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魔女編:Fクラスクエスト旅

【76話】双子のお願い

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精霊の森から帰って一週間後。モニカはシャナの杖屋で正座をしていた。

《モニカァ…》

「ひ、ひぇぇ…」

杖の低い声にガクガクと体を震わせる。

《魔女にへし折られたのはまだいい…あいつは強かったからな…太刀打ちできなくても仕方ない…。だがな…瀕死の我を森へ捨ておくとは…許せん…》

「ごめんなさいいいい…」

《我は…主にとってその程度の存在ということか?モニカ、答えよ》

「杖、落ち着きなさいな。あの時はモニカもアーサーを助けることで精いっぱいだったの。杖を置いてきてしまったことを、町へ帰ってからもモニカはずっと後悔していたし、心配していたわ。だから許してあげて」

シャナが杖を撫でて宥める。それを聞いた杖はぷるぷると震えて水滴を垂らした。

《分かっている…。そのくらい分かっている。だが、我はもうモニカに会えないと思って、とても切ない気持ちになったのだ》

その言葉を聞いて、モニカは目に涙を溜めながら杖に抱きついた。

「杖ええええ!!ごめんねえ!!ごめんねえ!!これからは絶対離さないから!!ごめえええん!!」

《モニカぁ…約束だからな…絶対我を離すなよ…もう我はお主と離れとぉない》

「杖ええええ」

モニカは杖を抱きしめわんわんと泣いた。杖も小刻みに震えながら水滴を落とした。シャナはそんなモニカと杖を優しく撫でる。杖の声が聞こえないアーサーは黙ってその様子を眺めていたが、いいことを思いつきモニカに声をかけた。

「ねえ、そろそろ杖にも名前をつけてあげたらどうかな?」

「杖に名前?!いいわね!何にする?!」

アーサーの提案にぱっと顔を輝かせるモニカ。しかし杖は《えっ…》とたじろいでいる。

「ブナの杖だから、ブナツエーとかどう?!」

「なにそれ安直すぎるわ!うーん、そうねえ。私のことが大好きな杖だからぁ、モニラブとかどう?!あっかわいい~!!」

「ええ…それ自分で言ってて恥ずかしくないの…?」

「なんでよぉ!かわいいじゃないの!モニラブ!どう?」

モニカは杖に問いかけた。

《なにがどう?だ…絶対いやだ。そもそも我が主のことを大好きなどと決めつけるでない》

「え!何言ってんの?私と離れ離れになるかと思ってあんなに泣いてたのに!」

《泣いてなどいない!》

「泣いてたじゃない!恥ずかしがらなくたっていいのよ!」

《とにかく却下だ!!そもそも我に名を付けようなどとするな!お前とアーサーの名付けセンスの無さはエリクサーの時に充分分かっておる!》

「え~。じゃあ杖はなんて名前がいいの?」

《杖のままでいい。主にとって杖は我ひとつだけだ。今までも、これからもな》

「…うん!!」

「杖、なんて言ってるの?」

アーサーがシャナに尋ねると、シャナはアーサーの耳元で囁いた。

「名前は杖のままでいいって言ってるわ。それに、モニカが他の杖を使うことを許さないって遠回しに言ってる」

「へえ、杖ってモニカのことだいすきなんだね!」

《おいシャナ!我はそんなことは言っておらん!!》

「あらそうなの。…ねえ、モニカ。最近新しい杖ができあがっててね。ブナの杖よりもずぅっと性能の良いものがあるんだけど、見てみない?」

《なっ…!や、やめろぉ!!》

杖が慌てて叫んでいる。シャナは「冗談よ」とウィンクした。

《ぐぅぅ…!笑えない冗談はよせ!》

「杖ぇ~!どんなに性能のいい杖ができても、私はずっと杖一筋だよ!」

《そ、そうか…。っ、ふん、好きにするがいい》

あからさまにホッとしている杖の様子に、モニカとシャナはこっそり目を合わせてクスクス笑った。

◇◇◇
その後双子はギルドへ行って、クエスト完了証明書と報酬を受け取った。魔女クエストについてカミーユたちにこっぴどく怒られたのか、受付嬢は双子に深く頭を下げた。

「この度は本当に申し訳ありませんでした…!報酬額が違うことにも気付かず、お二人を危険な目に遭わせてしまった…!」

「気にしないで!私たちも気付かなかったし、それに、私たちが話しかけてお姉さんの気を逸らせちゃったのが悪いし!」

「いいえ。これは完全に私の落ち度です。腹を切ってお詫びを…」

受付嬢はそう言って刀を取り出した。アーサーとモニカは慌ててその刀を取り上げる。

「ぎゃあああやめてお姉さん!!」

◇◇◇
その数メートル離れたテーブルで、カミーユのパーティが険しい顔で話している。カミーユの報告を聞いて、リアーナがテーブルにビールを音を立てて置いた。

「ってことは、ギルドの手違いじゃねえってことか?!」

「ああ。ギルド本部に文句たれに行ったんだが、そんな手違いありえねえと。なぜなら、その魔女の討伐を俺たちに依頼する準備が進んでいたらしい。個別依頼案件は、無指定依頼と管理が全く別だそうだ。依頼紙がFクラスのものと混じったり、誤記載することは絶対にないとよ。ギルド本部のやつらも首を傾げてたぜ」

「ということはァ…」

「誰かがアーサーとモニカを嵌めようとしたってことか」

ジルが口に手を当てて呟いた。カミーユはそれに頷く。

「その可能性が高い。今ではこの町でFクラス冒険者っつったらアーサーとモニカしかいねえ。いつかあいつらが受けると踏んで偽依頼書を掲示板に貼ってたんだろうな」

「もうやめてくれよぉ~…。あいつらにもうしんどい思いさせたくねえよ…」

「嵌めたやつの見当は?」

「ねえ。…ことも、ねえ」

「彼らのことを邪魔だと思ってる人なんて一人しかいないじゃなァい。国王よ」

「やっぱりそうなるよな…」

「あとは…」

「カミーユ!そこにいたんだ!」

カトリナの言葉の途中で、アーサーとモニカが駆け寄ってきた。カミーユたちは表情を切り替えて双子に接した。

「おお、お前ら。受付嬢と大騒ぎしてたな。こっちまで聞こえてたぞ」

「そうなんだよお。お姉さんが死んでお詫びするって聞かなくって!」

「まあ、本当にそのくらいの失態を彼女は犯したんだけどね」

ジルが厳しい目をしてちらりと受付嬢を見た。アーサーとモニカは「あのお姉さんは悪くないよ!」とフォローを入れる。

「依頼を受けるとき、僕たちがお姉さんにいっぱい話しかけちゃったんだ!」

「だからしっかり確認できなかったのよ。私たちのせいよ」

「お前ら、人が良いにもほどがあんぜ」

呆れたようにカミーユがため息をついた。他の3人も心配そうに双子を眺めている。命を落としそうになったにもかかわらず、その原因を責めない二人はあまりにも優しすぎる。
何を言わずに双子を眺めているリアーナを、モニカが何かを言いたそうに見つめた。

「ん?どうしたモニカ。ポテト欲しいのか?あーん」

「あーん。おいしい!…て、そうじゃなくて」

「あん?」

モニカが兄に目で合図する。アーサーは頷き、カミーユを見た。そして小声で「せーのっ」と言ってからバッと頭を下げた。

「私(僕)たちに!魔法(剣技)を!教えてください!!!」

「…は?」

「私ね!リアーナの魔法を見て、私ってまだまだだなって実感したの!このままじゃダメなの!もっと魔法を使いこなせるようになりたい!!」

「僕、今回の魔女に全然太刀打ちできなかった。みんなにいっぱい迷惑かけちゃった…。モニカを危ない目に遭わせちゃったし。だから、もっと強くなりたいんだ!」

双子の大声にカミーユたちがぽかんと口を開く。周りで聞いていた他の冒険者たちがコソコソと話す声が聞こえた。

「お、今日もカミーユさんたちにフラれる冒険者が見れるのか」

「あの子たち、Fクラス冒険者よね…?そんな子たちがSクラスのカミーユさんたちに師事してもらおうとしてるの…?あつかましい」

「たまにいるんだよな…身の程を知らずにカミーユさんたちに頭下げるやつ。この前Aクラス冒険者でさえ断られてたの見たぜ」

「いやでもあの子たち、カミーユさんたちのお気に入りでしょう?よく一緒にいるじゃない」

「それは子どもだから可愛がってもらってるだけだろ。弟子にするのとは別だろう」

ざわざわと周りの声がうるさく、カミーユは困ったように頭を掻き、ジトッとした目で席を立った。

「アーサー、モニカ。ここじゃうるさくてかなわん。お前の家に行くぞ」

「うん!」

たくさんの冒険者が注目する中、カミーユたちはギルドを出て行った。双子の家へ到着し、カミーユとリアーナはビールをジョッキに注いでくいっと飲み干す。カトリナとジルはワイングラスを手に持ちながら、ソファへ腰かけた。鼻の下にビールの泡をつけたカミーユが双子を見た。

「で、俺らに戦い方を教えてほしいと?」

「うん…でもカミーユたち、そういう人たち断ってるんだね…」

しょぼんと首を垂れるアーサーとモニカ。残念だと言うようにため息をついている。

「ああ。毎日のようにそう言った申し出を冒険者たちから受けるんだが。今まで一度も教えたことはない」

「私は何人か受けたことあるんだけどォ。みんなすぐ泣いて逃げ出しちゃうの」

「あたしはないな!教えたいと思ったやつがいねえ!」

「僕はあるよ。でもカトリナと同じ。気が付いたらいなくなってた。だからここ数年は断ってる。教えるのも時間と労力がいるのに、途中で投げ出されたら虚しすぎるからね」

「そっかあ…」

「だが、お前たちになら教えてやってもいい」

カミーユのその言葉に、双子が顔を上げた。カミーユ、リアーナ、ジル、カトリナがニカっと笑う。

「あたしも!モニカになら教えたいと思うぞ!」

「私もよォ。アーサーは教え甲斐がありそうだわァ」

「僕も。アーサーだったら逃げないって確信してる」

「みんなぁ…!」

「ありがとう!!」

喜びを抑えられず、大人たちに抱きついてピョンピョンと飛び跳ねる双子たち。一方でカミーユが困ったように唸っている。

「しかし…俺がこいつらに剣技を教えてるってバレると、他の冒険者たちが黙ってねえだろうな…。それ以上にギルド本部が…」

「ええ。バレたら世界中からカミーユに師事してもらいたい人が群がるでしょうねェ。どうしましょう…」

「それならいい場所があるぞ!!」

リアーナが手を上げて大きな声を出した。

「人間が立ち入らなくて、広い場所があって、その上温泉まである最高の場所!!」

「ほう、そんなところがあるのか?どこだ」

「あたしの実家だ!」

「リアーナの実家ぁ?!」

「温泉があるのぉ?!行きたい!!」

アーサーとモニカはテンションが上がりすぎて奇声を発しながらダイニングを走り回った。カミーユとジルはげぇっと嫌な顔をしている。

「あのばあさんがいるとこか…?」

「おう!!」

「あら、久しぶりにお会いできるのねェ。楽しみ」

「うう…。リアーナのおばあさん怖いんだよな…」

と言うわけでモニカは魔法、アーサーは剣技、弓技をカミーユたちにみっちり鍛えてもらうことになった。カミーユたちは1か月間で依頼されていた仕事を大急ぎで消化し、双子のためにたっぷりと休暇をとった。場所はリアーナの実家、リウィン山の頂上。ポントワーブから馬で南に1日走らせた、上級魔物まみれの山の上。

◇◇◇

「なんですって?死ななかった?冗談でしょう?」

「なんでもS級冒険者が助けたとか」

「またあのS級冒険者…!こうなったら彼らもろとも消した方が早いわね。ふふ…」

「まさかあの場所を?」

「ええ。強力な魂魄の準備を。それもたっぷりね。いくらかかってもいい。国中から買い漁りなさい」

「かしこまりました」
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