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「そちらのお美しいマドモアゼル」
「あら?…まあ、素敵なお方」
闇鑑賞会が終わり、馬車に乗ろうとした女性に一人の男が声をかける。長身でハットを深くかぶっている。目元はヴェネチアンマスクで隠れているが、スッと通った鼻筋と品のある薄い唇が女性を惹きつけた。男性は女性にしか聞こえない声で囁いた。
「少年の吸血鬼に興味はございませんか?」
「えっ?」
「最近飼いはじめましてね。先ほどの鑑賞会でひときわ美しかったあなたに是非お見せしたいと思い、恐れながら声をかけさせていただきました」
「まあ、ではあなたも先ほどの鑑賞会に?」
「ええ。ですが拍子抜けでしたね。ただ子どもを拷問するだけなど、退屈極まりなかった」
「そうですか?私は楽しめましたけれど」
「それはあなたがそれ以上の楽しみをご存じないからです」
「言ってくれますわね。これでもこの界隈ではかなりの通として知られていますのよ」
「もちろんあなたのことは存じ上げております。フォクト家のタリア様」
「まあ…。私はここではタルティエと名乗っておりますのに…」
「では、タルティエ様。吸血鬼の少年に血を飲ませるよろこびを知ってみませんか?」
「血って、まさかわたくしの?」
「ええ。夢中になって少年があなたの血を飲むのです。それに、吸血鬼に血を飲まれているときの快感は、愛する人と愛を確かめ合うときにも勝るといわれているんですよ」
タルティエはその言葉を聞いてゴクリと喉を鳴らした。彼女はまだ吸血鬼を見たことがない。
(見てみたい…それにそんな快感…一度味わってみたいわ…。それになにより…このお方とご一緒したい)
男性の服を引っ張り身を屈めさせる。タルティエは彼の耳元に囁き返した。
「では、本当に愛を確かめ合うときより快感を得られるのか、あなたが証明してくださる?」
「ええもちろん。タルティエ様がよろしいのであれば」
「…分かりましたわ。吸血鬼を見せていただける?」
「かしこまりましたマドモアゼル。では馬車に乗りましょう。その場所までお連れ致します」
タルティエは手を引かれ、彼と一緒に馬車へ乗った。ここから2時間馬車を走らせた北の城。男に案内され、タルティエは吸血鬼の少年が待つ部屋へ足を踏み入れた。
◇◇◇
「ただいまロイ。アパンを連れてきたよ」
「お父さま!!」
「ヒィッ!!!」
口元を血まみれにしながら血を飲んでいたロイが、セルジュの帰りに喜んで駆け寄った。セルジュはロイを抱き上げてくるくると回る。一方タルティエは部屋に積み上げられた干からびた死体を見て腰を抜かしていた。
「あ…あ…」
「よかったぁ!アパンがもうあと一体しか残ってなくてどうしようって思ってたんです!」
「そうだろうと思ってね。ロイはよく飲むからアパンを探すのも大変だ」
「えへへ。ごめんなさい」
「いいんだよ。たくさん飲めばいい」
「アパン(餌)…?わたくしが…アパン…?」
がたがたと震えながらカルティエがセルジュに向かって叫んだ。
「わたくしを騙したわね!!!」
「騙す?私は何ひとつ騙していませんよ。吸血鬼に血を飲ませないかと聞いてついてきたのはあなた自身ではありませんか」
「こ…こんな…!干からびるまで飲まれるなんて聞いていませんわ!!」
「ええ。言っていませんからね」
「わ…わたくし、帰ります!!」
「タリア・ルイーズ・フォクト。12歳の頃から闇鑑賞会へ通い、15歳になってからはご自身も主催者をするようになった。今まであなたが開いた鑑賞会は20回。殺した人間の数は100人ほどでしょうか。これほど平民から買った人間を殺しておいて、ご自身の命が惜しいとは…不思議なことをおっしゃる。お聞かせ願いたい。同じ人間であるのに、あなたとあなたの殺した人間の、何が違うというのでしょうか?」
「…はぁ?!あなた、フォクリーヌ領土を統治するフォクト家の第一子であるわたくしと、そこらへんで飢え死にかけている平民とが一緒だと、本気でおっしゃっておりますの?!なんて侮辱なんでしょう!!」
「なるほど。失礼いたしました。やはりあなたは亡くなった人間たちと違うようですね」
「ふんっ。分かったのならいいですわ。早く帰してくださる?」
「あなたは人間にも劣る。私の見立ては正しかった」
「なっ…」
「ロイ。まだ喉は乾いているかい?」
「はいお父さま!まだ飲みたいです。このアパン、おいしそう!飲んでもいいですか?」
「いいよ。とりあえず静かになるまで飲んでおあげ」
「いただきます!」
「きゃっ!!近寄るな!!近寄るなぁあ!!」
逃げ出そうとしたタルティエの頭を、セルジュが掴んで床に叩きつけた。強く打ち付けられた彼女は「あ…う…」と呻いている。ロイはタルティエの首元に歯をつきさした。
「分かっているよ。こんなことをしたってこの国が変わることはない。ゴミのような貴族を1人減らしたところで、また別のゴミが平民を10人殺す。現に50年続けても一向にゴミは消えないんだから。…ミモレスが築いた国はもう戻ってこない。だが…娯楽のために殺される哀れな平民を一人でも減らせることができるのなら…。ロイのような悲しい人生を背負わさせる子を減らすことができるなら…。わたしはどんな手でも使おう」
「あっ…あぅぅっ…うぅっ…がっ…」
「あれ?このアパンの血、昔飲んだことがある気がします」
「そうだね。これでフォンク家の血を飲むのは2回目だよロイ。よく分かったね」
セルジュに頭を撫でられてロイは嬉しそうに笑った。
「はい!アパンの血は覚えておくようにと教えていただきましたから!」
「良い子だ。…いいかいロイ。君が飲んでもいいのは貴族の血だけだ。…オーヴェルニュ家、アビントン家、オールドリッチ家、ベックリー家など、民を大切にしている貴族の血は飲んではいけないよ。それ以外の貴族の血が、君にとってのアパンだ。アパンの血は好きなだけ飲んでもいい」
「はい!アパン以外の貴族の名前も覚えております!」
「賢い子だ」
「お父さまもこのアパンの血を飲まれますか?」
「ああ、いただこう」
ロイに吸われている反対側の首筋に、セルジュが爪で傷を引いた。貧血で意識を失う寸前だったタルティエが「な…なに…してますの…?」と目を見開いている。セルジュは微笑み、恭しく挨拶をした。
「申し遅れました。私はセルジュ。アパンである貴族を食い滅ぼさんとしている吸血鬼でございます」
「きゅ…け…?」
セルジュが乱暴に首に噛みつく。一瞬にして血がなくなり、タルティエは干からびて息絶えた。
「あら?…まあ、素敵なお方」
闇鑑賞会が終わり、馬車に乗ろうとした女性に一人の男が声をかける。長身でハットを深くかぶっている。目元はヴェネチアンマスクで隠れているが、スッと通った鼻筋と品のある薄い唇が女性を惹きつけた。男性は女性にしか聞こえない声で囁いた。
「少年の吸血鬼に興味はございませんか?」
「えっ?」
「最近飼いはじめましてね。先ほどの鑑賞会でひときわ美しかったあなたに是非お見せしたいと思い、恐れながら声をかけさせていただきました」
「まあ、ではあなたも先ほどの鑑賞会に?」
「ええ。ですが拍子抜けでしたね。ただ子どもを拷問するだけなど、退屈極まりなかった」
「そうですか?私は楽しめましたけれど」
「それはあなたがそれ以上の楽しみをご存じないからです」
「言ってくれますわね。これでもこの界隈ではかなりの通として知られていますのよ」
「もちろんあなたのことは存じ上げております。フォクト家のタリア様」
「まあ…。私はここではタルティエと名乗っておりますのに…」
「では、タルティエ様。吸血鬼の少年に血を飲ませるよろこびを知ってみませんか?」
「血って、まさかわたくしの?」
「ええ。夢中になって少年があなたの血を飲むのです。それに、吸血鬼に血を飲まれているときの快感は、愛する人と愛を確かめ合うときにも勝るといわれているんですよ」
タルティエはその言葉を聞いてゴクリと喉を鳴らした。彼女はまだ吸血鬼を見たことがない。
(見てみたい…それにそんな快感…一度味わってみたいわ…。それになにより…このお方とご一緒したい)
男性の服を引っ張り身を屈めさせる。タルティエは彼の耳元に囁き返した。
「では、本当に愛を確かめ合うときより快感を得られるのか、あなたが証明してくださる?」
「ええもちろん。タルティエ様がよろしいのであれば」
「…分かりましたわ。吸血鬼を見せていただける?」
「かしこまりましたマドモアゼル。では馬車に乗りましょう。その場所までお連れ致します」
タルティエは手を引かれ、彼と一緒に馬車へ乗った。ここから2時間馬車を走らせた北の城。男に案内され、タルティエは吸血鬼の少年が待つ部屋へ足を踏み入れた。
