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学院編:オーヴェルニュ侯爵からの手紙

【97話】特別依頼

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「?」

「どうしたのカミーユ」

「ああ、いや…。その、あれだ。実は、学院にだな。…あー」

「んー?」

いつになくもごもごと話すカミーユに双子は目を見合わせた。「カミーユどうしたんだろう」「さあ」と目で会話している。なかなか本題に入ることができないカミーユに痺れを切らしたリアーナが、勢いに任せて事実を話した。

「ああ、もういい!あたしが言う!アーサー、モニカ、その学院にはこの国の王女と王子が通ってるんだ!」

「えっ?」

「王女と…王子…?」

「今、国王には3人の子どもがいる。第三子ヴィクス、第四子ジュリア、第五子ウィルク。…第一子と第二子に関しては…言わなくても分かるよな?

そのうちのジュリア王女とウィルク王子が、今はオヴェルニー学院の生徒として寮で生活している。だからこそカトリナの父ちゃんは焦ってるんだ。万が一にも王子と王女になにかあったら、間違いなく一族の首がかたっぱっしから飛ぶからな」

「…というわけだ。お前らにとって、王子と王女がいる場所に行くのは、あまり気持ちのいいもんじゃねえだろ」

リアーナが話したことに双子は目をぱちくりさせている。

「…3人もいたんだ」

「知らなかった…」

「ヴィクス王子は13歳。ジュリア王女は12歳。ウィルク王子は10歳だ。年齢的に、お前らとも面識があると思っていたんだが…」

「ううん…僕たちは…その、ずっと違う場所にいたから。ヴィクスとだけは何度か会ったことがあるけど…」

アーサーとモニカが牢屋に閉じ込められていた幼少時代、王妃は機嫌が悪いときにヴィクスと共に彼らの元を訪れることがあった。ヴィクスにナイフを持たせ、その手を掴み双子に突き刺して憂さ晴らしをしていた。はじめは嫌がって抵抗していたヴィクスも、日が経つにつれ光を失った目で王妃のなされるがままになっていた。誰に言うでもなく「ごめんなさい」を繰り返すヴィクスに、アーサーとモニカは腹と口から血を流しながら「君は悪くないよ」と言い続けた。…それが、ヴィクスとの唯一の思い出だった。

ジュリアとウィルクは牢屋に来たことがなかった。双子は二人の存在すら知らなかった。学院に彼らがいると聞かされたアーサーとモニカの反応は、カミーユたちの予想と正反対だった。

「僕たちにまだキョウダイがいたんだねぇ。どんな子たちかなあ」

「アーサー聞いた?妹だって!私にも妹がいたのよ!わー!どんな子だと思う?私たちと同じ銀髪なのかしら?それともくすんだ金髪だと思う?目の色はどうかなあ?灰色なのかな緑色なのかなあ?」

「どうだろうね。ヴィクスはくすんだ金髪と緑色の目だった。お母上とそっくりだった。ウィルクとジュリアはどうかなあ!楽しみだねえ」

「…は?」

てっきりトラウマを思い出して嫌な顔をすると思っていたのに、双子はわくわくとまだ見ぬ妹と弟に思いを馳せていた。あっけにとられて呆然としている大人たちをよそに、彼らは楽し気に話している。

「ウィルクはアーサーに似ているのかなあ?!ヴィクスはお母さま似だったからあんまりアーサーと似てなかったのよね。私たちはお父様似だし。ウィルクはどうかなあ、もしアーサーに似てたら嬉しいなあ!」

「ジュリアはどうだろうね?モニカに似てたらかわいいだろうなあ」

「…なあ、お前らは、その、平気なのか?」

「え?なにがあ?」

「気まずさとか…ねえのか?」

「気まずさ?私たち会ったこともないのよ?気まずさなんてないわ」

「彼らに思うところはねえのか?」

「ないよ?なにを思うの?そりゃ、いじめられてたとかだったらまた違ったのかもしれないけど」

森に捨てられた双子と城で育てられた王子と王女。同じ両親のもとで生まれてきのに天と地ほどの差がある環境に、嫉妬や憎しみを抱いてもおかしくない相手のはずだ。だがそんなもの双子は全く感じていないようだった。純粋に血のつながった兄弟に会えることを楽しみにしているようだった。リアーナはなんとも言えない顔で呟いた。

