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アチラ側の来客
50話 歯医者
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立て続けに仕事でトラブルがあって疲労とストレスがMAXだったある日。何日か前から違和感があった奥歯が、耐えられないほどの激痛に変わっていた。鏡で見ると歯茎が真っ赤に腫れあがっている。
「うえぇ…痛いよお…。って…あれ。ちょっと待ってこれってまさか…親知らずでは…」
「親知らず?花雫、親がいないの?」
隣で浴槽を掃除してくれていた綾目が首を傾げた。私は泡まみれの綾目の手を掴んでこっちを向かせた。そして口を大きく開ける。
「ねえ綾目!ここ、歯生えてない?」
「あ、生えかけてるね!」
「うわぁぁぁ…」
「え?なんでそんな反応するの?」
へたりこんだ私に綾目が怪訝な目を向けた。私は顔をしわくちゃにして呻いた。
「歯医者行かなきゃいけない…」
「へえ!コチラ側には歯専門の医者がいるんだね」
「うん…」
「でもどうして?歯が生えてきただけなのに医者に診てもらわないといけないの?」
「この歯さ…。そういえば2年くらい前からずっと生えてたんだよね。つまり2年経ってもちゃんと生えて来てないのよ」
「えー。どうして?」
「分かんないよぉ。でもだいたい親知らずって抜くものなの。…詰め物外れた奥歯だったと思ってたんだけど…親知らずだったかあ…」
「じゃあ早く行かないとね。歯医者」
「いやだぁぁ…」
「めんどくさいから?」
駄々をこねる私に、綾目がジトッとした目を向ける。そんな目で見ないでよぉ…。今回はめんどくさいとかじゃなくて…。
「歯医者がこわいんだよぉぉ…」
「どうして怖いのさ」
「まず恐ろしい金属の棒を口の中に突っ込まれて、ガリガリ歯を削られるのが無理。こわい。あと10年くらい前に歯医者さんにすっごく怒られたからトラウマなの。そのとき”君の歯はうんこつきっぱなしの赤ちゃんのおしりとおなじだよ”って言われた…」
「あはは!花雫の歯には赤ちゃんうんちがついてるんだー!」
「ついてないよ!?」
「なんですか。花雫の歯に赤子の汚物がついていると聞こえましたが」
「ついてないからね!?!?」
「そうですか。安心しました。とうとうそこまで来たかと思ってしまった」
「薄雪の中の私はそこまでするような人なの!?」
「ふふ。どんなことをしていても私は花雫のことを大切に想っていますよ」
「そんなひとを受け入れないで!!心配になるわ!!」
ツッコミ疲れて息が切れた。もうなにこの天然こわい。
「あぁぁ…歯医者こわい…でも口痛いし…。歯医者行かなきゃ…こわいよぉ…」
泣き言を言いながら歯医者に連絡を入れた。来週の土曜日に来てくださいって言われてしまった。しかも来週の土曜日って私の誕生日じゃないの…。誕生日に歯医者?つら。
◇◇◇
来てほしくないことはあっと言う間にやってくる。ハッピバースデー私。30歳おめでとう。
《ピコン》
「ん…」
朝、布団の中でもぞもぞスマホをいじっていたらスケジュールアプリから通知がきた。
--------------
今日の予定は1件です。
今日が充実した一日になりますように。
・10:00~ 歯医者
--------------
「うるせぇぇえっ!!」
思わずスマホを投げ捨ててしまった。誕生日の予定が歯医者1件で充実もクソもあるかぁ!!
