58 / 71
大切なモノ
56話 あやかしの夢
しおりを挟む
◆◆◆
「リョウタぁ…っ…リョウタぁぁ…っ…」
悪いことなんてなにひとつしていない。それなのに我が子を目の前で殺された。お侍さんの機嫌が悪かったというだけで、ただよそ見をしていてぶつかった子どもを容赦なく切りつけた。首がなくなった我が子を抱きしめ私は泣いた。泣いても誰も何もしてくれなかった。ただ目を背け、私たちから距離をとって眺めるだけ。
私にはこの子しかいなかった。誰との子かも分からない我が子。この子だけが、私を必要としてくれた。
我が子の亡骸と頭を、今にも崩れそうな家に持ち帰る。
その日はリョウタを抱いて寝た。次の日も、その次の日も。うじがわいても、肉が腐っても、我が子のそばを離れなかった。
我が子の肉を食っているうじを見て怒りを覚えた。私の息子の肉を奪うな。私からこれ以上愛するものを奪うな。それならいっそ、私が食う。そうだ、私の血肉にしてしまえば、私は我が子と二度と離れることはない。
その日から私は食事もとらず、亡くした我が子を愛おしみ、腐った肉を食い、骨を舐めた。
食う肉がなくなってからも、私は我が子の骨を舐めて日々を過ごした。
このまま食事をとらず、我が子の骨を舐めながら飢え死のう。そう思っていた。
それなのに私はいつまで経っても死ななかった。
小屋が朽ちたので山の麓で骨を舐めて過ごした。
山の麓に黒い道が敷き詰められた。
そばに家が建った。
どうやら300年の月日をここで過ごしていたようだ。
私はいつのまにかヒトではなくなり、ヒトの目に映らなくなっていた。
山の麓に建った家に入ると、我が子に面影が似ている男が住んでいた。
私は300年舐めていた骨を土へ還し、その男を愛おしむようになった。
彼は私の主人。そう思うようになった。
男には妻と息子がいた。彼の愛情を一身に受けるソレらが憎かった。そしたらすぐに死んだ。
彼と言葉を交わすヒトたちが許せなかった。そいつらもすぐに死んだ。
どうやら私が憎く思ったモノはすべて死ぬようだった。
男は独りになった。悲しむ彼を私は抱きしめた。
「あなたは私のモノよ。愛しの主人」
「ああ…どうしてだ…冴子…卓也…」
「あなたには私がいるでしょう。どうして私の声を聞かないの。どうして私の目を見てくれないの」
悲しかった。愛するヒトの目に映らない日々は苦しかった。
「私を見てよ…」
死にたかった。愛するヒトの目に映らない私はいても意味がなかった。
必要としてくれない。そんなの、共に生きている意味がない。
苦しみに耐えられなかった私は、死を望むようになった。でも、死に方が分からない。
「すみません!」
「……」
「すみませーん!えーっと…中島さまでしょうかー!!」
「……」
私の家の前で女が叫んでいる。
「はじめまして!突然伺い申し訳ありません。……」
「…?」
その女と妙にしっかり目が合った。彼女は私に笑いかけているのか?
「え、わたし?」
「あ、はい。中島さまで…でお間違いないでしょうか?」
私が頷くと彼女はまた笑った。
私が見えるの?この子には私が見えている。私は今この子と言葉を交わしている。
私は家に彼女を招いた。彼女は私の話を聞いてくれた。嬉しかった。もっと話したい。
そう思って彼女の家へ行った。
彼女の家にはよく分からないモノがふたつ棲みこんでいた。彼女の家に近づくと気分が悪くなった。それも妙なモノが放つ気味が悪いほど澄んだ気のせいだ。
ソレと過ごす彼女は幸せそうだった。愛情を注がれているソレが憎い。
彼女は私と言葉を交わしておきながら、他のモノと幸せそうに暮らしている。なぜ。
「私でよければ、いつでもお話聞きますから」
再び私の家に訪れたとき、彼女が我が主人にそう言っているのが聞こえた。嫉妬に震えた。我が主人に嫉妬をした。彼女に話を聞いてもらうのは私だけでいい。彼女の目に映るのは私だけでいい。
彼女が帰ったあと、私に憎まれた主人は死んだ。
これで私は心置きなくこの家を捨てられる。次は彼女の家で住もう。先に棲んでいる妙なモノは追い払い、私だけを見てもらおう。それから肉を食い、彼女を私だけのモノにしよう。
◆◆◆
「リョウタぁ…っ…リョウタぁぁ…っ…」
悪いことなんてなにひとつしていない。それなのに我が子を目の前で殺された。お侍さんの機嫌が悪かったというだけで、ただよそ見をしていてぶつかった子どもを容赦なく切りつけた。首がなくなった我が子を抱きしめ私は泣いた。泣いても誰も何もしてくれなかった。ただ目を背け、私たちから距離をとって眺めるだけ。
私にはこの子しかいなかった。誰との子かも分からない我が子。この子だけが、私を必要としてくれた。
我が子の亡骸と頭を、今にも崩れそうな家に持ち帰る。
その日はリョウタを抱いて寝た。次の日も、その次の日も。うじがわいても、肉が腐っても、我が子のそばを離れなかった。
我が子の肉を食っているうじを見て怒りを覚えた。私の息子の肉を奪うな。私からこれ以上愛するものを奪うな。それならいっそ、私が食う。そうだ、私の血肉にしてしまえば、私は我が子と二度と離れることはない。
その日から私は食事もとらず、亡くした我が子を愛おしみ、腐った肉を食い、骨を舐めた。
食う肉がなくなってからも、私は我が子の骨を舐めて日々を過ごした。
このまま食事をとらず、我が子の骨を舐めながら飢え死のう。そう思っていた。
それなのに私はいつまで経っても死ななかった。
小屋が朽ちたので山の麓で骨を舐めて過ごした。
山の麓に黒い道が敷き詰められた。
そばに家が建った。
どうやら300年の月日をここで過ごしていたようだ。
私はいつのまにかヒトではなくなり、ヒトの目に映らなくなっていた。
山の麓に建った家に入ると、我が子に面影が似ている男が住んでいた。
私は300年舐めていた骨を土へ還し、その男を愛おしむようになった。
彼は私の主人。そう思うようになった。
男には妻と息子がいた。彼の愛情を一身に受けるソレらが憎かった。そしたらすぐに死んだ。
彼と言葉を交わすヒトたちが許せなかった。そいつらもすぐに死んだ。
どうやら私が憎く思ったモノはすべて死ぬようだった。
男は独りになった。悲しむ彼を私は抱きしめた。
「あなたは私のモノよ。愛しの主人」
「ああ…どうしてだ…冴子…卓也…」
「あなたには私がいるでしょう。どうして私の声を聞かないの。どうして私の目を見てくれないの」
悲しかった。愛するヒトの目に映らない日々は苦しかった。
「私を見てよ…」
死にたかった。愛するヒトの目に映らない私はいても意味がなかった。
必要としてくれない。そんなの、共に生きている意味がない。
苦しみに耐えられなかった私は、死を望むようになった。でも、死に方が分からない。
「すみません!」
「……」
「すみませーん!えーっと…中島さまでしょうかー!!」
「……」
私の家の前で女が叫んでいる。
「はじめまして!突然伺い申し訳ありません。……」
「…?」
その女と妙にしっかり目が合った。彼女は私に笑いかけているのか?
「え、わたし?」
「あ、はい。中島さまで…でお間違いないでしょうか?」
私が頷くと彼女はまた笑った。
私が見えるの?この子には私が見えている。私は今この子と言葉を交わしている。
私は家に彼女を招いた。彼女は私の話を聞いてくれた。嬉しかった。もっと話したい。
そう思って彼女の家へ行った。
彼女の家にはよく分からないモノがふたつ棲みこんでいた。彼女の家に近づくと気分が悪くなった。それも妙なモノが放つ気味が悪いほど澄んだ気のせいだ。
ソレと過ごす彼女は幸せそうだった。愛情を注がれているソレが憎い。
彼女は私と言葉を交わしておきながら、他のモノと幸せそうに暮らしている。なぜ。
「私でよければ、いつでもお話聞きますから」
再び私の家に訪れたとき、彼女が我が主人にそう言っているのが聞こえた。嫉妬に震えた。我が主人に嫉妬をした。彼女に話を聞いてもらうのは私だけでいい。彼女の目に映るのは私だけでいい。
彼女が帰ったあと、私に憎まれた主人は死んだ。
これで私は心置きなくこの家を捨てられる。次は彼女の家で住もう。先に棲んでいる妙なモノは追い払い、私だけを見てもらおう。それから肉を食い、彼女を私だけのモノにしよう。
◆◆◆
0
お気に入りに追加
105
あなたにおすすめの小説
おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜
瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。
大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。
そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。
第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。
あやかし警察おとり捜査課
紫音
キャラ文芸
※第7回キャラ文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。
【あらすじ】
二十三歳にして童顔・低身長で小中学生に見間違われる青年・栗丘みつきは、出世の見込みのない落ちこぼれ警察官。
しかしその小さな身に秘められた身体能力と、この世ならざるもの(=あやかし)を認知する霊視能力を買われた彼は、あやかし退治を主とする部署・特例災害対策室に任命され、あやかしを誘き寄せるための囮捜査に挑む。
反りが合わない年下エリートの相棒と、狐面を被った怪しい上司と共に繰り広げる退魔ファンタジー。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

公主の嫁入り
マチバリ
キャラ文芸
宗国の公主である雪花は、後宮の最奥にある月花宮で息をひそめて生きていた。母の身分が低かったことを理由に他の妃たちから冷遇されていたからだ。
17歳になったある日、皇帝となった兄の命により龍の血を継ぐという道士の元へ降嫁する事が決まる。政略結婚の道具として役に立ちたいと願いつつも怯えていた雪花だったが、顔を合わせた道士の焔蓮は優しい人で……ぎこちなくも心を通わせ、夫婦となっていく二人の物語。
中華習作かつ色々ふんわりなファンタジー設定です。

後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜
二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。
そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。
その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。
どうも美華には不思議な力があるようで…?
男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜
春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!>
宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。
しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——?
「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!
後宮出入りの女商人 四神国の妃と消えた護符
washusatomi
キャラ文芸
西域の女商人白蘭は、董王朝の皇太后の護符の行方を追う。皇帝に自分の有能さを認めさせ、後宮出入りの女商人として生きていくために――。 そして奮闘する白蘭は、無骨な禁軍将軍と心を通わせるようになり……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる