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ミモレスはセルジュの血に濡れた体を拭きながら声をかけた。
「ねえセルジュ。あなた、住むところがないんでしょう?」
「ない。どこにも私の居場所なんてないさ」
「だったら、当分この小屋で生活するといいわ。ここは私しかいないし、誰も入ってこないから」
「…どうしてそこまで私を気にかける?私は吸血鬼だぞ」
「だって…私、昔からフィ…セルジュのことが大好きだったから。私、聖女でしょう?聖地に娯楽なんてないわ。あるのはここを訪れる人たちが話してくれる噂話だけ。その噂話の中でも、あなたのお話が一番好きだった。騎士としてヴァランス国を幾度となく救った武勇伝…吸血鬼になったあとのお話も…。私、大好きだったの。それに、私にとっては吸血鬼なんて全然怖くないんだもの。ヒトよりもずっと、扱いやすい存在なの」
「確かにそうだな。聖女にとって、吸血鬼を殺すことは蟻を殺すくらい簡単だろう」
「そうなの。うっかり聖魔法を出してしまったら、あなた一瞬で灰になっちゃうんだから」
「はは。笑えないな」
二人はクスクスと笑った。体を拭き終えたミモレスは、ぱちんとセルジュの背中を叩いて「はい終わり」と言った。
「ひどい怪我だったから治しておいたわ。さて、じゃあ食事にしましょうか。干しブドウとパンでいいかしら?」
「…ああ」
「はあい」
ミモレスはキッチンへ行き干しブドウとパン、水を持ってきた。何も言わずそれを頬張るセルジュをじっと眺めている。
「…なんだ」
「あっ!ごめんなさい。なんだか嬉しくって」
「嬉しい?なぜだ」
「私、聖女でしょう?ここを訪れる人たちは、私が触れただけの物でさえ崇めちゃうの。例えばあなたがむしゃむしゃ食べてる干しブドウ。それでさえ、大切に紙に包んで食べずに飾ってしまうのよ。だから、そうやって何も思わずに食べてくれる人っていままでいなかったから、嬉しい」
「へえ。聖女が触れたら何か加護が付与でもされるのか?」
「いいえ。触れただけじゃ何も起こらないわ。なのに…ねえ?」
「はは。そこまでいくと気味が悪いな。お前の爪を売ったら良い値になりそうだ」
「その通りよ。私の髪や爪は、白金貨100枚で売られているわ。私が着た服も…」
「それらに何か加護はあるのか?」
「ないわ…」
「あはは!!!白金貨100枚で買ったものが何の意味もないのか!お前、なかなか図太い神経しているな」
「う、売ってるのは私じゃないわ!!教会の人たちよ!!」
「分かってる。冗談だ」
「もう…」
パンを食べても、セルジュの真っ青な顔色は良くならない。ミモレスはしばらくしてから彼が吸血鬼であることを思い出した。
「そうだわ!あなた、人の血を飲まないといけないんじゃない?」
「…ああ」
「回復魔法をかけても、食事を与えても、どおりで顔色が良くならないわけだわ。どうしてもっと早く言ってくれなかったの?」
「お前に”白金貨100枚払うから血を飲ませろ"と言えばよかったのか?そんなこと、言えるわけないだろう」
「もしかしてずっと血を飲んでいないの?」
「そうだな…亡命してから一度も」
「なんてこと!ちょっと待ってね」
「お、おい…なにを…」
ミモレスはセルジュの腰にさしていた短剣を抜き自分の首に当てた。自分の体を傷つけるのか怖いのか、かたかたと震えている。なかなか剣を引くことができない。
「……」
「……」
「……」
「うう…こわい…」
「なんなんだお前は…」
「セルジュ…あなたが切って…」
セルジュははぁとため息をつき、ミモレスから剣を取り上げた。彼女の首に剣を当てるのではなく、代わりに鋭い爪をくいこませる。
「んっ…」
「安心しろ。痛くはしない」
スッと首元をなぞると、薄く傷がはいったところからじんわり血が滲んだ。
「…本当にいいんだな」
「ええ」
「ありがとう」
