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学院編:オーヴェルニュ侯爵からの手紙

【94話】重圧と葛藤

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ダイニングに強風が吹き荒れた。仲間に対する恐怖、怒り、そして…同情。言葉にできない複雑な感情がリアーナの体の中ではおさまりきらず魔法となって放出された。リアーナは腰にかけていた杖を握りしめ、フーフーと荒い息を立ててカトリナを睨みつけた。感情が乱れすぎて涙がこぼれている。
そんな彼女を見て、鉄のような表情をしていたカトリナの顔も一瞬かすかに歪んだが、すぐに元の表情に戻った。

「カトリナぁ…お前は賢いやつだ。聡いやつだ。今までお前の聡明な頭のおかげで困難な依頼もこなせてきた…。それも、最速で、最小限の犠牲でとどめてな。お前のよく言う"最も効率の良い方法で"だ…」

「ええ。今回もそうよ。最も効率の良い方法なの」

「そうだろうなあ!!!で?!お前が今回選んだ"最小限の犠牲"はなんだ?!」

「…次に誘拐される生徒たちと、2人のFクラス冒険者よ」

「まわりくどい言い方してごまかしてんじゃねーよ!!アーサーとモニカだろう?!」

「…ええ」

「お前は!!あいつらを危険な目に遭わそうとしている!!4年間、自分の子みたいに可愛がってきたあいつらを!!」

「おい、リアーナ落ち着け…」

「これが落ち着いていられるか?!すでに3人も失踪している場所に、わざわざあいつらを放り込もうとしてるんだぞカトリナは!!!犯人がどんなやつかも分かってねえのに!!」

「だからこそあの子たちの力が必要なのよ!!!」

カトリナが力いっぱいダイニングテーブルに拳を打ち付けた。テーブルが真っ二つに叩き折れられ、カミーユとジルは慌ててコーヒーが入ったマグカップを手に持った。こっそり二人で目配せして「ひぇぇ…」と頼りない声を出した。
カトリナは立ち上がりリアーナに近づいた。

「リアーナ。あの子たちの保護者としてではなく、S級冒険者として考えてちょうだい。いい?私たちが学院に入ることは避けた方が良い。犯行が長引くからよ。ただでさえ手がかりが掴めていないの」

「だったら名の知られてない冒険者を派遣させたらいい!!」

「名の知られていない…そうね。A級冒険者だったら教師たちは把握している可能性が高いわ。そうなるとB級以下の冒険者に依頼することになるわね」

「…それでいいじゃねえか。B級だってやるときゃやるだろ…」

「仮に大人のB級冒険者を派遣するとしましょう。どうやって潜り込ませるの?先生として?使用人として?」

「どっちでもいい!!とにかく侵入させて捜索させればいいじゃねーか!!」

「学院の教師は全員A級レベルの実力者よ。彼らですら手かがりを掴めていないのに、どうやってB級冒険者が犯人を捕まえるの?」

「っ…」

「リアーナ。大人じゃだめなの。犯人が一番警戒しているのはもちろん大人よね。彼らにバレないようコソコソ子どもを誘拐しているの。じゃあどうしたら犯人の尻尾を掴めると思う?もう一度犯行をさせるのが一番てっとり早い。その犯行を間近で見られる可能性があるのは誰?生徒よね」

リアーナはぎりぎりと歯ぎしりした。反論したくてもできない。

「分かってきたようね。潜入捜査させるなら子どもじゃないと意味がないわ。リアーナ、"名の知られていない"子どもの冒険者で、最も実力のある人は誰?言ってみて」

「……」

「アーサーとモニカはFクラスだけど、実力はB…もしくはそれ以上よ。下手な大人の冒険者よりもずっと強いの。あなたも分かっているでしょう」

「…そんなこと、分かってる…」

「私は彼らに囮捜査を望むわけじゃないわ。…確かに囮捜査が一番効率がいいけれど。アーサーとモニカが、犯人が生徒を誘拐する場面に遭遇して犯人の顔を見るだけでいい。犯人を特定出来たら私たちが学院に入って捕まえればいいのよ」

「でもっ…、犯人がアーサーとモニカを狙う可能性だってある!」

「ええ。もちろんその危険性は充分にありえるわ。だからこそ実力のあるアーサーとモニカじゃないとだめなの。それにリアーナ。もし万が一、人型の魔物が犯行に及んでいたら…反魔法を使う魔物だったら。聖魔法を使えるモニカじゃないと戦えない。彼女じゃないとだめなの」

リアーナは悔しそうに黙り込んだ。彼女の家のまわりだけ大雨が降っている。近くで雷鳴がいくつも鳴り響いた。

「…お前は、心配じゃないのかカトリナ。もしかしたらあたしらのせいであいつらが死ぬかもしれねーんだぞ…?お前は自分の家の威厳を守るために、小さな子ども2人を危険な目に遭わせようとし…」

全てを言い終わる前に、カミーユがリアーナの頬を強く叩いた。リアーナは腫れた頬を庇おうともせずに突っ立っている。

「頭冷やせリアーナ。心にもねーこと言うんじゃねえ。お前だって分かってんだろ。カトリナは自分の家を守るためにこんなこと言ってるんじゃねえ。家がやらかした失態を挽回するため…生徒たちを助けるために言ってる。アーサーとモニカを巻き込んでこいつがなんとも思わないとでも思うのか?責任感の強いカトリナが?この愛情深いカトリナがか?」

「君も分かっているはずだよね。カトリナの言っていることが、一番成功率の高い方法だって。僕だって現状、これ以上の良い案が思い浮かばない。君もだろ、リアーナ?君はアーサーとモニカを守りたいから受け入れられないだけだ。…もちろん君の気持も分かる。ここにいるみんな、分かってる」

「…すまねえカトリナ。傷付けること言った」

「私こそごめんなさい。本当に…ごめんなさい」

カトリナの「ごめんなさい」は、リアーナの求めているものではなかった。それよりずっと深くて重いものだった。自分の家の管理下で起こった失踪事件。オーヴェルニュ家としてとS級冒険者としての重圧。双子の保護者としての自分とS級冒険者としての自分との葛藤。どの選択肢を選んでもいずれかの自分が悲鳴を上げる。その中で導き出した、最も成功率が高く最速で、且つ最小限の被害で事件を解決させる方法。

オヴェルニー学院に、アーサーとモニカを生徒として転入させ潜入捜査をさせる。

カトリナの話を全て聞き終わっても、ここにいるS級冒険者全員がその案に賛成しなかった。だが反対もしない。長い沈黙を破ったのはカミーユだった。

「とりあえず座れ。あいつらに依頼をするにしても、失踪事件以外の心配事が多すぎる。そこを潰してからじゃねえと、俺もカトリナの案に賛成はできねえな」

「そこだよ。僕はあの子たちの実力を信じてる。だからただの魔物とか人間と戦うことになったってそれほど心配はしてない。心配は別のことだ。今からそれを話し合おう」

ダイニングテーブルが壊れたので、4人はリビングに移動した。ソファに腰かけ再び話し合いを始める。カトリナの隣に座ったリアーナが、何も言わずに彼女に腕を回し強く抱き寄せた。カトリナはリアーナの肩に頭を預け、少しの間だけ手で顔を隠した。そのあと頬を両手で叩いて気を取り直す。

「さあ、始めましょう」
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