【完結】花が結んだあやかしとの縁

mazecco

文字の大きさ
上 下
69 / 71
残りのエンドロール

67話 ヒトが差し伸べた手

しおりを挟む
「観澤さん。タバコ行かない?」

「あ、いいですね。行きましょう」

残業中、北窪さんが声をかけてくれた。喫煙所に入ってスパスパと無心で煙草を吸っている私に、北窪さんは心配そうに声をかける。

「今日も遅くまで大変だね」

「いえ。むしろ今はありがたいです。気がまぎれるから」

「いやなことでもあった?」

「…いいえ」

「そう」

「…ただ、家に帰るのが怖いです」

あ、まずい。いらないこと言った。
北窪さんの目が泳いでいる。聞こうか聞くまいか迷っているようだった。
あー…、変な気使わせてる…。私のばか。

気まずい沈黙が流れる中、北窪さんが遠慮がちに尋ねる。

「えっと…。篠崎さんから聞いたよ。…出て行ったんだって?」

「ちょっと…。半日で情報伝わるんですかあ!?」

「あはは…ごめん、いらないこと聞いた」

「いえ…」

「…寂しいね」

「…はい」

だめ。やめて。そんな優しい声をかけないで。また泣きそうになる。
私は俯き、涙が溢れそうになるのを必死でこらえた。
北窪さんは煙草の煙をゆっくり吐いて、何度か深呼吸してまた口を開いた。

「あの、さ。観澤さん。こんなこと、今言うことじゃないんだけど」

「はい?」

「俺、ずっと前から観澤さんのこと好きなんだ」

「……」

「今まで、その…同棲してる人がいたからヒヨッて言えなかったから、言えるうちに言っときたくて」

「……」

「観澤さんは彼のこと、恋人じゃないって言い張ってたけど。君が彼のことを好きなのは分かってたよ」

「…すみません」

「いや、いいんだ。責めてるとかじゃないよ。それに、俺は今すぐどうこうしたいってわけじゃないし」

「……」

「俺で良ければいつでも話聞くよ。今日の観澤さん、世界に自分だけしかいなくなってしまったって顔してたから。ちがうから。俺がいるから…って、言いたくて…」

優しいな、北窪さん。どうしてこんな私にここまで良くしてくれるんだろう。
それはきっと、私のこと勘違いしてるからだ。

「北窪さん。私ってただの干物女なんですよ」

「え?」

突然のカミングアウトに、北窪さんが間抜けな声を出した。
うん。北窪さんが勇気出して告白してくれたんだ。私も、勇気を出して自分をさらけ出そう。
これで、北窪さんも私のこと好きじゃなくなるでしょ。もう飾り立てた自分しか見られないのはうんざり。

「私の部屋の中はビールの空瓶がそこら中に転がってて、休みの日はお風呂に極力入りたくないし、人生めんどくさくてしょうがないし、仕事なんてだいっきらいだし、このビルが吹っ飛べばいいのにってずっと思ってます」

「はは…」

「人と喋るのきらいだし、休日はどこにも行きたくないし、生きてるのめんどくさいし、ほんと、今すぐ死んでしまいたいと思ってます」

「……」

「北窪さんが私に好意を持ってくれてるのは気付いてました。でも、北窪さんが好きなのは私じゃないです。ネコ被った私なんです」

まくしたてるように、一息に言い切った。私は自嘲的な笑みを浮かべながら、煙草の煙を吸う。
北窪さん、きっと幻滅しただろうな、と思いながらチラッと彼を盗み見ると、なぜかクスクス笑っていた。なにがおもろいねん。

「…観澤さんさ、篠崎さん一回家にあげたことあるでしょ」

「え?」

北窪さんの一言で私はかたまった。篠崎さんを家にあげたことは……ある。というか泊めたことがあります。はい。しかも立派な汚部屋に。……まさかあいつ……。

「俺ずっと知ってたよ。だって観澤さんの散らかった部屋の写真持ってるし。なんならボロボロのスウェット着たすっぴんの観澤さんの写真も持ってる」

「はぁぁあ!?」

「めんどくさがりなのも聞いてるよ」

おい……篠崎……。あいつは北窪さんのスパイなのか……? なんでそんなことチクるの!?

「で、でも北窪さん…、私のこと几帳面とかなんとかってよく言ってたじゃないですか…」

「あはは…。あれは、俺にも素の観澤さん見せて欲しいなあと思ってカマかけてたんだけど…。なかなか本性見せてくれなくて悔しかったなー…」

「い、いや…そこまで知っててなんで私…?北窪さんだったら他にももっと良い子いるでしょう…」

本気で疑問だったので思わず尋ねてしまった。
北窪さんは照れくさそうに笑う。

「俺はね、完璧な人より、観澤さんみたいな人のほうが好きなんだよ。思いっきり甘やかしてあげたくなるし、少しでも人生が楽しいと思ってもらえるようにがんばりがいがあるでしょ」

「いや…聖人か?」

「まあとにかく、俺は観澤さんのこと好きだからさ。気が向いたとき、また遊んでよ。…まだそんな気になれないと思うけど。気をまぎらわせたくなったら、いつでも相手になるからさ」

「……」

北窪さんがそう思ってくれたことは嬉しい。すごく嬉しい。でも彼の言う通り、私はそんなに器用じゃない。

「ありがとうございます。ほんとうに…嬉しいです。私も北窪さんのことは好きです、人として」

「……」

「…寂しいです。家がからっぽになりました。すぐにでも誰かに縋りたくてしょうがないくらい、寂しいです。でも…そう簡単に忘れられません。忘れたくないんです。だってあんなに…しあわせだったから…」

「うん」

やっぱり薄雪と綾目のことを思い出すと、涙ががまんできない。マスカラが崩れないように、指で控えめに涙を拭いながら、私は本当の気持ちを伝えた。

「こんな気持ちで北窪さんに甘えちゃったら、あの人たちにも北窪さんにも失礼だから…。だから、気持ちが整理できるまで、ひとりでいます。北窪さん、お心遣いありがとうございます。…ごめんなさい」

北窪さんは小さく微笑み、頷いた。彼の目もほんのりうるんでいる。

「俺は観澤さんのそういうところが好きだよ。だから俺にごめんなんて言わなくていい。俺、待つし。…他に好きな人ができるまでね」

北窪さんは冗談っぽくそう言って口角を上げた。

「ふふ…。ありがとうございます」

正直、どうせ今までの人たちみたいに、いつかは素の私を拒絶するようになるんでしょ、と思ってしまう自分もいる。誰だって始めは優しいもん。
この30年間で素の私を受け入れてくれたのは、家族と心優しいあやかしだけだった。
ヒトはすぐに心変わりをするし、とても嘘が上手。だから信じられない。

同時にこうも思った。
私は案外、幸せ者なのかもしれない。
薄雪と綾目、その他諸々のあやかしに愛されて、赤の他人の私をここまで大切に想ってくれているヒトもいて。
どうして私なんかがこんなに恵まれているんだろうと不思議なくらい、自分が思っていたよりもずっと、私は愛されていたんだなって。

これからの私は、正直で心変わりをしないあやかしとの関りを断たれて、嘘つきでコロコロと気持ちが変わる、うさんくさいヒトというイキモノとだけ生きていかないといけない。

私はあやかしのことを忘れないといけないのだろうか。
いつかは、あやかしの見えない世界に慣れてしまうのだろうか。
この胸の苦しみは、微かな記憶としてしか残らなくなってしまうのだろうか。

ぼんやりとそんなことを考えながら、私は職場をあとにする。
先週まであんなに早く家に帰りたかったのに、今は帰るのが怖い。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

後宮出入りの女商人 四神国の妃と消えた護符

washusatomi
キャラ文芸
西域の女商人白蘭は、董王朝の皇太后の護符の行方を追う。皇帝に自分の有能さを認めさせ、後宮出入りの女商人として生きていくために――。 そして奮闘する白蘭は、無骨な禁軍将軍と心を通わせるようになり……。

男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜

春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!> 宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。 しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——? 「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!

おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜

瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。 大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。 そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。 第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。

後宮の裏絵師〜しんねりの美術師〜

あきゅう
キャラ文芸
【女絵師×理系官吏が、後宮に隠された謎を解く!】  姫棋(キキ)は、小さな頃から絵師になることを夢みてきた。彼女は絵さえ描けるなら、たとえ後宮だろうと地獄だろうとどこへだって行くし、友人も恋人もいらないと、ずっとそう思って生きてきた。  だが人生とは、まったくもって何が起こるか分からないものである。  夏后国の後宮へ来たことで、姫棋の運命は百八十度変わってしまったのだった。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

僕は君を思うと吐き気がする

月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

30歳、魔法使いになりました。

本見りん
キャラ文芸
30歳の誕生日に魔法に目覚めた鞍馬花凛。 そして世間では『30歳直前の独身』が何者かに襲われる通り魔事件が多発していた。巻き込まれた花凛を助けたのは1人の青年。……彼も『魔法』を使っていた。 そんな時会社での揉め事があり実家に帰った花凛は、鞍馬家本家当主から呼び出され思わぬ事実を知らされる……。 ゆっくり更新です。

処理中です...