「…ここまで来たらどこか欠落してるぜ」

「いや、お前に言われたかねーだろうよ」

「ああん?」

「まあ、王子と王女の存在がこの子たちの負担にならないようで良かったわァ…」

「アーサー、モニカ。わくわくしてるところ悪いけど、ウィルク王子には気を付けたほうがいいよ。彼は気に入らない人をすぐに処刑しようとするし、実際に今まで何人も処刑してきた。彼が伝書インコを飛ばそうとしたら気を付けて」

「ええ…。そんなことするのぉ?そんなことしたらダメなのに。ねえ、アーサー」

「だめだよねえ。人は殺しちゃだめなのにね」

「ねー」

「あと、二人に正体がバレたらまじでやばからな。隠し通せよ」

「もちろん!私たちはただのモニカとアーサーよ。お城とは何も関係のない人間だわ」

「よし」

「あと気になってたんだけど、学院は10歳から15歳の貴族が通ってるんだよね?ヴィクスは通ってないの?」

「ヴィクス王子は、国王と王妃の大のお気に入りだ。特に王妃がべったりさ。気に入りすぎて学院にも通わせていない。幼少時代から城ん中で高等教育を受けているらしい。今は国王に政治の助言までしていると聞くぞ。…まあ、だいたいが悪政らしいがな」

「そうなんだ…」

「ヴィクスが悪政ですって…?あんなに良い子だったのに…どうして」

自分たちの兄弟のあまり良くない噂ばかりを聞いてしまい、アーサーとモニカはしょぼんとした。カミーユは自分の失言にやっちまったと顔をしかめる。雰囲気を変えるためにカトリナが手を叩いて話題をもとに戻した。

「さてアーサー、モニカ。これで依頼の内容についてはほとんど話し終わったわ。どうかしら、受けてくれる?」

「もちろん受けるわ!ね、アーサー」

「うん!受けるに決まってる!」

「…本当にいいのか?」

「うん!」

「…すまない。こんなことを頼んで」

「何言ってるのカミーユ!私たち、カミーユたちに今までたぁっくさん色んなことをしてもらったわ!ちょっとくらい私たちのことを頼ったくらいで、そんな顔しないでよ」

アーサーとモニカはそう言って4人の手をさすった。カミーユは伏し目がちに双子にお礼を言い、失踪事件について分かっていることを伝えた。

カミーユたちが侯爵に会いに行った時には、すでに失踪者の数が6人に増えていた。1日で3人が姿を消したそうだ。

「1回目に1人が失踪、2回目に2人が失踪、そして先日3人が失踪した。日が経つにつれて1度に失踪する人数が増えている。単純に考えたら次、もし失踪事件が起きたら1度に4人姿を消すことになる」

「失踪事件が起こる日にちに規則性はないんだけど、失踪した生徒には規則性があるわ。この学院には貴族階級ごとに分けられた4つの寮があってね。階級が低い寮から順番に失踪事件が起こっているわ。そして階級が上がるごとに人数が増えている。これで予測できることは、次は一番階級が高い寮…王子や姫が所属している寮から、4人が姿を消すかもしれないの」

「分かった!」

「君たちへの依頼はあくまで捜査だってことを忘れないで。何かあれば僕たちに知らせるんだ。捕まえようなんて思わないこと。いいね?」

「うん!」

「あともうひとつお願いしたいの。あなたたちにこんなことお願いするのは…本当に無神経だと思うんだけど、王子と王女の警護をしてほしい。彼らにバレないようにさりげなくね」

「もちろんだよ!」

「あなたたちのことは、潜入捜査のために転入したことを教師たちにも明かさないつもりよ。もしかしたら彼らの中に犯人がいるかもしれないからァ。あなたたちはリングイール家の子どもとして学院に入ってもらうわ。お父様のコネを使って、無理やり王子たちのいる寮に入れてもらう」

