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大切なモノ
55話 誰のモノ
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あやかしに唇を奪われた花雫は昏倒した。
ぐったりした彼女を抱きかかえたあやかしが彼女の瞼をべろりと舐めると、黒い痣が刻まれた。
「花雫!!」
「近寄るな!!!」
あやかしがシャーッと威嚇して黒い瘴気を吐き出した。それに触れた薄雪の腕がたちどころに腐っていく。
顔に瘴気を受けた綾目は爛れる感覚に悲鳴を上げた。
「あぁぁぁっ…!!!」
薄雪がよろけた綾目を抱き留める。綾目の腕がパキパキと音を立て灰色になった。ひび割れていくそれに薄雪が顔をしかめる。
(まずい。軸である美しさを失えば綾目は消えてしまう…っ)
迷う余裕も手順を踏む時間もなかった。
薄雪は、綾目と花雫を結ぶ縁を引きちぎった。綾目の体がのけぞり苦痛に悲鳴をあげる。薄雪の胸にも激痛が走った。
縁を結んでいた花が怒り、薄雪の清らかさを奪った。
顔を歪めながら、薄雪は術を唱え壁に扇子を打ち付けた。コチラ側とアチラ側を繋ぐ扉を無理矢理広げ、そこに綾目を投げ入れる。
世の理が怒り、薄雪の妖力を奪った。
「ぐっ…」
薄雪は穢れに弱い。自身を守っていた清らかさと妖力を奪われた彼は、コチラ側の穢れに体を侵された。特に目の前に立っているあやかしは、おぞましいほどの穢れに包まれている。薄雪はその穢れに耐えられず血を吐いた。
アチラ側に引き込まれていく綾目が薄雪に手を伸ばす。
「薄…雪さま…!」
「綾目はアチラ側へお戻りなさい!穢れは喜代春に清めてもらうよう!」
「だめですっ…!薄雪さまが…!!このままじゃ薄雪がしんじゃう!!うすゆ…」
薄雪は綾目の手を取らなかった。ゆっくりと扉が閉じていく。薄雪は深く息を吐き、血を拭いながらあやかしに向き直った。
「花雫を返しなさい」
「返す?コレはもう私のモノ。奪おうとしているのはお前だ」
あやかしは花雫を抱きしめ、再び瘴気を振りまいた。薄雪が浄化しようと扇子を一振りするが、力をほとんど失った薄雪では瘴気を完全には消し去ることができなかった。
薄い瘴気は薄雪の体を纏い、徐々に肉を腐らせていく。
「……」
「ふふっ。お前が一歩近づくごとに瘴気を振りまいてやる」
「困りましたね。このままでは花雫が死んでしまう」
「自分のことを心配したらどうだ。お前、今にも死にそうだぞ」
「私のことはお気になさらず」
扇子を持つ腕が青黒く変色し肉が爛れている。骨が覗くその腕を、薄雪は無表情で眺めた。
(花の痕がないほうで良かった)
「…あなた、以前に二度、ここに来ていますね」
「そうだ。なのにお前のせいで中に入ることができなかった。気持ちの悪い花のせいで」
「あの花々を知らないということは、あなたはアチラ側のモノではないですね。コチラ側で生まれたあやかし…いえ、あやかしになってしまったヒト…ですか」
「意味の分からないことを。はやくココから出て行け」
「断る。花雫は渡しません。ですがあなたが元々ヒトであったなら…私はあなたを癒しましょう」
「誰もそのようなこと望んではいない。ここから立ち去れ。お前の顔を見ているだけで気分が悪くなる」
「……」
あやかしのまわりに立ち込める瘴気がだんだんと濃くなっていく。その瘴気を吸ってしまった花雫はガクガクと震え涎を垂らしてた。薄雪は顔をしかめ、腰に挿していた脇差に手を添えた。
「時間がない。悪いが力ずくで」
たん、と床を踏む音が聞こえ、あやかしの視界から薄雪の姿が消えた。
視線を泳がせた一瞬の隙に、目の前まで距離を詰めていた薄雪が姿を現す。咄嗟にあやかしが瘴気をまき散らすが、薄雪が抜刀しただけで浄化された。
「なっ…」
「朝霧」
「う…っ!」
朝霧があやかしの胸を貫いた。
彼女のまわりに桜の花びらが舞い散り、霧が晴れるかのように空気が澄んだ。
苦し気な悲鳴をあげながら、あやかしは震える手で朝霧を掴んだ。黒い涙を流す瞳で薄雪をぎろりと睨みつける。
「ぐ…私の…愛するモノを奪うな…。コレは…私だけのモノ…」
あやかしに触れている刀身が黒ずんでいく。薄雪にだけ聞こえる、朝霧のうめき声。舞い散る花びらも色がくすみ、あやかしから新たな瘴気が生み出された。
「朝霧、”夢見”を」
罵詈雑言をまき散らしながら、朝霧は力を振り絞った。薄雪はそっと目を閉じた。朝霧に誘われた夢を見るために。
ぐったりした彼女を抱きかかえたあやかしが彼女の瞼をべろりと舐めると、黒い痣が刻まれた。
「花雫!!」
「近寄るな!!!」
あやかしがシャーッと威嚇して黒い瘴気を吐き出した。それに触れた薄雪の腕がたちどころに腐っていく。
顔に瘴気を受けた綾目は爛れる感覚に悲鳴を上げた。
「あぁぁぁっ…!!!」
薄雪がよろけた綾目を抱き留める。綾目の腕がパキパキと音を立て灰色になった。ひび割れていくそれに薄雪が顔をしかめる。
(まずい。軸である美しさを失えば綾目は消えてしまう…っ)
迷う余裕も手順を踏む時間もなかった。
薄雪は、綾目と花雫を結ぶ縁を引きちぎった。綾目の体がのけぞり苦痛に悲鳴をあげる。薄雪の胸にも激痛が走った。
縁を結んでいた花が怒り、薄雪の清らかさを奪った。
顔を歪めながら、薄雪は術を唱え壁に扇子を打ち付けた。コチラ側とアチラ側を繋ぐ扉を無理矢理広げ、そこに綾目を投げ入れる。
世の理が怒り、薄雪の妖力を奪った。
「ぐっ…」
薄雪は穢れに弱い。自身を守っていた清らかさと妖力を奪われた彼は、コチラ側の穢れに体を侵された。特に目の前に立っているあやかしは、おぞましいほどの穢れに包まれている。薄雪はその穢れに耐えられず血を吐いた。
アチラ側に引き込まれていく綾目が薄雪に手を伸ばす。
「薄…雪さま…!」
「綾目はアチラ側へお戻りなさい!穢れは喜代春に清めてもらうよう!」
「だめですっ…!薄雪さまが…!!このままじゃ薄雪がしんじゃう!!うすゆ…」
薄雪は綾目の手を取らなかった。ゆっくりと扉が閉じていく。薄雪は深く息を吐き、血を拭いながらあやかしに向き直った。
「花雫を返しなさい」
「返す?コレはもう私のモノ。奪おうとしているのはお前だ」
あやかしは花雫を抱きしめ、再び瘴気を振りまいた。薄雪が浄化しようと扇子を一振りするが、力をほとんど失った薄雪では瘴気を完全には消し去ることができなかった。
薄い瘴気は薄雪の体を纏い、徐々に肉を腐らせていく。
「……」
「ふふっ。お前が一歩近づくごとに瘴気を振りまいてやる」
「困りましたね。このままでは花雫が死んでしまう」
「自分のことを心配したらどうだ。お前、今にも死にそうだぞ」
「私のことはお気になさらず」
扇子を持つ腕が青黒く変色し肉が爛れている。骨が覗くその腕を、薄雪は無表情で眺めた。
(花の痕がないほうで良かった)
「…あなた、以前に二度、ここに来ていますね」
「そうだ。なのにお前のせいで中に入ることができなかった。気持ちの悪い花のせいで」
「あの花々を知らないということは、あなたはアチラ側のモノではないですね。コチラ側で生まれたあやかし…いえ、あやかしになってしまったヒト…ですか」
「意味の分からないことを。はやくココから出て行け」
「断る。花雫は渡しません。ですがあなたが元々ヒトであったなら…私はあなたを癒しましょう」
「誰もそのようなこと望んではいない。ここから立ち去れ。お前の顔を見ているだけで気分が悪くなる」
「……」
あやかしのまわりに立ち込める瘴気がだんだんと濃くなっていく。その瘴気を吸ってしまった花雫はガクガクと震え涎を垂らしてた。薄雪は顔をしかめ、腰に挿していた脇差に手を添えた。
「時間がない。悪いが力ずくで」
たん、と床を踏む音が聞こえ、あやかしの視界から薄雪の姿が消えた。
視線を泳がせた一瞬の隙に、目の前まで距離を詰めていた薄雪が姿を現す。咄嗟にあやかしが瘴気をまき散らすが、薄雪が抜刀しただけで浄化された。
「なっ…」
「朝霧」
「う…っ!」
朝霧があやかしの胸を貫いた。
彼女のまわりに桜の花びらが舞い散り、霧が晴れるかのように空気が澄んだ。
苦し気な悲鳴をあげながら、あやかしは震える手で朝霧を掴んだ。黒い涙を流す瞳で薄雪をぎろりと睨みつける。
「ぐ…私の…愛するモノを奪うな…。コレは…私だけのモノ…」
あやかしに触れている刀身が黒ずんでいく。薄雪にだけ聞こえる、朝霧のうめき声。舞い散る花びらも色がくすみ、あやかしから新たな瘴気が生み出された。
「朝霧、”夢見”を」
罵詈雑言をまき散らしながら、朝霧は力を振り絞った。薄雪はそっと目を閉じた。朝霧に誘われた夢を見るために。
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