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魔女編:Fクラスクエスト旅

【77話】夜道

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夜中3時、一台の馬車がポントワーブの中心地から少し離れた道へ止まった。乗客は御者に運賃を渡し、真っ暗な道を歩く。

「こんばんはァ」

「っ!!」

突然背後から首にナイフを当てられた。咄嗟に肘で背後に立っている人の腹を打ち付ける。みぞおちに入っているはずなのにナイフの手が緩まない。顔を見ようと首を回すと、ニコニコと笑っているS級冒険者の顔が見えた。

「…カトリナさん?!」

「急にごめんなさいねェ。驚いたかしら?受付嬢のルンディさん」

「どっ、どうされたのですか?!申し訳ありません…不審者だと思い攻撃をしてしまいました」

「大丈夫よォ。…それにしても、受付嬢にしては力が強いのね。的確にみぞおちに入ったし。私でも少し痛みを感じたわァ」

「わ、私はもともと冒険者を目指していたもので…」

「そうなのォ。で、冒険者を諦めて、今は国王…もしくは王妃の犬になったのねェ」

「っ!」

「ねえ、教えてくれないかしら?あなたはどちらのわんちゃんなのォ?」

「な…なにをおっしゃっているのかさっぱり分かりません!私はただのギルド受付嬢です!」

カトリナのナイフを握っている手に力が入ったのを感じた。ルンディの首から少量の血が滴る。彼女の耳元で、カトリナが静かな声で囁いた。

「あら。ただのギルド受付嬢がどうしてわざわざお城に足を運ぶのかしら」

「え…?」

「気付かなかったかしら?まあ、当然よねェ」

「ど…どういう…」

「簡単な話だ。あとを付けた。それだけだ」

「!」

声が聞こえてきた路地裏へ目をやると、葉巻を吸っているカミーユ、無表情のジル、冷たい目でルンディを睨んでいるリアーナが立っていた。

「なっ…!いつからそこに…」

「さっきからずっとな。というかお前がポントワーブを発った2日前からずっとお前を尾行してたんだが」

「そんな!私の近くに馬車なんて走っていなかった…!」

「当り前だろ?馬車や馬なんか乗って尾行できるかよ。走って追っかけてたんだ」

「森の中で潜みながらね。こんな長距離の尾行は初めてで疲れたよ」

「ありえない…」

ポントワーブから城まで片道だけでも丸一日かかる。それも、馬車を全力で走らせてだ。人間の足で尾行できる距離と速さではない。

「ありえるのよ。お忘れかしらァ?彼らはS級冒険者よ…それも、とびっきり優秀なね」

「くっ…!」

ルンディは隠し持っていた短剣を取り出しカトリナの腹に刺した。それでもカトリナはひるまない。それどころかルンディの腕を片手でへし折った。

「きゃああああ!」

「大人しくしてちょうだいね。私、あんまり機嫌が良くないのよ。これ以上おいたされると思わず殺しちゃいそうになるわ」

「ぐぅっ…」

「ルンディ・アメリア・デイビーズ。21歳。城のメイドをしているキュエルの一人娘だな?」

リアーナはルンディの目の前に立ちながら言った。

「どこでそんなことを…」

「あたしらの情報網ナメんな。お前がポントワーブに来たのは3年前。ギルド受付嬢になったのは2年半前だ。そうだな?」

「……」

「なんで城のメイドの娘がこんな片田舎へ来た?」

「…私はメイドなんてしたくなかったからです。母に外の世界を見て来なさいと言われて城を出ました」

「違う。お前は国王か王妃の命令でここへ来た。3年前つったら、国王の前にアーサーとモニカが姿を見せた時だ。お前はあいつらを監視するためにここへ来たんだろ?」

「……」

「んであいつらを殺せって命令でも出たんだろ。それであの偽依頼書を掲示板に忍ばせた。おばかなあいつらはすぐ引き受けやがった。お前は嬉しくてしょうがなかっただろうなあ!!」

そう言いながらリアーナがルンディの足を強く踏みつけた。ルンディは痛みで顔をしかめている。

「受付嬢の仕事は、依頼書の確認。あとは冒険者にクエストの場所、目標の外見、特徴の説明をすることだ。あの時あいつらは5件のクエストを受けた。お前は4件の説明はしっかりしたな。だが魔女の説明だけはしなかった。何も情報を伝えなかったんだ」