「分かった!バレないように頑張るよ」

「お前ら。この依頼にはたくさんの子どもの命がかかっている。重大な役割を押し付けてすまない。もしかしたら学院で辛いことがあるかもしれねえ。危険な目に遭うかもしれねえ。それでも、俺たちはお前らに頼るしか方法を思いつかなかった。捜査が完了するまで俺たちは学院に入れねえ。だから、お前らを守れねえ。…絶対に、死なないでくれ。もちろん生徒たちのことは大事だ。だが、お前らはお前らの命を第一に考えてくれ」

「はい!」

「よし。じゃあ今から指定依頼の手続きに入る。アーサー、モニカ。ここに立て」

双子は言われるがまま椅子から立ちあがって横に並んだ。カミーユは続けてS級冒険者に目で合図をする。彼らはアイテムボックスから立派なマントを取り出し羽織った。カミーユの後ろに3人が並んで立つ。それを確認したカミーユが床へ跪いた。それにならってジル、カトリナ、リアーナも双子に向かって跪く。アーサーとモニカはびっくりして固まった。カミーユは首を垂れながら、いつもと違う声色と口調で言葉を発した。

「F級冒険者アーサー、モニカ。貴殿、貴女に特別依頼を申し上げる。依頼内容はオヴェルニー学院の潜入捜査。どうか受けていただけるだろうか」

「も、もちろん、です」

「心より感謝いたします」

「あなたがたに神ヴァルーダのご加護があらんことを」

「では、こちらにサインを」

ジルが一枚の羊皮紙をテーブルへ広げた。紙にはこう書かれている。

---------------------------------
【特別依頼:クラスB】
《依頼内容》
オヴェルニー学院への潜入捜査

《依頼主》
・カミーユ・ヴンサン
・ジル・ランドル・フィリップス
・カトリナ・ルイーズ・オーヴェルニュ
・リアーナ・ミィシェーレ

《報酬》
白金貨100枚

《依頼先》
・アーサー
・モニカ

《署名欄》

---------------------------------

「カミーユ?なぁにこれ…?」

「なんだかいつもの依頼紙と全然違うよ」

目の前に広げられた書類に双子は戸惑った。いつもの依頼紙はほとんどメモ紙のような薄っぺらい紙に討伐依頼と報酬だけが書かれているだけだ。しかしこれは、箔押しが施された高級な羊皮紙にこじゃれたカリグラフィーで依頼が記載されている。依頼主と依頼先も書かれていて、更には両方の署名欄がある。

「これは指定依頼の紙だ。無指定依頼と違ってこんな感じなんだよ。と言っても今回は極秘任務だからギルドは通してないがな」

「さあ、署名してちょうだい?」

アーサーが手渡されたペンを手に持ってサインしようとしたが、「えぇ?!」と大声を出して手を止めた。

「カ、カミーユ!報酬が、おかしい!」

「ん?なにがおかしいんだ?」

「白金貨100枚って…!」

「ああ。それだけのリスクはあるからな」

「指定依頼、それも極秘系はだいたいこのくらいだよ」

「で、でもさっきギルドは通さないって…!」

「ああ。オーヴェルニュ侯爵から直接受けてる依頼だからな。安心しろ。この件が全て解決したら侯爵から報酬を受け取る。それをお前らに配分するだけだ」

「そ、そうなの…?」

「そうだ。だから報酬のことは気にするな。妥当な金額だ」

「分かったらさっさと署名しろ!」

「うん…」

本当にいいのかなあ、と不安になりながらもアーサーとモニカが署名をした。そのあとにカミーユたちもサインをする。

「よし、受注完了だ。よろしく頼んだぞ」

「はい!…ねえ、どうしてさっき急にかしこまったの?」

「ああいう風にするならわしなんだ。指定依頼は危険度が高いから、依頼主は依頼先に敬意を示し、無事を祈る」

「そうだったんだあ。びっくりしたよぉ」

特別依頼を受けたアーサーとモニカは、その日のうちにカミーユたちと一緒にオーヴェルニュ侯爵の城へと向かった。
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