「ちょ、ちょっと花雫どうしたの!」
ご乱心の私に慌てて綾目が駆け寄った。こころなしかニヤついてる薄雪ものろのろと和室に入ってくる。なんかはらたつわぁ…。
「花雫。歯医者で充実した時間をお過ごしください」
「ふぎゃー!!」
◇◇◇
家を出なきゃいけない時間の5分前。私はトイレに引きこもっていた。歯医者こわい。こわい。むり。殺される。
「花雫ー!そろそろ出ないと遅刻するんじゃない?」
「あと5分…」
「たぶん玄関から出るのも5分くらいかかりそうだから、トイレからは出たほうがいいと思うなあ…」
「ふぐぅ…」
震えながらトイレから出た。玄関では薄雪と綾目が見送る準備万端だ。私はふたりにしがみつき半泣きでお願いをした。
「ついてきてください…」
「うん!ついてくー!!」
「もちろんかまわないですよ」
「神ぃ…」
はじめは神だと思ったけど、途中からこいつら悪魔だと思った。家に引き返そうとする私の手をぐいぐい引っ張っては医者へ無理矢理連れて行こうとするんだもん。そのせいで5分も早く歯医者に辿り着いてしまい治療室へ案内される。
治療室の中央にデーンと設置された椅子。周囲に並べられている数々の医療器具を見て、薄雪と綾目がかたまった。
「…拷問部屋?」
「このような場所に自ら連絡をとって赴いたのですか?」
「やっと分かってくれた…?」
「今すぐ帰りましょう花雫。このような場所にいてはいけません。八つ裂きにされてしまいますよ」
薄雪が私の腕を掴んで治療室を出ようとしたとき、歯医者さんがちょうど入ってきた。
それからの私たちはひどいものだった。
口に金具をつけられてレントゲンを撮られている私を見て綾目が「花雫が殺されちゃう~!!!」と大泣きした。
私の口内を診察する歯医者さんに薄雪が怒って「ヒトであれど花雫を傷つけるものは許しません」と扇子を取り出した。
口内の掃除(歯石除去)をされた私は、怖すぎて5回以上椅子から飛びあがり治療室から逃げ出そうとした。
診察と口内の掃除が終わったころには、私もあやかしも歯医者さんもゲッソリしていた。
親知らずを抜くまで数回は医者に通うハメになったんだけど、薄雪と綾目は歯医者に行くことを反対した。行かなくていいと甘やかされて、痛いけどもう行かなくていっかって思っていた私を、喜代春御一行に無理矢理連れていかれることになる。おかげで無事親知らずを抜くことができたけど、歯医者で泣き喚いている私を見てニコニコしていた喜代春御一行のことが余計怖くなりました。
「うえぇ…痛いよお…。って…あれ。ちょっと待ってこれってまさか…親知らずでは…」
「親知らず?花雫、親がいないの?」
隣で浴槽を掃除してくれていた綾目が首を傾げた。私は泡まみれの綾目の手を掴んでこっちを向かせた。そして口を大きく開ける。
「ねえ綾目!ここ、歯生えてない?」
「あ、生えかけてるね!」
「うわぁぁぁ…」
「え?なんでそんな反応するの?」
へたりこんだ私に綾目が怪訝な目を向けた。私は顔をしわくちゃにして呻いた。
「歯医者行かなきゃいけない…」
「へえ!コチラ側には歯専門の医者がいるんだね」
「うん…」
「でもどうして?歯が生えてきただけなのに医者に診てもらわないといけないの?」
「この歯さ…。そういえば2年くらい前からずっと生えてたんだよね。つまり2年経ってもちゃんと生えて来てないのよ」
「えー。どうして?」
「分かんないよぉ。でもだいたい親知らずって抜くものなの。…詰め物外れた奥歯だったと思ってたんだけど…親知らずだったかあ…」
「じゃあ早く行かないとね。歯医者」
「いやだぁぁ…」
「めんどくさいから?」
駄々をこねる私に、綾目がジトッとした目を向ける。そんな目で見ないでよぉ…。今回はめんどくさいとかじゃなくて…。
「歯医者がこわいんだよぉぉ…」
「どうして怖いのさ」
「まず恐ろしい金属の棒を口の中に突っ込まれて、ガリガリ歯を削られるのが無理。こわい。あと10年くらい前に歯医者さんにすっごく怒られたからトラウマなの。そのとき”君の歯はうんこつきっぱなしの赤ちゃんのおしりとおなじだよ”って言われた…」
「あはは!花雫の歯には赤ちゃんうんちがついてるんだー!」