セルジュがそっと傷口に舌を置いた。久しぶりに飲んだからだけではなく、彼女の血があまりにも美味かったため、セルジュは箍が外れたように彼女の血を貪った。彼女の腰に回していた手に力が入り、押しつぶしそうなほど抱き寄せている。
「あ…う…」
「っ!」
ミモレスのうめき声に我にかえったセルジュは慌てて口を離した。ミモレスはぐったりして彼に体を預けている。
「ミ…ミモレス。すまない…。飲みすぎてしまったようだ。無事か?」
「だ…大丈夫よ…。あともう少し多く飲まれてたら危なかったかもしれないけど…」
「すまない…」
「いいの…。そこのテーブルに、増血薬があるから…取ってきてくれるかしら?」
「分かった」
セルジュは彼女に増血薬を飲ませ、しばらく看病していた。
「…やはり私はここを出たほうがいい。お前の血は…美味すぎて加減ができない」
「セルジュ。そんなこと言わないで。あなたずっと血を飲んでいなかったんでしょう?だから飲みすぎちゃっただけよ。これからは毎日ちょっとずつ飲ませてあげるから、それだと加減もできるでしょう?」
「……」
「正直に言うわセルジュ。私、ここで独りぼっちで寂しいの。私のことを聖女じゃなく、ミモレスとして見てくれるあなたが私には必要なのよ。だからお願い。出て行くなんて言わないで」
ミモレスはそう言ってセルジュの手を握った。あなたが必要なの、そう言われるのは5年ぶりのことだった。誰かのために今まで騎士として戦ってきた。必要だと言われたから、必要だと思われたかったから、彼は吸血鬼になってまで国に尽くした。だがそれも過去の話。今では彼を必要としてくれる人はいない。…そう思っていた。
セルジュはミモレスの手を両手で包んだ。温かく、柔らかい。彼の瞳がじんわりと滲んだ。
「…お前にとって、私は必要なのか?」
「ええ」
「吸血鬼でもか?」
「ええ」
「血を飲ませることになってもか」
「ええ、必要なの。だから、私の傍にいて、セルジュ」
「…ありがとう、ミモレス…」
「ねえセルジュ。あなた、住むところがないんでしょう?」
「ない。どこにも私の居場所なんてないさ」
「だったら、当分この小屋で生活するといいわ。ここは私しかいないし、誰も入ってこないから」
「…どうしてそこまで私を気にかける?私は吸血鬼だぞ」
「だって…私、昔からフィ…セルジュのことが大好きだったから。私、聖女でしょう?聖地に娯楽なんてないわ。あるのはここを訪れる人たちが話してくれる噂話だけ。その噂話の中でも、あなたのお話が一番好きだった。騎士としてヴァランス国を幾度となく救った武勇伝…吸血鬼になったあとのお話も…。私、大好きだったの。それに、私にとっては吸血鬼なんて全然怖くないんだもの。ヒトよりもずっと、扱いやすい存在なの」
「確かにそうだな。聖女にとって、吸血鬼を殺すことは蟻を殺すくらい簡単だろう」
「そうなの。うっかり聖魔法を出してしまったら、あなた一瞬で灰になっちゃうんだから」
「はは。笑えないな」
二人はクスクスと笑った。体を拭き終えたミモレスは、ぱちんとセルジュの背中を叩いて「はい終わり」と言った。
「ひどい怪我だったから治しておいたわ。さて、じゃあ食事にしましょうか。干しブドウとパンでいいかしら?」
「…ああ」
「はあい」
ミモレスはキッチンへ行き干しブドウとパン、水を持ってきた。何も言わずそれを頬張るセルジュをじっと眺めている。
「…なんだ」
「あっ!ごめんなさい。なんだか嬉しくって」
「嬉しい?なぜだ」
「私、聖女でしょう?ここを訪れる人たちは、私が触れただけの物でさえ崇めちゃうの。例えばあなたがむしゃむしゃ食べてる干しブドウ。それでさえ、大切に紙に包んで食べずに飾ってしまうのよ。だから、そうやって何も思わずに食べてくれる人っていままでいなかったから、嬉しい」
「へえ。聖女が触れたら何か加護が付与でもされるのか?」
「いいえ。触れただけじゃ何も起こらないわ。なのに…ねえ?」
「はは。そこまでいくと気味が悪いな。お前の爪を売ったら良い値になりそうだ」
「その通りよ。私の髪や爪は、白金貨100枚で売られているわ。私が着た服も…」
「それらに何か加護はあるのか?」
「ないわ…」
「あはは!!!白金貨100枚で買ったものが何の意味もないのか!お前、なかなか図太い神経しているな」
「う、売ってるのは私じゃないわ!!教会の人たちよ!!」
「分かってる。冗談だ」
「もう…」
パンを食べても、セルジュの真っ青な顔色は良くならない。ミモレスはしばらくしてから彼が吸血鬼であることを思い出した。
「そうだわ!あなた、人の血を飲まないといけないんじゃない?」
「…ああ」
「回復魔法をかけても、食事を与えても、どおりで顔色が良くならないわけだわ。どうしてもっと早く言ってくれなかったの?」
「お前に”白金貨100枚払うから血を飲ませろ"と言えばよかったのか?そんなこと、言えるわけないだろう」
「もしかしてずっと血を飲んでいないの?」
「そうだな…亡命してから一度も」
「なんてこと!ちょっと待ってね」
「お、おい…なにを…」
ミモレスはセルジュの腰にさしていた短剣を抜き自分の首に当てた。自分の体を傷つけるのか怖いのか、かたかたと震えている。なかなか剣を引くことができない。
「……」
「……」
「……」
「うう…こわい…」
「なんなんだお前は…」
「セルジュ…あなたが切って…」
セルジュははぁとため息をつき、ミモレスから剣を取り上げた。彼女の首に剣を当てるのではなく、代わりに鋭い爪をくいこませる。
「んっ…」
「安心しろ。痛くはしない」
スッと首元をなぞると、薄く傷がはいったところからじんわり血が滲んだ。
「…本当にいいんだな」
「ええ」
「ありがとう」
セルジュがそっと傷口に舌を置いた。久しぶりに飲んだからだけではなく、彼女の血があまりにも美味かったため、セルジュは箍が外れたように彼女の血を貪った。彼女の腰に回していた手に力が入り、押しつぶしそうなほど抱き寄せている。
「あ…う…」
「っ!」
ミモレスのうめき声に我にかえったセルジュは慌てて口を離した。ミモレスはぐったりして彼に体を預けている。
「ミ…ミモレス。すまない…。飲みすぎてしまったようだ。無事か?」
「だ…大丈夫よ…。あともう少し多く飲まれてたら危なかったかもしれないけど…」
「すまない…」
「いいの…。そこのテーブルに、増血薬があるから…取ってきてくれるかしら?」
「分かった」
セルジュは彼女に増血薬を飲ませ、しばらく看病していた。
「…やはり私はここを出たほうがいい。お前の血は…美味すぎて加減ができない」
「セルジュ。そんなこと言わないで。あなたずっと血を飲んでいなかったんでしょう?だから飲みすぎちゃっただけよ。これからは毎日ちょっとずつ飲ませてあげるから、それだと加減もできるでしょう?」
「……」
「正直に言うわセルジュ。私、ここで独りぼっちで寂しいの。私のことを聖女じゃなく、ミモレスとして見てくれるあなたが私には必要なのよ。だからお願い。出て行くなんて言わないで」
ミモレスはそう言ってセルジュの手を握った。あなたが必要なの、そう言われるのは5年ぶりのことだった。誰かのために今まで騎士として戦ってきた。必要だと言われたから、必要だと思われたかったから、彼は吸血鬼になってまで国に尽くした。だがそれも過去の話。今では彼を必要としてくれる人はいない。…そう思っていた。
セルジュはミモレスの手を両手で包んだ。温かく、柔らかい。彼の瞳がじんわりと滲んだ。
「…お前にとって、私は必要なのか?」
「ええ」
「吸血鬼でもか?」
「ええ」
「血を飲ませることになってもか」
「ええ、必要なの。だから、私の傍にいて、セルジュ」
「…ありがとう、ミモレス…」
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