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「久しぶりねセルジュ」
目の前の少年は、さきほどと違い柔らかく愛情に満ちた表情をセルジュに向けた。両手でセルジュの頬を包み、親指でそっと撫でる。懐かしいその仕草に胸が締め付けられた。
「ミモレスか…?」
セルジュの問いかけに少年は頷いた。
「この子が私の生まれ変わり?どう?かわいい?」
「ああ、お前に似ている。髪も瞳も、お前と同じ色だ。それにとても良い子だよ」
「当然よ!だって私の生まれ変わりなんだもの。良い子じゃないと困るわ」
得意げに威張るミモレスにセルジュはクスクス笑った。少しも変わらないその口調。姿や声が違うのに、セルジュにはもうその少年がミモレスにしか見えなくなった。セルジュはミモレスの手を握りほぉ…とため息をついた。
「だが、お前の魂は大きすぎたらしい。双子として生まれたよ。この子はその片割れだ」
「あらそうなの。あなた、どちらもお嫁さんにするの?困った人ねえ」
「嫁にしたいのはやまやまなんだがな、この子たちにお前の人格は残っていない。同じだが、同じじゃない」
「それは残念。人格と記憶を引き継いで生まれ変われるといいなと思っていたけど…。やっぱり難しかったみたいね。この子が私の記憶を掴んでくれたからこうしてあなたと話していられるけれど、そう長くはもたないわ。もうすぐこの子の人格に戻っちゃうでしょうね。…そしておそらく、私があなたとこうやって話せるのは、これで最後だわ」
「……」
セルジュはミモレスを見つめた。一筋の涙が頬を伝う。同じ血肉であっても、アーサーはセルジュの求めている人ではない。ミモレスが戻ってこないのであれば彼を求める理由はない。彼女はその涙を指で拭い、悲しそうに笑った。
「今は…私が死んで何年後?」
「200年だ」
「そう…。そんなに待たせたのに、ごめんね」
「仕方ないさ。こうしてお前と再び話せただけで…充分だ」
ミモレスはセルジュの顔をじっと見た。こけた頬、目の下に深く刻まれた隈…そして、絶望と失望に満ちた悲しい瞳。200年前とまったくちがうセルジュの顔つきに、ここにくるまでに幾重もの苦難を背負ってきたことが分かる。彼からはもう生きる意志を感じ取ることができない。
「…私の夢が、あなたをこの世に縛り付けてしまっていたのね」
「……」
「辛い思いをさせてごめんなさい」
「ちがうよミモレス。お前の夢のおかげで、私はお前を失ってからも生き続けることができた。そして私はかけがえのない存在と出会うことができたんだ。ロイという一人の少年でねー…」
ロイの話をするセルジュは、まるで父のように優しい顔をしていた。ミモレスはじっと耳を傾け、ロイが辛い目にあった話をしたときは自分のことのように怒った。さきほどロイを亡くしたと聞き嗚咽を漏らして泣いた。セルジュが人間をおもちゃにしていることを聞いたときにはおおいに叱った。
「だめじゃないセルジュ!確かに彼らはひどいことをしたわ。でも、あなたたちまで同じことをしてはいけない。じゃないとあなたもロイも、苦しみを重ねるだけだわ。あなたたちがその人たちに合わせて身を落とす必要はないのよ。そういうときはね、その人たちを変えるの」
「そんなことできるのは君くらいさ。私にそんなことはできない。私はもう…人間を愛せない。憎しみでいっぱいなんだよ。私を…ロイを…吸血鬼にし、苦しませ続けてきた人間など」
「…そうね。あなたたちはあまりにも辛い思いをしすぎてしまったわ。憎んでしまうのも無理はない。でも…」
「安心してくれ。もうこれ以上罪を重ねるつもりはない」
(あと一度の罪だけ…それで終わりだ)
それはセルジュが改心するということではないとミモレスには分かっていた。彼にとってミモレスとロイが全てだった。ロイを失い、ミモレスも戻ってこないと知った今、こんな腐った人間世界でセルジュがこれ以上生きようとするなど考えられない。ミモレスは目の前にいる悲しい魔物をそっと抱きしめた。
「セルジュ。あなたと出会ってから私が死ぬまで。それに、死んでからもずっと…私はあなたを愛していたわ」
「私もだよ」
二人の唇が重なり合う。最期の別れを惜しむように、長い長いキスをした。ミモレスは涙で顔を濡らしながら悲し気に微笑んだ。
「これで分かったわ。私の人格が戻ることはもうない。何度生まれ変わっても、何度私の血を受け継ぐ子があらわれても、私自身が再び生を受けることはない。…だから、私のことは忘れてセルジュ。200年も私を引きずらせてしまって本当にごめんなさい。これからは、あなたの好きなように」
「……」
「さようなら。私をたった一人の女の子として愛してくれた、心優しい吸血鬼」
「ミモレス…っ!いやだ…まだ行かないでくれ…!まだ…まだ…!」
セルジュの声はもうミモレスには届かない。少年の体から再び力が抜け、くったりとセルジュにもたれかかった。
部屋に嗚咽が響き渡る。
同じ日に、同じ場所で、セルジュは大切な人を2人失った。
