34 / 47
34
しおりを挟む
「おや、目が覚めたのかい?」
ロイとモニカが戦っている時、セルジュは牢屋を覗き込んでいた。意識が戻ったアーサーが、王子とマーサを庇うように抱いている。二人の意識ははっきりしているようで、禁断症状がおさまっているのが分かった。
「ほう、アーサー、この二人に血を与えたのかい。すっかり禁断症状がおさまってしまっているね。全く。困ったことをしてくれる」
「セルジュ先生!!助けてください!!僕をここから出してください!!」
セルジュの姿を見るや否や、ウィルク王子が助けを求めてきた。彼は禁断症状で意識が朦朧としていたようで、セルジュが誘拐犯だと気付いていないようだ。セルジュは柔らかい笑みを浮かべて王子に手を差し伸べた。
「いいとも。おいで」
檻の間から差し伸べられた手を取ろうとしているウィルク王子を、アーサーが慌てて引き留める。
「だめだウィルク!セルジュ先生もロイと繋がってる!!連れていかれたらこの6人の生徒たちと同じことになるよ!」
「え…?そ、そんな…嘘ですよね先生?助けに来てくれたんですよね?」
「そうだよ王子。助けに来たんだ」
「騙されないでウィルク!」
王子はセルジュとアーサーの顔を交互に見た。どういう思考回路でそう思ったのか、アーサーを睨みつけて唸った。
「そ、そうかアーサー。そうやって僕を騙してずっと牢屋に閉じ込めようとしてるんだな?」
「なっ…」
「モニカと僕が結婚するのがいやで、こんなところに連れてきたんだろう!!なんてやつだ!ここから出たら処刑してやる!!」
「ちがう!!ウィルク!僕を信じて!!」
「クク…ククク…ハハハハハ!!!」
「?!」
アーサーと王子のやりとりを黙って聞いていたセルジュが、我慢できずに大声で笑いだした。気味の悪い笑い方にウィルクが「ヒィっ!」とアーサーにしがみつく。セルジュは指で目に溜まった涙を拭いながら呟いた。
「ああ…最高ですね。高慢で、愚かな王族の血。早く飲んでみたい」
(彼の血とマリウス、どちらの方が不味いかな。ふふ。私はウィルク王子の方が不味いに賭けよう)
セルジュの言葉に王子は驚いて「えっ?」とか細い声をあげた。
(おっと、しまった。まだ先生を演じなければ)
「いえ、なんでもありませんよ。さあ、おいでなさい王子。ここから出してあげますから」
「い…いやだ…」
「おや?突然どうしたんですか?さっきまであれほど出たがっていたのに。さあ、早く」
「僕じゃなくて…マーサを…」
「えっ?!」
突然名前を呼ばれたマーサはびっくりしてアーサーにしがみついた。王子はそんな彼女の肩に手を置き、アーサーから引きはがそうと力を込めた。
「はやく!マーサ、様子を見てこい!!」
「ええええ!」
アーサーはぱちんと王子の頬をひっぱたいた。
「ウィルク。いい加減にしろ。守るべきものを見代わりにしてどうする」
「ちがう!一番に守るべきものは王族の血だ!」
「…少しは変わったと思ってたんだけどな」
深いため息をつき、アーサーは二人から手を離した。
「おい!アーサー!僕から離れるな!」
「おやおや、噂に違わず横暴な血だねえ」
セルジュはクスクス笑いながら3人を見下ろした。最も薄汚い血を"一番に守るべきもの"とのたまう、傲慢で愚かな人間に呆れてものも言えない。
(なるほどこのような人間が治める国がまともなわけがない。このような者が王族だから、貴族の間で非道な行いが許されるのだ。ロイのような可哀そうな子が生まれてしまうのだ)
アーサーは立ち上がり、セルジュの目を真っすぐと見た。
「血を飲むなら、僕のものを」
「……」
愚かな王族とロイのアパンを庇うため、アーサーが自分の血を差し出そうとしている。
(さすがミモレスの生まれ変わり…。自分を犠牲にして他者を守るか…。気高く、そして美しい)
「君は最後にしようと思ってたんだけどな。…いいよ、おいで」
セルジュは牢屋を開きアーサーの手を引いた。アーサーは大人しく従う。王子たちに声が届かないところまで離れると、歩きながらセルジュに声をかけた。
「ここの牢屋にいる子たちの分まで僕の血を飲んでかまいません。だから他の子たちは解放してくれませんか」
「そのお願いは聞けないな。そこにいる6人の子どもたちは、私とロイの餌であり、またおもちゃでもあるんだよ。見たかね?チムシーに寄生された者同士で血を飲み合う姿を。彼らがお互いの血を飲めば飲むほど、吸血欲に駆られてしまう。飲んでも飲んでもおさまらないんだ。見ていてとても…愛おしいんだよ」
「餌…あなたとロイも、チムシーに寄生をされてるんですか?」
「ああ。数百年前まではそうだった。だが今はもうそうじゃない。私とチムシーはひとつになった。人はそんな存在をこう呼ぶ…吸血鬼とね」
「吸血鬼…!じゃあ、ロイも?!」
「ああ。ロイも吸血鬼だよ。100年前、私が彼を拾って完全な吸血鬼にした。かわいいかわいい私の子どもさ」
ソファの部屋に連れてこられたアーサーは、隅に積み上げられている干からびたアパンの死体を見て絶句していた。
「あれは…」
「ああ。ここに棲みつき始めた時に連れてきた餌だったんだけどね。ロイが血を飲みすぎて全員殺してしまったんだ。困るよね」
「っ…」
「大丈夫だよアーサー。私は殺さない程度にしか飲まないから」
セルジュはソファに腰かけ、隣にアーサーを座らせた。優しい手つきでアーサーの首に爪を立てる。
「…うん、相変わらず綺麗な血の色をしているね」
傷口から流れるアーサーの血をうっとりと眺めたあと、アーサーの首もとに吸い付いた。
「うっ…」
「アーサー…。以前舐めた時から分かっていたよ。君は王族の血を引いているね。それも…色濃く高潔の血を受け継いでいる」
「……」
「モニカも同じ血の味だった。君たち、兄妹と言うのは嘘だろう?正しくは…双子」
「……」
「…君たち、アウス王子とモリア姫だろう?なぜ死んだはずの君たちがこの学院にいるんだい?」
「……」
「…おや、血を飲みすぎてしまったかな。ほとんど意識がないね。…それにしても、懐かしい味だ」
嬉しそうに血を飲む吸血鬼がそう囁いた言葉をおぼろげに聞きながら、アーサーは意識を失った。吸血鬼はくったりとしたアーサーを優しく抱きしめ、彼の頭に唇をそっと当てた。
「ミモレス…。君の血を探して200年が経った…。やっと見つけたよ。もう…二度と離さない」
ロイとモニカが戦っている時、セルジュは牢屋を覗き込んでいた。意識が戻ったアーサーが、王子とマーサを庇うように抱いている。二人の意識ははっきりしているようで、禁断症状がおさまっているのが分かった。
「ほう、アーサー、この二人に血を与えたのかい。すっかり禁断症状がおさまってしまっているね。全く。困ったことをしてくれる」
「セルジュ先生!!助けてください!!僕をここから出してください!!」
セルジュの姿を見るや否や、ウィルク王子が助けを求めてきた。彼は禁断症状で意識が朦朧としていたようで、セルジュが誘拐犯だと気付いていないようだ。セルジュは柔らかい笑みを浮かべて王子に手を差し伸べた。
「いいとも。おいで」
檻の間から差し伸べられた手を取ろうとしているウィルク王子を、アーサーが慌てて引き留める。
「だめだウィルク!セルジュ先生もロイと繋がってる!!連れていかれたらこの6人の生徒たちと同じことになるよ!」
「え…?そ、そんな…嘘ですよね先生?助けに来てくれたんですよね?」
「そうだよ王子。助けに来たんだ」
「騙されないでウィルク!」
王子はセルジュとアーサーの顔を交互に見た。どういう思考回路でそう思ったのか、アーサーを睨みつけて唸った。
「そ、そうかアーサー。そうやって僕を騙してずっと牢屋に閉じ込めようとしてるんだな?」
「なっ…」
「モニカと僕が結婚するのがいやで、こんなところに連れてきたんだろう!!なんてやつだ!ここから出たら処刑してやる!!」
「ちがう!!ウィルク!僕を信じて!!」
「クク…ククク…ハハハハハ!!!」
「?!」
アーサーと王子のやりとりを黙って聞いていたセルジュが、我慢できずに大声で笑いだした。気味の悪い笑い方にウィルクが「ヒィっ!」とアーサーにしがみつく。セルジュは指で目に溜まった涙を拭いながら呟いた。
「ああ…最高ですね。高慢で、愚かな王族の血。早く飲んでみたい」
(彼の血とマリウス、どちらの方が不味いかな。ふふ。私はウィルク王子の方が不味いに賭けよう)
セルジュの言葉に王子は驚いて「えっ?」とか細い声をあげた。
(おっと、しまった。まだ先生を演じなければ)
「いえ、なんでもありませんよ。さあ、おいでなさい王子。ここから出してあげますから」
