55 / 71
大切なモノ
53話 不幸を呼ぶヒト
しおりを挟む
金曜の13時半、私はコンビニの駐車場でコンビニスイーツを頬張っていた。中島さまとのアポは14時から。三十分も早く来すぎて暇だったので、中島さまのご自宅に一番近いコンビニでとりあえず甘いものを補給している。
今日のおやつはクレープとプリンとなんかパンに大量の生クリームが入ってるやつ。マトリッチョ的な名前の。あれ生クリーム多すぎて胃もたれするから、生クリームの半分をプリンの上に落として食べる。これでちょうどいい塩梅。はー、年取ると甘いものばっかり食べるとしんどくなっちゃうもん。というわけで仮称マトリッチョとプリンの間にからあげを食べて、塩気で甘みを相殺する。昔は連続して食べられたのになあ。困っちゃうわほんと。
「わ、やっば!もうこんな時間!」
いつの間にか13時55分。せっかく早めに着いたのに遅刻したら最悪だわ。私はクレープを咥えながら車のエンジンをかけた。
「お世話になっておりますー!ドルワン保険会社の観澤です」
なんとかギリギリ14時ちょっと前に中島さま宅へ到着してインターフォンを鳴らした。ご主人は《どうぞ》と言ってから玄関のドアを開けてくれた。和室へ通され、そこで名刺を渡す。ご主人は暗い人だった。目の下に深いクマが刻まれ、表情もどんよりしている。
「先日わざわざ来てくれたみたいで」
「突然申し訳ございませんでした。ご連絡ありがとうございました」
「どのみち入らないといけないからねえ。さ、かけて」
「失礼いたします」
それからいつも通り、保険の説明をしてプランを作っていく。疲れているのか私の提案にも上の空で、「はあ、じゃあそうしてもらおうかな…」と言ってばかりだった。こちらとしてはサクサク決まって楽だけど、ちょっと心配になるな。
ものの30分でプランが決まり、ササッと申し込み手続きが済んだ。パソコンなどを片付けていると、ご主人がペットボトルのお茶を出してくれた。私はお礼を言いながら彼に尋ねる。
「今日は奥さまはお出かけですか?」
「ん?いるよ、あそこに」
「え?」
ご主人はある方向を指さした。振り返ると、そこには小さな仏壇があった。その前には…見知らぬ女性と子供の写真があった。
「え…」
「1年前に交通事故で亡くしてね。今は家に僕ひとりだけ。はは。やっとローンが終わったのになあ。僕ひとりじゃこの家は広すぎるよね」
「……」
今のお話で分かった。ご主人が暗い人になってしまったことも、目の下に深いクマがあるのも、虚ろな返事をできなくなってしまったことも。奥さまとお子さんを同時に亡くしてしまったら、そうなってしまっても仕方がない。
でもひとつ分からないことがある。じゃああの女性は誰だったの…?
この家にいた女性。私の目の前にいる男性を「主人」と呼び、私を家の中へ招いてくれた人。あんなの赤の他人ができるわけない。親戚か…もしくはヤバめのストーカーかも…?
「あの…私が先日お渡しした書類って、どこにありましたか…?」
「え?ポストに入ってたけど…」
「え…」
私は応接間に置いて帰ったはず。どうしてポストに入ってるの。やっぱりあの人ストーカーだ…!