目の前の少年は、さきほどと違い柔らかく愛情に満ちた表情をセルジュに向けた。両手でセルジュの頬を包み、親指でそっと撫でる。懐かしいその仕草に胸が締め付けられた。
「ミモレスか…?」
セルジュの問いかけに少年は頷いた。
「この子が私の生まれ変わり?どう?かわいい?」
「ああ、お前に似ている。髪も瞳も、お前と同じ色だ。それにとても良い子だよ」
「当然よ!だって私の生まれ変わりなんだもの。良い子じゃないと困るわ」
得意げに威張るミモレスにセルジュはクスクス笑った。少しも変わらないその口調。姿や声が違うのに、セルジュにはもうその少年がミモレスにしか見えなくなった。セルジュはミモレスの手を握りほぉ…とため息をついた。
「だが、お前の魂は大きすぎたらしい。双子として生まれたよ。この子はその片割れだ」
「あらそうなの。あなた、どちらもお嫁さんにするの?困った人ねえ」
「嫁にしたいのはやまやまなんだがな、この子たちにお前の人格は残っていない。同じだが、同じじゃない」
「それは残念。人格と記憶を引き継いで生まれ変われるといいなと思っていたけど…。やっぱり難しかったみたいね。この子が私の記憶を掴んでくれたからこうしてあなたと話していられるけれど、そう長くはもたないわ。もうすぐこの子の人格に戻っちゃうでしょうね。…そしておそらく、私があなたとこうやって話せるのは、これで最後だわ」
「……」
セルジュはミモレスを見つめた。一筋の涙が頬を伝う。同じ血肉であっても、アーサーはセルジュの求めている人ではない。ミモレスが戻ってこないのであれば彼を求める理由はない。彼女はその涙を指で拭い、悲しそうに笑った。
「今は…私が死んで何年後?」
「200年だ」
「そう…。そんなに待たせたのに、ごめんね」
「仕方ないさ。こうしてお前と再び話せただけで…充分だ」
ミモレスはセルジュの顔をじっと見た。こけた頬、目の下に深く刻まれた隈…そして、絶望と失望に満ちた悲しい瞳。200年前とまったくちがうセルジュの顔つきに、ここにくるまでに幾重もの苦難を背負ってきたことが分かる。彼からはもう生きる意志を感じ取ることができない。
「…私の夢が、あなたをこの世に縛り付けてしまっていたのね」
「……」
「辛い思いをさせてごめんなさい」
「ちがうよミモレス。お前の夢のおかげで、私はお前を失ってからも生き続けることができた。そして私はかけがえのない存在と出会うことができたんだ。ロイという一人の少年でねー…」
ロイの話をするセルジュは、まるで父のように優しい顔をしていた。ミモレスはじっと耳を傾け、ロイが辛い目にあった話をしたときは自分のことのように怒った。さきほどロイを亡くしたと聞き嗚咽を漏らして泣いた。セルジュが人間をおもちゃにしていることを聞いたときにはおおいに叱った。
「だめじゃないセルジュ!確かに彼らはひどいことをしたわ。でも、あなたたちまで同じことをしてはいけない。じゃないとあなたもロイも、苦しみを重ねるだけだわ。あなたたちがその人たちに合わせて身を落とす必要はないのよ。そういうときはね、その人たちを変えるの」
「そんなことできるのは君くらいさ。私にそんなことはできない。私はもう…人間を愛せない。憎しみでいっぱいなんだよ。私を…ロイを…吸血鬼にし、苦しませ続けてきた人間など」
「…そうね。あなたたちはあまりにも辛い思いをしすぎてしまったわ。憎んでしまうのも無理はない。でも…」
「安心してくれ。もうこれ以上罪を重ねるつもりはない」
(あと一度の罪だけ…それで終わりだ)
それはセルジュが改心するということではないとミモレスには分かっていた。彼にとってミモレスとロイが全てだった。ロイを失い、ミモレスも戻ってこないと知った今、こんな腐った人間世界でセルジュがこれ以上生きようとするなど考えられない。ミモレスは目の前にいる悲しい魔物をそっと抱きしめた。
「セルジュ。あなたと出会ってから私が死ぬまで。それに、死んでからもずっと…私はあなたを愛していたわ」
「私もだよ」
二人の唇が重なり合う。最期の別れを惜しむように、長い長いキスをした。ミモレスは涙で顔を濡らしながら悲し気に微笑んだ。
「これで分かったわ。私の人格が戻ることはもうない。何度生まれ変わっても、何度私の血を受け継ぐ子があらわれても、私自身が再び生を受けることはない。…だから、私のことは忘れてセルジュ。200年も私を引きずらせてしまって本当にごめんなさい。これからは、あなたの好きなように」
「……」
「さようなら。私をたった一人の女の子として愛してくれた、心優しい吸血鬼」
「ミモレス…っ!いやだ…まだ行かないでくれ…!まだ…まだ…!」
セルジュの声はもうミモレスには届かない。少年の体から再び力が抜け、くったりとセルジュにもたれかかった。
部屋に嗚咽が響き渡る。
同じ日に、同じ場所で、セルジュは大切な人を2人失った。
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