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魔女編:Fクラスクエスト旅

【65話】魔女

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翌朝、アーサーとモニカは魔女の棲む山を登った。山の中には低級魔物がうじゃうじゃと棲息しており、二人に息をつく暇を与えないほど次々と襲い掛かってきた。半日ほどかかって頂上に辿り着き、ぽつんと建っている小屋を見つけた頃には、アーサーはぜえぜえと腰を折って息をしており、モニカの魔力は5分の1ほどしか残っていなかった。小屋に近づこうとするアーサーの服をひっぱり、モニカは言った。

「アーサー、私たちの今の体力と魔力で、魔女と戦って勝てる気がしない。どこかで休みましょう」

「そうだね。魔女の家は明日行こう。とりあえず休める場所を…」

「私になにか用かい?」

背後から聞こえる声にゾクッと背筋が凍った。アーサーが震える手で短剣を握ろうとすると、腕を魔女につかまれる。

「っ!」

「顔を見せておくれ。おやまあこりゃまた可愛いらしい双子が来たもんだ」

「?!」

「どうして双子だって分かったの?!」

「そりゃあ分かるさ。あんたたち、ひとつの魂を半分こしてるからねえ。さあ、私に用があって来たんだろう?家ん中に入りな」

魔女はそう言って目じりを下げて笑った。30歳前後のいでだちをしており、腰まで伸びた長い黒髪が特徴的だった。顔色は青白いが、美しい顔立ちだ。しかし魔女から漂う禍々しい気配にモニカは震えあがった。

モニカは咄嗟にアーサーの手を引いて逃げ出した。しかしいつの間にか魔女が行く道を塞いでいる。

「くっ!」

杖を取り出し炎魔法を魔女に向けて打つ。魔女は笑みを絶やさないまま片手を差し出し炎を握った。すると吸い込まれるように炎が消える。続いてアーサーが魔女に向かって弓を射た。魔女は指で矢をつまんでヒラヒラと振った。

(強すぎる…!)

圧倒的な力の差を見せつけられ、アーサーの頬に汗が伝う。初めて味わう、恐怖の感覚。

「ご乱心だねえ。人間はみぃーんなそうさ。私が魔女と言うだけで、嫌い、疎み、殺そうとする。悲しいねえ」

一瞬にして魔女が双子の目の前に移動する。そしてアーサーの顎を指でクイと持ち上げた。

「ほおお、こりゃぁ素晴らしい。素晴らしい目を持っているね坊や」

「……」

魔女は興奮した面持ちでアーサーの瞳を覗き込んだ。
恐怖で言葉が出ない。アーサーもモニカも、完全に震えあがってしまっていた。

「L’œil de la mémoire...」

「な…なに…?」

「"記憶の目"を宿してるねえ坊や。あたしゃ300年生きてるが、実物は初めて見たよぉ…」

「記憶の…目?」

「おや、知らないのかい?…坊や、生まれてから今まで見てきたことを全て記憶しているだろう?」

魔女の言葉に、アーサーは「なにを言ってるんだ?」という表情をした。

「そんなの、普通だろ…」

「え…?」

モニカが兄の顔を見る。アーサーは妹に向かってこう言った。

「生まれたときから今までの、目で見たことを覚えてるって普通だよね?」

「…普通じゃないわ…」

目で見てきたものを全て記憶しているー…兄がそのような能力を持っていることを知らなかったモニカは愕然とした。しかしアーサーはこれが当たり前だと思っていたようで「えっ、普通じゃないの?」と驚いた顔をしている。二人の様子を見ていた魔女が大きな笑い声をあげた。森が驚き数十羽のカラスが木から飛び立った。

「アッハッハ!!知らなかったのかい?!そうさ嬢ちゃん。あんたの片割れは、母親の腹から生れ落ちて目を開けたときから今までの出来事を、全て生々しく覚えているのさ!そう、全てさ…。例えば…そうだねえ」

魔女がアーサーの下瞼を指で引っ張り、瞳をじっと見た。そして目を細めて「ウヒヒヒッ」と嬉しそうに笑う。

「ああっ…たまらない…たまらないねえ…。坊ちゃん、なんて過去を今まで背負って生きてきたんだい。見ている私も悲しくなってくる…ああ、悲しいねぇ…」

記憶を覗かれていると気付いたアーサーは、魔女の手を振り払おうと暴れた。しかし細腕からは考えられないほどの腕力で押さえつけられ、抵抗してもびくともしない。

「見るなっ!見るなぁ!」

「嬢ちゃん…あんたは覚えていないんだろうねえ。産まれてすぐ母親に投げ捨てられた記憶も、1歳の時に父親に水に沈めて殺されそうになった記憶も、5歳の時に弟にナイフで刺された記憶も…。兄ちゃんの記憶にはこんなに鮮明に残っているのにねえ…ヒヒヒッ」

「なにそれ…」

「やめろ!!言うなぁ!!」

信じられない、とモニカは首を横に振りながら後ずさりした。アーサーは記憶をこれ以上覗かれないよう強く目を瞑ったが、魔女に指で無理矢理まぶたを開かされのぞき込まれる。アーサーの目からぽろぽろと涙がこぼれた。

「いやだ…見るなぁ…」

「ああ、可哀そうな坊や。なんて悲しい過去なんだい…。

双子に生まれたお前たちを始めて抱いたとき、絶叫しながら床に投げ捨てた母親の顔を見た時どんな気持ちだった?

あんたたちを水に沈めて笑う父親の醜悪な顔を、夢に見て泣きながら飛び起きたこともあったねえ。

弟がガタガタ震えながら血だらけになったナイフを眺めている様子を見て、あんたは何て言ったんだい?

ああ、坊や、悲しすぎてあんたがひどく愛おしい。愛おしいねえ…」

「うそ…そんなの、知らない…私、知らないよアーサー…」

「普通そうさ。赤子の頃の記憶なんてだいたい忘れちまう。それに子どもってのは極限まで恐怖や悲しみを感じると、壊れないために脳が忘れさせちまうんだ。嬢ちゃんはしあわせだねえ。あんたは辛いことをほんのちょっとしか覚えてない。せいぜい毒を盛られたり爪をはがされたりしたことくらいしか覚えていないんだものねえ。

でもね、坊やは忘れられない。忘れたくても、目が忘れさせてくれないのさァ。今までも、これからも、ずぅっとね。

お嬢ちゃん。兄ちゃんが覚えていること、あんたにも見せてあげようかあ?」

「見せるな!モニカは覚えてないんだろう?!やめてくれ!こんなもの忘れたままでいい!!」

怒りと悲しみで唇を噛みながら涙を流しているアーサーの頬を、魔女が紫色の舌で舐めた。

自分が忘れている過去を、忘れられずに抱えながら今まで生きてきた兄の辛さを想像してモニカが泣き叫んだ。地面にへたりこみガタガタ震えている。魔女はそんな彼女を見て「ヒヒッ、悲しいねえ。哀しいねえ」と呟いた。そしてアーサーに向き直った。

「坊や、私と出会ったのは幸せだよぉ。私は"特別なモノ"を集めるのが好きでねえ」

魔女の指がアーサーの泣き袋に触れる。

「あんたの"目"、私がもらってあげるよぉ。なあに、目は見えなくなるけど、今までのつらいこと、ぜぇんぶ忘れられるからねえ」

「ふざけるな…っ!!」

「ウッ」

アーサーの拳が魔女のみぞおちにのめり込む。魔女が黒い血を吐き出しよろけた。その隙にアーサーはモニカを引っ張り上げ再び逃げようとする。しかし襟を魔女に掴まれた。

「ぐっ!」

「もぉ。ちっとは大人しくしなさいな。誰も取って食おうとなんてしてないじゃないか。ただ、目をもらおうとしているだけでさぁ」

「お前になんかやらない!!この目には大好きな人たちとの幸せな思い出も詰まってるんだ!!」

「幸せな…思い出…?ハハ!!ハハハハ!!」

「何がおかしい!!」

「いや。悪かったねえ。あんな平凡な日常が幸せと思えてしまうんだねえあんたは。哀れだ。哀れだねえ…。余計ほしくなった」

「これ以上アーサーを傷つけないで!!」

泣き叫びながらモニカが風魔法を発動する。バシっと音がして魔女の首が吹き飛んだ。大量の血が噴き出し、魔女の首が地面に転がる。

「アーサー!行きましょう!!」

「うん!」

「待てと言っているだろうがぁ!!」

「え?!」

轟音と共にモニカが吹き飛ばされた。木に背中を強打し意識を失う。魔女は切り落とされた頭を持ち上げ首にくっつけた。ケタケタと笑いながら、アーサーに近づいてくる。

「お前…一体何なんだ…?!なんで死なない?!」

「私は魔女。人間に殺された魔物たちの、魂魄から零れ落ちて漂う"哀しみ"が集まった存在。それが人間に憑依して魔女が生まれる。私の中の"哀しみ"がなくならない限り、私は死なないよ。坊や、私を退治しに来たのにそんなことも知らないのかい?勉強が足りないよ」

「哀しみ…?人間に憑依…?意味が分からない…」

「そうさ。魔女は不思議な生き物だよ。私たちのモトは人間さ。でも私たちを動かしているのは魔物の"哀しい"という心。坊や、この山で…その前にもたくさんの魔物を殺して来たね?」

魔女の言葉にアーサーは顔を歪ませる。

「考えなかったのかい?魔物にも心があると。あんたたちが殺してきた魔物の哀しみが、私の生命力になっているんだよぉ…。そんな鉄くずで首を斬られたところで私は死なない。この体はただの入れ物にすぎないんだから。哀しみでつなぎ合わせればいいだけさぁ!!アハハ!ハハハハ!」

「っ…」

耳障りな笑い声が森に響き渡る。それがおさまると、魔女がスゥっと息を吸ってアーサーの顔を両手で包み込んだ。

「ふふ。愚かで可哀そうな私の坊や。もうお喋りはおしまいだ。そろそろご褒美をもらおうかねえ」

魔女がそう言った瞬間、アーサーの目の前が真っ暗になった。
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