「観澤さん」
「は、はい」
「どうかしましたか」
「いえ…」
ストーカーが、あなたが不在中に家に上がり込んでますよって言う勇気がなくて、私は言葉を濁した。
私の曇った表情を誤解してか、中島さんは俯いて小さく笑った。
「そう…。すまないね。引き留めてしまって。こんな陰気なやつと話したくないだろう」
「そんなことないです!すみません、話を遮ってしまって。私で良ければ、いつでもお話聞きますから」
「ありがとう…。でもあまり僕と関わらない方がいいよ。僕と関わるとろくなことにならないから」
「そんなわけ…」
彼の言葉を否定しようとしたけど、すぐに中島さまが私の言葉を遮った。
「あるんだよ。妻と息子を亡くしてから、僕のまわりに不幸がふりかかるんだ。病気になったり、ケガをしたりね。…もしかしたら妻と息子も、僕のせいで…」
「中島さま。そ、そんな風に考えなくていいです。苦しくなるだけです」
「分かってる。分かっているよ。僕にそんな力はない。でも…そう考えてしまうんだよ…」
中島さまは目頭を指で押さえた。私は彼が落ち着くまで、泣きながらこぼす話に耳を傾けた。
家族を亡くしてしまって充分苦しんでいるのに、まわりで起こった不幸ごとまで自分のせいにしてしまうなんて。このままじゃ中島さまは立ち直れなくなってしまいそう。心療内科とか勧めたほうがいいのではとも思ったけれど、私はまだそれを言えるほど彼と信頼関係を築けていない。
私はただの保険の営業だ。だったらせめて、少しでも楽になるように話を聞かなくちゃ…。幸い今日のアポはこれでおわりだ。事務作業は残業してやればいい。
「聞いてください中島さま。わたし、すっごい偉い守護霊的なものが憑いているんです。だから中島さまと関わっても不幸ごとは起きませんよ。さ、お話を聞かせてください」
「はは…。ありがとう…」
中島さまはぽつぽつとため込んでいた気持ちを吐き出した。会社でも「中島に近づくと不幸になる」という子どもみたいな噂が広がっているらしい。ほとんどの人がそんなもの信じていなかったけれど、それでずいぶんイジられているそうだ。冗談でもつらい。
途中で嗚咽を漏らすこともあったけど、私に吐き出して多少すっきりしたのか、帰るときには少しすっきりした顔になっていた。
「観澤さん。長い時間すまないね…。ありがとう」
「こちらこそ、お話を聞かせてくださってありがとうございます。では、また」
「お気を付けて」
車に乗り、中島さまの家を去る。信号待ちのとき、私は深いため息をついて目を瞑った。どっと疲れた一日だった…。でも…会社に帰ってやる仕事が山積みだぁ…。早く薄雪と綾目に会いたいよ…。
今日のおやつはクレープとプリンとなんかパンに大量の生クリームが入ってるやつ。マトリッチョ的な名前の。あれ生クリーム多すぎて胃もたれするから、生クリームの半分をプリンの上に落として食べる。これでちょうどいい塩梅。はー、年取ると甘いものばっかり食べるとしんどくなっちゃうもん。というわけで仮称マトリッチョとプリンの間にからあげを食べて、塩気で甘みを相殺する。昔は連続して食べられたのになあ。困っちゃうわほんと。
「わ、やっば!もうこんな時間!」
いつの間にか13時55分。せっかく早めに着いたのに遅刻したら最悪だわ。私はクレープを咥えながら車のエンジンをかけた。
「お世話になっておりますー!ドルワン保険会社の観澤です」
なんとかギリギリ14時ちょっと前に中島さま宅へ到着してインターフォンを鳴らした。ご主人は《どうぞ》と言ってから玄関のドアを開けてくれた。和室へ通され、そこで名刺を渡す。ご主人は暗い人だった。目の下に深いクマが刻まれ、表情もどんよりしている。
「先日わざわざ来てくれたみたいで」
「突然申し訳ございませんでした。ご連絡ありがとうございました」
「どのみち入らないといけないからねえ。さ、かけて」
「失礼いたします」
それからいつも通り、保険の説明をしてプランを作っていく。疲れているのか私の提案にも上の空で、「はあ、じゃあそうしてもらおうかな…」と言ってばかりだった。こちらとしてはサクサク決まって楽だけど、ちょっと心配になるな。
ものの30分でプランが決まり、ササッと申し込み手続きが済んだ。パソコンなどを片付けていると、ご主人がペットボトルのお茶を出してくれた。私はお礼を言いながら彼に尋ねる。
「今日は奥さまはお出かけですか?」
「ん?いるよ、あそこに」
「え?」
ご主人はある方向を指さした。振り返ると、そこには小さな仏壇があった。その前には…見知らぬ女性と子供の写真があった。
「え…」
「1年前に交通事故で亡くしてね。今は家に僕ひとりだけ。はは。やっとローンが終わったのになあ。僕ひとりじゃこの家は広すぎるよね」
「……」
今のお話で分かった。ご主人が暗い人になってしまったことも、目の下に深いクマがあるのも、虚ろな返事をできなくなってしまったことも。奥さまとお子さんを同時に亡くしてしまったら、そうなってしまっても仕方がない。
でもひとつ分からないことがある。じゃああの女性は誰だったの…?
この家にいた女性。私の目の前にいる男性を「主人」と呼び、私を家の中へ招いてくれた人。あんなの赤の他人ができるわけない。親戚か…もしくはヤバめのストーカーかも…?
「あの…私が先日お渡しした書類って、どこにありましたか…?」
「え?ポストに入ってたけど…」
「え…」
私は応接間に置いて帰ったはず。どうしてポストに入ってるの。やっぱりあの人ストーカーだ…!