◇◇◇
「ただいまロイ。アパンを連れてきたよ」
「お父さま!!」
「ヒィッ!!!」
口元を血まみれにしながら血を飲んでいたロイが、セルジュの帰りに喜んで駆け寄った。セルジュはロイを抱き上げてくるくると回る。一方タルティエは部屋に積み上げられた干からびた死体を見て腰を抜かしていた。
「あ…あ…」
「よかったぁ!アパンがもうあと一体しか残ってなくてどうしようって思ってたんです!」
「そうだろうと思ってね。ロイはよく飲むからアパンを探すのも大変だ」
「えへへ。ごめんなさい」
「いいんだよ。たくさん飲めばいい」
「アパン(餌)…?わたくしが…アパン…?」
がたがたと震えながらカルティエがセルジュに向かって叫んだ。
「わたくしを騙したわね!!!」
「騙す?私は何ひとつ騙していませんよ。吸血鬼に血を飲ませないかと聞いてついてきたのはあなた自身ではありませんか」
「こ…こんな…!干からびるまで飲まれるなんて聞いていませんわ!!」
「ええ。言っていませんからね」
「わ…わたくし、帰ります!!」
「タリア・ルイーズ・フォクト。12歳の頃から闇鑑賞会へ通い、15歳になってからはご自身も主催者をするようになった。今まであなたが開いた鑑賞会は20回。殺した人間の数は100人ほどでしょうか。これほど平民から買った人間を殺しておいて、ご自身の命が惜しいとは…不思議なことをおっしゃる。お聞かせ願いたい。同じ人間であるのに、あなたとあなたの殺した人間の、何が違うというのでしょうか?」
「…はぁ?!あなた、フォクリーヌ領土を統治するフォクト家の第一子であるわたくしと、そこらへんで飢え死にかけている平民とが一緒だと、本気でおっしゃっておりますの?!なんて侮辱なんでしょう!!」
「なるほど。失礼いたしました。やはりあなたは亡くなった人間たちと違うようですね」
「ふんっ。分かったのならいいですわ。早く帰してくださる?」
「あなたは人間にも劣る。私の見立ては正しかった」
「なっ…」
「ロイ。まだ喉は乾いているかい?」
「はいお父さま!まだ飲みたいです。このアパン、おいしそう!飲んでもいいですか?」
「いいよ。とりあえず静かになるまで飲んでおあげ」
「いただきます!」
「きゃっ!!近寄るな!!近寄るなぁあ!!」
逃げ出そうとしたタルティエの頭を、セルジュが掴んで床に叩きつけた。強く打ち付けられた彼女は「あ…う…」と呻いている。ロイはタルティエの首元に歯をつきさした。
「分かっているよ。こんなことをしたってこの国が変わることはない。ゴミのような貴族を1人減らしたところで、また別のゴミが平民を10人殺す。現に50年続けても一向にゴミは消えないんだから。…ミモレスが築いた国はもう戻ってこない。だが…娯楽のために殺される哀れな平民を一人でも減らせることができるのなら…。ロイのような悲しい人生を背負わさせる子を減らすことができるなら…。わたしはどんな手でも使おう」
「あっ…あぅぅっ…うぅっ…がっ…」
「あれ?このアパンの血、昔飲んだことがある気がします」
「そうだね。これでフォンク家の血を飲むのは2回目だよロイ。よく分かったね」
セルジュに頭を撫でられてロイは嬉しそうに笑った。
「はい!アパンの血は覚えておくようにと教えていただきましたから!」
「良い子だ。…いいかいロイ。君が飲んでもいいのは貴族の血だけだ。…オーヴェルニュ家、アビントン家、オールドリッチ家、ベックリー家など、民を大切にしている貴族の血は飲んではいけないよ。それ以外の貴族の血が、君にとってのアパンだ。アパンの血は好きなだけ飲んでもいい」
「はい!アパン以外の貴族の名前も覚えております!」
「賢い子だ」
「お父さまもこのアパンの血を飲まれますか?」
「ああ、いただこう」
ロイに吸われている反対側の首筋に、セルジュが爪で傷を引いた。貧血で意識を失う寸前だったタルティエが「な…なに…してますの…?」と目を見開いている。セルジュは微笑み、恭しく挨拶をした。
「申し遅れました。私はセルジュ。アパンである貴族を食い滅ぼさんとしている吸血鬼でございます」
「きゅ…け…?」
セルジュが乱暴に首に噛みつく。一瞬にして血がなくなり、タルティエは干からびて息絶えた。
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