上 下
69 / 718
魔女編:ポントワーブでの休息

【88話】絶品シチュー

しおりを挟む
家の中に入ると、棚にたくさんのチーズが並べられていた。チーズの側面には《ブグルチーズ》と彫られている。

「ブグルチーズ?」

「そう、ブグル、俺の名前さ!」

「へー!」

「ブグルさん、200ブロックいただけますか?」

アーサーが尋ねると、ブグルは首を大きく縦に振った。

「助かる!!実はいつものお得意さんが今月買ってくれなくてね…在庫が余って本当に困っていたんだ」

「それは大変ですね」

「いや!しかし!そのおかげで君たちにチーズを渡せる!きっとお得意さんもそう思って今月は遠慮したんだろう!」

「前向きですね」

「はは!それだけが取り柄だからな!!」

ガハハと笑い、ブグルはチーズ200ブロックをモニカに渡した。アーサーは代金は金貨200枚を支払った。

「おや、まだいたのかい」

後ろから声がしたので振り返ると、牛の世話をしていた女性が立っていた。

「おかえり母さん!」

「ただいまブグル。この子たちにチーズを売ってあげたかい?」

「ああ!200ブロックも買ってくれた!」

「なんだって?!それはありがたいねえ」

「私たちも助かりました!ありがとうございます」

「嬢ちゃんたち、もう暗いし、今晩はうちへ泊まっていきな」

おばさんはエプロンを付けながらそう言った。双子は「えっ、いいんですか?」と驚いた顔をしたが、「いいんだよ!」とニコっと笑った。

「中心地からこんなところまでチーズを買いに来てくれたんだ。そのお礼だよ。おいしいご飯作ってあげる」

「わあ!ありがとうおばさん!」

「ななな母さん!!そんな!!同棲はまだ早いんじゃないか?!俺にだって心の準備が…!!」

「うん。あんたはちょっと黙ってようか。…ごめんね嬢ちゃん。うちの息子、牛とあたしの顔しかほとんど見ずに育ってきたから、ちぃっとばかしこじらせちまっててね…。ま、根は良い奴だし、手を出すほどの度胸もないから安心して」

「は、はい…」

「今からごはん作るから、風呂入っておいで。ブグル、この子たちに寝衣とタオル出してやんな」

「ああ!分かった!」

ブグル家の小さい浴槽に浸かり、双子は冷えた体を温めた。湯は白く濁っていて浸かった肌がスベスベする。

「これ、温泉かなあ?にごり湯?」

「気持ちいいねぇ。体もあったまる」

「それはミルク風呂だ!!」

大声と共に浴室の扉が開く。扉の向こうには素っ裸のブグルが立っていた。

「えっ…」

「さあ詰めてくれ!俺も入るから!」

「きゃ、きゃ、きゃああああああ!!!」

「わああああああ!!!」

モニカとアーサーはブグルに石鹸を投げつけて追い出した。ブグルはなぜ嫌がられているのか分からない様子で「なぜだあああ!!」と叫んでいる。アーサーがブグルの背中を蹴り浴室の扉を閉めた。

「カ、カミーユが言ってたこと、今実感した…!男の人とお風呂入るの、やだ…!!」

「モニカのはだかを見られると思ったら、すごくいやな気持になった…!」

ブグルは生まれたときから今までずっとこの家で育った。友だちもおらず、話す相手と言えば母親と牛だけ。今のアーサーとモニカ以上に一般常識を身につけていなかった。今回のお風呂事件も決して悪気があったわけではない。ただ、仲良くなりたくて入ろうとしただけだ。
なぜ追い出されたのか分からないまま、母親の元へ行き事情を話すと頭にゲンコツを食らった。お風呂から上がった二人に、母親とブグル二人そろって頭を下げた。事情を聞いた二人は笑ってブグルを許した。

「それにしても、あんた男の子だったんだねえ…あたしゃ気付かなかったよ…」

「ややこしくてごめんなさい。定期的にこの格好をしなきゃいけなくて…」

「いや、いいんだいいんだ。さあ、お待たせ。ミルクたっぷりのシチューだよ」

おばさんは大きな鍋をテーブルにドンと置いた。中を覗くと、まだクツクツと音を立てているシチューがたっぷり入っていた。

「わあああ!!おいしそう!!」

「たんまり食べな!パンもいっぱいあるよ!」

「いただきます!!」

とれたてのミルクを使ったシチューは、今まで食べたどのシチューよりもおいしかった。一口食べたあと、アーサーとモニカは何も言わずに黙々とスプーンを口に運んだ。鍋に入っていたシチューがあっという間になくなった。

「いい食べっぷりだねえ!!」

「はっ!!おいしくてつい食べすぎちゃった!!おばさんとブグルはしっかり食べられた?!」

「ああ!俺もたくさん食べたぞ!」

「今まで食べてきたシチューで一番おいしかった!!」

至福の表情を浮かべてくったりしている双子を見て、おばさんとブグルは嬉しそうにほほ笑んだ。

「そんなに喜んでもらえたら嬉しいな!なあ、母さん!!」

「ああ、そうだねえ。嬉しいねえ」

「あっ!そうだ、おばさん。お風呂にたまってたお湯、あれは温泉?」

モニカが尋ねると、おばさんが首を横に振った。

「ちがうよ。あれはミルク風呂。湯にちっとミルクを混ぜてるんだ。気持ちよかっただろ?」

「ミルク風呂ォ!?」

「すっごく気持ちよかったぁ!!体がポカポカしたよ!!」

「だろ?うちでは毎日ミルク風呂だ。入りたくなったらまたおいで」

「行くぅ!!」

4人は楽しくおしゃべりをした。2人っきりで生活していたブグルたちにとって、寂しかったなにかが満たされる時間だった。

翌朝、アーサーとモニカはブグルに叩き起こされた。

「アビー!モニカ!そりすべりをしよう!!」

「うぅ…」

「早く起きないか!!」

「今何時ぃ…?」

「朝5時だ!このお寝坊さんめ!」

「…あと2時間寝かせて」

「何を言っているんだ?!そんなに寝てどうするんだ!」

ブグルに揺り動かされてアーサーは鬱陶しそうに顔をしかめてモニカにしがみついた。モニカは枕に顔を押し付けて「朝から元気すぎるよぉ…」と唸っている。30分ほど寝ようと粘ったが、起きたほうが楽だと気付いた二人はいやいやベッドから起き出した。
化粧を済ませたアーサーとモニカが部屋から出てくると、おばさんが「おはよう!」と挨拶をした。

「おはようおばさん…」

「どうしたんだいモニカ。朝からげんなりした顔をして」

「ブグルが朝から元気で疲れちゃった…」

「ごめんねえ…。友だちができてはしゃいじまって」

テーブルの上にパンとチーズ、コーンスープが並べられる。アーサーとモニカは幸せそうに口を動かした。

「はぁ、おばさんの出してくれる料理は全部おいしい」

「あはは!あたしが料理上手なんじゃなくて、材料が良いんだ」

「どっちもだよ!」

「ありがとねえ」

「あれ?ブグルは?」

「ああ。ブグルはソリを用意してるよ。あんたらと遊びたいんだとさ」

「ソリ…」

「そうだ!そりすべりをするんだ!君たちと!俺で!」

外からブグルの声が聞こえてきた。

「さあいこう!あっちにちょうどいい勾配がある!!そりすべりにはもってこいだ!その上昨晩さらさらの雪が降った!今しないでいつするんだ!」

家のドアも窓も全て閉まっているのに、ブグルの声が家の中にまで鳴り響く。アーサーとモニカはコーンスープを飲み干し、パンを齧りながら家の外へ出た。寒さにぶるっと体が震える。ブグルは木で作られた手作りのソリを2台引きずりながら双子を案内した。
しおりを挟む
感想 494

あなたにおすすめの小説

超時空スキルを貰って、幼馴染の女の子と一緒に冒険者します。

烏帽子 博
ファンタジー
クリスは、孤児院で同い年のララと、院長のシスター メリジェーンと祝福の儀に臨んだ。 その瞬間クリスは、真っ白な空間に召喚されていた。 「クリス、あなたに超時空スキルを授けます。 あなたの思うように過ごしていいのよ」 真っ白なベールを纏って後光に包まれたその人は、それだけ言って消えていった。 その日クリスに司祭から告げられたスキルは「マジックポーチ」だった。

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む

家具屋ふふみに
ファンタジー
 この世界には魔法が存在する。  そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。  その属性は主に6つ。  火・水・風・土・雷・そして……無。    クーリアは伯爵令嬢として生まれた。  貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。  そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。    無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。  その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。      だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。    そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。    これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。  そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。 設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m ※←このマークがある話は大体一人称。

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?

歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。 それから数十年が経ち、気づけば38歳。 のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。 しかしーー 「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」 突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。 これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。 ※書籍化のため更新をストップします。

ぬいぐるみばかり作っていたら実家を追い出された件〜だけど作ったぬいぐるみが意志を持ったので何も不自由してません〜

望月かれん
ファンタジー
 中流貴族シーラ・カロンは、ある日勘当された。理由はぬいぐるみ作りしかしないから。 戸惑いながらも少量の荷物と作りかけのぬいぐるみ1つを持って家を出たシーラは1番近い町を目指すが、その日のうちに辿り着けず野宿をすることに。 暇だったので、ぬいぐるみを完成させようと意気込み、ついに夜更けに完成させる。  疲れから眠りこけていると聞き慣れない低い声。 なんと、ぬいぐるみが喋っていた。 しかもぬいぐるみには帰りたい場所があるようで……。     天真爛漫娘✕ワケアリぬいぐるみのドタバタ冒険ファンタジー。  ※この作品は小説家になろう・ノベルアップ+にも掲載しています。

リリゼットの学園生活 〜 聖魔法?我が家では誰でも使えますよ?

あくの
ファンタジー
 15になって領地の修道院から王立ディアーヌ学園、通称『学園』に通うことになったリリゼット。 加護細工の家系のドルバック伯爵家の娘として他家の令嬢達と交流開始するも世間知らずのリリゼットは令嬢との会話についていけない。 また姉と婚約者の破天荒な行動からリリゼットも同じなのかと学園の男子生徒が近寄ってくる。 長女気質のダンテス公爵家の長女リーゼはそんなリリゼットの危うさを危惧しており…。 リリゼットは楽しい学園生活を全うできるのか?!

日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊

北鴨梨
ファンタジー
太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。