「ついてないよ!?」
「なんですか。花雫の歯に赤子の汚物がついていると聞こえましたが」
「ついてないからね!?!?」
「そうですか。安心しました。とうとうそこまで来たかと思ってしまった」
「薄雪の中の私はそこまでするような人なの!?」
「ふふ。どんなことをしていても私は花雫のことを大切に想っていますよ」
「そんなひとを受け入れないで!!心配になるわ!!」
ツッコミ疲れて息が切れた。もうなにこの天然こわい。
「あぁぁ…歯医者こわい…でも口痛いし…。歯医者行かなきゃ…こわいよぉ…」
泣き言を言いながら歯医者に連絡を入れた。来週の土曜日に来てくださいって言われてしまった。しかも来週の土曜日って私の誕生日じゃないの…。誕生日に歯医者?つら。
◇◇◇
来てほしくないことはあっと言う間にやってくる。ハッピバースデー私。30歳おめでとう。
《ピコン》
「ん…」
朝、布団の中でもぞもぞスマホをいじっていたらスケジュールアプリから通知がきた。
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今日の予定は1件です。
今日が充実した一日になりますように。
・10:00~ 歯医者
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「うるせぇぇえっ!!」
思わずスマホを投げ捨ててしまった。誕生日の予定が歯医者1件で充実もクソもあるかぁ!!
「ちょ、ちょっと花雫どうしたの!」
ご乱心の私に慌てて綾目が駆け寄った。こころなしかニヤついてる薄雪ものろのろと和室に入ってくる。なんかはらたつわぁ…。
「花雫。歯医者で充実した時間をお過ごしください」
「ふぎゃー!!」
◇◇◇
家を出なきゃいけない時間の5分前。私はトイレに引きこもっていた。歯医者こわい。こわい。むり。殺される。
「花雫ー!そろそろ出ないと遅刻するんじゃない?」
「あと5分…」
「たぶん玄関から出るのも5分くらいかかりそうだから、トイレからは出たほうがいいと思うなあ…」
「ふぐぅ…」
震えながらトイレから出た。玄関では薄雪と綾目が見送る準備万端だ。私はふたりにしがみつき半泣きでお願いをした。
「ついてきてください…」
「うん!ついてくー!!」
「もちろんかまわないですよ」
「神ぃ…」
はじめは神だと思ったけど、途中からこいつら悪魔だと思った。家に引き返そうとする私の手をぐいぐい引っ張っては医者へ無理矢理連れて行こうとするんだもん。そのせいで5分も早く歯医者に辿り着いてしまい治療室へ案内される。
治療室の中央にデーンと設置された椅子。周囲に並べられている数々の医療器具を見て、薄雪と綾目がかたまった。
「…拷問部屋?」
「このような場所に自ら連絡をとって赴いたのですか?」
「やっと分かってくれた…?」
「今すぐ帰りましょう花雫。このような場所にいてはいけません。八つ裂きにされてしまいますよ」
薄雪が私の腕を掴んで治療室を出ようとしたとき、歯医者さんがちょうど入ってきた。
それからの私たちはひどいものだった。
口に金具をつけられてレントゲンを撮られている私を見て綾目が「花雫が殺されちゃう~!!!」と大泣きした。
私の口内を診察する歯医者さんに薄雪が怒って「ヒトであれど花雫を傷つけるものは許しません」と扇子を取り出した。
口内の掃除(歯石除去)をされた私は、怖すぎて5回以上椅子から飛びあがり治療室から逃げ出そうとした。
診察と口内の掃除が終わったころには、私もあやかしも歯医者さんもゲッソリしていた。
親知らずを抜くまで数回は医者に通うハメになったんだけど、薄雪と綾目は歯医者に行くことを反対した。行かなくていいと甘やかされて、痛いけどもう行かなくていっかって思っていた私を、喜代春御一行に無理矢理連れていかれることになる。おかげで無事親知らずを抜くことができたけど、歯医者で泣き喚いている私を見てニコニコしていた喜代春御一行のことが余計怖くなりました。
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