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36 ミモレスの記憶編
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ロイと共に過ごした時間は100年。ミモレスよりもはるかに長い間傍にいた存在を失い、セルジュは虚無感に囚われていた。この100年間、彼はロイがいるから生きてこられた。生きる意味を見出せていた。自分の命より大切なものを、自分の願望のせいで目の前で亡くしてしまった。ミモレスの生まれ変わりを手に入れたことよりも、ロイを失った悲しみの方が大きかった。セルジュは縋るようにアーサーを抱きしめる。すると気を失っていた少年がぴくりと動いた。
「ん…」
「おや、目が覚めたかい。おはよう」
「っ!」
目を覚ましたアーサーは勢いよく起き上がった。まだ貧血がひどいのか、よろけて転びそうになっているところをセルジュが抱きかかえる。
「大丈夫かい?」
「はい…」
「良かった」
「……」
「……」
「あの、先生…」
「ん?どうしたんだい?」
「なんだか、近くありませんか…?」
向かい合って強く抱きしめていると、居心地が悪そうにアーサーがもぞもぞと動いた。セルジュとできるだけ接触しないよう、胸に手をついて距離を保っている。そんなアーサーを見てセルジュがクスクスと笑った。ロイはこの学院であれほどひどいことをされていたのに、アーサーは純粋無垢でこういうことはまったく慣れていないようだった。初々しい彼の反応に、セルジュは少しいたずらをしたくなった。
「抱きしめても思い出さないか。じゃあこれは?」
アーサーの頬に手を添え、セルジュがそっとキスをした。アーサーは驚いて慌てて顔を離した。
「うわああぁぁぁ!!なにするんだこの変態!!」
「残念だな。これでも思い出さないか。じゃあ次は体を重ねてみるしかないか」
「なっ…何言ってるの?!」
セルジュはそれに答えず無言でアーサーのシャツのボタンを外し始めた。
「ひょっ?!」
もちろんセルジュに体を重ねるつもりはない。うろたえているアーサーを見て面白がっているだけだ。だが、アーサーの白い肌はミモレスを思い出させた。セルジュはかつての恋人に思いを馳せ、穏やかな顔をしてアーサーに彼女の話をした。
「僕には昔恋人がいてね。とても愛し合っていたんだよ。でも王族に奪われた。彼女は約束してくれたんだ。必ず生まれ変わるとね。…生まれ変わったら、片田舎で暮らしたいと言っていた。彼女が医師、私が薬師になって小さな医院をしようと楽しそうに話していたよ」
「わあ、楽しそう」
危機的状況にもかかわらず、アーサーはセルジュの話に興味深げに耳を傾けた。
「で、その生まれ変わりが君とモニカなんだけど」
「えっ」
「ミモレスは基礎能力値も魔法能力値も桁外れだったと聞く。魂も大きかった。一つの体におさまらなかったんだろう。おそらくモニカが魔法能力値を受け継ぎ、君が基礎能力値を受け継いでいる。記憶は基礎能力値に入っている。だから君の方にミモレスの記憶が残っていると思うんだよね」
「ひっ…」
シャツのボタンを外し終わったので、ズボンに手を伸ばすとアーサーの体がこわばった。
「先生…?な、なにしてるんですか?え?なんでズボンおろすの…?」
(ロイは…もはや自分の体を守ろうともしなくなっていた。何をされても抵抗もせず…ことが終わるのを待つだけだった。ロイも…この子のように育ててやりたかった。過去を忘れ、自分が清いままだと信じたまま過ごさせてやりたかった…。すまない…ロイ…)
「せ!せんせい!!」
ズボンを半分おろされ耐えられなくなったアーサーが、セルジュの腕を掴んで止めさせた。その細く小さい体からは考えられないほど力が強い。セルジュはアーサーの目を見て優しく微笑んだ。
「なんだい、アーサー?」
「僕からミモレスの記憶を取り戻したいんですよね?!」
「そうだよ」
「だ、だったら、こんなことするんじゃなくて、別の方法があります!」
「ほう、なんだい?」
「僕は"記憶の目"を持っています。記憶を辿るなら、目で確かめた方がいいと思います…!」