「観澤さん」
「は、はい」
「どうかしましたか」
「いえ…」
ストーカーが、あなたが不在中に家に上がり込んでますよって言う勇気がなくて、私は言葉を濁した。
私の曇った表情を誤解してか、中島さんは俯いて小さく笑った。
「そう…。すまないね。引き留めてしまって。こんな陰気なやつと話したくないだろう」
「そんなことないです!すみません、話を遮ってしまって。私で良ければ、いつでもお話聞きますから」
「ありがとう…。でもあまり僕と関わらない方がいいよ。僕と関わるとろくなことにならないから」
「そんなわけ…」
彼の言葉を否定しようとしたけど、すぐに中島さまが私の言葉を遮った。
「あるんだよ。妻と息子を亡くしてから、僕のまわりに不幸がふりかかるんだ。病気になったり、ケガをしたりね。…もしかしたら妻と息子も、僕のせいで…」
「中島さま。そ、そんな風に考えなくていいです。苦しくなるだけです」
「分かってる。分かっているよ。僕にそんな力はない。でも…そう考えてしまうんだよ…」
中島さまは目頭を指で押さえた。私は彼が落ち着くまで、泣きながらこぼす話に耳を傾けた。
家族を亡くしてしまって充分苦しんでいるのに、まわりで起こった不幸ごとまで自分のせいにしてしまうなんて。このままじゃ中島さまは立ち直れなくなってしまいそう。心療内科とか勧めたほうがいいのではとも思ったけれど、私はまだそれを言えるほど彼と信頼関係を築けていない。
私はただの保険の営業だ。だったらせめて、少しでも楽になるように話を聞かなくちゃ…。幸い今日のアポはこれでおわりだ。事務作業は残業してやればいい。
「聞いてください中島さま。わたし、すっごい偉い守護霊的なものが憑いているんです。だから中島さまと関わっても不幸ごとは起きませんよ。さ、お話を聞かせてください」
「はは…。ありがとう…」
中島さまはぽつぽつとため込んでいた気持ちを吐き出した。会社でも「中島に近づくと不幸になる」という子どもみたいな噂が広がっているらしい。ほとんどの人がそんなもの信じていなかったけれど、それでずいぶんイジられているそうだ。冗談でもつらい。
途中で嗚咽を漏らすこともあったけど、私に吐き出して多少すっきりしたのか、帰るときには少しすっきりした顔になっていた。
「観澤さん。長い時間すまないね…。ありがとう」
「こちらこそ、お話を聞かせてくださってありがとうございます。では、また」
「お気を付けて」
車に乗り、中島さまの家を去る。信号待ちのとき、私は深いため息をついて目を瞑った。どっと疲れた一日だった…。でも…会社に帰ってやる仕事が山積みだぁ…。早く薄雪と綾目に会いたいよ…。
0
お気に入りに追加
105
あなたにおすすめの小説
おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜
瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。
大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。
そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。
第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。
男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜
春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!>
宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。
しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——?
「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!
後宮の裏絵師〜しんねりの美術師〜
あきゅう
キャラ文芸
【女絵師×理系官吏が、後宮に隠された謎を解く!】
姫棋(キキ)は、小さな頃から絵師になることを夢みてきた。彼女は絵さえ描けるなら、たとえ後宮だろうと地獄だろうとどこへだって行くし、友人も恋人もいらないと、ずっとそう思って生きてきた。
だが人生とは、まったくもって何が起こるか分からないものである。
夏后国の後宮へ来たことで、姫棋の運命は百八十度変わってしまったのだった。
あやかし警察おとり捜査課
紫音
キャラ文芸
※第7回キャラ文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。
【あらすじ】
二十三歳にして童顔・低身長で小中学生に見間違われる青年・栗丘みつきは、出世の見込みのない落ちこぼれ警察官。
しかしその小さな身に秘められた身体能力と、この世ならざるもの(=あやかし)を認知する霊視能力を買われた彼は、あやかし退治を主とする部署・特例災害対策室に任命され、あやかしを誘き寄せるための囮捜査に挑む。
反りが合わない年下エリートの相棒と、狐面を被った怪しい上司と共に繰り広げる退魔ファンタジー。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。

公主の嫁入り
マチバリ
キャラ文芸
宗国の公主である雪花は、後宮の最奥にある月花宮で息をひそめて生きていた。母の身分が低かったことを理由に他の妃たちから冷遇されていたからだ。
17歳になったある日、皇帝となった兄の命により龍の血を継ぐという道士の元へ降嫁する事が決まる。政略結婚の道具として役に立ちたいと願いつつも怯えていた雪花だったが、顔を合わせた道士の焔蓮は優しい人で……ぎこちなくも心を通わせ、夫婦となっていく二人の物語。
中華習作かつ色々ふんわりなファンタジー設定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる