ってほしい」

「ええ、償わせます」

「王子がしたことに対して姫がここまで怒ってくれたことにどこかホッとしています。でも、僕は姉弟でこんなことをしてほしくない。怒りと憎しみであなたは弟を殺してしまうところだった。僕はいも…じゃなくて王女がご自身の弟を手にかけるところなんて見たくありません。それに、おと…王子が牢屋に入れられるなんて、そんなのいやです」

「じゃあ、どうしたら…」

「ジュリア王女。僕たちと一緒に、ウィルク王子を変えていきましょう。彼はまだ幼い。きっとこれからいくらでも変えていける。王子としてふさわしい人に、僕たちが育てるんです」

「そんなことできるかしら…。ウィルクはヴィクスお兄さまの言うことしかきかないわ」

自信がなさそうに首を振るジュリア王女に、モニカが優しい声で話しかけた。

「ジュリア王女。ウィルク王子は私にとっても優しいんですよ。幼くて無茶なことを言うけれど、あどけない笑顔は可愛らしいし、私にはとびきり丁寧に接してくれるんです。そして意外と素直なんですよ。だからまず、王子に好かれましょう。そのためにたっぷり王子に愛情を注いであげるの。彼はきっと愛情が足りていないだけなのよ」

確かにそうかもしれないと王女は思った。幼少時代から、ウィルク王子を大切にしていたのはヴィクスだけだった。だからかヴィクスの言うことは素直に聞き、兄に向ける笑顔は天使のように可愛らしかった。

国王と王妃は彼に興味がなく、王女も王子が優秀ではなかったので相手にしていなかった。使用人はウィルクを王子としか見ていない。学院での取り巻きたちもそうだ。彼らはウィルク自身になんて興味はない。あるのはいつか頭の上に乗るであろうまだない王冠のみ。それを王子は知っていたのかもしれない。ずっと孤独を感じていて、誰かに認めてほしくて行き過ぎた行動をしてしまっていたのかもしれない。自分より優秀な人を排除してでも自分が1番になっていないと誰も彼のことを見てくれないと王子自身知っていたのかもしれない。

「ウィルクがこんな子になってしまったのは、私を含めた王族全員の責任ですわね」

王女は深いため息をついた。

「私がこんなバカに愛情を注げるかどうか不安だけど、努力はするわ。これでも血を分けた弟なんですものね」

それを聞いてアーサーとモニカはぱぁっと顔を輝かせた。嬉しそうにしている二人に王女が眉をひそめる。

「でも、アーサー様。あと…兄があんな目に遭わされてしまったモニカ。あなたたちはそれでいいのかしら?あんなことをしたウィルクに愛情を注げるの?腹が立つでしょう。憎らしいでしょう」

「あー、いや…。確かにとっても腹が立っていましたわ。それこそ脳内でボコボコにするくらいには…。でも…」

「僕たちが頭の中でしてた仕打ちよりももっとひどいことを王女が実際にされていたので…。怒りなんてどっかいってしまいましたよ…。もう二度とあんなことしないでくださいね」

「もともと私たちは王子を痛めつけようとなんて思っていませんでしたから。でも、正直ちょっとすっきりしましたわ。やりすぎでしたけれど」

モニカがそう言うと、ジュリア王女はクスクス笑った。

「モニカ。あなたは私が思っていたよりずっと聡明な人なのね。魔法は出来損ないですけれど」

先ほどモニカがウィルクにとんでもなく質の良い回復魔法をかけていたのだが、王女はそのことに気付いてなかったようだ。アーサーとモニカはちらりと目を合わせて困ったように笑った。

「あなた方の寛大なお心に感謝いたしますわ。そのお気持ちにお応えできるよう、私も精一杯尽力いたしましょう。ウィルクの目が覚めたらまずシリルに謝罪させます。…謝っても、なにかを贈っても、彼の傷は治せないでしょうが…。そしてもちろん、アーサー様にも謝罪させます」

「僕のことは気にしないでください」

「…猛毒を浴びたのにそんなことをおっしゃるなんて。つくづく素敵なお方」

「ん?」

ジュリア王女の一言にモニカは引っかかったが、アーサーは何も気づいていない様子だった。アーサーは意識を失っているウィルクを抱きかかえ、モニカ、ジュリア王女と一緒に談話室へ向かって歩いた。

「ねえ、気になってたんだけど。どうして僕に様付けしてるんですか?」

アーサーがそう尋ねると、王女はぽっと頬を赤らめた。

「ごめんなさい。私、男の人にこのような感情を抱くのは初めてでして。上手に表現できないのですが、あなたのお名前ですらとても愛おしく感じてきてしまい…それで愛情と敬意を示すためにそう呼ばせていただいておりますわ。め、迷惑でしたかしら…?」

このような感情?どんな感情だろう、でもまあ悪い意味じゃないっぽいしいっか、と考え、アーサーは「いえ!嬉しいです!」とニッコリ笑って答えた。アーサーの笑顔にジュリア王女の顔が真っ赤になり「はわわわ…」と口に手を当ててふらついている。廊下の端から端までが一瞬にして凍り付いた。

「ひぇっ」

「あら、氷魔法?怒った時にはよく出てしまうんだけれど…こんな感情になったときでも出ちゃうのね。知らなかったわ」

「あ、いえ、たぶん王女ではなく…」

「きゃっ!」

つるつるになった床に、王女は足を滑らせ転びそうになった。アーサーが咄嗟に抱きとめる。

「だ、大丈夫ですか王女?!」

「……っ」

ウィルクを抱きかかえているにも関わらず、その上ジュリア王女も片手で軽々と支え心配そうに顔を覗き込むアーサーに、ジュリア王女の心臓が破裂しそうなほど激しく鼓動した。その瞬間廊下に突風が吹き荒れ、学院の外から雷鳴と豪雨の音が聞こえてきた。アーサーは恐ろしくて後ろを歩いている妹の姿を見ることができなかった。

ウィルク王子が目を覚ましたのは翌朝だった。王女に連れられ、王子は歯を食いしばってアーサーに頭を下げた。アーサーが「もうこんなことしちゃだめだよ」と言うと、屈辱に耐えた目で彼を睨みつけながら「もうしません」と何とか聞き取れるような声で言った。

その日のうちにシリルにも謝罪しにいったようだ。謝っただけでは気が済まないと、後にジュリアが彼に最高級の剣を贈った。そんなことをしても彼の傷は消えないと分かっていたが、彼女はそれ以外の方法を思いつかなかった。

その日から、姉を恐れてかウィルク王子がアーサーに嫌がらせすることはなくなった。逆に今度はアーサーがウィルクに構いに行くようになった。王子の顔を見かけたら声をかけ、積極的に隣に座り、ボディタッチが増えた。アーサーなりに友情を育もうとしているのだが、王子は複雑な感情を抱いているアーサーに変に懐かれてものすごく迷惑そうだった。
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