「い…いやだ…」
「おや?突然どうしたんですか?さっきまであれほど出たがっていたのに。さあ、早く」
「僕じゃなくて…マーサを…」
「えっ?!」
突然名前を呼ばれたマーサはびっくりしてアーサーにしがみついた。王子はそんな彼女の肩に手を置き、アーサーから引きはがそうと力を込めた。
「はやく!マーサ、様子を見てこい!!」
「ええええ!」
アーサーはぱちんと王子の頬をひっぱたいた。
「ウィルク。いい加減にしろ。守るべきものを見代わりにしてどうする」
「ちがう!一番に守るべきものは王族の血だ!」
「…少しは変わったと思ってたんだけどな」
深いため息をつき、アーサーは二人から手を離した。
「おい!アーサー!僕から離れるな!」
「おやおや、噂に違わず横暴な血だねえ」
セルジュはクスクス笑いながら3人を見下ろした。最も薄汚い血を"一番に守るべきもの"とのたまう、傲慢で愚かな人間に呆れてものも言えない。
(なるほどこのような人間が治める国がまともなわけがない。このような者が王族だから、貴族の間で非道な行いが許されるのだ。ロイのような可哀そうな子が生まれてしまうのだ)
アーサーは立ち上がり、セルジュの目を真っすぐと見た。
「血を飲むなら、僕のものを」
「……」
愚かな王族とロイのアパンを庇うため、アーサーが自分の血を差し出そうとしている。
(さすがミモレスの生まれ変わり…。自分を犠牲にして他者を守るか…。気高く、そして美しい)
「君は最後にしようと思ってたんだけどな。…いいよ、おいで」
セルジュは牢屋を開きアーサーの手を引いた。アーサーは大人しく従う。王子たちに声が届かないところまで離れると、歩きながらセルジュに声をかけた。
「ここの牢屋にいる子たちの分まで僕の血を飲んでかまいません。だから他の子たちは解放してくれませんか」
「そのお願いは聞けないな。そこにいる6人の子どもたちは、私とロイの餌であり、またおもちゃでもあるんだよ。見たかね?チムシーに寄生された者同士で血を飲み合う姿を。彼らがお互いの血を飲めば飲むほど、吸血欲に駆られてしまう。飲んでも飲んでもおさまらないんだ。見ていてとても…愛おしいんだよ」
「餌…あなたとロイも、チムシーに寄生をされてるんですか?」
「ああ。数百年前まではそうだった。だが今はもうそうじゃない。私とチムシーはひとつになった。人はそんな存在をこう呼ぶ…吸血鬼とね」
「吸血鬼…!じゃあ、ロイも?!」
「ああ。ロイも吸血鬼だよ。100年前、私が彼を拾って完全な吸血鬼にした。かわいいかわいい私の子どもさ」
ソファの部屋に連れてこられたアーサーは、隅に積み上げられている干からびたアパンの死体を見て絶句していた。
「あれは…」
「ああ。ここに棲みつき始めた時に連れてきた餌だったんだけどね。ロイが血を飲みすぎて全員殺してしまったんだ。困るよね」
「っ…」
「大丈夫だよアーサー。私は殺さない程度にしか飲まないから」
セルジュはソファに腰かけ、隣にアーサーを座らせた。優しい手つきでアーサーの首に爪を立てる。
「…うん、相変わらず綺麗な血の色をしているね」
傷口から流れるアーサーの血をうっとりと眺めたあと、アーサーの首もとに吸い付いた。
「うっ…」
「アーサー…。以前舐めた時から分かっていたよ。君は王族の血を引いているね。それも…色濃く高潔の血を受け継いでいる」
「……」
「モニカも同じ血の味だった。君たち、兄妹と言うのは嘘だろう?正しくは…双子」
「……」
「…君たち、アウス王子とモリア姫だろう?なぜ死んだはずの君たちがこの学院にいるんだい?」
「……」
「…おや、血を飲みすぎてしまったかな。ほとんど意識がないね。…それにしても、懐かしい味だ」
嬉しそうに血を飲む吸血鬼がそう囁いた言葉をおぼろげに聞きながら、アーサーは意識を失った。吸血鬼はくったりとしたアーサーを優しく抱きしめ、彼の頭に唇をそっと当てた。
「ミモレス…。君の血を探して200年が経った…。やっと見つけたよ。もう…二度と離さない」
0
お気に入りに追加
68
あなたにおすすめの小説
王命を忘れた恋
須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』
そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。
強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?
そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。
強制力がなくなった世界に残されたものは
りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った
令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達
世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか
その世界を狂わせたものは
聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる
夕立悠理
恋愛
ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。
しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。
しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。
※小説家になろう様にも投稿しています
※感想をいただけると、とても嬉しいです
※著作権は放棄してません
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
【完結】聖女を害した公爵令嬢の私は国外追放をされ宿屋で住み込み女中をしております。え、偽聖女だった? ごめんなさい知りません。
藍生蕗
恋愛
かれこれ五年ほど前、公爵令嬢だった私───オリランダは、王太子の婚約者と実家の娘の立場の両方を聖女であるメイルティン様に奪われた事を許せずに、彼女を害してしまいました。しかしそれが王太子と実家から不興を買い、私は国外追放をされてしまいます。
そうして私は自らの罪と向き合い、平民となり宿屋で住み込み女中として過ごしていたのですが……
偽聖女だった? 更にどうして偽聖女の償いを今更私がしなければならないのでしょうか? とりあえず今幸せなので帰って下さい。
※ 設定は甘めです
※ 他のサイトにも投稿しています
そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?
氷雨そら
恋愛
結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。
そしておそらく旦那様は理解した。
私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。
――――でも、それだって理由はある。
前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。
しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。
「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。
そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。
お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!
かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。
小説家になろうにも掲載しています。
踏み台(王女)にも事情はある
mios
恋愛
戒律の厳しい修道院に王女が送られた。
聖女ビアンカに魔物をけしかけた罪で投獄され、処刑を免れた結果のことだ。
王女が居なくなって平和になった筈、なのだがそれから何故か原因不明の不調が蔓延し始めて……原因究明の為、王女の元婚約者が調査に乗り出した。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる