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三週目~四週目
39話 両親のお話
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「俺のかあちゃんはなあ、48歳で死んじまった。俺が19歳のときだったんだ」
臼井さまが遠くを見ながら語り始めた。家でもよくこの話をしているのか、奥さまは「まあた始まった…」とボソっと呟いている。そうそう、身内じゃ聞いてくれなくなった話を、お客さんはよくするのよね。特に営業って聞き上手が多い(はずだ)から、気持ち良く話せるだろうし。だからこういうのを聞くのも仕事のうちだと思ってる。
「とおちゃんは68歳で死んだ。俺は、もうとおちゃんより5年も長く生きてんだよなあ…」
「若くにご両親を亡くされたんですね…」
「おん。けどな、二人とも、生きてる間に俺のことをめいいっぱい可愛がってくれたんだ。ふふ。姉ちゃん、聞いてくれるか?」
「はい。聞かせてください」
「俺の父ちゃん。母ちゃんを亡くしてからは俺のことをなによりも大切にしてくれたんだ。再婚しろって周りから言われても、俺がいるから後妻なんぞいらんと言って断ってた。そん時の俺はワガママだったからなあ、それが当たり前のことだと思ってたよ。今の俺もワガママだから、俺だけで充分だったろ父ちゃんって思ってるがな。はっはっは」
若くして妻を亡くして、再婚をせずに息子だけを大切にしてたのかぁ。本当に臼井さまのことが一番大事だったんだな。きっと、自分のことよりも。
「料理も洗濯も、父ちゃんがいつもやってくれた。俺はなーんもしたことがなかったよ。ははっ」
「ふふ」
「だから今もまぁったく家事をしてくれないんだよお」
「こらマサミっ、いらんこと言うなっ」
「はいはい」
「大人になって気付いたこともあるんだ。焼肉とかするだろ?そしたら父ちゃん、決まって硬い肉ばっかり食うんだ。やわらかい肉はぜんぶ俺の皿に入れて。
どうして父ちゃんは柔らかい肉食べないんだって尋ねると、父ちゃんは硬い肉が好きなんじゃと決まってそう言った。変わってるなあとその時は思ってたけど、自分の子どもを持ってから気付いたんだ。硬い肉が好きっていうのは小さな嘘で、ほんとは子どもに美味いもん食べさせたかったんだって」
「……」
きゅ、と喉が締まった。私の両親も…そうだったなあ…。おいしいものは全部私たちのお皿に入れてた。お母さんだって、いっつもお肉のはしっことか、見栄えが悪くなっちゃった失敗品とか自分で食べるの。
「私の両親の話をしてもいいですか?」
「おう!聞かせてくれ」
「小さい時に、お寿司屋さんに行ったんです。まわるお寿司ですが。そこで私は何も分からずに、カニとかウニとか、黒くて金箔がちりばめられたお皿ばっかり取ってたんです。それで兄に怒られました」
「はっは!」
「でも両親は、いいから好きなの食べなさいって言ってくれたんです。ちらっと両親が食べているものを見ると、たまごとかサラダ巻きとか、白いお皿のものばかり食べてました。どうして魚食べないのって聞くと、魚は苦手だからって言ってたんです。今思うとあれも、小さな嘘ですね」
「…優しい親だなあ」
「臼井さまのお話を聞いて、ふと思い出しました。…ちょっと泣きそうです」
臼井さまはニッと笑い、私の肩を割と強めに叩いた。痛い。
「う"っ」
「だからよ、姉ちゃん。親が元気なうちに、良くしてやってくれよな。せっかく優しい親の元で生まれたんだから。それは当たり前のことじゃねえ。恵まれたことなんだから」
「…はい」
「仕送りをしろとか言ってるんじゃねえぜ?時々でもいい、顔を見せてやってくれ。子どもが元気に生きてくれてるだけで、親孝行さ」
「はい」
冷めたコーヒーを飲み干して、私は臼井さまの家を出た。運転しながらボーっと考える。
この年になってくると、自分よりも親の方が子どもに見えることがある。ちょっとしたことでイラっとしてしまうこともある。ときには偉そうな口を叩いてしまうことも…しばしば。
でも…そうだよね。今までめいっぱい甘やかしてくれた両親に、今度は私がめいっぱい甘やかしてあげなきゃいけないよね。私は恵まれたことに、自分よりも子どものことを大切に想ってくれている両親のもとで生まれてきたのだから。
今週末…いや、えーっと、長期休暇にでも実家に帰ってみようかな。両親の大好きな大トロでもお土産にして。
臼井さまが遠くを見ながら語り始めた。家でもよくこの話をしているのか、奥さまは「まあた始まった…」とボソっと呟いている。そうそう、身内じゃ聞いてくれなくなった話を、お客さんはよくするのよね。特に営業って聞き上手が多い(はずだ)から、気持ち良く話せるだろうし。だからこういうのを聞くのも仕事のうちだと思ってる。
「とおちゃんは68歳で死んだ。俺は、もうとおちゃんより5年も長く生きてんだよなあ…」
「若くにご両親を亡くされたんですね…」
「おん。けどな、二人とも、生きてる間に俺のことをめいいっぱい可愛がってくれたんだ。ふふ。姉ちゃん、聞いてくれるか?」
「はい。聞かせてください」
「俺の父ちゃん。母ちゃんを亡くしてからは俺のことをなによりも大切にしてくれたんだ。再婚しろって周りから言われても、俺がいるから後妻なんぞいらんと言って断ってた。そん時の俺はワガママだったからなあ、それが当たり前のことだと思ってたよ。今の俺もワガママだから、俺だけで充分だったろ父ちゃんって思ってるがな。はっはっは」
若くして妻を亡くして、再婚をせずに息子だけを大切にしてたのかぁ。本当に臼井さまのことが一番大事だったんだな。きっと、自分のことよりも。
「料理も洗濯も、父ちゃんがいつもやってくれた。俺はなーんもしたことがなかったよ。ははっ」
「ふふ」
「だから今もまぁったく家事をしてくれないんだよお」
「こらマサミっ、いらんこと言うなっ」
「はいはい」
「大人になって気付いたこともあるんだ。焼肉とかするだろ?そしたら父ちゃん、決まって硬い肉ばっかり食うんだ。やわらかい肉はぜんぶ俺の皿に入れて。
どうして父ちゃんは柔らかい肉食べないんだって尋ねると、父ちゃんは硬い肉が好きなんじゃと決まってそう言った。変わってるなあとその時は思ってたけど、自分の子どもを持ってから気付いたんだ。硬い肉が好きっていうのは小さな嘘で、ほんとは子どもに美味いもん食べさせたかったんだって」
「……」
きゅ、と喉が締まった。私の両親も…そうだったなあ…。おいしいものは全部私たちのお皿に入れてた。お母さんだって、いっつもお肉のはしっことか、見栄えが悪くなっちゃった失敗品とか自分で食べるの。
「私の両親の話をしてもいいですか?」
「おう!聞かせてくれ」
「小さい時に、お寿司屋さんに行ったんです。まわるお寿司ですが。そこで私は何も分からずに、カニとかウニとか、黒くて金箔がちりばめられたお皿ばっかり取ってたんです。それで兄に怒られました」
「はっは!」
「でも両親は、いいから好きなの食べなさいって言ってくれたんです。ちらっと両親が食べているものを見ると、たまごとかサラダ巻きとか、白いお皿のものばかり食べてました。どうして魚食べないのって聞くと、魚は苦手だからって言ってたんです。今思うとあれも、小さな嘘ですね」
「…優しい親だなあ」
「臼井さまのお話を聞いて、ふと思い出しました。…ちょっと泣きそうです」
臼井さまはニッと笑い、私の肩を割と強めに叩いた。痛い。
「う"っ」
「だからよ、姉ちゃん。親が元気なうちに、良くしてやってくれよな。せっかく優しい親の元で生まれたんだから。それは当たり前のことじゃねえ。恵まれたことなんだから」
「…はい」
「仕送りをしろとか言ってるんじゃねえぜ?時々でもいい、顔を見せてやってくれ。子どもが元気に生きてくれてるだけで、親孝行さ」
「はい」
冷めたコーヒーを飲み干して、私は臼井さまの家を出た。運転しながらボーっと考える。
この年になってくると、自分よりも親の方が子どもに見えることがある。ちょっとしたことでイラっとしてしまうこともある。ときには偉そうな口を叩いてしまうことも…しばしば。
でも…そうだよね。今までめいっぱい甘やかしてくれた両親に、今度は私がめいっぱい甘やかしてあげなきゃいけないよね。私は恵まれたことに、自分よりも子どものことを大切に想ってくれている両親のもとで生まれてきたのだから。
今週末…いや、えーっと、長期休暇にでも実家に帰ってみようかな。両親の大好きな大トロでもお土産にして。
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