【完結】吸血鬼の元騎士

mazecco

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「はっ」

「……」

アーサーの意識が戻ったとき、セルジュに強く抱きしめられていた。アーサーに戻ったことを察したセルジュがぼそりと呟く。

「…アーサーか?」

「あ…はい。あの、僕、また意識を失ってたみたいです。すみません。でも、ミモレスの…」

「彼女と話をした」

「えっ?」

「君の体に一瞬だけミモレスの人格が入った。少しだけ言葉を交わしたよ」

セルジュがそう言うと、アーサーはホッとしたような表情を浮かべた。

「そうですか。よかった…」

「ふふ。君は本当に人が良いね。こんなひどい目に遭わされていながら、私とミモレスが話せて良かったなんて」

「もっ、もちろんあなたのことは許しません!あなたは生徒たちにひどいことをしたんですからね。だけど…それでも、大好きな人と話せたことは良かったです」

「ミモレスでも君ほど優しくはなかったよ。やっぱり君はミモレスとは違う」

「当然です。僕は僕だし、モニカはモニカですから」

「そうだね」

アーサーの中にミモレスはもういない。分かっていたことだが、それを目の当たりにしてセルジュは苦しくなった。セルジュが甘えるようにアーサーの首元に頭を預けると、アーサーはぎくしゃくしながらもセルジュの頭をそっと撫でた。小さな手で、精一杯セルジュを慰めようとしている。

(だが…君のその清らかさは間違いなくミモレスのものだよ。最期に君に会えて…ミモレスの生まれ変わりが君で、ほんとうによかった)

そのとき、かすかに足音が聞こえた。こちらへ向かってくる。

「…誰か来たね」

「えっ?」

アーサーが振り返るのと同時に部屋のドアがゆっくり開き、モニカが顔を覗かせた。ドアの後ろに王子が隠れていると耳の良いセルジュにはすぐ分かった。

(ロイの持っていた牢屋の鍵で救出したのか。ということは他のアパンも逃がされているだろうな。ここへ教師たちがやってくるのも時間の問題か。…もう、どうでもいいが)

モニカが部屋に入ってこようとしたのでアーサーが叫んだ。

「モニカ!来るな!吸血鬼だ!」

「吸血鬼…?!って…ちょっとあんた…」

モニカは兄にべったりくっついているセルジュを見てかたまった。歯形のついた首元からは血を流し、シャツのボタンを外されて肌が見えているアーサー。ズボンまで下ろされかけている。モニカがかたかたと震えながら拳を握った瞬間、部屋全体が冷気に包まれた。アーサーはそんな妹を見てセルジュにしがみついた。

「モッ…モニカ…」

「…のよ…」

セルジュはアーサーから顔を離してモニカを見た。200年前、ミモレスを怒らせたときと同じ光景だ。さすがミモレスの魔力を受け継いでいるだけある。魔力が膨大すぎて感情が魔法として漏れてしまうのだろう。懐かしさでセルジュは思わず頬を緩めた。

「あはは、その氷魔法、怒ったときのミモレスとそっくりだ」

「何笑ってるのよ…!わたしの…アーサーに…なにしてんのって聞いてんの!!!」

モニカがそう叫ぶと同時にセルジュが凍結した。それを見たアーサーとウィルク王子は「ひぇぇぇ…」と情けない声をあげている。モニカは、冷たくなったセルジュの膝から降りたアーサーに駆け寄りアイテムボックスを渡した。

「アーサー、大丈夫?!ああ…顔が真っ青じゃない!」

「大丈夫だよ。血を飲まれただけだから」

「血を飲まれただけなのにどうして服がはだけてるの?!この変態教師になにされたの!!正直に言いなさい!!」

「ひっ…」

「なんなのこいつ!!アーサーの首にかじりついて!!きもちわるい!!変態!!私のアーサーになにしたの!!このっ!!このっ!!」

氷漬けにされたセルジュをげしげしと蹴りながらモニカが絶叫している。凍っているが意識があるセルジュは、久しぶりに受けた氷魔法をしばらく堪能することにした。

(懐かしいなこれ。私が町の女性と話していただけで、ミモレスに氷漬けにされたこともあったな。モニカもミモレスと同じでヤキモチ妬きなのかもしれないね。ふふ。性格はアーサーよりモニカのほうがミモレスに似ているかもしれない)

セルジュが氷の中で思い出に耽っているとき、アーサーは暴れる妹の腕を掴んで落ち着かせようと頑張っていた。

「モニカ落ち着いて!僕は大丈夫だから…ヒッ」

モニカの拳が凍結されたセルジュのみぞおちにのめり込んでいる。氷にひびが入り、凍っている彼の口から血がこぼれた。パラパラと氷の破片をこぼしながらモニカが拳を引き抜いてアーサーに笑顔を向けた。

(…痛い。相当怒っているな。ミモレスでも私の腹に拳はのめり込まさなかった)

「アーサー?何されたか教えて?」

アーサーは妹から目を逸らして小声で答えた。妹が怖すぎて青ざめぷるぷる震えている。

「…キスされました…」

「キッ…」

(おいアーサーなぜ正直に言うんだい。そんなこと言うとモニカが…)

雷が近くで落ちた音がした。アーサーはゆっくりと後ずさる。セルジュは氷漬けのまま、ことがおさまるのを待つことにした。しばらくの沈黙のあと、部屋に吹雪が吹き荒れモニカが泣き叫ぶ。

「きゃあああああ!!!なんですって?!やだぁぁぁあぁ!!このっ…!!このっ…!!…アーサーもアーサーよ!!!なんでこんなやつと抱き合ってるのよ!!なんなの!!アーサーのばか!!ばかぁぁぁ!!!」

「色々あったんだよぉ…」

「精霊に!!吸血鬼に…!!!あんたってのはどうしてそう無防備なの!!!そのぷるぷるの唇を一体何人に奪われるつもりなの?!」

「ごめんよモニカぁ…これからは気を付けるから…」

「で?!この変態吸血鬼にあとはなにされたの?!体は?!体は無事?!」

モニカが兄のシャツをばっと広げた。肌に直接吹雪が当たりアーサーは「ひぃぃぃっ!!さむっ!!さむぅぅぅ!!」と歯を鳴らす。大声で騒ぎ問い詰めてくるモニカに肩を掴まれ、ガックンガックン揺らされている。セルジュは「そらみたことか…」と氷の中で呟いた。

「モニカぁ、僕貧血でクラクラしてるからあまり大声出さないで…」

「むぅっ…むぅぅぅっ…!!!」

「あと吹雪を止めて…寒すぎて死んじゃう…」

「むぅぅぅっぅぅっ!」

アーサーにそう言われたモニカはすぐに吹雪を止めた。氷魔法(感情)を抑えることがかなり大変なようで、血が出そうなほど唇を噛み自分の腕に爪を食いこませている。大声を出すなと言われたので、部屋をうろうろ歩き回って心を落ち着かせようとしたり、アーサーの体に障らないようソファに顔をうずめて大声で叫んだりしていた。そんなモニカを見てセルジュはクスクス笑っていた。アーサーはそんな妹の頭を優しく撫でる。

「無理をさせてごめんねモニカ」

「もごっ…わたしこそごめんなさい。アーサーの体のこと気遣ってなかったわ…。あともう少しだけ待ってね。あと1分で落ち着いてみせるから」

(そろそろいいかな)

モニカが落ち着いたのを確認し、セルジュは火魔法でゆっくりと氷を溶かし始めた。
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