それを聞いたセルジュは手を止めてポカンと口を開けた。ゆっくりと顔を上げ、アーサーの両頬を手で包み込んだ。
「L’œil de la mémoire…?君、記憶の目を持っているのかい…?」
"記憶の目"…数百年に1人、その目を持って生れ落ちる者がいると言われている極めて希少な能力。それを持って生まれたものは、見てきたものを全てその目が記憶する。この世に生れ落ちて目を開いてからの全てを。言い方を変えれば、目が全てを記憶してしまうため、忘れたい過去も鮮明に蘇る。その目がある限り忘れることができない。
アーサーはその目を持っていると言う。ミモレスもその目を持っていたので、アーサーが持っていてもおかしくはない。そして、その目がミモレスの記憶を保有している可能性は非常に高い。セルジュは自分の鼓動が高鳴るのを感じた。
「はい!だから、変なことをする前に目の記憶を辿ってみてもいいですか?」
「ああ!そうしてほしい。ミモレスも記憶の目を持っていたんだ。彼女の記憶がその目に残っているかもしれない!」
「やってみます」
アーサーはセルジュ先生の顔をじっと見ながら目の記憶を辿った。しばらくするとアーサーの目から涙がこぼれる。思い出したくない記憶の前を通ったのだろう。
「アーサー…大丈夫か…?」
「大丈夫です。今僕が2歳の時の記憶なので、もう少し待ってください」
「君も辛い過去を持っているんだな。…そうじゃないと今ここにいないか」
8年前に死んだと発表された王子。彼がこのリングイール家という存在しない貴族を名乗り学院に転入してきた経緯は知らないが、今まで苦労を知らない生き方をしてきたはずがない。涙が流れる過去のひとつやふたつ持っていてもおかしくないことは安易に想像できた。
「うっ…」
アーサーがうめき声をあげて目を手で覆った。目から血の涙が流れている。それでもアーサーは記憶を辿り続けていた。心を痛めたセルジュは「アーサー…無理をしなくていい」と声をかけるが、アーサーは首を横に振った。
「ぐっ…!」
「アーサー?!」
突然アーサーの体から力が抜ける。白目をむき、ガタガタと震え始めた。
「まずい!無理をさせすぎた…!」
セルジュがアーサーの目を覗き込み容態を診ていると、ビクンと体がのけぞったあと、アーサーがゆっくりと上体を起こした。瞼を開き、セルジュに懐かしい微笑みを浮かべる。
「久しぶりねセルジュ」
「ん…」
「おや、目が覚めたかい。おはよう」
「っ!」
目を覚ましたアーサーは勢いよく起き上がった。まだ貧血がひどいのか、よろけて転びそうになっているところをセルジュが抱きかかえる。
「大丈夫かい?」
「はい…」
「良かった」
「……」
「……」
「あの、先生…」
「ん?どうしたんだい?」
「なんだか、近くありませんか…?」
向かい合って強く抱きしめていると、居心地が悪そうにアーサーがもぞもぞと動いた。セルジュとできるだけ接触しないよう、胸に手をついて距離を保っている。そんなアーサーを見てセルジュがクスクスと笑った。ロイはこの学院であれほどひどいことをされていたのに、アーサーは純粋無垢でこういうことはまったく慣れていないようだった。初々しい彼の反応に、セルジュは少しいたずらをしたくなった。
「抱きしめても思い出さないか。じゃあこれは?」
アーサーの頬に手を添え、セルジュがそっとキスをした。アーサーは驚いて慌てて顔を離した。
「うわああぁぁぁ!!なにするんだこの変態!!」
「残念だな。これでも思い出さないか。じゃあ次は体を重ねてみるしかないか」
「なっ…何言ってるの?!」
セルジュはそれに答えず無言でアーサーのシャツのボタンを外し始めた。
「ひょっ?!」
もちろんセルジュに体を重ねるつもりはない。うろたえているアーサーを見て面白がっているだけだ。だが、アーサーの白い肌はミモレスを思い出させた。セルジュはかつての恋人に思いを馳せ、穏やかな顔をしてアーサーに彼女の話をした。
「僕には昔恋人がいてね。とても愛し合っていたんだよ。でも王族に奪われた。彼女は約束してくれたんだ。必ず生まれ変わるとね。…生まれ変わったら、片田舎で暮らしたいと言っていた。彼女が医師、私が薬師になって小さな医院をしようと楽しそうに話していたよ」