「まああいつらが適当にクエストを受けたのも、自分たちで事前に下調べしなかったのも悪いが。お前はあいつらがいっつもそんな感じでクエストに行くのを知ってたんだろう」

「でも、考えなかったの?あの子たちが何かされて僕たちが黙ってないって。あ、生きて帰ってくるとは思ってなかったのかな?」

リアーナ、カミーユ、ジルに詰め寄られ、ルンディは顔を歪める。受付嬢を騙るをやめてあからさまに3人を睨みつけている。カトリナが後ろから彼女を体を引っ張った。

「さ、あなたには聞きたいことがたくさんあるのォ。ちょっとついてきてくれるかしらァ?」

「なにをする気…?」

「城の内部で何が起こっているのか。お前のボスが何を企んでいるのか。それを聞くだけだ」

「そんなこと、私が話すとでも思う?」

「だよな。話さねえよな。でもまあ、ついてきてくれや」

手を縛られ、自害しないよう口の中に布を詰められたルンディは、カトリナに連れられてポントワーブの道を歩く。このままでは拷問される。それだけならまだいい。拷問されても言わなければいいのだから。恐ろしいのは自白剤を飲まされることだった。それを飲まされ本当の事しか言えなくなり、カミーユたちに企みがバレたことを王妃が知ったら…彼女の家族は皆殺しにされるだろう。

(それだけは…だめ)

ルンディのような城から送られたスパイや監視役はみな同じ指輪を渡される。宝石部分を強く押したら致死毒が注入される指輪を。

「着いたわよ」

カトリナとリアーナが住む家に辿り着き、中へ連れ込んだルンディに話しかける。その時にやっと、彼女の様子がおかしいことに気付いた。顔が青黒く変色している。

「え…?」

カトリナが手を離すとばたりと床に倒れこんだ。リアーナがルンディの様子を診る。

「だめだ。死んでる」

「ちっ」

「やっぱり自害する方法を持たせてたか。くそっ…」

「自白剤を飲まされることを恐れて先に自害したか。…ま、あの様子だと俺らの推測は正しいだろうよ」

「そうねェ。もしかしたらこの町にもまだアーサーとモニカを監視する人たちがいるかもしれないわ。気を付けましょう」

「そうだな。ルンディが死んだことは城にもすぐ伝わるだろう。そのあと城がどう動くか…」

「ポントワーブも安全じゃなくなってきたな。このタイミングであたしの実家にあいつらを連れて行けるのは良かったよ」

「だな」

カミーユたちはルンディを葬儀屋に渡した。裏の仕事をするときにいつもお世話になっているところなので、事情を一切聞かず死体を引き取ってもらえた。カトリナは傷をエリクサーで完治させ、血で汚れた服を着替える。その頃には外が明るくなっていた。カミーユたちはカトリナの家でシャワーを浴び、先ほどまでと打って変わって明るい表情をした。今から双子の家へ迎えに行くのだ。彼らに裏の顔は見せない。

「カミーユだめよォ。まだ顔が怖いわ」

「そうか?」

「あひゃひゃ!!いつも人相悪いのに、それ以上悪くなってどうすんだよ!!」

「リアーナてめぇ…」

「ほらカミーユ、笑ってェ」

カトリナがカミーユの頬をぱちんと叩いた。カミーユはへたくそな笑顔を作る。それを見てリアーナが爆笑し、ジルは肩を震わせていた。

「お前らマジで覚えてろよ」

「わーったわーった!!ほれ早くいくぞ!あいつらが待ってるからな!」

「そうだな。お前ら、準備できたか?」

「バッチリよォ」

「うぃーす!!早くあいつらに会いてえ!!」

「アーサーとモニカの顔を思い浮かべただけで癒される」

「よし、じゃあ行くぞ」

「うぇーい!!」

カミーユたちが迎えに行くと、アーサーとモニカはわくわくした顔で家から飛び出してきた。楽しみで仕方ないのか、彼らのまわりをぴょんぴょん飛び跳ねている。そんな双子の様子を見て、S級冒険者の顔がほころんだ。
騒がしい二人を馬に乗せ、彼らはリアーナの実家へ向かった。道中も笑いが絶えることなく、双子にとっても大人たちにとっても楽しく幸せな時間だった。
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