「わあ、楽しそう」
危機的状況にもかかわらず、アーサーはセルジュの話に興味深げに耳を傾けた。
「で、その生まれ変わりが君とモニカなんだけど」
「えっ」
「ミモレスは基礎能力値も魔法能力値も桁外れだったと聞く。魂も大きかった。一つの体におさまらなかったんだろう。おそらくモニカが魔法能力値を受け継ぎ、君が基礎能力値を受け継いでいる。記憶は基礎能力値に入っている。だから君の方にミモレスの記憶が残っていると思うんだよね」
「ひっ…」
シャツのボタンを外し終わったので、ズボンに手を伸ばすとアーサーの体がこわばった。
「先生…?な、なにしてるんですか?え?なんでズボンおろすの…?」
(ロイは…もはや自分の体を守ろうともしなくなっていた。何をされても抵抗もせず…ことが終わるのを待つだけだった。ロイも…この子のように育ててやりたかった。過去を忘れ、自分が清いままだと信じたまま過ごさせてやりたかった…。すまない…ロイ…)
「せ!せんせい!!」
ズボンを半分おろされ耐えられなくなったアーサーが、セルジュの腕を掴んで止めさせた。その細く小さい体からは考えられないほど力が強い。セルジュはアーサーの目を見て優しく微笑んだ。
「なんだい、アーサー?」
「僕からミモレスの記憶を取り戻したいんですよね?!」
「そうだよ」
「だ、だったら、こんなことするんじゃなくて、別の方法があります!」
「ほう、なんだい?」
「僕は"記憶の目"を持っています。記憶を辿るなら、目で確かめた方がいいと思います…!」
それを聞いたセルジュは手を止めてポカンと口を開けた。ゆっくりと顔を上げ、アーサーの両頬を手で包み込んだ。
「L’œil de la mémoire…?君、記憶の目を持っているのかい…?」
"記憶の目"…数百年に1人、その目を持って生れ落ちる者がいると言われている極めて希少な能力。それを持って生まれたものは、見てきたものを全てその目が記憶する。この世に生れ落ちて目を開いてからの全てを。言い方を変えれば、目が全てを記憶してしまうため、忘れたい過去も鮮明に蘇る。その目がある限り忘れることができない。
アーサーはその目を持っていると言う。ミモレスもその目を持っていたので、アーサーが持っていてもおかしくはない。そして、その目がミモレスの記憶を保有している可能性は非常に高い。セルジュは自分の鼓動が高鳴るのを感じた。
「はい!だから、変なことをする前に目の記憶を辿ってみてもいいですか?」
「ああ!そうしてほしい。ミモレスも記憶の目を持っていたんだ。彼女の記憶がその目に残っているかもしれない!」
「やってみます」
アーサーはセルジュ先生の顔をじっと見ながら目の記憶を辿った。しばらくするとアーサーの目から涙がこぼれる。思い出したくない記憶の前を通ったのだろう。
「アーサー…大丈夫か…?」
「大丈夫です。今僕が2歳の時の記憶なので、もう少し待ってください」
「君も辛い過去を持っているんだな。…そうじゃないと今ここにいないか」
8年前に死んだと発表された王子。彼がこのリングイール家という存在しない貴族を名乗り学院に転入してきた経緯は知らないが、今まで苦労を知らない生き方をしてきたはずがない。涙が流れる過去のひとつやふたつ持っていてもおかしくないことは安易に想像できた。
「うっ…」
アーサーがうめき声をあげて目を手で覆った。目から血の涙が流れている。それでもアーサーは記憶を辿り続けていた。心を痛めたセルジュは「アーサー…無理をしなくていい」と声をかけるが、アーサーは首を横に振った。
「ぐっ…!」
「アーサー?!」
突然アーサーの体から力が抜ける。白目をむき、ガタガタと震え始めた。
「まずい!無理をさせすぎた…!」
セルジュがアーサーの目を覗き込み容態を診ていると、ビクンと体がのけぞったあと、アーサーがゆっくりと上体を起こした。瞼を開き、セルジュに懐かしい微笑みを浮かべる。
「久しぶりねセルジュ」
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